長編小説「昭和」

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2016年02月05日(Fri)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」の清左右衛門の屋号は「山セ」だった

今日は
母方の実家の
お墓参りに行っていきました。

高台にあって
大阪が見晴らせるところにあります。

私の母が
大小7つの墓を
ひとつにして
玉垣を付けたお墓です。

いつも何気なく見ていたのですが
今日よくよく見ると
屋号らしきものが
墓石に
彫り込んでありました。

山セと呼ばれる
記号です。

仮名のへの字によく似た
記号で∧の様な形で
普通は「やま」と読みます。

その下に
片仮名のセ
当主の名前「清左衛門」の
最初の文字です。

昔は
片仮名が普通ですので
片仮名を使っています。


長編小説「昭和」では
わからなかったので
カネセイにしていましたが
訂正しておきます。

2015年10月24日(Sat)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その218

家督を
譲った頃には
4町歩の田んぼを
持っていた
野田家ですが
清左衛門は
これ以上
田畑は
増やさない方針でした。

これ以上増やすと
小作に出さなくてはならないからです。

小作人の
悲哀を
いやと言うほど
味わった
清左衛門ですから
小作には出したくないのです。

作男(家業を手伝わせる雇い人)の
待遇も
よく働いてもらっていました。

江戸時代の
奉公人の休みは
盆と暮れ
月に
一回程度でした。

勤務時間も
日が昇る時間から
夜遅くまで続きます。

今流に言えば
早朝残業
深夜までの残業で
働く時間は
15時間を超えるものです。

清左衛門は
先ず
日曜日は
休みにしました。

労働時間も
短くしました。

ゆっくりとできるために
地主になったのに
何も変わらなかったら
意味がないと
考えはじめていました。

おますも
何も言いませんが
清左衛門の方針には
大賛成の様子でした。






2015年10月21日(Wed)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その217

家長を
退いても清左衛門の
家での発言は
絶対です。

清左衛門の
仕事に対しての
方針
今時で言えば
経営方針は
父親から受け継いでいます。

「一人前の
農家になるためには
最良の道具を
使わねばならない」と
いうものです。

「資本の投下なしに
利益なし」という
原則です。

その方針に従って
新しい農機具を
使っていました。

農耕牛を
小作人の
中で使ったのも
はじめてでしたし
鉄製の鋤を
使ったのもはじめでした。

明治時代の
中期になると
いろんな新しい農機具が出てきます。

草取りの道具も
買ったのも
はじめてでした。

それまでの草取りは
腰をかがめて
1本1本抜いていく方法でした。

新しい草取り器は
尖った車が
多数付いていて
それを
田んぼの中を押すと
草が
えぐれて
取れていくというものです。

相当
力がいりますが
腰をかがめなくてもいいので
楽ですし
何しろ
早いです。

取れない部分も
ありますので
あとから手で
取る必要になりますが
今までの
5倍くらいは
早いくなります。

野田家は
良い道具と
新しいものを使うことで
能率を上げて
省力化していました。



2015年10月19日(Mon)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その216

鶴松は
村はずれの
いずれの小作人とも同じ
あばら屋の当主となったのです。

と言っても
奉公の女中と
その母親しか居ませんでした。

小作地も
清左衛門が
受け継いでいて
家の前に
畑がある程度でした。

鶴松は
農業ができる才覚もないので
都合だと思っていました。

食事は
野田の家で食べたり
倉野の母親に作ってもらったり
していました。

もちろん
そのまかない費は
清左衛門が
出していたのです。

20才になった頃には
儒学の西宮の塾を
卒業して
大阪まで
出かけていました。


