ロフト付き は、おもしろい - 2017/06

ロフト付き って良いですよね。隠れ家というか何というか。
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皆様お元気ですか。
『心をダイヤモンドのように
清らかで堅くて光るもの
にしてください。
神様が見ていて
助けてあげるようにと
私たち(妖精)にお命じになります。』
(私のブログ小説よりの一節)

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ロフトで笑ってすごそう
亡きアスカルも笑っています

ジーッとアスカルを見ていると変わります。

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2017年06月30日(Fri)▲ページの先頭へ
ブログ小説「ロフトで勉強しましょ」結婚編その8

和やかにはなしながら
家に戻ってきました。

時間も3時になったので
おやつが
出てきました。

正月ですので
お餅
ミカン
それに
正月とは関係ない
チョコレートです。

チョコレートは
十詩子たちが持って来た
お土産です。

コタツにみんな座って
またまた
悟のことを
なんだかんだと
聞いてきました。

もう聞くことがなくなって
みんなは
トランプでもしようかということになりました。

大勢でするトランプは
楽しくて
時間が過ぎるのを
忘れてしまいました。

冬の日は
すぐに暗くなって
5時になると
もう真っ暗でした。

電車のことを考えると
6時頃には
帰り始めないと
今日は帰れなくなります。

悟は
おいとますると
十詩子たちに言ったのですが
十詩子の両親や
家族が
「泊まっていきなさい」と
何度もいってくれました。

悟は
帰ることができなくなって
その日は
十詩子の実家に泊まることになりました。





2017年06月29日(Thu)▲ページの先頭へ
ブログ小説「ロフトで勉強しましょ」結婚編その7

自動車に乗り込み
家に帰る途中で
十詩子が
「ケーキ屋さんだ」と
指を指しながら
言いました。

悟:
あれが例の
ケーキ屋さんですね」

十詩子:
そうなんです。

悟:
閉まっているみたいですね。

十詩子:
残念だわ

悟:
楽しみは
とって置いた方が

楽しみかどうかわからないけど

十詩子:
楽しみよ
悟さんと一緒に
食べられるんでしょう

やっぱり楽しみよね

悟:
そうですよね

じゃ
やっぱり楽しみ
にしておきましょう。

楽しみは
とって置いた方が良いですよね。

十詩子:
でも
あまりにもながく
とって置いて
老人になってしまいました。

悟:
そうですよね
もうすぐ
老人になってしまいました

やはり私たちは
早いほうが良いかもしれません。

十詩子:
そうですよね













2017年06月28日(Wed)▲ページの先頭へ
ブログ小説「ロフトで勉強しましょ」結婚編その6

十詩子:
私は
十八の時に
ふるさとをあとにしました。

それから40年弱が過ぎて
あなたと
またふるさとに帰ってきました。

高校卒業の時
校長先生が
『身をたて名をあげやよはげめよ』と言って
送られた言葉が
やっと今日実現しました。

悟さんと結婚して
故郷に錦を飾ることができたんです

悟:
僕なんかと結婚したからと言って
故郷に錦は飾れないよ

十詩子:
そんな事ないです。

私はとても幸せです。

これからもきっと幸せです。

いやこの瞬間命がなくなっても
幸せです。

悟:
そんなー
ながく一緒に幸せに暮らして欲しい

十詩子:
もちろんそうですよね

ふたりはもう
若くはないのですから

大きな幸せを作りましょうね。

悟:
それにしましょう。

ふたりは
豊岡の市内を見渡せる
山の上で
そんな話を
していました。

遠くに
コウノトリが舞っているのが見えました。

そんなふたりを
遠巻きに
十詩子の家族が
静かに見ていました。

その中の
小さい女の子が
「早く帰りたいよ」と
言ったので
ふたりは
照れくさそうに
車の方へ歩き始めました。




2017年06月27日(Tue)▲ページの先頭へ
ブログ小説「ロフトで勉強しましょ」結婚編その5

お昼は
すき焼でした。

お酒も出て
ワイワイガヤガヤ
和やかです。

悟も十詩子もお酒を飲みませんので
もっぱら
食べる方に回っていました。

いつもは
小食の
悟も
今日は
みんなで食べる鍋は美味しくて
余計に食べてしまいました。

十詩子は
悟の横で
世話をしながら
食べました。

お昼が終わると
少し休んで
お墓参りを
する事になりました。

十詩子の家は
古い家で
十詩子のおじいさんや
ご先祖様が
まつられていました。

お墓までは
自動車で
向かいます。

それ程遠くないのですが
小高い山の上にあって
上るのが大変だからです。

お墓に着くと
何人かが来ていていました。

線香とローソクをともして
お参りしました。

風がなくて
暖かい日だったので
山の上から見える
豊岡の
市街地が
見えました。


2017年06月26日(Mon)▲ページの先頭へ
フェイスブックの「いいね」で性格がわかるそうです。

以下は朝日新聞記事よりの転載ですので
中身をご吟味の上
ご一読下さい。



あなたは
フェイスブックを
されていますでしょうか。

私は
友達が少ないので
フェイスブックには
向いていないのですが
仕事のために
しております。

そもそも私は
仕事以外は
私の書いたもの以外は
読みませんので
他人様の
フェイスブックなど
見る機会がありません。

そのため
フェイスブックの
「いいね」を押すことは
殆どありません。

しかし
友達が多い方は
いろんな場面で
「いいね」」を
押されているでしょうね。

どれを押しているかで
性格や
性癖
支持政党
知能指数などが
わかるそうです。

本当かどうかわかりませんが
記事には
映画「ゴッドファーザー」に「いいね」を押す人は
知能指数が高くて
バイク「ハーレー」に「いいね」を押す人は
イマイチだそうです。

ハーレーの好きな方
すみません。

私が言っているのではないので
お許し下さい。

記事では
たぶん
イギリスのデータの分析会社です。

私には
試すことはできません。



ブログ小説「ロフトで勉強しましょ」結婚編その4

みんな一緒に
ガヤガヤ話ながら
家に入りました。

正月2日には
集まる習慣があって
十詩子の叔父さんや叔母さん
従兄弟や姪甥も来ていて
座敷は
座る場所もないくらいです。

悟は
一応座って
ご両親に挨拶しました。

母親は
「ご丁寧に

よかった
よかった

もう少しだけ
早かったらよかったのにね

でも
私たちが
生きている間で
よかった」と
心の底から
言っていたようです。

そんな話が終わると
悟のことを
なんだかんだと
聞いてきたのです。

その他大勢の人も
聞き耳を立て
聞いていました。

昆布茶が出てきました。

「お祝い事には
昆布茶だね。

昆布茶は塩辛いけど
甘くても美味しいかもしれませんね。

今度甘い昆布茶
作ってみたいな。」
と十詩子が話すと
「それがいいね」と
悟が返しました。


2017年06月25日(Sun)▲ページの先頭へ
ブログ小説「ロフトで勉強しましょ」結婚編その3

休み休みゆっくりと歩いて
十詩子の家が
間近に迫った時
向こうの方に
たぶん高校生くらいの
男の子が立っていました。

悟は
目が良いので
顔はわかったのですが
十詩子は
近視?遠視なので
誰かわかりませんでした。

男の子は
こちらを見て
少し会釈したら
角に隠れてしまいました。

しばらくして
何人かが
出てきました。

遠くからでも
ハッキリわかるくらいの
老夫婦と
初老の夫婦
それに
若い人達でした。

だいぶ近づいてきたので
十詩子も
わかって
「お父さんたちだわ」と言って
少し早足になりました。

悟も
力を振り絞って
あとを付いていきました。

みんなで
出迎えてくれていたのです。

正月の静かな雰囲気が
その場所だけ
破られました。

「今日はよく来たね」
「結婚するんだね」
「よかったね」
「おめでとう」などと
挨拶しました。




2017年06月24日(Sat)▲ページの先頭へ
性懲りもなくまたオフ会をしようと思います。告知1回目

100万アクセスを達成した
その年に
オフ会をしたいと思って
告知したのですが
どなたも
参加されませんでした。

残念でした。

今回
1000万アクセスを
達成しそうなので
季節のよい
秋頃にでも
またまたオフ会をしたいと思います。

2017年11月12日日曜日
園田駅近くのお店

参加したい方は
右メールアドレスに
お願いします。

無理ですか?


10回告知しようと思います。


65歳になってしまった。

年齢計算ニ関スル法律によれば
「年齢は出生の日より之を起算す」ることになっています。

暦に基づき
計算しますが
生まれた日を算入しますので
1952年6月25日生まれの私は
2017年6月24日に
65歳になります。

と言うわけで
誕生日は明日ですが
私は
65歳になりました。

健康保険では
前期高齢者となりました。

高齢者を
いたわって下さい。

お願い致します。






ブログ小説「ロフトで勉強しましょ」結婚編その2

豊岡の正月は
雪が降っている時が多いのですが
その年は
雪は殆どつもっていませんでした。

まだまだ時間があったので
歩いて
十詩子の家まで
行くことにしました。

駅を東に商店街を通って
円山川の川沿いの道まで出ました。

川を少しさかのぼって
歩いて行きました。

コウノトリが
巣を作るための
鉄柱が
所々に立っているのが
遠くに見えました。

十詩子は
活動的な女性で
歩いて
営業に回ることも
しばしばありました。

悟は
机付と
言われるくらい
机の前でしか
仕事をしたことがなく
歩くことは
苦手でした。

ふたりは
正月とはいえ
暖かい日を浴びて
ゆっくりと
手を繋いで
歩いていました。

十詩子は
悟の顔を見ると
我慢しているようですが
辛そうでした。

十詩子は
「ここで休みましょうか」と
声を掛けました。

悟は
「ありがとう

僕の気持ち
わかるんですね

良いお嫁さんになるよね」と
十詩子に言うと
すこし赤くなった十詩子は
「あなたこそ
良い旦那になりますよね」と
答えました。




2017年06月23日(Fri)▲ページの先頭へ
ブログ小説「ロフトで勉強しましょ」結婚編その1

結婚のことを
十詩子の両親に
話すために
豊岡に向かう
電車に乗っていました。

1月2日ですので
正月の晴れ着を
着ている乗客も多く
華やいだ車内でした。

その中で
初老の悟と
ひとつ歳は下だけど
娘のように見える
十詩子が
寄り添って
座っていました。

景気の良い
武田尾の
渓谷のなかを
電車が通っても
窓の外など見ずに
ふたりは
見つめあって
なんだかんだと
話していました。

宝塚から福知山で乗り換えて
豊岡まで
電車で約2時間です。

朝早く出発して
9時過ぎには
豊岡に着きました。

駅前は
正月ということで
大きな門松が飾ってあったけど
閑散としていました。

十詩子の家は
駅から少し離れていて
バスで行くのが普通です。

弟が迎に行くと言っていましたが
『タクシーで行くから』と
断りました。

駅に着くと
タクシー乗り場に
タクシーが停まっていませんでした。




2017年06月22日(Thu)▲ページの先頭へ
ブログ小説「ロフトで勉強しましょ」あらすじ

ブログ小説の山場である
誤解についての詳しいことは全話をお読み下さい。
「ロフトで勉強しましょ」
前編
クリスマス編
完結編とのあらすじ


十詩子は
大家族で高校まで
豊岡に住んでいました。

家計を助けるために
大学進学を諦め
尼崎市の大手鉄鋼会社の工場に勤めはじめます。

同僚の敬子とともに
社命で大阪の経理学校の夜学で
簿記を勉強しました。

そこで
大学生の悟と出会います。

平素は控えめな十詩子ですが
この時だけ
十詩子の方から
きっかけを作って
悟と付き合うことになります。

ふたりは
一緒に勉強したり
悟の大学に行ったりして
清く正しい
デートをしていました。

悟の大学で
講義を受けて
大学にやっぱり行きたくなります。

課長にお願いすると
転勤のある
総合職に変わると
奨学金が出て
夜学に行けると
アドバイスを受けます。

あとのことも考えずに
総合職に変わって
悟と同じ大学を受験します。

試験には合格し
入学金は
悟や同僚・両親・家主それに
会社の奨学金で
まかなってもらいました。

十詩子は
仕事と勉強それに
悟を大事にして
がんばっていきます。

会社の仕事が
電算化される時流に乗って
十詩子の仕事は
段々と大きく
偉くなっていきます。

ひとつ上の
悟は
建築の勉強をするために
もう一度大学に行くことになります。

遅れて卒業した
十詩子は
総合職として
東京転勤を命じられ
悩みます。

ふたりは
永遠の愛を信じて
十詩子は
東京へ
悟は大阪の大学と
遠距離恋愛になってしまいます。

十詩子の仕事も
悟の勉強も
忙しいために
殆ど会われず
3年が過ぎます。

普通に考えると
些細な誤解が
二度起きて
ふたりは
愛しながら別れてしまいます。

十詩子は
会社で
徐々に重要な仕事をまかされ
昇進していきます。

悟は
大阪市の公務員になって
忙しく仕事をする毎日です。

ふたりは
相手のことを忘れることもなく
月日が経って
悟が58十詩子が57歳の時
再び出会って
誤解が解けます。

今度も
積極的に
十詩子が動いて
結婚を
する事になります。

そしてふたりは
十詩子の実家
豊岡へ
電車で向かいました。








2017年06月21日(Wed)▲ページの先頭へ
ブログ小説「ロフトで勉強しましょ」今までのあらすじ

「ロフトで勉強しましょ」
前編
クリスマス編
完結編とのあらすじ


十詩子は
大家族で高校まで
豊岡に住んでいました。

家計を助けるために
大学進学を諦め
尼崎市の大手鉄鋼会社の工場に勤めはじめます。

同僚の敬子とともに
社命で大阪の経理学校の夜学で
簿記を勉強しました。

そこで
大学生の悟と出会います。

平素は控えめな十詩子ですが
この時だけ
十詩子の方から
きっかけを作って
悟と付き合うことになります。

ふたりは
一緒に勉強したり
悟の大学に行ったりして
清く正しい
デートをしていました。

悟の大学で
講義を受けて
大学にやっぱり行きたくなります。

課長にお願いすると
転勤のある
総合職に変わると
奨学金が出て
夜学に行けると
アドバイスを受けます。

あとのことも考えずに
総合職に変わって
悟と同じ大学を受験します。

試験には合格し
入学金は
悟や同僚・両親・家主それに
会社の奨学金で
まかなってもらいました。

十詩子は
仕事と勉強それに
悟を大事にして
がんばっていきます。

会社の仕事が
電算化される時流に乗って
十詩子の仕事は
段々と大きく
偉くなっていきます。

ひとつ上の
悟は
建築の勉強をするために
もう一度大学に行くことになります。

遅れて卒業した
十詩子は
総合職として
東京転勤を命じられ
悩みます。

ふたりは
永遠の愛を信じて
十詩子は
東京へ
悟は大阪の大学と
遠距離恋愛になってしまいます。

十詩子の仕事も
悟の勉強も
忙しいために
殆ど会われず
3年が過ぎます。

普通に考えると
些細な誤解が
二度起きて
ふたりは
愛しながら別れてしまいます。

十詩子は
会社で
徐々に重要な仕事をまかされ
昇進していきます。

悟は
大阪市の公務員になって
忙しく仕事をする毎日です。

ふたりは
相手のことを忘れることもなく
月日が経って
悟が58十詩子が57歳の時
再び出会って
誤解が解けます。

今度も
積極的に
十詩子が動いて
結婚を
する事になります。

そしてふたりは
十詩子の実家
豊岡へ
電車で向かいました。








日が当たらないお部屋

ドラマで
日が当たらないお部屋という設定になっているのに
窓から
お月様が見えていました。

そんな事ないですよね。

夏と冬で
見える高さは
逆ですが
同じような軌道を
通っています。

日食というのがあるくらいですから
そうだと思います。

日が当たらないお部屋は
お月様も見えません。


2017年06月20日(Tue)▲ページの先頭へ
ブログ小説「ロフトで勉強しましょ」結婚編

ブログ小説「ロフトで勉強しましょ」は
前編
クリスマス編
完結編と
3部構造になっています。

完結編を書いて
3年半が過ぎてしまいました。

昨日
再び
全話読んで
また涙を流してしまいました。

きっと
自作の小説は
凡作であろうと駄作であろうと
感動するものなのでしょう。

あれからずいぶん時間が経って
私も
老いてしまいました。

十詩子も
悟も
結婚したのが
初老を過ぎた頃ですから
きっと
死を
間近に見ていたかも知れません。

今までの
「ロフトで勉強しましょ」が
恋愛小説なら
それとは
180度違うものとなると思います。

いつものように
期待せずに
お読み頂ければ
嬉しいのですが
年齢的に
死が話題となることが多いので
「うっとしい」物語になると思います。

そんなんじゃなくて
華やかなのが良いですよね。
いつも考える
大方の筋書き
例の構想1分で考えてみました。





私のyoutubeが少し変

私も一人前に
youtubeをしています。

この頃
履歴によれば
閲覧者が多いのです。

多いと入っても
200ぐらいですが
私にとっては
驚異的数字です。

びっくりです。

もっとびっくりなのは
再生時間が
一日に延べ4時間だそうで
国民の皆様の貴重な時間を
4時間もとってしまって
申し訳ございません。




私のyoutube

2017年06月19日(Mon)▲ページの先頭へ
ブログ小説「ロフトで勉強しましょ」全話

次回からは 「ロフトで勉強しましょ」の 続篇を書きたいとともいます。

今から
36年前
私が
某私立の薬学部に
通学していた頃のお話です。
(当時の男子が通える薬学部は
関西では一校しかありませんが、、)

私は大学に行く傍ら
南森町にある
伝統のある
某経理学校に通っていました。
健康診断に行ったとき
その経理学校の前を通って
懐かしく思いました。

今では
ダブルスクールは当たり前でしょうが
当時はどうだったんでしょうか。
私はその経理学校には
2年近く通っていました。

勉強は
古い校舎で
講義なんですが。
ガッタンガッタンとやかましく音をたてる
エレベーターで
4階に上がります。
フロアーオイルと
トイレの匂いがする
教室で
先生のご講義を受けます。

別に取り立てて
大きな事件もなく過ぎていくのですが
私の人生で
はじめてで
たぶん最後の
大きな事件が起きます。
いや起きるというか
起きようとしたのですが
私の
判断で直ちに終わってしまいました。

事件の内容は
次のように簡単な事件です。

『ある日
某経理学校に行って
前からいつもの
3席目に座りました。
あまり前で
黒板を見ると
首が痛いので
いつも3席目でした。

さてその席に座って
講義を受けていると
前に座った
OLのふたりの内の
右側の女性が
「この目薬空かないわ」と言って
振り返って
私の机の上の
その目薬を置いたのです。
その振り返り方や
その声のトーンが
かなり緊張しているように見えます。

置かれた目薬を
最初は何か
理解できませんでした。
10分ばかし
考えたあげく
何も出来ませんでした。

少し時間が経過して
講義が終わる間近になって
前のOLは
躊躇しながら
振り返って
目薬を回収しました。』
と言う出来事です。

今でも
前の女性の
白い頬が
赤く染まった
様子を覚えています。

皆様もこのような経験覚えていますか?

