連続小説「昭和」の武蔵の死について その3
日本は
日清・日露の大きな戦いで
勝ちました。
そのときは
一応の好況を迎えます。
しかし多くの
優秀な人材を失い
隣国に多大の迷惑をかけてしまったのも
事実です。
その後
第二次世界戦争で
悲惨な敗戦をこうむります。
その敗戦の遠因は
きっと日清日露の戦争にあったのだと
思います。
しかしどうでしょう
日本は10数年後には
戦前と同じほどの
活況になったではないでしょうか。
繰り返しますが
戦争に負けても勝っても
結果があまり変わらないのは
歴史が証明する事実です。
一方戦争の痛手は
敗者はもちろん
勝者にも大きく残ります。
河野家だけについて言っても
武蔵の死によって
のちの
千代の悲惨な運命が生まれてしまったのです。
中国本土では
もっと幾多の
不幸があるでしょう。
また
中国に残された
毒ガスの廃棄問題の一例を考えると
決して経済的にも
割に合うものではありません。
戦争は経済的な面から考えても
すべきではありません。
連続小説「昭和」の武蔵の死について その2
先の大戦で
亡くなられた
方々の
ご冥福をお祈り申し上げます。
前にも言いましたが
武蔵は
優しい兄であったと
老いてから
けいは話しておりました。
きっと武蔵は
戦地で
直接的には
敵を殺さなかったと
著者は考えています。
しかし
武蔵の運んだ
砲弾や大砲で
中国民が
亡くなられ
大きな不幸を
もたらしたことは
事実です。
そのようなことを
しなければならなかった
武蔵の気持ちは
いかばかりか
推測するに余りあるものです。
戦争は勝とうが負けようが
結果はあまり変わらないと
私は考えています。
一時は勝つほうが
負けるより
利益は多いと思いますが
事後のことを考えると
その利益は
なくなってしまうのではないでしょうか。
(つづく)
連続小説「昭和」の武蔵の死について その1
後日登場する
この小説の主人公 けい は
武蔵を親のように慕っていました。
年が離れていたので
そう思ったのでしょうか。
兄さんとは呼ぶことなしに
「たけさん」と呼んでいたそうです。
けいの武蔵への思いは
少女時代の
大きな支えであったのかもしれません。
予備役で招集されるまでの
数年間は
けいは
大変な労働をしていたのですが
一番幸せな時期だったと後年述懐していました。
戦争がなくて
予備役が招集されなかったら
武蔵は結婚し
もちろん武蔵は幸せな人生を過ごせたでしょう。
きっと
おじいさんの
清兵衛とおなじくらいの
立身出世を
果たしたかもしれません。
そして
けい もその恩恵によくしたでしょう。
戦争は
武蔵の人生にピリオドを打ち
家族のものに
苦難を強いたのです。
皆様
平和は大切ですね。
長編小説「昭和」 その153
長編小説「昭和」 その153
前書き
今までのあらすじ
その1からその130まで まとめたもの
数週間後
白い布で包まれた桐の箱と
恩賜金が
千代の家に届けられました。
武蔵は
一階級特進して
陸軍伍長となって
骨となって帰ってきてしまいました。
千代は恩賜金のすべてを使いはたし
武蔵の墓を
ふるさとの今津の
清兵衛と清三の隣に
建てました。
そのお墓は4尺ばかりの白御影石の台座の上に
少し小さい石がのっており
その上に
四角い台形の細長い石がのっています。
一番上の石は
先がとがっています。
前には
陸軍伍長 川野武蔵刻まれています。
後ろには
戦死広報に書かれていた戦死の顛末が
小さな字で刻まれています。
前には
花を立てる石と
水を供える窪みがある石があります。
その石の前には
河野家の紋が刻まれています。
このお墓が出来上がると
送られてきた
骨壷を収めました。
千代の納屋には
武蔵の
形あるものは残りませんでした。
ただ悲しみだけがいつまでも残ったように思えました。
長編小説「昭和」 その131
長編小説「昭和」 その131
前書き
今までのあらすじ
その1からその118まで まとめたもの
勇治が選んだ
左官という職は
今では少し光の当たらない職業になってしまいましたが、
当時はなくてはならない仕事でした。
壁を土塗り壁で作るのが
当たり前のことでしたから。
最近健康上の事柄で
呼吸する壁の代表である
しっくい壁を
左官屋さんを
作っていたのです。
勇治は
直ぐに上手に塗れるようになっていました。
当時の左官の仕事を
少し説明すると
まず壁土に
水を混ぜ
こねます。
適宜わらや
古縄を切ったものを
混ぜます。
そのこねた土を
なるべくながく放置します。
一年以上おいた方がいいそうです。
それを竹を格子状に編んだ
竹小舞の下地に
左官ごてで塗っていきます。
高いところは
下から放り上げます。
それは職人技のようです。
それから
藁を加えない土で中塗りをします。
上塗りは漆喰です。
長編小説「昭和」 その128
長編小説「昭和」 その128
前書き
今までのあらすじ
その1からその118まで まとめたもの
千代とけいは
また汽車に乗って
帰って行きました。
武蔵が かごの鳥になっている時
一方勇治は
やくざの道に進んでいたのです。
ホンマもんの
やくざを
めざしたのです。
勇治が
親分と考えていたのは
けいには後でわかるのですが
園田に住んでいた
「よねいち」(漢字でどのように書くかわかりません)
と呼ばれるやくざです。
その
「よねいち」の
収入源は
今で考えると
少し替わっていますが
この手の商売は
こんなものかもしれません。
よねいちは
藻川の堤防の岸に
一家を構えています。
二階建てで
藻川が一望できます。
だからといって
そこで魚を獲っているというわけではありません。
じっと藻川の砂を見ているのです。
当時は前にも言いましたが
車というものが
発達していなかったので
砂を買うのは大変でした。
それで川の砂を
使うのです。
でも今も昔も同じように
川の砂を無許可で
盗ることは
禁止されています。
誰かが藻川の砂を取りに来ると
警察に通報するのです。
それで
砂を取りに行くときには
よねいちに
お金を持っていかなくてはならないのです。
お金を持っていくと
警察に通報されないのです。
言うなれば
他人のものを
売ってお金を儲けているような
商売です。