そんな
勉強三昧を
鶴松がやっていた頃
清左衛門は
55才を超えても
まだ田んぼで働いていました。

当時としては
充分に定年退職していても
かまわない年になっていましたが
昔取った杵柄で
働いていました。

もちろん
おますも
清左衛門について
働いていました。











2015年10月18日(Sun)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その215

明治になったからといって
何も変わっていませんでした。

「お家大事」の
鉄則は
全く変わっていませんでした。

家の喪失は
家族全員の死を意味します。

長男の相続が
慣習となっていた
今津でも
お家のために
長男を
廃嫡して
次男に継がせる例も
ありました。

しかし
9才の
次男に継がせるのは
異常です。

家長は
強い権限があるかわりに
大きな責任もあります。

そして
ここからが大事ですが
率先して
仕事をして
皆の信頼を
得なければなりません。

一人前の仕事が
9才の子供に
できるはずもありません。

清左衛門の真意は
家督を
仮に
弟の
伊之助に譲って
鶴松に
もっと深く考えて
欲しかったのです。

ちょうど
女中奉公に来ていた
倉野家の
父親が急死し
家督が
空席になっていました。

母親だけになっていて
清左衛門が
援助していたのです。

そこで
鶴松に
家を継がせることに
しました。










2015年10月15日(Thu)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その214

時間が流れました。

おますは
顔は
無表情ですが
心の中は
とても
心配でした。

清左衛門の顔を
見ていると
だんだん表情が
変わっていくのが
わかりました。

鶴松に
「早く答えたらわ」と
優しく言いました。

でも
無言の時間が
過ぎました。

明治時代ですから
家族で
親しくお話しするということが
ない時代だとしても
その無言の時間は
その場にいた
3人を息苦しくしました。

清左衛門は
気をながくと
心に言い聞かせながら
その時間を
乗り越えていました。

何時間の
時間が
流れたのでしょうか。

日が
西に沈みかけ
電灯などない時代
部屋暗くなってくると
清左衛門は
ついにしびれが
切れてしまいました。

「そんなに
家督を
引き継ぐのが
嫌なら
弟の
伊之介に
家督を譲って
わしは
隠居する。

お前は
村はずれの
倉野の家に
行きなさい」と
強い調子で
言ってしまったのです。

おますは
落胆した表情でした。

逆に
鶴松は
ホッとしていました。






2015年10月13日(Tue)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その213

清左衛門は
おますに
「話はやさしくしてください」
と念を押されているので
小声で話しました。

優しくと言う意味を
小声で言うことだと
理解していたのです。

怒ったときが
甲高い声なのだから
優しくは
小声というのは
一応
筋が通っていると
考えていたのです。

鶴松は
いつもの
よく通る
清左衛門の声と
違うので
びっくりしていました。

びっくりしていて
その言葉の内容が
理解できませんでした。

清左衛門は
再び
「家督を譲るので
頑張ってみるか」と
言いました。


鶴松は
清左衛門が
言っていることは
一応理解できました。

前もって
用意していた
答を
言おうとしました。

でも
声が
出ないのです。

父母の前に来ると
何も声が出なくなってしまうのです。

「謹んでお受けします」と
言おうとするのですが
声が出ません。

焦れば焦るほど
口が
動かなくなりました。








2015年10月12日(Mon)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その212

鶴松は
あとで生まれた伊之介との違いを
強く感じていました。

鶴松が
小さい時には
父親と
話したことなどない
伊之介は
何度も話している
母親は
伊之介の服を着せたり
お風呂に一緒に入ったりしているのに
鶴松には
そんな記憶がないのです。