35年前のつまらぬ私的な思い出を
書いて申し訳ございません。

でもその後何もなかったのですが
その時私が
目薬を開けていたらどうだったのだろうと思いました。

きっと何もないのだろうと考える方が
適切かも知れません。

でも人生はやり直せませんし
一度だけなので
想像の域を出ません。


しかし
少し想像をたくましく考えて
小説を書いてみます。
主人公は
目薬を渡した
女性です。
目薬を渡す場面のみ
事実ですが
もちろん
他の部分は
フィックションです。

次回から
「ロフトでお勉強しましょ」を
不連続で連載します。

彼女の名前は
十詩子
昭和28年の生まれです。

昭和28年生まれは
後日花の「にっぱち生まれ」
と言われるのですが
十詩子もにっぱち生まれなのです。

彼女の生まれたのは
兵庫県の北部
但馬の豊岡の街の中です。
豊岡は
今はコウノトリで有名ですが
今もそうですが
鞄で有名な所です。
豊岡の柳ごおりは
全国的に有名です。

十詩子の父親も
柳ごおりの職人でした。
十詩子は子供の頃から
習い事をして
厳しく育てられました。

小学生の頃から
そろばん
中学生になってお茶やお花
高校になったらお琴なんかも習って
どれも相当な腕前になっていました。

特にそろばんは
中学を卒業する頃には
一段の腕前で
暗算なんかお手の物でした。

そんな十詩子も
高校を卒業時期になって
進学か就職かで悩みました。
家業が伸びずに
経済的に困っていた事を
十詩子は知っていました。
高校の先生は
大阪の国立大学はともかく
神戸の二期校なら確実に合格すると
強く勧められていたのに
就職を撰んでいたのです。

豊岡では
これっと言った就職先が
見つからないので
大阪へ行くことにしました。
そろばんが得意なのが
功を得たのか
日本では有名な大企業に
就職が決まりました。

十詩子は
尼崎の工場の
経理課勤務の内示を受けていました。

それで
三月の終わりに
両親と伴に
来阪して住居を決めました。
十詩子は
安い家賃で良いと言うことで
尼崎駅前の
古い洋館建ての
屋根裏部屋に
決めました。
職場に近いのと
お風呂屋さんに近いのが
表向きの決定の理由でしたが
本当は
その屋根裏部屋の窓から見える六甲の景色が
すばらしかったからです。

十詩子は
昭和47年の4月1日
鉄鋼会社の
尼崎工場の
経理課勤務が始まりました。
始業時間は
9時からですが
十詩子は
8時には工場の門に着いてしまいました。

初めての仕事ですので
遅れてはいけないと思って
早く出たら
近くなので
早く着いてしまいました。

工場の門では
8時で退社する夜勤の工員さんが
帰って行きました。

十詩子は
守衛さんに
新入社員であることを告げると
守衛さんは
「早すぎるんじゃないの
まだ経理課の人はだれもいらしてませんよ
中に入って
待ってたら」と言って下さいました。

しばらくすると
経理課のひとりが
出社して
鍵を取りに来ました。
それで
守衛さんは
十詩子のことを告げると
経理課員は
十詩子を連れて
少し離れた
古いコンクリート造の
二階に案内されました。

そこの応接室でしばらく待っていると
係長が来て
十詩子を
まず課長に紹介した後
二十数名の課員に
挨拶させて回りました。

その後係長は
昨年入った敬子を
呼んだ後
仕事のことは
まず敬子の仕事を手伝うように言いました。

十詩子の先輩で
のちに友達となる
敬子は
地元尼崎の出身です。

まず敬子は
お茶くみの仕事を
一緒にしました。
現代では
女子社員がお茶くみなどしませんが
当時は新入社員の女子社員がするのが当たり前です。
それぞれの湯飲み茶碗は
各個人のもので
誰がどの茶碗かを覚えるのが
まず仕事です。
敬子はこれを覚えるのに
一週間ぐらいかかったのですが
十詩子は
1日でほぼ完璧に覚えました。
お茶くみは
朝と十時それに昼と三時にあるのです。
4回もお茶を配れば
覚えるのは当然と思ってしまいました。

新入社員の仕事は
お茶くみ以外にも
もちろん仕事があります。
会計課に行って
山のような伝票をもらってきて
その科目ごとに
より分け
その総計を出すのです。
単調な仕事です。

会計が
伝票と帳簿と
そろばんだけで行われていた時代です。

一日が終わると
本当に疲れてしまいます。
間違いが許されない仕事ですから。
十詩子は
仕事が終わると
市場で買い物をして
お部屋に帰りました。

まじめとか言うことでもなく
お部屋に帰るのは
当時では常識です。

帰ると
料理をします。
十詩子の部屋には
当時のアパートでは
珍しく
流しが付いていて
料理はお部屋で出来るのです。
でも
十詩子の部屋には
冷蔵庫がないので
その都度作らなければいけません。

十詩子は
疲れて帰ってきて
いろんな家事をこなして
やっと
ご飯が食べれました。

それから
少し読書して
何もすることもないので
寝てしまいました。
テレビや
ラジオがないので
そうしたのも無理はありません。

十詩子の部屋は
4畳半しかありませんでしたが
何もなかったので
ひとりでは広いお部屋でした。

会社とお部屋を
往復して
いつもと変わらない仕事をして
給料日がやってきます。
4月25日は
十詩子の初給料日です。
朝から会計課に先輩と敬子と3人で行って
お給料の現金を
もらってきます。

それを
経理課の応接室で
各人の給料袋に
読んで入れていきます。

課員は20数名なので
100万円を軽く超える金額を
初めて見た十詩子は
驚いてしまいました。

敬子は小声で
「私も最初この現金を見たときは
驚いたわ」言いました。

昼前に
なって
給料袋が
配られました。
各人はんこを持って
集まってきて
嬉しそうにもらっていきました。

最後に
十詩子がはんこを押して
給料袋を手にしました。

初任給は
3万円あまりです。
(著者注:たぶんこのくらいだと思いますが
間違っていましたらご指摘下さい。)
十詩子は
まずその内から
家主さんに
5,500円をひとまず渡しました。

残りは
どうしようか迷いもせず、
1万5千円は
豊岡の
実家に送りました。
残りを郵便局に貯金しました。

十詩子の家に
冷蔵庫や
テレビは
なかなか来そうもありません。
十詩子の仕事は
全く変わりません。
月末になると
月ごとの帳簿を締めます。

月ごとの集計をします。
そろばんが頼りで
先輩に指示されたように
計算します。

複式簿記ですので
計算した結果が
合わないと
もう一度最初からやり直しです。
月末は
十詩子も
残業して
計算します。

でも4月の月末は
うまく合って
敬子は
「十詩子がいたから
合ったんだよ。
十詩子がそろばんが上手で
本当に助かったよ」
と十詩子に告げました。

十詩子は
「そんな私なんて
足を引っ張っているだけですよ。
敬子さん
お上手を言わないで」
と謙遜して言いました。

その日以来
敬子は十詩子は仲良くなって
何をするのも
敬子と十詩子は
一緒にしていました。


そんな毎日が過ぎていき
7月になったとき
係長が
ふたりを呼びました。

係長は
「わかっているように
我が社では経理畑の社員を養成している。
簿記を勉強するために
学校に行って欲しい
本当は敬子だけなんだが
ひとりだけでは夜危ないので
十詩子も一緒に
行くように。
学費は出すが
残業手当は出さない。
行ってくれるか。」
とふたりに言いました。

十詩子も敬子も
ふたり一緒なら
楽しそうだし
すぐに
「行きます」と答えました。

7月の始めから
大阪の南森町の
経理専門学校に行くとになります。
会社を定時に終わった後
敬子と十詩子は
当時の国鉄の尼崎駅から
大阪に向かいます。
それから地下鉄で
一駅向こうの南森町まで乗って
駅から1分の経理学校です。

十詩子は
会社に就職してから
尼崎から出ていません。

大阪へ行くのは
高校の時に
就職のために
今の会社の
大阪本社へ
行ったのが初めてで
その時以来
行ったことはありません。

敬子とわくわくしながら
大阪の大きな地下街を通って
行きました。

経理学校は
古い鉄筋の校舎で
相当昔の
エレベーターで
ガタンガタンと揺られながら
4階の教室に行きました。

教室は
高校の教室のと同じぐらいの
大きさで
古い木の机と椅子が並んでいました。

気合いが入っている
敬子と十詩子は
黒板の前の
一番前に座りました。

会社を定時に出てきたので
少し早めというか
だいぶ早めに来てしまって
一番でした。

ふたりは
なんやかやと
話しながら時間を過ごしていると
次々と他の受講生がやってきました。

受講生は
若い女性が多くて
同じように
会社員が多いのかと思いました。

そんな中
ひとりの男子大学生が
十詩子のちょうど後ろに座りました。

彼の名前は
哲(さとし)と言います。
彼は理科系の私立大学に通っていましたが
今で言うダブルスクールで
経理の勉強のために
来ていたのです。

講義は
先生が
黒板に仕訳をひとつずつ書いて
説明してくれるもので
始めから教えてくれるので
十詩子には少し簡単すぎるものでした。

講義が終わると
外は真っ暗になっていて
電車に乗って
どこにも
立ち寄らずに
尼崎駅まで行って
そこで敬子と別れて
お部屋に帰りました。
会社の仕事は月末には
忙しくなるので
ぎりぎりまで
仕事をして
学校に急ぎます。

少しだけ遅れても
いつもの前の席が
空いています。
別に決まっているわけではないのですが
1回目に座った席が
ズーと決まってしまいました。

そして後ろの席には
哲が座っていました。

十詩子は社命ですので
一度も休まず通っていましたが
哲も一日も休んでいませんでした。

初めのうちは
十詩子は
哲のことなど
何も思っていなかったのですが
ある日敬子が
「後ろの男の子
十詩子の髪の毛を
スケッチしてたよ」
と言う言葉を聞いて
急に気にしはじめました。

哲は確かに
十詩子の髪の毛のスケッチをしていました。
それは十詩子が好きだとか
意識していたのではなく
彼は流れるような髪の毛が
好きで
最初は
それを描くのが好きだっただけなのです。

十詩子は
そう言われてみると
「私に気があるのかな」
と思ってしまいました。

そして気になり始めました。
十詩子は
敬子に何気なく聞いたり話したりしていました。

そんな日が続きました。
講習は3ヶ月で終了です、
夏も過ぎて
9月になると
もう学校は終わりになってしまいます。

それで
一週間ばかし考えて
敬子と相談して
十詩子は
何か話すきっかけを作ることになりました。

予行演習もしてみました。

そのきっかけを作る日は
最終回の前回に決めました。
小道具の目薬も用意しました。
その日がやってきました。
十詩子と十詩子を応援する敬子は
いつもの席に座りました。

後になって
なぜこんな大胆なことをしたのか
そしてなぜこんな方法なのか
わからないと
十詩子は思ったことですが
この日のこの時間の
十詩子は合理的な考えが出来なかったのです。

(ここまでは
フィクションです。
ここからは名前は仮名ですが
ノンフィクションです)

先生がいつものように
少し横道にそれて
教室が少しだけざわついた時
バックから
目薬を出して
目薬を開けるようなふりをした後
「この目薬空かないわ
敬子出来る?」と言って
敬子に渡しました。

その後敬子は
「出来ないわ」
と言いながら
目薬を
十詩子に返しました。

十詩子は
「開けてもらいませんか」
と言って
後ろの学生の机の上に
その目薬を置きました。

この間
十詩子は
上気して
顔を真っ赤にして
そして声がうわずってしまいました。
表現出来ないくらい
恥ずかしくて
消えてしまいたいと思いました。

後ろの悟は
突然前の女性が振り返りざま
目薬を
机に置いたのです。

悟は何が何だかわからなくなりました。
彼は先生が横道にそれたときは
勉強以外のことを
いつも考えていて
外のことは
聞いていないのです。
その上
十詩子の声が
うわずっていて
よく聞き取れなかったのも一因です。

でも
これは何かあると考えました。
悟は
一気に
耳まで
赤くなって
どうすべきか
考えました。

でも
しかし
どうしよう
などと考えて
5分が経ちました。

(実際は
悟はここでは何もしません。
しかし
この物語では、
少し違います。
悟はちょっとだけ違うことをします。
そのちょっとした行為が
ふたりの未来に大きく影響するのです。
ここからは
フィクションです。)

悟は
震える手で
目薬を手にとって
その口を開けて
小声で
「どうぞ」と言いました。




十詩子は
後ろを向いて
「ありがとう」と言って
目薬を受け取りました。

それから先生の講義が続いて
ふたりにとっては
長い授業が終わりました。

敬子と十詩子
そして悟は
席を立ちました。

敬子が
十詩子に
「目薬のお礼言ったら」
と言いました。

そう言われて
十詩子は
悟に目を合わせて
「ありがとう」ともう一度言いました。

悟は
「そんなに言うほどでも、、、
ところで
もうすぐ試験ですよね」

十詩子は黙って下を見ていました。

敬子は
十詩子の手を引っ張って
何とか言うように
目で合図しました。

十詩子は
「そうですね。
今度一緒に勉強しない。」
と小さな声で答えました。

悟は
「そうだね。
それも良いね」
と話しながら
エレベーターの方に
歩いていきました。

狭いガタンガタンと大きな音をたてながら
下りるエレベーターに他の学生と
黙って乗りました。

夜で暗くなった駅までの道も
黙って歩いていきました。
地下鉄で梅田まで
それから国鉄で
尼崎まで
3人で帰りました。

十詩子は知っていましたが
悟はこの時初めて
前のふたりの女性は
同じ駅から来ているのだと
いうことを初めて知りました。

尼崎駅では
3人の帰り道は違います。
悟は地下道を通って北側に
十詩子は南の警察署の裏手に
敬子は
東の支所の近くでした。

別れ際に敬子が
「十詩子一緒に勉強したら
今度の日曜日なんか良いんじゃないの
図書館にでも行ったら」といいました。

十詩子は
また顔を真っ赤にして
「一緒にどうですか」
と小声で言いました。

悟も
耳が熱くなるのを感じながら
「それはいいですね」
と答えて
日曜日に会う場所と待ち合わせの時間を決めました。
翌日会社にいつもより
早く行ってしまいました。
守衛室で鍵をもらって
経理課の部屋の鍵を開け
いつものように掃除をはじめました。

灰皿を掃除して
ゴミ箱のゴミを
捨てに行こうとすると
敬子がいつものように出社してきました。

「十詩子早いんじゃない。
それになんか嬉しそうだね。
そうだよね。
嬉しいはずだよね」と言われてしまいました。

十詩子は少し赤くなって
早足で
少し離れた
焼却場まで
行きました。

帰ってくると
敬子はお茶を入れていました。

「敬子さんちょっとお茶早いんじゃないんですか」
と十詩子が尋ねると、
「これは私たちの分よ
聞かせてよ
今度のデートは
どんな風にするの
本当に図書館に行くの?
そんな所じゃ
話も出来ないんじゃないの」
と答えました。