父母に言わせれば
鶴松が
小さい時は
宮水運びが
最盛期で
仕事が
本当に忙しかったので
鶴松に
かかわれなかったのです。

逆に
伊之介が生まれたときは
既に
宮水運びは
ほとんどなくなっていて
それに
地主になっていて
手伝う人も
多くできていたから
時間に余裕があったのです。

それに何より
伊之介が生まれたことには
仕事をする
元気が
少しなくなって
子供と
遊んでいたのだというのが
原因のひとつです。

塾の先生は
「末っ子ほど可愛いのが
世の常」と
言っていましたので
鶴松は
その言葉を
逆にとって
「末っ子以外は
可愛くない

長男は可愛くない」と
父母の本当の心とは
全く正反対のことを
考えていたのです。

正座して
この考えが
頭の中で
膨張して
その考えだけが占めてしまいました






2015年10月10日(Sat)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その211

座敷に座ると
凄い緊張です。

遠くの方で
弟の
はしゃぐ声が聞こえました。

鶴松は
その時に
考えました。

私が小さい時は
父母は
とても忙しくて
私の面倒なんか
全く見なかった。

私は
叔母さんに
育てられたと
記憶しています。

父母と
遊んだことなど全くありません。

もちろん
明治維新の頃ですから
小作人の
子供が
親と遊ぶことなど
あり得ないことです。

しかし
親子ですから
話くらいすると
思うのです。

遠くから
父母の
働いているのを
見ているだけです。

少し大きくなれば
勉強のことや
塾のこと
仕事のことなどを
話すると思うのです。

鶴松には
その記憶が
全くありません。

歳の離れた
弟の
伊之介とは
父母は
親しく話しているのにと
鶴松は
思っていました。






2015年10月09日(Fri)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その210

鶴松にとっては
ホッとしましたが
単に
少し時間が
先に伸びただけで
何の解決もありません。

心配して
母親は
鶴松に
「頑張って
家長を
継ぐと
言うんだよ」
優しく
言ってくれました。

鶴松は
その気持ちはあるのですが
口から
その言葉が
父親の前に行くと
出てきません。

冬の
農閑期ですが
できる仕事を
鶴松は
やっていました。

鶴松にとっては
頑張って
やっているつもりでしたが
みんなには
そうは見えなかったのです。

そうは見えないと言うことを
その視線で
鶴松は
わかりましたから
余計に
萎縮してしまって
動きが
ぎこちなくなって
悪循環になってしまいました。

度々
おますは
優しく言ってくれました。

年が明けて
事始めの日に
再び
清左衛門に呼ばれて
座敷に
正座しました。

鶴松は
「頑張って
家長をします」と
言おうと
心の中で
思っていました。








2015年10月07日(Wed)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その209

209
清左衛門が
言ってから
だいぶ時間が過ぎましたが
鶴松は
返事がありません。

清左衛門は
気が長い方で
ゆっくりと
鶴松の返事を待っていました。

清左衛門が
鶴松を
見れば見るほど
萎縮してしまって
鶴松は
ますます声が出ません。

数十分の
沈黙の時間が流れて
気長な
清左衛門も
しびれを切らして
「家長になったら
しっかり働いて
くれるか」と
少しだけ
大きな声で
言ってしまいました。

別に
怒鳴ったのでもないのですが
家長の力は
当時絶対でしたから
もう
気を失うぐらい
緊張してしまいました。

おますが
優しい声で
「大丈夫よね

できるわよね」と
付け加えましたが
鶴松は
顔面が
蒼白になってしまいました。

誰が見ても
病人のようになってしまいました。

おますがそれを見て
「体が悪い様子だから
この辺にしましょう。

旦那様」と
清左衛門に言ったので
清左衛門も
心の中で
「仕方がない」と
思って
うなずきました。













2015年10月06日(Tue)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その208

明治17年の
無事に
収穫も終え
農作業も
少しだけ一段落して
みんなが
ホッとしている時
清左衛門は
あることを考えていました。

家督を
譲って
隠居したいと
思っていたのです。

まだまだ働けるのですが
いつまでも
出しゃばっていたら
お家のためにならないと
考えていたのです。

はやく
鶴松に
家督を譲って
家長としての
自覚を高めたいと
思っていたのです。

雨が降って
麦の農作業が
できなかった日
鶴松を
座敷に呼んで
話をしました。

おますも
同席しました。

「今年の
収穫も終え
来年は
鶴松が
仕切ってくれないか」と
いきなり
言いました。

鶴松は
ものごころついたころから
父親の
清左衛門と
直に話したことは
初めてでした。

父親に
突然そんなことを
言われて
少し慌てました。

鶴松が
日々習っている
儒学では
「親に孝」は
鉄則ですので
親の言いつけに従うのが
子のつとめと
頭の中では
考えていました。

しかし
鶴松は
上気して声が出てきません。









2015年10月03日(Sat)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その207

15才を超えて
私塾に行く人が
ほとんどなかった時代だったので
私塾では
一番年長に
なっていました。

勉強は嫌いでは
なかったのですが
何分
気力と
体力がない
鶴松ですので
ズルズルと
惰性で勉強していたというのが
実情でした。

当時の勉強が
とくに
田舎だった
西宮では
漢文や
儒学が
主であった関係上
奥が深くて
いくらでも
勉強はできました。

清左衛門は
いつの日か
鶴松が「仕事をする」と
言ってくれるのを
待っていたのです。

しかしその日は
なかなか来ません。

清左衛門も
おますも
めっきり弱ってきたのです。

若い時に
無理をしたのかも知れません。

腰も曲がって
仕舞っていました。

屈み仕事が多い
農業ですし
若い頃は
髷の関係で
必ず横向きに寝ていたので
腰が曲がった人が
多かったと言えます。

清左衛門が
53才になった頃
おますも44才になっていました。

明治時代の
はじめの頃ですので
充分に
初老でした。



2015年10月02日(Fri)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その206

新しいお家が
良いのは
古今東西同じです。

鶴松は
他の人に迷惑を
かけないために
さっさと
引っ越ししたのですが
みんなには
そんなふうには
見えませんでした。

「何の手伝いもせず
新しい家に
一番で引っ越しするとは
どういうこと」と
思われてしまったのです。

そんな
つもりはないと
清左衛門は
思っていましたが
兄弟は
そうは思っていないことを
説明することは
しませんでした。

したら
子供で
長男だからと
言われそうですので
できなかったのです。

そのことを
おますとも
話すことは
できませんでした。

家人のみんなが
自分に不満があることを
鶴松には
分かっていました。

父親や
母親にも
自分が理解されていないことを
苦々しく思っていました。

今までのこともあるし
鶴松は
自暴自棄に
なりそうでしたが
勤勉な父母の
DNAをもっている
鶴松の振る舞いは
今まで通りの
一層の塾通いとなるのです。








2015年10月01日(Thu)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その205

鶴松は
家の建築に
声がかからなかったことを
残念に思っていました。

役に立たないことは分かっていても
頼んで欲しかったと
思ったのです。

前に
働き始めた
12才の頃からは
相当大きくなって
背だけは
親の清左衛門と
同じになっていました。

頼りにされていないと
鶴松は
思いました。

下働きなら
できると
思っていたのです。

清左衛門は
そんな
鶴松の
心が
見抜けなかったのです。

大地主となる
才覚があっても
親として
子供を育てる
才覚は
なかったのです。

家が出来上がって
引っ越しとなります。

引っ越しやさんというものが
ない時代ですから
自分のことは
自分ですることになります。

鶴松も
身の回りのもの
塾に行っているので
多くの書物を
まとめて
運びはじめました。

文机や
お布団なども
自分で運びました。

家人の他の者は
仕事があるので
はかどりませんが
なにしろ
鶴松は
時間がありあまるほどあります。

サッサと
新しい家に
一番乗りになりました。



2015年09月30日(Wed)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その204

鶴松が15才になった時
清左衛門は
家を
変えることにしました。

今までの
家は
地主の家としては
手狭です。

収穫できた
お米を
座敷まで積む
始末でした。

それに
清左衛門の
弟と妹も
同居していますが
縁側の隙間で寝起きしている始末です。

地主になれたのは
家人全員の
努力の成果であったのですから
家人があまねく
恩恵がなければならないと
清左衛門は
考えました。

と言うわけで
村はずれの
浄願寺近くの
少し小高くなった
畑に
家を作ることにしました。

大工としては
有名だった
叔父さんは
もう既に亡くなっていないので
村人の中で
上手な人に頼みました。

清左衛門や
弟も
手伝いました。
おますは
「鶴松にも手伝わせたら」
と言いましたが
清左衛門は
「やめとこう」と
答えました。

清左衛門は
頼みたかったのですが
鶴松が
うまくできなかったらと
心配して
頼めなかったのです。







2015年09月29日(Tue)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その203

塾での
勉強は
当時のことですから
漢文や儒学が主です。

「子曰、巧言令色、鮮矣仁」とか
言うのを