ふたりは
湯沸かし室の端に置いてある
古びた椅子に座って
話し始めました。

十詩子:
図書館に決まってるじゃないの
それ以外にどこに行くというの


敬子:
そーなの
何かつまんないの
でも食事何かするんでしょ
ふたりで
何食べるつもりなの
図書館なら
どこの食堂かな

十詩子:
そうね
朝会うのだから
昼ご飯は食べるのかな
わからないなー
こんな時はどうすればいいの
敬子さん教えて

敬子:
そうね
やっぱりこざっぱりした所が良いよね
中央商店街は少しね
やっぱり尼センデパートかな

十詩子:
ちょっとお高くない

敬子:
何言っているの
おごってもらうのよ
女性はいつもおごってもらわないと
いけないのよ
割り勘をする男なんかに
惚れたらダメよ

十詩子:
えー
そうなの
もし彼がそうだったら
どうしよう
やっぱり安い方が
良いよね
その危険性がなくて

敬子:
何言っているの
そんな事じゃダメじゃない

と言っていた所
部屋の方に
課長が来たような音がしたので
話は終わって
すぐに
お茶を入れて
持って行きました。

課長は席につくなり
熱いお茶が出てきたので
「おー
ありがとう。
十詩子さん
今日は何か良いこと合ったの
今日は綺麗だよ」
と言われてしまいました。

課長が
「十詩子さん
今日は何だか綺麗だよ」
などと言った事は
今なら
セクハラだと言われそうです。
でも当時は
当たり前で
十詩子は
「なぜわかるんだろう」
などと考えて
少し赤くなりました。

それをしっかり見ていた課長は
「やっぱり
明日はデートだな」
と言い当ててしまいました。

十詩子は
課長が
言い当てたのを
びっくりしました。

それを聞いていた
敬子も
「課長はやっぱり課長だけのことはあるな」
と思ってしまいました。

そんなうきうきした一日も
終わって
デートの日が来ました。
十詩子は
朝早く起きて
用を済ませて
念入りに
化粧をはじめました。

前の日に
薬局で
化粧の仕方を聞いて
買ってきていたのです。
店先では
うまくできたのに
その日の朝は
うまくいかないので
付けたり消したり
試行錯誤の連続です。

あまりにも厚化粧ではいけないし
そうかといって
薄化粧では
少し心配だし
どうして良いかわからなくなりましたが
時間が来たので
十詩子らしく
薄化粧で出かけました。

待ち合わせ場所は
国鉄の尼崎駅です。
当時の尼崎駅は
木造の小さな駅舎で
戦争で燃えてしまったので
急ごしらえで作った
駅舎が
まだあったのです。

相当早く
ついてしまった十詩子は
悟を待ちました。

待ち合わせの時間が
ちょうど来たとき
計ったように
悟が
駅の待合室にやってきました。

十詩子は
笑顔で「お早うございます」と言いました。

悟もはにかみながら
「おはよう」と返事をしました。

ふたりは
待合室の
木の作り付けの椅子の座りました。
その時の十詩子の
いでたちは
白に大きめの赤の水玉模様の
ワンピースに
赤のハイヒールです。
髪の毛は
もちろん染めていなくて
黒い髪を
お下げにしていました。
白いハンドバッグが
とっても清楚な感じで
悟は
昼間の日光の下で見た十詩子に
少し心を奪われました。

かたや悟は
当時の大学生がそうであるように
白のワイシャツに
薄いベージュの
ブレザーを着ていました。
開襟で
髪がぼさぼさのところが
十詩子には
頼もしく思いました。

ふたりは待合室で
改めて
自己紹介になりました。

悟:
僕は悟と言うんだ。
○○大学の2年生なんだ
大学に行っているんだが
経理の勉強もしたくて
専門学校にも行っています。
畑違いだから
少し難しいよ

十詩子:
そうなんですか
私は十詩子
今年の春
豊岡から出てきました。
この近くの工場の経理課に勤めています。
社命で専門学校に行っています。
簿記の試験に通ると
資格手当が付いて
給料が少し増えるの
がんばっています。
実家に少しでも
仕送りがしたいので、、

悟:
十詩子さんは親孝行なんですね
僕なんか親のすねばかりかじっていて
十詩子さんには
頭が上がらないなー

十詩子:
別に私が学費を出しているんじゃないので
私に言わなくてもいいと思いますよ。
あなたも
勉強にがんばってるんじゃないんですか。

悟:
そう言われると
恐縮しますよ
勉強はがんばっていやっているつもりだけど
あまり成果が上がらなくて
私の母が
後悔しないように
がんばるように
と言われているし

十詩子:
後悔しないようにって言われたの
私と同じですね
親の考える事は
同じね

悟:
当面の課題をクリアするために
がんばりましょう。

十詩子:
そうですね
じゃ
中央図書館に行きましょう。
本を借りに
前行ったことあるの

悟:
僕も行ったことあるよ

と言って
ふたりは
駅舎から出て
自転車で
駅の前の道を
まっすぐ南に向かいました。


十詩子と悟は
自転車で駅前を南に向かいます。
警察署の横を過ぎて
道が細くなって
まっすぐ行くと
国道2号線に出ました。

当時の国道は
真ん中に路面電車が通っており
荷車も
国道を通っていました。

国道に出て
右に曲がりちょっと行くと
左側にできたばかりの
立派な文化センターがあります。

文化センターの向こう側の
庄下川との間の地道を入っていくと
大きな空き地があって
その向こうに
2階建ての
図書館があります。

前の自転車置き場に
自転車を止めて
鍵を掛け
2階に上がりました。
2階には自習室があって
満員に近くたくさんの人が
いました。

ふたりは
真ん中の
ふたつ空いている席
隣同士に座りました。

入り口に
大きく
「静粛」と書かれていて
静かな学習室です。

ふたりは
目くばせはするものの
話は出来ませんでした。

昼の
12時近くになると
座っている人が
立って
出ていきました。
昼ご飯にでも
行くのでしょうか。

十詩子は
悟を見て
悟も
十詩子を見て
目で合図して
同時に学習室を
出ていきました。

悟は
「お昼はどうする。
パンでも食べる?」
と聞きました。

十詩子は
レストランで
一緒に食事をしたかったんですが
「えっえ
そうしましょうか」と答えてしまいました。
十詩子は何も言えず
パン屋で菓子パンを買う羽目になってしまいました。

内心
「レストランで昼食じゃないの
パンは好きだけど
パンとレストランは
違うでしょう」と思いつつ
仕方がないので
好きなパンを撰びました。

悟は
自分の分だけお金を払って
しまったのを見て
「あー
敬子が言っていた
事態になってしまった。
どうしようかな。
見込みはもうないのかなー」
と思いながら
十詩子は自分の分を
払いました。

ふたりは自分のパンを持って
パン屋を出ました。

阪神尼崎駅前の公園のベンチに座りました。
気候が良かったので
気持ちは良かったですが
十詩子の心は
少し気が滅入って
しまいました。

悟は
簿記のことや
大学のことや
いろんな事を話しました。
でも
十詩子はそんなことより
レストランの事が
気になっていました。

食べ終わって
悟は
「図書館は
話が
できないので
もっと他の場所はないかな」と
十詩子に聞きました。

十詩子:
そうね
図書館では
ちょっとふたりで勉強する意味ないですよね。

悟:
そうだ
喫茶店に行かない?
喫茶店なら
コーヒー一杯で
相当粘れると思うし

十詩子:
それはいい考えね

当時は
喫茶店のが段々と増えていく時期で
時間があれば
喫茶店に行くという
習慣ができつつある時期でした。

ふたりは
国道沿いの
雰囲気の良い
喫茶店の
窓側の席に座りました。
喫茶店の窓際の
座ったふたりは
コーヒーを頼みました。

十詩子は
心の中で
「しめしめ
これで良いのだわ」
と考えていました。

ふたりは隣同士に座って
簿記の問題を
あーでもない
こーでもない
と議論しながら
解いていきました。

一杯のコーヒーと水は
すぐになくなってしまいましたが
そんなことも気にせず
居座っていました。

3時にもなると
なくなったコーヒーカップ
前にしていると
居づらくなって
何か頼まないといけないかと
十詩子は思いました。

十詩子:
三時だから
何かおやつ食べません。
ケーキなんかお好きでありませんか。
甘い物は苦手ですか。

悟:
それは良いね
甘い物は僕は大好きです。

十詩子:
無理してません?
お酒の方が好きじゃないんですか。

悟:
無理はしていません。
僕は甘い物好きなんです。
お酒は飲みませんし
食べるのは
甘い物しか
ケーキなんか良いですよね

十詩子:
そー
それは良かった
ねえ
ケーキ頼みませんか

悟:
それは良いですよね

ふたりは
店員を呼んで
ケーキを頼みました。

美味しそうな
ケーキが
前に並びました。
ふたりは
食べ始めました。

特に悟は
美味しそうに食べました。
それを見た十詩子は
満足でした。

食べ終わってから
水を飲んで
またそれから
数時間
ねばって
勉強しました。

夕日が
窓から差し込みはじめた頃
誰から言うともなく
この辺りで終わりにしようと言うことになりました。

悟は伝票を
さっと取って
会計を済ました。

十詩子は
「やった-
やっぱり
悟はいい人だわ
敬子にも言えるわ」と
心の中で
叫んで
顔は
赤くなってしまいました。

十詩子と悟は
自転車で
国鉄尼崎駅に向かって走り始めました。

来たときと同じ道順ですが
途中で
もうすぐ駅というところで
十詩子は止まって
「私の家はあそこなの。
一番上の屋根裏部屋よ」と
悟に指を指しながら言いました。

悟は
「あー
屋根裏部屋?
なかなか良いよね。
ロフトだよね。」
と答えました。

十詩子:
ロフトって

悟:
ロフトというのは
屋根裏部屋のことだよ
天井が
斜めになっているだろう
斜めって英語で
ロフトと言うんだ
だから
屋根裏部屋をロフトって言うんだ。

十詩子
そうか私ロフトに住んでいるんだ
何か良いよね

と笑いながら答え
国鉄尼崎駅まで行きました。

そこで
悟は
「またね
次の日曜に
試験場で会おうね。
今日は楽しかったよ。
じゃーね」と別れを言いました。

十詩子は
軽く会釈で答え
手を軽く振りました。

悟は地下道で東海道線向こう側に行ってしまいました。

それから
市場によって
お魚と
明日の味噌汁の具の豆腐を
買いました。

お部屋に帰って
「これが私のロフトよね。
そう見ると何だかおしゃれなお部屋よね。
でも殺風景なお部屋よね
おしゃれとはほど遠いような気がするわ。

そうだわ
もっと綺麗にしなくっちゃ
もし悟さんがお部屋に来ることになったら
こんな部屋だったら
幻滅してしまう。
よーし
綺麗にしましょ」
と心の中で言って
魚を炊いて
そのお汁で
野菜を煮ました。
敬子がいつものように出社すると
ゴミが片付けられており
周りが綺麗になっているので
「十詩子うまくいったんだ」
と思いました。

ゴミ置き場から
帰ってきた
十詩子は
敬子に
さんざん冷やかされました。

敬子:
うまくいったのね
何食べたのよ
手はつないだの?

十詩子:
そんなー
そんなことありません。
食べたのはパンよ

敬子:
パンなの
そんなんじゃ雰囲気良くないんじゃない
それだけなの
他にないの

十詩子:
喫茶店にも行ったよ
男の人と喫茶店に行ったの初めてよ

敬子:
それは良かったわね

十詩子:
悟さんたら
私のお部屋は
ロフトだというのよ
ロフトって知ってる?

敬子:
ロフトって何よ

十詩子:
ロフトというのは
屋根裏部屋と言うことなの
私の部屋ロフトなのよ
もし悟さんが来たらどうしよう
何もないお部屋なのよ
敬子どうすればいいの

敬子:
どうにでもしたら

そう言いながら
十詩子はルンルンで
その週を過ごしました。
十詩子は
もうすぐ試験なのに
勉強もせずに
自分のお部屋を
どうすべきか見回しました。

外観はともかく
お部屋の中は
何もないお部屋です。

階段を上がると
廊下があって
奥のドアが
十詩子の部屋です。

扉は
古い木でできたもので
飴色の木の枠があって
その中に木がはめ込んであります。
八等分されてはめ込んでありました。

ドアを開けると
靴を脱ぐところが半畳ばかしあって
それから畳のお部屋で
6畳ばかしあって
右側に押入
左側に台所があります。
畳の向こうが
板の間になっていて
その部分は
斜めの天井です。
その斜め部分に
窓があります。

十詩子は知りませんが
この窓を腰窓:ドーマーウインドーと言います。

十詩子の家財道具は
家から持ってきた文机と食器を入れる小さな戸棚だけです。

他は布団と服が少しあるだけで
それらは押入に仕舞ってあります。

壁は漆喰塗りで
少し古ぼけていました。

十詩子は
まず掃除しかないと考えました。
ぞうきんを掛けて
できるだけ美しました。
所々にある落書きも
ぞうきんで強く拭くと
消えて目立たなくなりました。
会社を定時に終わって
寝るまで掃除して
二日間で
小さなお部屋の掃除してしまいました。
天井まで拭き取ったんですが
十詩子の目には
あまり綺麗にはならなかったんです。

十詩子は考え込みました。
お部屋をもっと
美しくできないか悩んでしまいました。

明日が試験というのに
そんなことばかり
考えていました。
あまり試験勉強していませんでしたが
日曜日が来て
試験場に行くことになりました。

試験場は
十三の近くの女子高校でした。
十詩子は
自転車で
阪急塚口駅まで
行きました。
駅前の映画館近くに
自転車を置いて
駅に行きました。

駅の改札口で
悟と待ち合わせしていたのです。
試験は
10時からです。
それで
ちょっと早いのですが
8時半に約束をしていたのです。

十詩子は
8時前には
待ち合わせの改札口にいました。
しばらくすると
悟も来ました。

悟:
遅かったかな

十詩子:
そんなことないよ
早すぎるんじゃないかしら

悟:
そうだよね。
早すぎるよね。

十詩子:
今日の調子はどう?
私はまあまあかな

悟:
僕もそうだ
試験の前はいつもそうだけど


と言いながら
早いのですが
十三に電車で向かいました。
3つ次の駅の十三でふたりは下りると
電車沿いの近くの女子校に行きました。

まだ早くて
誰もいませんでした。

受験票の番号を見て
教室に向かいました。
悟と十詩子は
教室が違うので
帰るに合う場所を約束して
そこで別れました。

十詩子は
久しぶりの
高校で
少し懐かしく
黒板を見ました。
十詩子は
試験場に着くと
まず席を探しました。

小さいパイプ机と椅子
懐かしく座りました。
十詩子はとっておきの物を
鞄から出しました。

それは
座布団です。

豊岡は寒い所ですから
十詩子の母親が
作ってくれた物で
何年間も愛用していましたが
高校を出たとき
母親が少し作り直して
持ってきたのです。

座布団を
椅子に付けて
準備完了です。

ゆっくりと始まるのを待ちましたが
早かったので
眠たくなってきました。

「そうだ
勉強しなくっちゃ
どこが出るかなー」
と考え直して
勉強をはじめました。
勉強に熱中すると
すぐに時間が経って
試験官がやってきて
試験が始まりました。

十詩子にとっては
少し簡単すぎて
がっかりしながら
全部解きました。

だいぶ早く出たので
途中で退席もできましたが
悟と約束した時間まで
あったので
試験場内で待つことにしました。

十詩子は暇だったので
辺りを見回して
人間観察をすることにしました。

若い人が多くて
男女の割合は
半々くらいでした。

中には
40歳くらいの人もいました。
何となく
まじめな人が多いように思いました。

そんなことを考えていると
試験官が
時間を告げました。

十詩子は
座布団を鞄の中に
仕舞って
試験場を出ました。
待ち合わせの
校門の所に
急ぎました。

悟が
たくさんの人の中で
待っていました。

悟:
十詩子さんどうだった

十詩子:
どうかな
悟さんはどうなの

悟:
僕は
まあまあだな
ところで
まだ受けるの

十詩子:
そうね
課長が
日商1級を取るように言っているの
だからがんばらなくっちゃ

悟:
すごいね
じゃまだまだ続くんだ
ふたりは
ゆったりと
喫茶店で
コーヒーを飲んでいました。

十詩子:
悟さんは大学生なんでしょう

悟:
そうなんだけど

十詩子:
どこの大学?

悟:
ちょっと大きな声では言えないな
△□?#大学なんだ。

十詩子:
よく聞こえないんだけど

悟:
だから
△□?#大学なんだ

十詩子:
そうなの
どこにあるの

悟:
大阪の東の方

十詩子:
家から何時間ぐらいかかるの

悟:
1時間40分くらいかな
早く出ているけど
ちょうどにいくと
電車が混むんだ

十詩子:
いいね
大学って
私行ったことないけど
一度行きたいな

悟:
じゃ僕の大学に来たら

十詩子:
そんなことしたら
怒られるんじゃないの

悟:
大丈夫だよ
わからないよ
だって
たくさんの学生がいるから
十詩子さんのような若い方なら
絶対にわからないよ

十詩子:
そうなの
体験で行っても良い?

悟:
僕が許可することでないけど
学長に代わって許可するよ。

十詩子:
エー許可してくれるの
何時がいいの

悟:
何時でもいいんじゃない
火曜と木曜は
実験だから
ちょっとダメかな
それ以外なら
いいよ

十詩子:
じゃ明日行こうかな
ダメだな
休暇願を出していないし
じゃ水曜日
でどうかな

悟:
もちろん許可するよ
確か水曜日は
公衆衛生学と
生物だったかな
午後は
えー
たぶん薬物学概論だと思うよ

十詩子:
わからないよ
そんな学問

悟:
君ならわかると思うよ
僕は
まあまあだけど

十詩子
水曜日は
どこで待てばいいの

悟:
今日と同じ場所で
7時10分かな

こんな話は
まだまだ続きます。
コーヒーも終わって
水を飲みながら
ふたりは
話し合います。

十詩子:
どんな服でいいのかな
目立ったらいけないし。

悟:
別に何でもいいんじゃないの
今の服装でいいよ。

十詩子:
これでいいの
こんなワンピースでいいの

悟:
あまり関心を持って
みんなを見ていないけど
そんな服を着ていると思うよ

十詩子:
そうなの
じゃこんな服で行こう

少し話さなくなって

悟:
ケーキも頼まない?

十詩子:
それはいいですね
頭を使うと
何かおなかが減るよね

悟:
そうだね
砂糖は
頭の栄養だからね
甘いものがいいんだよ。

ふたりは
ウエイトレスを呼びました。
ウエイトレスは
水を持ってきて
注文を聞いて
帰りました。

美味しそうな
イチゴのショートケーキを
金の縁のある緑の皿に入れて
持ってきました。

ふたりは
スプーンを持って
少しずつ
食べ始めました。

悟:
美味しいよね

十詩子:
そうね。
私の母は
いつも売っているものに
『美味しくないものはない』
と言うのが
口癖だったけど
私が
高校の入学祝いに
国道沿いの大きなケーキ屋さんで
ケーキを買ったんだけど
その味が
もうひとつなんですよ。
母は今までの
常識を覆す
そんなケーキがあって
がっかりしたみたい。
でもこのケーキは
美味しいよね。

悟:
そうなの
美味しくないケーキもあるんだ
一度食べに行きたいものだね

十詩子:
まだありますよ
今度豊岡に来たときに
行ってみたらいいわ

悟:
楽しみしているよ
いや
楽しみではないね
美味しくないのだから

ふたりは
ちょっと笑って
顔を見合いました。

それからもっと色々なことを話して
喫茶店を出て
楽しそうに
電車に乗って
塚口に帰りました。

水曜日にまた会うことを
約束して別れました。
月曜日十詩子は
また早く出社しました。

いつものように出社した敬子は
十詩子が
今日は早いと予測していました。

日曜日に
十詩子と悟が
喫茶店に入るのを
見ていたからです。

敬子:
十詩子今日も早いのね。
昨日あれからどこへ行ったの

十詩子:
あれからって?

敬子:
何をとぼけているの
喫茶店に行ってからよ

十詩子:
見ていたんですか
言ってくれればいいのに
喫茶店に行ってから
帰りましたよ。

敬子:
そうなの
他に行ってないの
直ぐ帰ったの

十詩子:
他には行っていませんが
すぐには帰っていませんよ
夕方近くまでいましたよ。

敬子:
そんなに話すことあるの
何を話していたの

十詩子:
そうなの
聞いて聞いて
敬子さん
あのね
私悟さんの
大学に
水曜日行くの
ねえ
どんな服で行くと良いかな
こんな服で良いかな。
新しい服買った方が良いかな

敬子:
えー
大学に行くの
何しに行くのよ
ずーっと行くの

十詩子:
悟さんが
来ても良いというものだから

敬子:
そんなこと話していたの
信じられない
もっと他のこと話さないの
好きだとか
愛しているとか
話さないの

十詩子:
そんなこと
話しませんよ
そうなの
そんなことを話すの
普通は話すの

敬子:
普通はそうよね
恋人同士なら
そんな話をするんじゃないの

十詩子:
そうなのか
でも
悟さん楽しそうに
話していたのよ
私たちは
付き合っているんじゃないの

敬子:
私に聞かれても

そんな話をしていると
いつものように
課長が来て
話は中断されます。
課長が来て
話が中断してしまった
十詩子と敬子の話ですが
その続きは
お昼の時間に続きます。

お昼休み
ふたりはいつものように
お弁当を
食べながら
話を続けます。

十詩子:
朝の話の続きですけど
大学ってどうなんですか。

敬子:
私も高校出て
すぐこの会社に就職したから
大学のことはわからないわ
でも大学に行った友達から聞いた話では
大学生は
あまり勉強しないらしいよ

十詩子:
そうなの
大学って勉強するところじゃないの
悟さんも
あまり勉強してないの

敬子:
それはわからないわ
専門学校に来るくらいだから
勉強しているんじゃないの

十詩子:
そうかも知れないませんね
ところで私の部屋のことだけど
どうすればいいでしょうか

敬子:
まだ言っているの
そうね
格好いい
かわいいお部屋は良いよね
別に悟さんが来なくても
かわいいお部屋にするのは良いよね。

十詩子:
手伝って
敬子さん手伝って下さい。


ふたりはその日会社を定時に退社して
近くの家具屋さんに行くことになりました。
ふたりは
『十詩子の部屋 可愛い化計画』に従って
家具屋さんに行きました。

何か考えているものがあって
家具屋さんに行ったのではなく
ただ漠然と
どんなものか見に行ったのです。

阪神尼崎駅前の家具屋さんは大きくて
いろんな家具が飾ってありました。

十詩子は
可愛い家具がないか
敬子と一緒に探して回りました。

猫足の家具なんか
気に入ったのですが
今の十詩子には
買えるだけのものではありませんでした。

展示している家具を
ズーとみて歩くと
カーテンのコーナーがあって
可愛いカーテンが
あったのです。

十詩子:
このカーテン可愛い
こんなカーテン
私のお部屋に
似合うかな

敬子:
そうよね
良いかもしれない
こっちのカーテンも良いんじゃない

十詩子:
本当
こっちの方が良いかも
値段も手頃だし。
でも内のお部屋
カーテンレールもないし
どうしよう

ふたりは悩んでいると
店員がやってきて
カーテンレールが無くても
可愛くカーテンを吊る方法を
教えてくれました。

それで早速買って帰るました。

晩ご飯も食べずに
カーテンを吊ることにしました。

窓の上の
木の部分に
押しピンで
買ってきた
水玉模様のカーテンを
留めていきました。
真ん中を少し重ねて
二枚貼ります。
それから壁側も
ピンで留めます。

それからカーテンの真ん中を
たぐり寄せて
カーテンを留め付けます。

両側に
カーテンを寄せて真ん中を開けると
窓が
部屋の中で
可愛く変身しました。

十詩子は満足でした。
それから
ニコニコしながら
夕ご飯を作って
またニコニコしながら
食べて
満足して
床につきました。

翌日
敬子を呼んで
部屋を
見てもらいました。

敬子:
すばらしいわ
前の部屋とは
全然違うんじゃない
こんな事で
変わるなんて
もっとあるかも知れないね

十詩子:
これで悟さんが来ても
問題ないかも知れませんね
悟さん来るかしら

敬子:
悟さんを
お部屋に呼ぶの
それって
少し
危険じゃないの

十詩子:
危険って?
危険なの
どう危険なの

敬子:
女ひとりの部屋に男の人を
呼ぶんでしょう
それは危険でしょう。

十詩子:
いやーだ
敬子ったら
そんなこと
悟さんにはないわ

そんな話をしながら
十詩子の作った
マメご飯を
ふたりは食べました。
水曜日になりました。
先日の晩に
炊いた
マメご飯を
お弁当に詰めました。
マメご飯は
傷みやすいので
入れようかどうか迷ったのですが
色が綺麗だし
早く行きたいのに
それしかなかったので
お弁当に入れてみました。

前日より用意していた
ノートや筆記用具を入れた
鞄も用意していました。

前に聞いた
充分なお化粧をして
国鉄尼崎駅に出かけました。

時間より
だいぶ早く
着いたのです。
コンパクトを見て
身なりを
点検しました。

待っていると
悟が地下道をくぐって
早くやってきました。

悟は
試験の時に出会った時と
同じ服装でした。

悟:
おはよう
十詩子さんだいぶ待ったの

十詩子:
おはようございます。
今着たところです。

悟:
じゃ行こうか
鶴橋まで切符を買って

十詩子:
鶴橋?
なかなか良い駅名ね
鶴と関係あるの

悟:
そうだね
鶴と関係あるのかな
わかんないわ

ふたりはそんなことを良いながら
改札で
切符を切ってもらって
ホームに入っていきました。

悟は
十詩子の
白いワンピースに
黒い長い髪が
とても眩しく見えました。
大阪で乗り換え
環状線に乗って
鶴橋まで行きました。

鶴橋で
近鉄線にに乗り換え
大学まで行きます。

どちらの電車も
混んでいました。
十詩子は
自転車で
通勤してましたから
朝のラッシュが
こんなに大変だと言うことを
初めて実感しました。

悟に
「混んでるね」
と言いながら
乗客に押されて
悟とにひっ付いたとき
十詩子は
ビーとした感覚を
体に感じました。

十詩子は
混んだ電車も
「いいな」と思いました。
「こんなんだったら
毎日通いたいもの」
とも思いました。

そんな通勤ラッシュで混んだ電車を降りて
大学通りを大学に向かいます。

大学へ行く人の波が
川のように
流れていきました。

十詩子:
すごい人ですよね。
大学までズーと続いているのですか。

悟:
そうかも
大きな大学だから
でももう少し遅い時間なら
付属の高校の登校時間と重なって
もっと混むんだよ
それがいやだから
少し早いんだけど
この時間にしています。

十詩子:
そうだよね
そんなに混んだら
大変だものね
(でもそれ良いかも
今度来るときは
少し遅い時刻にしよう)

そんなことを考えながら
大学に着きました。

悟:
ここが大学です。
ちょっとしたビジネス街でしょう

十詩子:
そうね
御堂筋のビジネス街のようね

悟:
そうだよね
話によると
1年が経って
新しい学生が入ると
新しいビルが建つんだって

十詩子:
そうなの
悟さんが
勉強している教室はどこなの

悟:
あちらのあの角の
建物
あの建物の5階

十詩子:
高い建物ね
ちょっとドキドキする。

悟:
別になんてことないよ
心配しなくて良いから

ふたりは建物の中に入っていきました。
悟は建物に入ると
右側にある掲示板を見て
休講がないかどうか調べます。

その日は
休講がなかったので
左側の階段か
エレベーターで
5階に上ることにしました。

悟:
5階に上がるんだけど
階段かエレベーターか
どちらにする?

十詩子:
エレベーターがあるの
学校なのに

悟:
他の教室には
エスカレーターがあるところもあるんだよ

十詩子:
そうなの
私の会社でも
本社に行かないとないのに
一度エレベーターで上がりたい

ふたりはそう言って
エレベーターに乗って
5階に上がりました。

エレベーターを下りて
右に曲がり
それから左に曲がって
大教室に入ります。

階段教室で
300人が入れる教室です。

早いので
誰も着ていませんでした。

十詩子:
早いのね
まだ誰も着ていないよ

悟:
そうだね
大体僕が一番乗りなんだ
一番に着たものは
冬はストーブを点け
夏は窓を開けるんだ
窓を開けるよ

十詩子:
悟さんは
早く来るのね
窓を開けるの?
じゃ私こっち側を

悟:
ありがとう

ふたりは窓を開けて回りました。
大教室なので
窓は数多いのです。
ちなみに
締めるのは
掃除のおばさんです。

全部開け終わると
悟は
中央の
前から2列目の
端に
十詩子を座るように言って
自分はその隣に座りました。

十詩子:
こんな前で問題ないの

悟:
前の方が
先生からは見えにくいんだよ
いつも僕はここなんだ

十詩子:
そうなの

そう言っていると
クラスメートが
入ってきて
悟に
「オッス」と言いました。
悟も「オー
今日は友達来てるんだ
よろしく」と返事しました。

悟は友達に
十詩子を紹介しました。

悟の男友達
たくさんやってきて
十詩子の周りに集まりました。

悟の友達は
通称「最前列5人組」と呼ばれ
教壇の前の席に陣取る
五人衆です。

十詩子について
色々と
尋ねました。

「何歳?
どこに住んでいるの?
学校はどこ?
学部は?
彼氏いるの?」
などと
責任のない質問でした。

悟は
「そんなこと答えなくても良いだろう。
先生が来るよ。」
と言いました。

そんなことを言っていると
先生が入ってきました。
学生達は
席に座りました。

公衆衛生学の先生は
講義を始めました

「今日は空気環境です。
湿り空気線図については
どうのこうの、、、
こうだああだ、、、、
そうだそれだ、、、、、
潜熱と顕熱、、、、」

十詩子は
先生の講義内容を
ノートに口述筆記します。
悟は
公衆衛生学に興味があるのかと思いました。

一方悟は
ノートに筆記するのではなく
教科書に線を引いたり
カギ括弧を書いたり
書き込んだりしました。

講義は続きます。
「夏の打ち水や夕立は
気温が下がるが
体感温度は変わらない

、、、、
そうだこうだ、、、、

」
と1時間半の講義が終わります。
先生は
黒板を消して
帰って行きました。

十詩子は
何となくしんどくなりました。

十詩子:
悟さんって
ノート取らないの?

悟:
僕は高校の時から
ノートは取ることはないんだ
先生が言っていることに
集中して聞きたいんだ。
ノートに筆記してたら
集中できないだろ
教科書を読んでいる時は
教科書にカギ括弧で囲む
強調して言っている時は
下線を引くんだ。
教科書以外で言ったことは
教科書の端に書き込むんだ

ところで十詩子さんは
すごいノートが出来たね
公衆衛生学好きなの?

十詩子:
初めてよ
公衆衛生学って言うのは
こんな事悟さんは勉強しているんだ
おもしろい?

悟:
勉強は
いつも新鮮だよね
わからないことを
教えてくれるんだから
でもすべてが
理解できるかというと
そうではないよね
人間には
特に私には限度があるもの

十詩子:
そうよね
私も
勉強は好きよ

悟:
なぜ大学に行かなかったの

十詩子:
、、、、、、、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、
、、、、、、


悟:
ごめん
いけないこと聞いたかな
ごめんね。
話していると
2限目が始まりました。

生物の時間で
生物の先生は
ノートを
十年変わらず
読み上げる先生だそうです。

十詩子にとっては
講義の内容は
高校の生物と多少重複するところがあったけど
興味がありました。
同じように口述筆記しました。

悟は
同じようにノートを取らずに
教科書に直接書き込んでいました。

生物の講義は
だいぶ早く終わりました。

昼になると
大方の学生は
学食か商店街の食堂に食べに行きました。

教室に残って
弁当を食べるのは
数人しかいませんでした。

ふたりはお弁当を机の上に出して
食べ始めました。

悟の弁当は
メザシと大根と人参の煮付け
でした。

十詩子は
そんなお弁当を
作ってあげたいと
密かに思っていました。

お弁当を食べながら
ふたりは
話しました。

悟:
僕はね
薬学部を卒業したら
今度は
建築学部に行きたいんだ
僕は建築士になるのが
夢なんだ。

十詩子:
そうなの
それはうらやましいわ
ふたつも大学を行くの

悟:
ごめんね

十詩子:
別に悟さんが謝らなくても
良いですよ

悟:
どう言ったらいいのかわからないけど
僕が出た高校で
学年で一番成績が良かった生徒は
家庭の事情で
大学には行かなかった。
でも一年経って
夜学に通っていると
聞いたことがあるよ。
この大学にも
2部と言って夜学があるんだ

十詩子:
そうなの
夜学ってあるんですよね

悟:
十詩子さんは
才能は僕より秀でているんだから
絶対に行くべきだよ
、、、、
、、、
、、、
ごめん
差し出がましいこと言って
ごめんね
十詩子さんは
ノートを見ると
すごく向いているように思うんだ。
僕よりきっと
大学向きだね。

十詩子:
そうかな
悟さんに
そう言われると
嬉しいわ

そんな話をしていると
悟の友達が帰ってきました。
悟の友達は
悟の周りに集まって
十詩子のことを
なんやかやと聞いてきました。

何歳だとかどちらの学校に行っているかとか
学部はどうかとか
聞いてきたのです。

悟は
適当の
答えました。

友達は
悟がどこで
十詩子と知り合ったのかも
聞いて聞きました。
悟はそのことについては
専門学校で知り合ったと
本当のことを言いました。

友達たちは
「専門学校も悪くはないな」という
結論になって
自分お席に座りました。

3時間目の授業も
同じように終わって
これで終わりです。

ふたりは階段を下りて
駅までゆっくりと歩いて帰りました。
駅の近くで少し脇道にそれて
喫茶店に入りました。

喫茶店で
悟は
大学での四方山話や
友達の事なんかを
十詩子に話しました。

1時間ぐらいねばって
店を出で
尼崎に帰りました。

別れる時に
次ぎに受ける
簿記の講習会のことも聞いて
今度は
専門学校で会うことを約束して別れました。


十詩子は
悟が地下道をくぐって
向こうへ行くのを
見送って
駅前の自分のロフトのお部屋に
帰りました。
靴を抜いて
椅子に座りました。

十詩子は
猛烈に大学に行きたくなりました。
高校を卒業した時家庭の事情で
大学に行けなかったことを
残念に思う限りです。

その日は
残り物で
夕食を済ませて
早く寝ていました。

でも
お布団の中に入っても
なかなか寝付けませんでした
どうすれば大学に行けるか
考えて
朝方まで
お布団の中で
考えました。
朝まで考え
少し寝不足にになって
会社に行きました。
会社に行くと
敬子が
寄ってきて
「昨日良かった?
手をつないだ。」
と尋ねてきました。