勉強しているのです。

儒学は
奥が深いから
終わりはありません。

鶴松は
はじめは
難しいことを
父母に披露して
誉められたいため
熱心に勉強していました。

それに
何分
体力と
気力がないので
勉強しかないので
勉強をしていました。

年数がたち
先代の
清左衛門が
なくなった頃には
田畑は
四町歩になっていました。

列をなして
墓場まで
清左衛門の棺桶を
運ぶ時には
鶴松も付いていきました。

紋付きを着て
恭しく
両親の後に付いていきました。

お葬式には
いろんなものを
持って
お墓までいくのが
習わしですので
鶴松も
しっかり持って
お墓までいきました。

住職さんが
読経したあと
清左衛門は
「私が生まれた時は
小作人でしたが
父が亡くなった時には
地主になりました。

父の
力だと思います。

感謝しております」と
挨拶して
棺桶に土をかけていきました。




2015年09月28日(Mon)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その202

村人が
出払って
閑散とした時間に
街道筋を
一目散に
私塾に向かいました。

帰りは
夜なべ仕事が
終わる頃に
帰っていました。

そんな時間まで
私塾は
やっていませんでしたが
早く帰りたくなかったので
自習していたのです。

始まったばかりの
小学校でも
成績がよかったので
塾でも
勉強は
嫌いではありませんでした。

そのうえ
よい成績を上げると
父母に
誉められて
はじめて
認められたような
気になったのです。

そのこともあって
初めのうちは
鶴松は
実力以上の
勉強をしていました。

鶴松は
本当は
仕事の方で
誉められたかったのです。

父母と
一緒に汗を流して
同じような働きができたらと
望んではいました。

それができない
鶴松は
「自分は
ダメな人間だ」と
思っていたのです。

ダメな人間だから
父母にも
軽く見られているのだと
思ってしまっていました。







2015年09月27日(Sun)▲ページの先頭へ
今日は観月会:お月見ですね

私の小さい頃
たぶん5歳頃までは
お月見は
我が家の
行事では
大きなものです。

お月様は
水の神さま
農業は
水が大事ですから
お月様を
敬愛するのは
貧乏な百姓としても
大事な
記念日です。

一家揃って
縁側で
お月様をめでます。

そして
父親が
お月様の歌を
歌います。

「お月様はお天道様の兄弟で〜

、、、、、、、

、、、、、、、」
と言う歌です。

今となっては
その詳細はわかりません。

そして
月見団子を
食べます。

相当な
出費です。

子供たちは
恭しく
それを聞いて
頂きます。



私の子供が小さい時は
お月見は
歌はありませんが
盛大に
祝いました。

子供たちが大きくなったいまは
もう何もしません。

お風呂に入って
窓から
月を見る程度です。

お月様は何も変わりませんが
時代は
変わりました。










2015年09月26日(Sat)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その121

当時は
医学というものが
ほとんどなかった時代です。

病気になると
生死を分けるかも知れません。

事実
清左衛門の
下ふたりの兄弟は
10代で亡くなっています。

それに
この高熱です。

実の親である
清左衛門や
おますは心配しました。

その心配する
父母を見て
少しうれしく思いました。

鶴松の
熱は
3日続きました。

おますや
叔母さんの介抱が
功を奏したのか
4日目には
平熱に戻りました。

しかし
あまり食欲がなかったこともあり
げっそりと
痩せていて
みんなの同情を
買ったのです。

そこで
清左衛門は
働き始めるのは
まだまだ早いと言うことで
私塾に
通わせることにしました。

となりの
西宮の宿に
今で言えば
中学校程度塾があったのです。

そこに通うことになりました。

みんなの手前がありますので
朝間の仕事だけはこなしてから
食事を摂って
塾に出かけるのです。





2015年09月24日(Thu)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その200

そばで見ていた
母親のおますは
心の中で
「まだまだ12才なんだから
力仕事は
大変だ。

もっと見守ってあげないと」
と思いつつ
みんなの手前
優しい言葉は
鶴松には
かけられませんでした。

鶴松自身は
頑張って
やっているつもりだけど
みんなにそんな風に
思われていたんだと
思ったのです。

翌日は
頑張っていたのですが
みんなには
そうは見えませんでした。

何日か
頑張っていたのですが
ある朝起きると
ふらふらするのです。

のども痛くて
赤ら顔になっていました。

ふらふらしている
鶴松の額に
おますは手を当てました。

あまりにも
熱いので
おますは
鶴松を
お布団に戻しました。

そして
病気の時しか
食べない
卵が
食事に付いてきて
お布団で
ご飯を食べました。

夕方になると
もっと高い熱になっていて
清左衛門は
心配そうに
鶴松を