十詩子:
手はつないでいません。
それより
私
大学に行きたくなってしまいました。
夜学に行く方法はないでしょうか。

敬子:
何っ
藪から棒ね
大学に行きたいの
悟さんと行きたいのね
そうよね
そうしたら
毎日会えるもの

十詩子:
そんなんじゃなわ
大学で
授業を受けた来たら
大学って良いところだと思ったの
もっと勉強したいの

敬子:
そうなの
男の人で
夜学に通っている人は
多いよ
今課内にはいないけど
昨年まではいたわ
卒業して神戸工場勤務になったけど
でも女の子で
大学の夜学に行った人は
聞いたことないわ。
でも
課長に聞いてみれば
そんなに勉強したいんだったら

十詩子:
そうなの

そんな話をしていると
課長が出勤してきて
話は終わり
仕事が始まりました。

午前中は
仕事が忙しくて
課長に聞くことが出来ませんでした。
午後の仕事が始まり
仕事が
少し一段落して
課長が
いつものように
新聞を読み始めた頃
十詩子は課長のところにやってきて
話しました。

十詩子:
課長すみません
お話があります。

課長:
十詩子さんなどんな話ですか。

十詩子:
私夜学に行きたいんです。

課長:
夜学とは大学のことかね

十詩子:
はい 夜学の大学です

課長:
困ったな
十詩子さんは
優秀だから
大学に行くのはいいと思うんだけど
制度上困ったな
君は
高校出で
地域事務職で
入社したことになっているんだ
地域事務職は
会社の細則で
夜学には行けないことになっているんだ
男性職員の総合事務職でないと
夜学は少し難しいと思うんだ。


十詩子:
そうなんですか
男性なら行けて
女性はダメと言うことですか

課長:
そう言う事じゃなくて
地域事務職だからなんだ
男女差別ではないよ

十詩子:
絶対ダメなんですか
定時退社で
間に合うと思うんですが

(課長は十詩子の熱意に
圧倒されてました。)
課長:
そうだよね
そうだ
本社の総務課長に一度聞いてみよう
明日本社に行く用事があるから
その時聞いてみるよ。
我が社では
社員が社員が勉強することを
昔から応援しているんだから。
十詩子さんも知っているように
隣の高校は
我が社の高校だったんだよ。
今は尼崎市に寄付してしまったけど
少し待って

課長はそう言うしかありませんでした。
十詩子は少し力を落として
席に戻りました。
十詩子はがっかりして
席に帰り
その日の仕事を
済ませて
お部屋に帰りました。

新聞の
求人欄を
見ながら
夜学に行きながら
働くところがないか
調べてみました。

でも十詩子に都合の良い
求人があるわけでもなく
がっかりして
お布団に入りました。

その日もあまり眠られず
会社に翌日行きました。

その日は
課長は朝から本社に出張で
いませんでした。

夕方まで
伝票の整理をして
その日の勤務か終わりかけた時
電話がありました。

十詩子が出ると
課長の声で
「十詩子さんか
早く話そうと思って
電話したんだ

昨日話していた
夜学の話だけど
総務課長にきいてみたら
そんなに優秀な社員なら
夜学に行っても良いんじゃないかと言うことなんだ。
制度上
総合職に変えるので
転勤があるということだ。

それさえ良ければ
大学に行けると言うことだそうだ。
どうかね。
それで納得できるかな」
と電話がありました。

十詩子はすぐに納得して
「ありがとうございました」と
何度も言って
電話が切れました。

十詩子は
さっきとは
全く違って
ルンルン気分で
敬子のところに
やってきて
「私大学に行くの
大学に行くのよ
課長が良いと電話してきたの」
と話しました。

十詩子は
商店街に寄って
お魚と野菜を買って帰りました。

もう
十詩子は嬉しくて
嬉しくて
「悟と同じ大学に行けるなんて
夢みたい」
と思いました。

しかし本当はこれからが
大変だったと気付くのは
少し経ってからです。
十詩子は
まず敬子にその話をしました。

敬子は
「良かったね。
そんなに勉強したいんだね。
私なんかは
勉強はもう良いわと思うだけど
十詩子は本当に賢いよね」と言いながら
十詩子が
大学に行けることが
そんなに嬉しいことが
理解できませんでした。

それから
部屋に帰る途中の
公衆電話で
豊岡の実家に電話をしました。

もちろん大学に行っても良いか聞くためでした。
十詩子の母親が電話に出て
夜間大学のことを言うと
母親は賛成してくれました。
「仕送りはもう良いから」と母親は言ってくれました。
十詩子は
「すこし少なくなるけど送る」と
話しました。
母親は
嬉しそうな十詩子の声を聞けて
嬉しいと思いました。

十詩子は
部屋に帰って
大学に行くには
お金がいるんだと思いました。
それで預金通帳を見ました。

十詩子のお給料は
2万円弱の額です
お部屋の家賃は4,500円で
水道光熱費が3,000円
残り食費を使うと
殆どお金が残りません。
その中から
仕送りをしていましたから
全然貯金が出来ませんでした。
貯蓄は
小学生の時から
お小遣いや
お正月のお年玉をすこしずつ貯めたお金で
5万円ほどしかありません。

十詩子は
これでは
どうしようもないと思いました。

お金の問題が
わかったのです。
お金がない十詩子は
どうすればいいか考えました。
手っ取り早いのは
親に無理を言って
貸してもらうことです。

しかしこれは
最後の手段にしたいのです。

そこで
奨学金について調べることにしました。

当時は
返さなくても良い
小さな奨学金がたくさんあって
それを何とかして
もらえないかと思いました。

奨学金をもらうためには
成績が優秀でないといけないんですが
高校の時は
クラスではトップの成績でしたが
卒業して
半年も過ぎて
入学試験のこともあるし
いろんな事が
大丈夫かと
考えてしまいました。

こう考えると
何か八方ふさがりになってきて
今までの
高揚した気分が
しぼんでしまいました。

翌日の午後
課長に呼ばれて
夜学に行くための
資料や書類を渡されました。
その中に
会社独自の
奨学金のことが書かれていて
これが
好条件なので
一筋の光明が
見えてきたようになりました。

会社からの帰り道
書店によって
大学受験の
問題集を
購入して
部屋に帰りました。

その日から
夜遅くまで勉強が始まりました。
十詩子は
勉強しました。

課長は受験勉強があるから
別に行かなくても良いと
十詩子に言ったけど
簿記の専門学校にも
通いました。
もちろん
悟にも会うためです。

お弁当を食べる時間も惜しんで
勉強をしました。

家に帰ってからも
ロフトで勉強しました。

12月になると
内申書をもらうために
豊岡帰りました。

4月に出てきて
初めての帰郷です。
尼崎から
福知山線で
汽車に乗って
豊岡に向かいます。

十詩子が豊岡に着くと
駅まで
お母さんが待っていてくれました。

懐かしくて
涙が出ました。
家まで歩いて帰って
父親が外で待っていてくれました。

ふたりに連れられて
家に入りました。

家を出てから
8ヶ月しか経っていないけど
懐かしく思いました。

すこし休憩して
自転車で
学校に向かいました。

担任の先生に
挨拶して
夜学に行きたいと言いました。

先生は
賛成して
資料室から
参考書や問題集などを
持ってきて
十詩子に渡しました。

内申書は
後で送ると言うことで
先生に激励されて
学校を後にしました。

家に帰ってから
すこし早い夕食を摂って
尼崎に帰るために駅に向かいました。

母親に見送られて
豊岡を後にしました。

見送る母の姿を見て
十詩子の目には
涙があふれました。
たくさんのお土産として
野菜や米や
お菓子を持って
部屋に帰りました。

家主に
野菜を持って
行きました。

翌日
お菓子を持って
会社に行きました。

敬子には
温泉饅頭を
課長には温泉せんべいを
渡しました。

課長は
お土産をもらったからと言うことではないのですが
十詩子には
便宜を図りました。

定時に退社を
することを勧めたのです。

正月休みも
豊岡に帰ることなく
勉強しました。
正月は
家主さんの家で
お雑煮とおせち料理を
頂いて
正月を済ませ
勉強しました。

1月の10日には
尼崎恵比寿神社に
合格祈願に
悟と敬子と一緒に行きました。

いわゆる十日恵比須です。
えらい賑わいです。

三人は
それぞれの合格祈願をしました。
縁起物を買って帰るのが普通ですが
十詩子は
お金を
極端に節約している関係上
何も買わずに
帰りました。

悟も敬子も
十詩子のことを考えて
手ぶらで帰りました。

勉強に明け暮れて
時間が過ぎて
まず簿記の試験がありました。

十詩子は
課長には「大学が大変だから
簿記の試験は
受けなくても良い」と
言われていたのですが
悟と同じ試験も
受けたかったのです。

でも試験勉強も
悟とは
しなかったし
受けた後
喫茶店にも立ち寄らず
部屋の帰って
勉強しました。

2月の始めに
大学の試験を受けに行きました。

大学には
悟も来ていて
励ましてくれました。
悟はその日は
授業がなかったのですが
来ていたのです。

その日は
太陽が照っていて
冬とはいえ
暖かい日でした。
悟は
図書館で
待ちました。

夕方になって
約束の時間になったので
悟は
大学の門のところに行きました。

日が西傾き
すこし寒くなってきました。
悟が門の付近で待っていると
すこしうつむき加減で
十詩子が
学舎から出てきました。

悟は
あまり元気がなかったみたいの
十詩子に
聞けませんでした。

二人は
黙って
駅へと向かいました。

十詩子は
以前に
二人で入った
喫茶店が
近づいたので
十詩子の方から
喫茶店に入りたいと言いました

悟は
すこし安心して
喫茶店に
二人で入りました。

十詩子の方から話し始めなした。

十詩子:
今日の試験
力が出せなかったわ
とても百点とは行かないの
残念だわ
これじゃ奨学金をもらえるかどうか心配だわ

悟:
じゃ
合格してるんじゃないか
良かったね
奨学金は何とかなるよ
十詩子さんは
僕なんかと違って
ものすごく賢いんだから

十詩子:
そんなことないです。
悟さんは
優秀ですよ
でも私はお金がないから、、、、
、、、

悟:
ごめんなさい
ぬくぬくと大学に行っていて
ごめんね

十詩子:
悟さんが謝る必要がないわ
明日会社の上司に
もう一度
相談してみるわ
会社の奨学金制度は
条件が良いです。

悟:
ぼくが何か出来ることがあったら
言ってね
少しのお金なら助けることが出来ると思うよ。
お年玉を貯めているんだ
小学校からの分を貯めているんだ

十詩子:
私も貯めているわ
でも少ししかないの

悟:
ぼくと一緒だね
自分では相当あると思うんだけど
母親がね
谷で貯めるも
溝で貯めるも同じだから
貯めておくと言ってね
ぼくは相当あると思うんだ

十詩子:
その時は
お願いします。
絶対に返しますから、、、

翌日課長のところに行って
昨日の試験の様子を
報告しました。

敬子にも話したように
それほどの成績でもなかったことを話しました。

課長に
会社の
奨学金のことを
十詩子はお願いしました。

課長もそこのことは気にしていて
本社の人事課長に
奨学金のことを
聞いていたのです。

課長は
「奨学金は
総合職の事務職で
成績優秀なものか
特別な技能を身につけるために
学校に行く者と言うことになっているそうです。

成績優秀とは
全体の上位2パーセントに入っていることで
特別な技能とは
会社の職務上必要な技術だそうで
経理課なら
電子計算技術だそうです。

我が社も
電子計算機を
導入して
経理業務を
効率化しようとしているので
ちょうどその線が良いんじゃないかな。

君の志望大学も
電子計算処理だから
ちょうどこれで良いんではないかな。

でも経理課長に言うには
それで奨学金を受けると
卒業後
相当転勤になるかも知れないらしいよ。
何しろ我が社の
電子経理の先頭になるんだから
本社や支店を回らなければならないんだそうだ

十詩子さん
大丈夫かな
転勤族になって
結婚何か出来なくなるよ。」
と十詩子に話しました。

十詩子は
奨学金を頂けて
悟と同じ大学に行けるなら
転勤なんか先のことで
いいと思っていたのです。

課長が持ってきた
たくさんの書類を
もらって
合格したら
提出するように
言われました。

それから数日過ぎて
合格の知らせが
部屋に届きました。

その届いた夕方
家主さんのところに
呼び出し電話がありました。

豊岡のお母さんからの電話で
合否を聞く電話でした。

同じように
悟からも電話があって
家主さんにも
大学の合格のことも話しました。
十詩子は翌日
会社に行って
課長に
合格した旨報告して
奨学金や
夜学に行く書類
あるいは職種の変更の書類を
課長に渡しました。

課長は
「よかった。
よかった。」
と言いながらそれを受け取りました。

3時頃になると
課長に呼ばれた
敬子が
課員全員を周り
お金を集めていました。
定時になった時
課長から呼ばれて
行くと
課長は
金封を十詩子に
渡しました。

合格お祝いと
書かれていました。

十詩子は
課長始め課員全員に
何度も
お礼を言って回りました。

お部屋に帰って
夕ご飯を作っていると
家主さんが
お祝いを持ってきてくれました。

翌々日の日曜日
電話がかかってきて
悟に呼び出されて
喫茶店に行きました。
悟は
鞄から
お祝いを
渡してくれました。

それは
相当ぶ厚い袋で
悟は
自分の全財産だというのです。

十詩子は
そんなたくさんお金は頂けないと
言いました。

悟:
十詩子さん
これは
私の少ないけど
全財産なんだ。
小学校からのお年玉や
お小遣いや
大学に入った時の
お祝い金です。
ぼくは両親から頂いた
お金で
大学に行っているけど
十詩子さんは
自分の力で
行こうとしているのを
私は尊敬します。
これは是非受け取って下さい。
一緒に大学に行きましょう。

十詩子:
そんなにたくさんの
お金を頂けません。

悟:
じゃ半額がお祝い
半額は
出世払いと言うことで
良いでしょう。

十詩子:
ありがとうございます。

悟:
その程度のお金じゃ
足らないんではないの
入学金大丈夫

十詩子:
それは大丈夫なの
会社の奨学金を
もらうことになったの

悟:
良かったね
太っ腹の会社だね
良かった良かった

悟は
知りませんでした
その奨学金が
十詩子の将来に
大きな影響があることを、、、
悟と別れて
部屋に帰ると
家主さんが
現金書留を
ふたつ持ってきました。

豊岡のお父さんからのもので
お金が
20万円入っていました。

手紙も入っていて
「十詩子おめでとう。
努力する娘を持って
大変嬉しいと
私たちは思っています。

昨年の今頃
私たちは
十詩子が
大学に行かないと
言ってくれた時
本当にありがたかった。

でもその日から
私たちは
十詩子の力になれなかった非力を
悔しがる日々が続きました。

あの時に
大学を行くことを
勧めていれば
きっと
十詩子のことですから
大学にすんなり行けたと思います。

今回大学に改めて挑戦してくれて
私たちは
ありがたいと思います。

今送ったお金は
少しだけど
来月には
もっと送りますので
しばらく待って下さい。」と
書いてありました。

十詩子は
ありがたくて
涙が出ました。

親を始めみんなからもらったお祝いを抱いて
その日は
お布団に入りました。
十詩子は
お金を枕元において
お布団に入りました。

嬉しくて
なかなか眠られませんでした。
もちろん
悟と同じ大学に行けると言うこともありますが
それ以上に
大学を行くことを
周りのみんなが
応援していると言うことです。

特に両親は
窮した生活費から
当時としては大金の
20万円も送ってくれて
本当にありがたいと思いました。

また悟も
全財産を渡してくれて
悟ったら
私のことが好きなのでしょうか。
それとも別のことで
私に渡したのでしょうか。

課長や敬子も
大枚のお金を送ってくれて
、、、、、


そんなこんな事を
考えていると
うとうとと眠たくなって
寝入ってしまいました。

その日
十詩子は
夢を見ました。

高校の卒業式の日のことです。
その日のことを
夢の中で
再放送のように
ありありと
もう一度
見ることになります。
十詩子は
一年前の
高校の卒業式の日に
夢の中でタイムスリップしました。

卒業証書が渡され
校長先生の
言葉が続きます。

「皆様は今日高校を卒業していきます。
『仰げば尊し』を
この後唱歌するでしょう。
この歌は
教師達への感謝の歌と
皆様は
とらえておられると思います。

しかし教師が
生徒を指導・教育するのは
仕事であって
歌の題にあるような
尊敬されることではありません。

またそのようなことで
尊敬されても
嬉しく思う教師は
少ないでしょう。

教師が
嬉しく思うのは
『仰げば尊し』の
2番の歌詞
『身を立て名を上げやよはげめよ-、,,,』
のところです。

皆様を指導教育させて頂いた結果
皆様が学校で社会で積極的な
人生を
過ごして頂けたら
教師としては
最高の喜びです。

皆様の多くは
ここ豊岡を離れて
遠い空の下に行かれる人が
多いと聞いております。

皆様が
それぞれの道で
「名を上げ身を立て」
郷土豊岡に錦を飾って
帰郷される日が
必ず来ると
思っております。
、、、、、、」と
校長先生は訓示されました。

一年前は
何となく聞いていた言葉なのに
夢の中で
今聞くと
十詩子は
感動のあまり
涙が出てきました。

仰げば尊し
十詩子は朝になって
目が覚めて
今まで考えたこともなかった
仰げば尊しのことを
深く考えました。

出社するまでに
駅前の公衆電話から
豊岡の実家に電話をしました。

十詩子は
「お金を送ってくれてありがとう
手紙もありがとう
私会社から
奨学金をもらうことになったので
これ以上のお金はもう良いの
これからは一人で出来るから
また困ったら
頼むから
それと余裕が出来たら
また仕送りするね」と
母親に
一方的に話して
電話を切りました。

会社に行って
課長に奨学金に必要な書類を渡しました。

課長や、敬子や同じ課員は
これから十詩子を応援することになります。

入学金はお祝い金でまかない
学費については
会社からの奨学金や
少しの蓄えで
大学に納付しました。

年度末と言うこともあって
仕事は忙しくて
悟とは
入学式まで
全く会えませんでした。

入学式の日
会社を休んで
十詩子は
向かいました。

入学式では
紋切型の挨拶
などがあって
すぐに終わりました。
新入生は
教室で
オリエンテーションがあって
色々と説明や書類をもらって
その日は午前中で終わりました。

十詩子は
弁当を
食べてから
悟のいる教室に向かいました。
前に会った教室で
待ち合わせの約束を
していたのです。

悟は
勉強しながら待っていました。
十詩子は
教室の中で待っている
悟を
見つけると
後ろから近づいて
ちょっとだけ
悟を脅かしました。

悟は
少し驚いて
振り返って
十詩子を見つけました。

悟:
十詩子さん入学式終わったの

十詩子:
今オリエンテーションも終わったわ

悟:
これからは大変だね
昼は仕事夜は勉強で
寝る時間が無くならない?

十詩子:
大丈夫
好きなことだから
がんばる。
それに、、、
悟さんと同じ大学だもの
励みになります。

悟:
ぼくも嬉しいです。
何かぼくに出来ることがあれば
言ってね。
でも十詩子さんは
ぼくよりずーっと
賢いから
助けることなんて
ちょっと無いかな

十詩子:
そんなことないです。
悟さんの方が
ずーっと勉強家でしょう。

悟:
ぼくなんか親の七光りだから
すべて
自分の力で
している十詩子さんはすばらしいよ。

とふたりは
褒めあっていると
悟の友達が来て
十詩子の周りに集まってきました。
十詩子が
大学の夜学に行くことになったというと
みんなは
「すごい!
悟に会いたいから
来たんだ」と言って
二人を冷やかして
外へ出て行きました。

二人はその後
教室で話して
それからゆっくり歩いて
尼崎に帰りました。

十詩子は
悟が
十詩子のお部屋に来て欲しかったけど
言えなかったので
駅前で別れました。
十詩子はその翌日から
4時で退社して
自転車でいそいで尼崎駅に行き
電車に乗って大学に行きました。

大学に着くと
図書館に行って
悟とちょっとだけ会って
それから授業を受けて
尼崎駅近くのお風呂屋さんに寄ってから
夜の11時前にロフトのお部屋に
たどり着きます。

遅い夕食を作って
食べてから
ちょっとだけ
勉強して
そそくさと
お布団に入って
寝てしまいました。

月曜から土曜まで
同じように
大学に行きました。

会社は土曜日は
昼からは休みですが
十詩子は
早引きする関係で
土曜日の午後も
残業して
仕事をこなしていました。

月末になって
仕事が忙しくなると
日曜日も出社していました。

敬子や悟を始め
十詩子の周りの人は
十詩子のがんばりが
わかっていたので
体をこわしはしないか
心配でした。

そんな心配をよそに
十詩子は本当にがんばっていました。

そんな十詩子に
課長はある辞令を渡しました。
課長は
少し喜んだように
見えました。

辞令を渡して
「十詩子さん
おめでとう。
君の将来は
前途洋々だよ。

私の部下から
こんな人材が出たことを
嬉しく思うよ
十詩子さんなら
きっと
うまくできると思うよ」と付け加えました。

辞令は
大阪本社電算機準備室勤務を命ずるものでした。
月末は工場に
それ以外は
本社勤務と言うことになっていました。

当時の会社経理は
伝票とそろばんによる
経理処理でした。

大手企業は
そろって電算機の導入を
目指していました。
電算機自体が
高価な上に扱いにくく
低性能だったので
それを扱う人間は
今以上に
優秀な人材が必要でした。

十詩子は
その辞令を持って
午後には
大阪の本社の
電算機準備室を
訪れていました。

大阪の本社は
上本町にあって
10階建ての如何にも
ご立派というような造りのビルディングの
10階建て地階にありました。
入り口は
二重になっていて
受付の事務員に
出社の旨を伝えました。
本社の電算機室は
地下にあって
窓もない部屋でした。
電算機自体は
ガラスの向こうにあって
かなり大きなものでした。

電算機室長は
十詩子を呼んで
「転任ご苦労様です。
君のような優秀で
若い紅一点の人材が
我が部屋に入って
頼もしく思います。

君には
入力と
検算をお願いしたい
詳しくは
係長に聞いて下さい。
新しいことなので
我々自体もわからないことなので
みんなで
知恵を絞って進んでいきましょう」と
訓示しました。

十詩子の仕事は
今実体と名前が乖離してしまっていますが
キーパンチャーです。
当時は
カードに実際に穴を開けて
その開けたカードを
機械の入力装置で
読み込ます。

そんな仕事を
十詩子はするのですが
それ以外に
十詩子の特技である
そろばんを使っての
検算です。

電算機で行った計算を
そろばんで検算するなど
今では考えられないことですが
間違いなく計算できているかどうか
信頼性が無かった
当時の電算機には
必要不可欠だったのです。

こんな仕事を
月中頃まで
しました。
工場と同じように
4時に退社できました。
それで大学に着く時間は
少しだけ早くなりました。

悟と
ちょっとでも長く話が出来たことが
十詩子は
本社勤めが
嬉しかったのです。

こんな日課が
過ぎて
一年が経つと
悟は3年十詩子は2年になりました。

悟は
実験で
夜遅くまで
大学にいることがあったので
十詩子は
一緒に帰ることが出来て
幸せでした。

そんな幸せと裏腹に
十詩子には
いろんな課題が与えられてきました。
今までの
キーパンチャーの仕事と
検算の仕事をするために
部下が十詩子に付いたのです。
十詩子は
二十歳の若さで
部下を持つ
中間管理職になってしまったのです。

十詩子は
その責任ある地位に
困惑してしまいました。

十詩子の
管理職への道が
始まるのです。
十詩子は
面倒見が良くて
部下思いだったので
慕われていました。

電算機の使用が
うまくいくようになるのが予想されたので
会社を挙げて
電算機で
経理処理を採用することが
決まりました。

多数の
キーパンチャーを養成しなくては
いけなくなりました。

また省力的な
新しい入力の仕方も
考え出すように言われたのです。

十詩子は
月末も
工場に行くことなしに
本社で
キーパンチャーを養成していました。

それとは別に
新しい入力の方法も
考え出しました。

今までの伝票を
少し体裁を変えるだけで
間違いなくできる方法でした。

一年は
あっという間に終わって
十詩子は3年に
悟は4年になりました。

悟は

入社3年目
若くして主任になった十詩子は
益々忙しくなりました。

就業時間は
夜学生として
優遇されていますが
実質的には
計画案・企画案を
時間外に考えないといけないので
大学までの電車の中や
授業中も
考え込んでいました。
乗り過ごしそうにもなってしまいましたが
悟との会う時間の僅かな時間は
大切にしていました。

夏休みになって
大学が休みになると
東京の研究所に
行きました。
1ヶ月にもおよび
電算機の基礎から
だいぶ高度なことまで
教わりました。

研修後
部下にまた教えないといけないので
大変です。

夏休み明けの
試験期間は
会社から特に休暇を与えられ
十詩子のロフトのお部屋で
勉強していました。

悟が来るかなと思って
付けた南向きの窓の
カーテンは
すっかり色あせていました。


大学の試験は
会社の課題より
十詩子には簡単でした。
試験は
80点以上とればいいのですが
会社の仕事は
100点満点でなくてはならないからです。

そんな風に大学・学生生活・会社を過ごして
十詩子は3年悟は4年になりました。
悟は4年になると
普通の学生なら
卒業研究と就職活動と言うことになります。
当時の就職活動は
9月頃からですが
悟はそのどちらもしません。

悟は
薬学部を卒業すると
建築の大学に
進学したかったのです。
そのため悟は
4年になると
ぶ厚い受験用問題集を
やっていました。

十詩子は
問題集のやり方が
飛び飛びなので
悟に聞いてみました

十詩子:
悟さん
問題集
飛び飛びにやるの

悟:
そうなんだ
これがぼくのやり方さ

と偉そうに言える方法でもないんだけど

十詩子:
何故飛び飛びに?

悟:
ぼくは飽き性なんだ
すぐに飽きてしまうから
問題集も常に新しくないと
飽きてしまうんだ
だから
ページをめくったところが
最初のページというわけ

十詩子:
それは良い考えね
いつも新鮮という訳ね

悟:
十詩子さん
本当にそう思ってる?
始めから
やっていく方が良いと思っているんでしょう。
良いように編集してあるのだから

十詩子:
そんなことないです

悟:
十詩子さんは
ぼくよりズーと賢いもの
それに忍耐強いし
今は係長でしょう?

十詩子:
そんなことないです。
本当にそんなことないです。
係長じゃありません。
課長代理ですから

悟:
えっ
課長代理になったの
まだ入社4年目でしょう。

十詩子:
えへっ
ちょっと
ごめんなさい
今度辞令をもらって
課長代理になったの
ちょっと前に書いた
早期原価計算に関する電子計算機処理システム
を作るプロジェクトなの

悟:
わからないよー
第一
電子計算機自体わからないもの
電子計算機って
どんなものなの
詳しく聞いたこと無いよね。

十詩子:
そうね
電子計算機は
大きな
わがままな機械ね
外から見ても
何にもわからないけど
早いのよね

十詩子は
平素は
あまり会社のことや
自慢はしなかったのですが
自分でも
4年目で
課長代理になったことが
嬉しくて
話してしまったのです。

十詩子:
計算機は
本社の
地下室にあってね
計算機本体は
いつも
15℃に保たれたお部屋の
真ん中に
鎮座ましましているの。

今度入った新しい機械は
東芝製で
三台の機械が
背中合わせに
三角状に
建っているの

その周りには
オープンデッキの
テープレコーダーみたいな機械が
いっぱい並んでいて
電線で繋がっているの。

悟:
そんな機械のそばで働いているんだ、、

十詩子:
違うわ
その機械に入れるのは
特定のエンジニアだけ
私たちは
ガラスで仕切られた
その前にいるの

電算機に
入力するための
入力機や
ラインプリンターと呼ばれる
印刷機
それから
入力するための
パンチカードを作る
パンチャー
があるの

机ぐらいの大きさの台に
ボタンがいっぱい付いていて
それを押すと
厚紙に
穴が開くの

穴の開いたカードを
入力機に読み取りさせると
計算機が
動いて
ラインプリンターに
出力するという仕組み
なんです。

悟:
君の説明はよくわかったけど
あまりよくわからないよー
とにかく大変なんだ

十詩子:
大変みたいね
私は
機械のことは全くわからないわ
私の仕事は
どの様なデータを
どの様に計算するかを
プログラマーに
伝える係だから
わからないの。

悟は
十詩子は
知り合った頃の
十詩子とは
全く違うと言うことが
わかりました。
十詩子には
十詩子の大きな道があると思いました。


十詩子は話した後で
ちょっとドキッ
としました。

いつもは
聞き手に回っているのに
話してしまったことを
後悔しました。

会社の管理者研修で
部下の扱い方を
勉強し
その中で
男の自尊心には注意するように
と言うのがありました。

それで自慢話をしてしまって
悟のプライドを
傷つけたのではないかと
心配しました。

でもそんな心配をしたら
もっと
悟に悪いと思い
頭の中では
矛盾でいっぱいでした。

そんなことを考えていると
悟が
「授業もう始まるんじゃないの」という声で気がつき
「じゃ
また明日ね」と言って
別れました。

十詩子は
悟との話もあったように
職階級で課長代理
プロジェクトの
チーフになっていたのです。

これから大きくなる
電子計算機を使った仕事の一角を
十詩子は
しょって立っていくようになっていきます。

仕事に忙しい十詩子と
受験勉強に忙しい悟でしたが
ほぼ毎日
20分くらい
会っていました。

十詩子にとってはそれは
唯一楽しみでした。

悟の勉強は大変でしたが
十詩子の仕事は
順調でした。

十詩子の管理職としての指導が
うまかったのでしょうか。
それとも
良い部下が
いたからでしょうか。

プロジェクトは
上司の予想以上に
進捗し
実際に
仕事に使うまでに
なっていたのです。

仕事がうまく出来上がったとき
敬子に久しぶりにあって
色々と
仕事のことを話していて
次の課題を
思いつくことになります。
「経理処理を電算化するための伝票記入」という
新しい課題を
思いつくのです。

来年度の仕事を
自ら作って
順風満帆でしたが
心配は
他にありました。

それは
悟が
同じ大学を
卒業すると言うことです。
卒業すれば
もう悟と簡単には会えなくなってしまいます。

悟が
春から行く大学が
同じ大学になることを
心から願っていたのですが、、、

家に帰って
十詩子は
ロフトで
大学の勉強と
会社の課題を
かたづけるために
机に向かっていました。

でもはかどりません
悟のことが気になって
窓の外を
ぼやっと見ていました。

その頃悟は
滑り止めの
大学明日受験すると言うことで
勉強していたのです。

悟が受ける大学は
四つあります。

関西にはその当時
私立では
建築学科は四っつしかなかったんどです。

受けた順番に言えば
泉南の滑り止めの大学
城北の大学
本命の薬学部と同じ大学
関西では有名な北摂の大学
ですが
悟は自信がありました。
あれだけ勉強したのだから
と言う
自信です。

でも

実力が
卓越していなかった
悟にとっては
どっちに転ぶかは
試験は運不運だったのです。

悟の
プレッシャーを与えないように
十詩子は
応援に行きたかったのですが
止めておきました。

そしてその結果は
二勝二敗
本命の大学と
滑り止めの大学を
落ちてしまうのです。

こうして
次の年は
悟と十詩子は
あまり会えなくなってしまうのです。

悟も落胆していましたが
十詩子は
もう何も出来ないくらで
上司に「病気か」と
尋ねられるくらいです。

でも十詩子は
悟の前では
心の中とは反対に
悟を励ましていたのです。

でも心の中では
「悟のバカ!」
と叫んでいたのです。

十詩子にとっても
悟にとっても
残念至極でした。

でも運命は
受け入れられなければなりません。

悟は
北摂の
大学に進学して
十詩子は
本社勤めと夜学の
毎日でした。

悟は建築学科特有の
設計課題を
土日に書き上げ
月曜日に提出と言うことで
土日は忙しく
十詩子も
会社の課題や
出張先で土日を迎えたりするので
二人が会える機会は
極端になくなってしまいました。

遠距離恋愛のようなふたりは
しかし信じ合っていました。

どんなに別れて
会えなくても
ふたりの気持ちは永遠に
変わらないと
悟も
十詩子も
考えていたのです。

そんな一年は
悟にも
十詩子にも
長い一年でした。

実際には
お互いに忙しかったのですが
会えない事は
イライラして
待ち遠しくて
時間が長く感じていたのです。

十詩子は
一年経てば
大学を卒業して
自由な時間がすこしできて
悟と会えると
信じていました。

一年経って
十詩子は
大学を卒業しました。
十詩子の両親も
豊岡から出てき
卒業式に
でました。

十詩子は
二部の学科の総代として
卒業証書を授与されました。

十詩子の両親は
涙を流して
喜んでくれました。

悟も来ていて
悟を
両親にも紹介しました。

十詩子の
親はたいへん喜んで
4人で
食事をして
いろんな事を話しました。

悟と尼崎駅で別れ
帰った後
親は十詩子に
「悟と結婚するの
いい人じゃないの。
いつ結婚するのよ」
と聞いてきました。

十詩子:
「そんな仲じゃないの
まだまだ
結婚なんてまだなの」

十詩子の母親:
「何を言ってるの
あなたはもう
二三歳よ
適齢期じゃないの
いい人なら結婚しないと
行き遅れるじゃないの」

十詩子:
でも
悟さんは
学生の身だもの
結婚できないの
卒業してからになるんじゃないのかな

両親は
がっかりして
豊岡に帰っていきました。

卒業した
その年の年度末に
十詩子は
電算機室長に
呼ばれました。

電算機室長は
移動の内示を
告げたのです。

電算機室長の言うのには
「我が社は
この不景気を
全員の力を結集して
乗り切ると社長が訓示しました

我が電算化室でも
一層の合理化のために
東京本社の電算化室に全員移動することになりました。

君は
総合事務職なので
来年度から
東京勤務となります。

東京本社では
電算化支援チームの
リーダーとして
がんばってもらうことになっています。
大学もちょうど卒業だし
東京に
移動大丈夫だよね。」
と言うことでした。

この内示に
十詩子は
体の中が震えるのを
覚えました。
東京への転勤は
社内では
栄転です。

しかし十詩子にとっては
東京栄転は
栄転ではありません。

悟と別れるのは
本当につらいです。

4年前に
総合事務職に
変わったことを
うらやましく思いました。

でも後悔しても始まりません。

十詩子に選べる道は
次の三つしかありません。

一つ目は
大胆だけども
悟のところへ
押しかけ女房になる。

二つ目は
会社を退社して
この地で
再就職して
悟を待つ。

三つ目は
東京で
悟を信じて待つ。

この選択肢
いずれも無理があるように思いました。

自分の気持ちに
素直になれば
もちろん
悟の女房になることを
願うのですが
悟には
家族もいるし
そんな簡単に
出来るようなことではありません。

二つ目の
会社を退社するのは
世話になった課長や
室長や
敬子にも
迷惑を掛けて
恩を仇で返すようなことに
なってしまうのです。

三つ目の
悟を信じて
東京で待つのが
十詩子に残された
唯一の道ではないかという
結論になりました。

十詩子には
悟を信じることが出来ました

それで
十詩子は
悟に
東京にしばらくの間行くことを告げて
東京に転勤していきました。

悟は
ぼくを信じると言ってくれた
十詩子を
信じることにしました。

でも3年は
十詩子と悟にとって
少し長い時間でした。

転勤になるその前日
尼崎工場に行きました。

経理課長に
転勤の挨拶です。

それから
敬子に
会いに行きました。

敬子は
今も
経理課で勤務しており
十年一日が如く
伝票の整理と
計算です。

敬子:
お久しぶり
十詩子
いや
今は課長さんかな

十詩子:
そんな
敬子元気だった。

敬子:
元気だよ
十詩子がいなくなって
なんか寂しいよ
専門学校に行ったときが懐かしいわ

十詩子:
もう
4年もなるね

敬子:
そうだね
悟さんとは
その後
どうなっているの

十詩子:
いつもと同じだよ
仲良くしているよ

敬子:
結婚の約束した?