見ているのを
薄目で
見ていました。







2015年09月23日(Wed)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その199

鶴松が
働き始めの時は
まわりも
そんな目で見ていて
働きが悪くても
文句など言いませんでした。

しかし
働き始めてから
1ヶ月も経つと
厳しい目になってきます。

鶴松は
親譲りで
12才にしては
背は高いです。

ひょろっと
高い鶴松が
とろとろ仕事をしていると
遠くからでも目立ちます。

鶴松は
真剣にしているつもりですが
そんな風に見えるのです。

生来
力がない
鶴松ですので
備中(田おこしに使う先が3本になっている農具)を
振り下ろしても
少ししか刺さりません。

ちょっとだけ
田んぼの土を
起こして
全く
はかどりません。

見ていた
家人や作男の手前
清左衛門は
鶴松に
言わなければならなくなりました。

「もっと腰を入れて
力を
出して
仕事をしなさい」と
言ったのです。

相手は
まだ
12才ですので
優しく言ったのですが
鶴松は
心に
大きく響きました。






2015年09月21日(Mon)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その118

清左衛門も
鶴松も
6才から
今津のお寺
浄願寺に
勉強のために通っていました。

いわゆる
寺子屋です。

明治5年になって
学制発布がされて
学校を作ることになりました。

今までの
教育拠点であった
お寺が
今津小学校となりました。

明治6年のことです。

鶴松は
内容はあまり変わりませんが
今津小学校に
通うことになりました。

4年制ですので
10才で卒業です。

鶴松は
親譲りの
秀才です。

12才まで
浄願寺の
私塾に
通うことになりました。

そして
12才になった時
清左衛門は
鶴松に
一緒に働くよう
言ったのです。

朝は朝星から
夜は夜星まで
続く
過酷な仕事です。

初めのうちは
誰もがそうであるように
後れを取りながら
仕事をしていました。

父親の
清左衛門は
自分の
働き始めた頃のことを
思い出して
「じぶんもそうだったなー」と
思っていました。





2015年09月20日(Sun)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その117

家督を
相続した
新しい
清左衛門は
子供に
特に鶴松には
厳しかったのです。

母親は
少しは取り直しましたが
鶴松は
不満でした。

自分が
総領息子であることを
自覚していませんでした。

普通の子供が
良いと思っていたのです。

鶴松が
物心ついた時には
すでに
清左衛門の家は
小作人の
貧乏百姓ではなかったのです。

清左衛門が
子供の頃には
その日の食べ物が
充分になく
みんなで分けて
食べ合ったこともあったのです。

そんな事態は
今の
清左衛門の家には
起こることは
少なくなっていました。

贅沢はないけど
他の
お百姓さんより
身なりも
よくて
牛もいたので
重労働も
少なくなっていました。

それを見て
鶴松は
余裕があると
思っていたのです。

父母が
自分に厳しく当たるのは
今の言葉で言えば
「愛されていない」と
思ってしまったのです。








2015年09月18日(Fri)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その116

伊之助が
よちよち歩き始め
夏が
終わりかけた頃
清左衛門は
家督を
亀太郎に
譲ることにしました。

明治10年の初秋です。

清左衛門の家のものは
当時としては
長寿です。

当時の平均寿命は
50才くらいでしたが
清左衛門は
68才になっていました。

近頃は
朝の間の仕事はともかく
午後の仕事が
辛くなって
みんなと
一緒に働けなくなったのです。

そこで
家督を
亀太郎に
譲ることにしました。

亀太郎は
名前を
清左衛門と名乗って
名実ともに
野田家の
戸主となりました。

役場に届けて
田畑を
相続しました。

戸主になって
清左衛門は
働くだけではなく
家の
統率が必要となりました。

先代の
清左衛門は
誰からも
慕われていました。

分け隔てなく
家人を
慈しんだからと
清左衛門は
思いました。

清左衛門も
父親がしたように
そのようにすることにしました。

総領息子(家督を譲る子供)には
厳しくすると
結果としては
家人全員に
平等になると
教えられていたのです。







2015年09月17日(Thu)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その115

「おとんぼ」とは
末っ子のことを言います。

伊之助が生まれた時
父親の亀太郎が44才
母親のおますは35才の時でした。

平均寿命が短かった
明治維新の頃ですので
35才は
相当高齢出産です。

おますは
出産後
1ヶ月は
普通の女性のように
しっかり
横になって
お布団を着て
寝ていました。

1ヶ月が過ぎて
仕事を
はじめようとしましたが