十詩子:
まだまだ
悟さんまだ学生の身だから

敬子:
悟さんとはどこまで行ったの

十詩子:
どこまでって
どこまでって何?

敬子:
十詩子何言ってるのよ
十詩子もう23歳でしょう
そんな かまとと ぶらないでも
どこまでよ

十詩子:
どこまで?
話するぐらいだよ

敬子:
エー
5年も付き合っているのに
話するだけ
手ぐらい繋いだでしょう?

十詩子:
そう言うと
昔手をつなぎました。
でもあれっきりじゃないかな

敬子:
そうなの
それじゃ
友達じゃないの

十詩子:
そうだよ
私たち友達だよ

敬子:
恋人同士じゃないの

十詩子:
そうね
そうだよね
恋人同士だよ

敬子:
どっちなのよ

十詩子:
恋人同士だと思います。
いえ
恋人同士です。

敬子:
そんなんで
東京と大阪に別れ別れになって
大丈夫なの

十詩子:
わたし
悟さんを信じているから

敬子:
信じているだけで良いの?
本当に大丈夫
私心配だよ

敬子は
自分のことのように
心配してくれました。

そして翌日
5年間住んでいた。
尼崎駅前のロフトのお部屋を
引き払って
東京に引っ越して行く日になりました。


引っ越しは会社の丸抱えの費用で
して頂きました。

十詩子は
引っ越し業者が
てきぱきと
片付けて行きました
荷物も少なかったせいもあって
小一時間も経たないうちに
荷物はすべて
車に乗ってしまいました。

車を見送ってから
家主さんのところに
お菓子を持って
挨拶に出掛けました。

家主:
十詩子さん
行ってしまうのね。
寂しくなるわ

十詩子:
お世話になりました。
大学行くときには
カンパまでして頂いて
今の私があるのは
家主さんお蔭です。
ありがとうございました。

家主:
いいえ
あなたの努力の成果よ。
5年前に
やってきたときは、
お下げ髪で
高校の制服がよく似合う
女の子だったわね。
今は髪の毛が
腰まで伸びて
もう一人前の
女性になって
東京に行っても
忘れないでよね
また尼崎に来たときは
寄ってよ

十詩子:
本当にありがとうございました。
また必ず来ます。

そう言って
別れました。

その後
十詩子は
仕事で
尼崎工場に来たときには
家主さんのところに
よく来ていました。

尼崎から
新大阪駅を経由して
東京に行きました。

新宿の
本社についてのは
3時頃でした。

本社の
電算機室で
室長に挨拶しました。
室長とは
東京出張の際
何度も会っていて
十詩子にとっては
少し苦手な上司でした。

十詩子の東京での最初の仕事は
経理電算化の年内実施の
推進です。
手書き経理をしていた今までの
経理課員には
青天の霹靂です。

会社の方針とはいえ
反発があったことは
言うまでもありません。

十詩子は
この計画を
成功させるには
現場の理解が
必要だと
考えました。

そこで
十詩子は
前もって
各事業所の
経理課に行って
根回しをすることにしました。

1ヶ月余を掛けて
十詩子と
係長は
回りました。

十詩子は
係員から理解を得るように
したのです。

地方によっては
二度行ったところもありました。

こんな根回しで
最大の難関は取り払われ
後は
忙しいだけの
事務的な
仕事でした。

日曜日も
地方滞在が多く
大阪に行くことは
困難でした。

悟とも
全く会えなくなったばかりでなく
電話さえ
夜遅くまで仕事をする関係上
出来なかったのです。

10月に
電算化に
移行すると
出てくる問題を
ひとつずつ解決していく仕事が
あって
一年は
瞬く間に終わってしまいました。
東京に赴任して
一年経って
十詩子の仕事は
順調に終わりました。

仕事が終わると
係員の大方は
キャリアとして
各経理課に
配置転属しました。

十詩子も
大阪に戻れると
望んでいたのですが
転勤の内示が
人事部長より
ありました。

引き続き
東京勤務で
会社のすべての業務を
見直して
電算化できないか
検討するチームの
リーダーに任命されると言うことでした。

十詩子は
具体性のないこの仕事を
任されて
不安半分
帰れないという
欲求不満半分というところでした。

新しい仕事へ
移るちょっとした時間があったので
大阪に帰ることにしました。

この一年で
大阪に帰るのは
三度ありましたが
三度とも仕事で
悟に会えたのは
一回だけです。
それもちょっとの時間だけ
十詩子は残念に思っていました。

それで
4日の
休暇で
やってきたのです。

まず尼崎工場の
敬子を尋ねました

敬子は
今は
コンピュータの
入力担当者として
毎日キーボードに向かって仕事をしていました。

十詩子:
お久しぶり
敬子さん

敬子:
エー
十詩子課長
今日は
どんな仕事で
今日はうちの課長
出掛けていないわよ

十詩子:
課長は辞めて
今は課長じゃないのよ
今日は
私用なの
敬子さんに会いに来ただけなの。
このケーキ美味しいのよ
新宿で買ってきたの
これよ

敬子:
美味しそう
食べてみたいわ

十詩子:
食べましょ
食べましょ
お皿と
コーヒーを
二人は
湯沸かし室で
準備して
休憩室で
座りました。

敬子:
頂きます。

十詩子:
頂きます。
ところでお仕事どうなの

敬子:
十詩子課長に教えて頂いたように
仕事をしているよ
ブラインドタッチも
上達したし
入力では
私が
一番早いのよ
競争したことはないけど

十詩子:
敬子さんは
器用だからね
私なんか
ブラインドタッチは
ちょっと無理みたい

敬子:
課長がそれでいいの
そうか
課員にやらせているんだね。

十詩子:
そんなことないでしょ
自分の仕事は自分でやっています。
いつだってそうだよ

敬子:
そうよね
十詩子は優しいから
私も十詩子の下で働きたいわ

十詩子:
敬子さんと
また
一緒に働いてみたわね
同僚が良いわ

敬子:
ところで
悟とはどうなの

十詩子:
今日夕方
会う約束になっているの
四ヶ月ぶりかな

夕方
悟と
尼崎駅前の
喫茶店で会いました。

いつもと同じように
気候の話や
学校の話
会社の話なんかを
長々と
しました。

しかし
十詩子の会社の様子は
あまりハッキリとは言いませんでした。

ハッキリ言うと
悟との
距離が大きくなってしまうと思ったのです。

でも不器用な
十詩子は
うまく嘘をつくことができませんでした。

悟には
そんな十詩子の話は
わかっていたのです。

翌日
悟の大学に
付いていくことを
約束して
その日は別れました。

その後
大阪のホテルに
電車で向かいました。

窓から見る
尼崎は
懐かしいけど
何だか遠い存在のように思われました。

ホテルに泊まるのは
慣れているけど
今日は
明日のことを考えると
心がウキウキしてきます。

「そう言えば
昔悟の大学に行ったのが
きっかけで
今の私になったんだ。

でもあの時
行かなかったら
まだ敬子さんと
同じように
尼崎工場で働いていて
毎日のように
悟とあっていたかも知れない」
と思いました。
翌日朝早く
尼崎駅に行きました。

悟と待ち合わせです。
尼崎駅で待ち合わせるのは
何年ぶりでしょうか。

尼崎で住んでいたときの
お部屋が
駅からかすかに見えます。

「前に大学に行くために
待ち合わせしたときは
お弁当を
作ったのよね。
今日は作れないわ
どうしようかな」と
考えつつ
駅で待っていると
悟が
やってきました。

悟:
おはよう
待った?

十詩子:
今来たところよ
今日は
お昼は
どうするの

悟:
お弁当だけど
あっ
そうか
十詩子さんは家からでないから
お弁当じゃないんだ
それは悪いことしたな

十詩子:
別に良いよ
この頃は
お弁当を
家で作る事はないの
会社に社員食堂があってね
みんなと
食べているの
それに
昼食付き会議が
よくあるものだから

悟:
十詩子さんは
忙しいんだね

十詩子:
まあ
会社だからね
うまく使われているの
私ドジだから

悟:
そんなことないでしょう
十詩子さんは優秀だと聞いていますよ
先日
敬子さんに
電車の中でばったりあって
ちょっと話したんですけど
十詩子さん
課長さんなんでしょう

十詩子:
敬子さんそんなこと言ったの
課長ではないのよ
ちょっとしたチームの
リーダーみたいなものです。
課長のような職ではないのよ

悟:
そうなの
でも
役付きで偉いんでしょう。
十詩子さんと
気軽に呼べなくなるかも

十詩子:
そんなことないわ
私は
悟さんの
そばに本当はいたいの
でも、、、、、

ふたりは黙って電車に乗って
梅田で乗り換え
私鉄に乗って
大学に向かいました。

大学は
駅から山手に
少し歩いていくのですが
いつもとは違って
無口に黙々と歩いていきました。

大学の門を過ぎると
十詩子は
「大学広いね
前の大学に比べると
広いね」と
どうでも良いことを
話しました。

それで
静まりかえっていた
ふたりに
会話が戻りました。

悟:
そうなんだ
前の大学は
ビジネス街という感じだったけど
今度の大学は
大学という感じだよね
グランドがあったり
図書館が建っていたりして

十詩子:
そうよね
大学という感じかな

悟:
工学部は
奥なんだ
スチームの暖房機が付いているんだよ
冬になると
カチンカチンとうるさいんだ。

十詩子:
それは
少し古いね
昔専門学校にも
付いていたよね

悟:
そうだね
ぼくは
スチーム暖房と
因縁があるのかも

十詩子:
そんなことはないと思うけど
今日の授業は何なの

悟:
今日は構造力学と
環境だったかな

十詩子:
環境って何

悟:
環境工学と言うんだ
薬学の公衆衛生学と
似たところもあるんだよ

十詩子:
悟さんは
建築が好きだものね

そんな和やかな話でしたが
十詩子は
悟の気に障るようなことを
言わないように
注意して話していました。

悟も
そんな十詩子に気がついていました。

悟と十詩子は
一見和やかに話しているようですが
しかし
ふたりは神経を使っていました。

十詩子も悟も
お互いに相手を
傷つけないように
気をつければ付けるほど
離れていくような気がしたのです。

十詩子は
一歳下なのに
一流会社の課長で
それなりの高給取りです。

かたや悟は
親がかりの
未だ大学生
もちろん働いたこともない
世間知らずの
無職です。

違和感を感じながら
翌日も
同じように
大学で会っていたのです。

十詩子は
行くまでは
楽しかったのですが
会うと
気をつかってしまって
気疲れしてしまうのです。

こうして
十詩子の
短い休暇は終わりました。

悟は
新大阪まで
見送ってくれました。
十詩子は遠慮したのですが
どうしてもと言うことで
新大阪まで来たのです。
平素は
そこまで見送らないのに
その日に限って
新大阪まで来てくれたのです。

十詩子は
ホームの
悟を
見えなくなるまで
ズーと見て
手を振っていました。


何となく気まずい思いで
悟と別れた
十詩子ですが
否応なしに
東京で仕事に
打ち込まなくてはなりません。

朝から朝食付き会議も
珍しくはなく
地方に一日で出張帰京も希ではありません。

十詩子に仕事は
十詩子のチームの
仕事は
十詩子自体が探し出し
作っていくのですが
次々と
電算化できる事務や作業が見つかって
仕事はどんどん増えていくのです。

費用対効果も
良いので予算と人材が用意できて
チームの人員は20人を越えてしまいます。

十詩子が言うには
「部下が優秀だから
何の問題もなく
スムーズに仕事ができた」
そうです。

しかし優秀な部下を
うまく使うのは
上司の度量というか才覚です。

十詩子は
仕事自体にも
注意を払っていましたが
それ以上に
人間関係を
大事にしていました。

十詩子は
お酒は飲みませんでしたが
チームの飲み会にも
こまめに出席して
酒も飲まないのに
宴席では
あたかも酒を飲んだように
はしゃいだりして
過ごしました。

小まねに部下を褒めたり
部下の失敗を
陰でフォローしたり
勤務時間外でも
会社にかかりっきりでした。

ここまで話すと
十詩子は
キャリアウーマンのように見えますが
そんな風とは
全く違います。

黒のパンツスーツに
白のテーラー襟を
外に出しているそんな姿を
思い出すかも知れませんが、
そんな格好はしていませんでした。

当時はパンツをは言わずに
スラックスと言っていましたが
そんなものは
十詩子は持っていませんでした。
タイトスカートも
あまりはいたりしませんでした。

十詩子の
服装は
いつもフレアスカートに
白のブラウス
淡い色のスーツをとか
カーデガン
を着ていました。

髪の毛は
ながく
伸ばしていました。
会社にいるときには
後ろで束ねて
まとめていたのです。

この長い髪の毛は
仕事に没頭する
十詩子にとっては
手入れをするのが大変でした。
しかし切らずにいたのは
初めて
悟と会ったとき
描いてくれたもので
悟と会うときだけは
先の方に軽くウエーブを掛けて
見せたかったのです。

十詩子の周りには
いつも輪ができていて
頼れる課長として
大きな人望を得てたのです。

そんな十詩子の会社生活の陰で
悟との関係は
希薄になります。

春に帰って
夏休みにと冬休みに帰って
会えるのが
やっとで
電話でさえも
あまり話せなくなってしまいました。
一方悟の方は
十詩子のことを
もちろん忘れずにいました。

しかし
毎日あっていた十詩子が
いなくなって
むなしい感じを
紛らわすために
好きな建築の勉強に
没頭していました。

悟も
十詩子と同じように
一途な男だったのです。

毎日課題の
製図をしたり
好きな構造計算を
手計算で解いたりして
時間を過ごしていました。

十詩子が東京に行ってしまって
2年が過ぎて
悟は
大学の4年になりました。

就職が気になり出しました。
その頃の就職は
9月解禁と言って
9月から始まることになっていました。
悟は
取りあえず
東京勤務の
会社はないかと
探しましたが
東京勤務と言っても
全国に転勤になるかも知れないので
確実に東京に行く方法を
考えました。


悟の調べたところに依ると
例えば建築職で
東大とかが募集するらしくて
そこに就職すれば
転勤もなく
東京にズーと入れるという事になるそうです。
そこで
国家公務員試験を受けることになりました。

手始めに6月に国家公務員試験と
その力試しに
大阪府の地方公務員試験を受けることにしたのです。

悟は
就職試験のために
相当勉強しました。
しかしそのことは
十詩子には言いませんでした。
もし落ちたら
恥ずかしいので
言わなかったのです。

悟は
試験に備え
盤石な構えをするために
十詩子に連絡もあまり取らなかったのです。

一方十詩子は
東京本社勤めになって
4年目になり
十詩子の仕事は
また新しい部署になりました。

今度は
商品企画室
勤務となります。
十詩子の会社は
鉄鋼関係の一流企業ですが
鉄鋼関係以外の
商品が作れないか
調査研究する部署です。
実際には十詩子が今までしていた
情報関係のシステムを
商品と出来ないか検討する部署です。

前の部署の
優秀な人材と
営業畑の
人材を集めて
チームとして作ったのです。

十詩子には
仕事で
心配なことが
ひとつだけありました。
それは
十詩子が女性で
多くの部下が男性だと言うことです。
十詩子は
美人ではありませんが
愛らしい人好きのする容姿で
言い寄る男性も
後を絶ちません。

今までは
うまく言っていたのですが
少し疲れた
十詩子は
効率的に
よい方法はないかと考えたときに
新しい部署に移るのをきっかけに
薬指に指輪をしてはどうかと思ったのです。