少しふらついてしまいました。

長く寝ていたからかもしれないと
思いました。

それをみていた
長女のおせいは
私がやるから
寝ていてと言ってくれました。

それで
伊之助をあやしながら
もう少し
休むことにしました。

それを見ていたのが
鶴松です。

襖の陰から
ジッとうらやましくみていたのです。

伊之助と
二人っきりで
過ごした時間は
10日ほどでしたが
鶴松には
それは
長い時間だと
感じていたのです。





2015年09月16日(Wed)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その114

仕事が少し少なくなった頃
3番目の子供ができます。

女の子で
およしと言います。

赤ちゃんの時から
器量よしで
家人には
人気がありました。

一番目の子供
おせいは
7才になっていて
およしを
よく面倒をみてくれました。

お乳を
与える以外は
おせいが
育てていました。

必死に働く
父親の亀太郎や
母親のおますを
みていて
おせいは
小さいのに
よく働いていたのです。

両親の背中を
見て育つと言うより
それが当たり前の
時代だったのです。

おますは
田んぼの農作業や
食事の用意
お裁縫や
牛の世話
作男の世話に
一層力を入れました。

その甲斐あって
清左衛門の家のものは
よく働きました。

よく働いたので
またまた
大きくなることに
なったのです。

およしが
可愛い盛りを迎えた
3才の頃
おますは
4人目の子供
伊之助を生みます。

伊之助は
両親にとっては
おとんぼになるのですが
女の子の
およしより
可愛い赤ちゃんでした。


2015年09月15日(Tue)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その113

鶴松が生まれたあと
おますは
赤ちゃんができませんでした。

避妊していていたわけでもありませんが
あまりにも
過労からそうなったのかと
あとになって
わかりました。

自作地が
2町歩(2ヘクタール:2万平方メートル)になった頃
宮水運びは
なくなってしまいました。

今津にある
酒蔵が
船で
宮水を運びはじめたのです。

西宮郷の井戸から
船で
宮水を
運びはじめたのです。

船は
たくさんの荷物を載せられて
それでいて
軽く動かせるのです。

川を下って
海に出て
それから
運河を
少し
遡ると
酒蔵の近く着きます。

そこから運ぶだけですので
少しの手間しかかかりません。

亀太郎は
古くからの
付き合いなので
酒蔵は
その時だけ
呼ばれて
運んでいました。

おますの手助けは要らなくなりまいた。

それから
叔父さんや叔母さんが
相次いで
なくなったため
作男を雇い入れたため
おますの仕事は
大分楽になったのです。





2015年09月14日(Mon)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その112

子供のいない時期は
そんな
スーパーウーマンの仕事ができました。

しかし子供ができても
やはり
おますは
したのです。

亀太郎の
妹が
赤ちゃんの面倒を
みてくれていたのです。

お乳をあげる時だけ
子供に会うとうい
日課でした。

一人目の
おせいの時は
物珍しさもあって
おますは
母親として
よく接していました。

5年目に生まれた
二人目の
鶴松の時は
宮水運びと
新しい自作地の田んぼができて
ものすごく忙しくなりました。

そのため
鶴松は
妹に任せて
ほとんど
母親としては
接していませんでした。

寺子屋に通うになったら
母親と会う機会は
食事の時だけで
言葉を交わすことは
挨拶だけです。

鶴松は
淋しく思っていました。

そんなことを
言う相手もいなくて
勉強することだけが
鶴松の相手になっていました。

鶴松が
淋しく過ごしている間にも
清左衛門の家は
発展していきました。




2015年09月13日(Sun)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その111

この時代の
フォーマルな服装は
紋付き袴です。

袴はともかく
紋付きを
着るだけで
フォーマルになります。

紋付きのような
一張羅(いっちょうらい:
1枚しかない上等なもの)や
綿入れ(綿のはいった着物)は
夏場
ほどいて
洗い張りをするのが
普通です。

女性たちの仕事は
奥が深い
洗い張りは
着物を
ばらして
縫って
元の反物の大きさに戻します。

それを洗って
糊を付けて
板に張り付けて乾かすか
竹籤の先に釘が付いたもので
引っ張りながら
乾かします。

それから
着物を
また作るのです。

一夏毎に
お布団や
着物を
ほどいて
作り直すのです。

女性の仕事は
これだけではありません。

現代でも大変な
子育てがあるのです。

おますは
結婚した時は
もちろん子供がいませんから
身軽で
天性の才能で
調理・裁縫・野良仕事を
こなして
その上
宮水運びを
していたのです。





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