もちろん指輪は
悟からもらいたかったのですが
悟におねだりするにも
今度会うのは
夏と言うことで
この際は
自分で買ってしまおうと言うことになりました。

十詞子は
すこし高めに見える
指輪を左手薬指につけました。

イミテーションリングですが
見かけは
立派で落ち着いていて
十詞子によく似合っていました。

それをつけていると
部下にも安心して
接することが出来ました。

一方
悟は
例の受けた試験の結果がやってきました。

悟は私立大学ですので
国立一期校の
面々が受験する
採用試験に
合格するのは
「すこし困難があるかな」
と思っていたのですが、
試験だけには
強運の
悟は
二つとも合格していました。

大阪市の採用試験は
試験に通れば
採用になるのですが
国家公務員試験は
採用者名簿に載ったと言うだけで
採用されるかどうか
あるいはまた
東京の国の機関に
採用されるかは
まだ分かりません。

それで
十詞子には
言えませんでした。

夏に
十詞子が帰ってきた時も
就職が
話題に出たけど
9月解禁で
まだ分からないと言うようなことを
話していたのです。

夏が過ぎて
だんだんと寒くなってきて
11月になりました。

その頃
悟の母親は
悟の結婚を
強く勧め始めました。

「社会人になるし
26歳だし
早く結婚しないと
いい人が無くなる」と
いつも言って
見合いを勧めたのです。

もちろん悟は
十詞子が好きで
結婚するなら
十詞子と
決めていたので
母親にも
断っていました。

11月の終わりごろ
待ちに待った
東京の大学から
建築職の
採用のために
面接に出向くように
通知がありました。

悟は
「やったー
これで
十詞子と
東京で
結婚できるぞー」
と叫んでしまいました。

12月のはじめ
寒い日でしたが
面接に行きました。

面接は
簡単なもので
特に問題はありませんでした。

面接が終わったのが
2時ごろでしたので
十詞子に
会いに行こうと
思いました。
それも黙って
行って
びっくりさせようと思いました。

前から聞いていた
十詞子の東京本社に
行ったのです。

着いたのは
4時前で
入り口を入って
受付で
聞いてみようとした時
エレベーターホールに
「ピンポン」と音が鳴って
エレベーターが着き
中から
数人の男女が
降りてきたのです。

悟は
何気なくその方を
見ると
その中に十詞子が居たのです。

悟は
十詞子の白い手を見て
雷に打たれたような
大きな衝撃を受けました。

雷に打たれたような
大きな衝撃のために
何も言えなくなって
動けなくなりました。

目が点になってしまったのです。

悟るが見たのは
左手の薬指に指輪をつけた
十詞子が
若い男の
方に手をやっている場面だったのです。

悟は
直感的に
その若い男性と
十詞子が
深い仲だと
思いました。

その男性から
指輪を贈られ
左手の薬指に付けていると
思ったのです。

これは大きな誤解ですが
十詞子が
会社では偉くなって
悟には遠い存在になっていたので
そう思ってしまったのです。

悟は
十詞子が自動ドアの外に出て行くのを
見送ってしまいました。

このときの十詞子は
ある企画の重役プレゼンテーションが
無事終わって
打ち上げに行くところで
十詞子が肩を
抱いていたように見えたのは
担当の若い部下の
労をねぎらって
肩を叩いていただけで
いつものねぎらいたったのです。

こうして
大きな誤解は
あんなに永い
悟の恋を
終わらせてしまったのです。

こうして
その終わりは
十詞子とはまったく違うところで
誤解ですが来てしまったのです。

しかしこの誤解は
普通に考えると
すぐに解けるものですが
もう一つの大きな誤解が
ふたりの仲を
永く
裂いてしまいます。

悟は
「十詞子とはもうだめだ。
やっぱり
3年間は永過ぎた
もっと早く
十詞子を迎えに来ていたら、、
でもだめかな
十詞子はあんなにえらくなっていて
私とは釣り合いがつかないもの」
と思いました。

前々から
十詞子が
遠い存在のようになってきていて
こんな日がいつか来るとは
思っていたのですが
こんな形で来るとは
どうしていいかわからなくなりました。

ここは
十詞子の幸せのために
身を引くのが
最善の方法と
考えてしまいました。

そして
悟の母が薦める
見合いをすることになりました。




そのころ十詞子は
冬になったら
悟に会える
悟の卒業だから
卒業したら
必ず
悟はプロポーズをしてくれると
確信して
仕事をがんばっていたのです。

悟に
薬指の
指輪を
見られたことは
まったく気がついていなかったのです。


そうして
十詞子に待ちに待った
冬休みが来ました。
仕事の関係で
20日ごろには
年内の仕事を
すべて終わったので
早く冬休みを取って
クリスマスに
大阪に行くことにしました。

それも悟に
知らせずに
行くのです。

知らせずに
行こうとする
そんな行為が
大きな誤解を生んでしまうのですが
悟を信じていた
十詞子には
当然の行為だったかもしれません。

一方悟は
夢破れて
傷心で
尼崎に帰ってきます。

悟の心の中は
散り乱れて
信じる信じないが
混在していました。

でも十詞子の幸せを考えると
やっぱり
悟は身を引いたほうが
いいと考えに行き着いてのです。

東京の大学からの採用通知に
辞退の旨の返事をして
悟の母の見合いの話を
聞き入れたのです。

仲人は
ロマンティックな
クリスマスイブに
見合いの日を決め
十詞子と悟の
第二の誤解の日がやってきました。


その日悟は
見合い会場の
母親と一緒に行きました。

一方十詞子は
東京駅からのぞみの自由席に乗り込みました。


十詞子は
もちろん指輪を
東京の独身寮に
はずしておいて新幹線に乗ったのです。

ウキウキしながら
新大阪に着きました。

いつもなら
電車の中で
何やかやと
仕事の資料を読み漁るのに
そんなこともなしに
悟のことだけを考えていました。


方や悟は
あまり乗り気はしませんでしたが、
これも十詞子のためだと
自分に言い聞かせ
あるいは
見合いの相手に悪いと思い
笑顔で
大阪のホテルに出かけました。

お相手の方は
三田の資産家の
お嬢様で
高学歴の聡明な女性でした。

父親が
同伴していましたが
温和な方のように
悟には思われました。

仲人様がとっても場を持ち上げる
力があって
妙に
話が弾んで
和やかな雰囲気になりました。

ふたりだけで
映画でもということの
お決まりのコースとなります。

ふたりは
大阪の映画館に向かうために
国鉄の大阪駅と阪急梅田駅の間の
横断歩道に差し掛かりました。

初めって会ったので
手をつないでというわけではありませんが、
お互いに付かず離れずで
笑顔で
少し話しながら赤の信号で止まりました。

その時
十詞子は新大阪から大阪駅に着いて
阪急百貨店に寄って
クリスマスプレゼントを買おうと
同じ交差点に来ていました。

十詞子は
交差点の信号が赤なので
立ち止まりました。

前を見るともなしに見ていると
悟によく似た男性が見えました。
十詞子は
もしかして
悟かと思い
じっと見ました。

十詞子は
少し近視で
少し前に進んで
よく見てみました。

その時
その男性は
横を見たので
十詞子には
はっきりと
悟と分かりました。

「あっ
悟さんだ。
大阪に来ているんだ」
と思って
駆け寄って行こうとした時
思わぬ光景が目に入ってきました。

悟が
横の女性と
仲良く何か話しているのです。
十詞子は
全身の血の気が引くのが分かりました。

正常な考えが出来ない
十詞子は
その足を止めました。
声も出ませんでした。

十詞子は
何も出来ずに
そこに立ち止まりました。

悟と見合いの相手は
信号が青になったので
渡り始めます。

十詞子も自然と
後を付いていきました。

悟と女性のふたりは
信号を渡って
阪急百貨店の前を通り過ぎて
左に曲がり
動く歩道に乗って
阪急三番街の前に出て
エスカレーターを降りて
川の流れる街を
通り過ぎて
映画館の前まで行きました。

ふたりは
映画の看板を見て
なにやら話した後に
チケットを買って
中に入っていきました。

十詞子は
夢遊病者のように
後をつけて
呆然と映画館の前で
見送りました。

何時間ぐらい
そこに立ち止まっていたのか
分かりませんが、
十詞子は
我にかえって
気がつきました。

十詞子は
初恋が
終わったと
思いました。

十詞子は
少しよろけながら
通路の端に歩いていき
何が起こったか考えました。

3年間も
遠くに住んでいたら
あんなに仲良しだったのに
だめかもしれないと
思いました。

「それに悟が連れていた女性は
私よりとってもきれい人だったわ

もう私は
身を引くほうが
彼のためになるのかもしれない。

やっぱり
3年間はながいかもしれなかったわ。」
と考え
3年間→女性→身を引く
という図式が
回りまわって
他の考え方である
悟と私の愛は永遠に不滅という考え方に
ならなかったのです。

ふたりは
ふたりとも些細なことを
大きなことと誤解して
こんな結果になってしまったのです。

もっと立ち戻って
冷静に考えれば
そんな誤解など無いはずなのに
そして話さえすれば
解ける誤解なのに
十詞子と悟はそれをしませんでした。

相手のことを思って
自分が犠牲になることを
選んだのです。

十詞子は
ゆっくりと
大阪駅のほうに歩き出しました。

そのすぐあとに
悟と女性が
映画館を出たのですが
ふたりは出会うこともなしになってしまいました。

その後
新幹線に乗って
新宿の独身寮に
帰って
その日は布団の中に入って
寝てしまいました。
翌日も
何も食べずに
一日中泣いて暮らしました。

翌日
机の上の年賀状に
悟の住所を書いて
裏に
「おめでとうございます。
お幸せにお暮らしください。」と書いて送りました。
これが十詞子に出来る最後行いだったのです。

同じころ
悟も
見合いした相手の女性に
何か物足らないところを感じていましたが
理由はよく分かりませんでした。

毎年出している
十詞子への年賀状の最後を書きました。
文面は図らずも
十詞子と同じだったのです。

そのお互いの年賀状が
元旦に届きます。

二人は同じ文面に驚き
悩みますが
これで最後と
思うのです。

その後悟の母親が
急逝すると
見合い話は
立ち消えになって
悟は
一人暮らしになってしまいます。

悟は春から
大阪市役所に勤め
建物を内部設計出来る唯一の人材として
働きます。

方や十詞子は
東京本社に勤めながら
企画・営業・総務など各部署を体験していました。
34歳になると
部長職に就いて
ますます忙しくなっていました。

ふたりの恋愛はそれっきりで
ずーと独身で暮らしていきました。

仕事では大変忙しかったけど
恋愛しないふたりは
心静かな
日々だと思っていました。

そして
時間はゆっくりと経過します。

(「ロフトで勉強しましょ」は
しばらくの間休みます。
クリスマス直前に
クリスマス編
それ以降に
完結編を
連載します。

ご期待ください)

もうすぐクリスマスですよね。
クリスマスになると何となく
ロマンチックになりませんか。
今年のクリスマスは
ブログ小説を書いてみました。
拙作ですが
読んでいただけたら、、、、、



ふとしたことで出会った
十詞子と悟は
十詞子の積極的な
作戦で付き合うことになります。

「山高ければ谷深し」
の言葉通り
お互いの思いが深ければ深いほど
お互いを思いやる思いも高いのです。

相手のことを気遣うあまり
分かれてしまいます。
しかし分かれても
思い合う心は
より深いのものに
なって行きます。

出会ってから
17年
お互いの誤解で
分かれてから11年後の
クリスマスのイブイブの夜も
十詞子は
仕事に追われ
プレゼンの資料を作るために
部下と共に
残業しました。

やっと仕事が終わって
部下と簡単な食事をした後
帰宅した十詞子は
お風呂も入らず
歯を磨いて
化粧を落とした後
ベッドに入ります。
入る前に
いつものように
15年前の十詞子と悟の
写真を見て
「おやすみ」と言って
ベッドに入りました。

疲れのために
すぐに寝入った
十詞子は
夢を見ます。

「起きて
起きて
早くいそがなきゃ
遅れてしまうよ」
と言う声で
起こされてしまいます。

ふと目が覚めると
周りは明るく
赤いカーテンが
見えました。

前には
女性が
白い服装で
背中に羽のようなものをつけて
手には
星が先についている
きらきら輝く
棒を持って立っていました。

十詞子:
敬子
敬子じゃないの
どうしたの
その格好は
朝早くに
どこから入ったの

(女性は妖精で敬子にソックリだったのです。)

妖精:
私は敬子じゃないの

十詞子:
何 言ってんの
あなたは敬子でしょう

妖精:
私は
天使 妖精よ

十詞子:
陽性?
何に陽性なの
ツベルクリンでも陽性になったの

妖精:
その陽性じゃなくて
妖精よ
妖怪の妖に
精神の精よ

十詞子:
えー
敬子は
妖怪だったの

妖精:
妖怪じゃないの
それに敬子じゃないし
私は天使なの

十詞子:
敬子は
天津甘栗なの

妖精:
わざと言っているでしょう
そんなに意地悪言うのなら
もう悟に合わせてあげないから

(十詞子は
がばっと飛び起き敬子に似た
妖精に詰め寄りながら)
十詞子:
それをもっと早く言ってよ
悟に会わせてくれるの
もう17年も会っていないけど
悟に会わせて!!

妖精:おち着いてよ

十詞子:
落ち着いてなんかいられないわ
どんな風に会わせてくれるの

妖精:
大丈夫
神様がね
十詞子は一途だから
悟に合わせてあげなさいと
言って
私に会わせる様に言ったの
私は
魔法が使えるから
会わせてあげるわ
今日はクリスマスイブだし

十詞子:
えー
神様は私の心を
知っているの

妖精:
神様は何でもお見通し
十詞子の一途な
願いを
一夜だけでも
かなえてあげるように
私に指図したの

十詞子:
神様は分かっているんだ
でも一夜だけなの
それでもいいわ
早く会いたいの
どうすればいいの

妖精:
まずは身支度をして
ドレスアップするのよ

十詞子:
それって私がするの
魔法かなんかで
パーと一瞬にして
シンデレラのような
豪華な衣装にならないの

妖精:
経費の関係でそれは今日はちょっと無理みたい

十詞子:
妖精の世界も大変なんだ

十詞子:
こんな服でいいかな

妖精:
地味ね
もうちょっと派手なのないの
悟と会うのよ
もうちょっと派手でないと

十詞子:
派手なの少ないのよね
昔の服でいいかしら

妖精:
昔のほうがいいのよ

そんなことを言いながら
ピンクのワンピースに
赤のカーディガンを選びました。
十詞子は派手でちょっと恥ずかしかったけど
妖精がこれが良いというので
着てみました。

(と言うわけで
十詞子は
顔を洗って
服を着替えて
簡単な朝食を用意します。)
十詞子:
妖精さんも
朝ごはん食べるの
食べるんでしょう

妖精:
食べていいの
うれしいわ
弁当頼んでいたのキャンセルしよう
ちょっと待ってね

(妖精は
杖を振って
携帯をだして
メールをしました。)

十詞子:
妖精の世界も
メールなんだね
便利だね

妖精:
今まではね
魔法の力でやっていたんだけど
受けるほうも
大変なんで
メールにするように神様が指図したの
妖精の世界も
情報化は進んでいるみたい

(十詞子は
口をぽかんと開けて
驚きました。
そして
ハムエッグと
野菜ジュースを作り始めました)

十詞子:
妖精さん
パンにする
ご飯にする?
どちらも冷凍だけど

妖精:
ご飯がいいわ
やっぱり日本人はご飯でなくっちゃ

十詞子:
妖精さんは
日本人なの

妖精:
日本生まれの
日本育ちだよ
妖精の日本支部に勤めているの

(ご飯を解凍して
机になれべて
二人は食べ始めました)

十詞子:
妖精さんも
大変なのね
後ろの羽が
邪魔みたいよ

妖精:
それを言わないで
制服なんだから仕方が無いの
汚さないようにしないと
クリーニング代が
要っちゃうわ

(そう言って
大き目のナプキンを
杖を振ってだして
首元から
ひざの上まで覆いました。
ふたりは頂きますと言って
食べ始めました)

妖精:
暖かい朝食いいわ
弁当はいつもつめたいのよね。

十詞子:
冷たい弁当を
パーと
魔法で暖めないの?

妖精:
出来るけどね
それって
エネルギーが要るのよ
暖めるのは
まともに要るの
神様は今度研究プロジェクトで
ヒートポンプ方式を
検討しているみたいよ
省エネは大変みたい
でも十詞子って
料理上手ね

十詞子:
ありがとう
妖精に褒められるって
なんか嬉しいよね
今日会うのよね
会社に休む連絡をしないといけないわ

妖精:
それはしなくてもいいのよ
明日目覚めると
それは今日だから
会社に行けばいいの
そのくらいの
魔法は私にも使えるから

十詞子:
そうなの
魔法って便利ね
でも私美容院に行って
きれくしなくっちゃ
髪の毛に白いものも
でてきているので
ヘアダイも、、、
時間あるかな

妖精:
それは必要ないわ
毛染めは必要ないわ

十詞子:
なぜ久しぶりに会うのよ
でも
大丈夫かな
今会って
大丈夫かな
悟さん生活を
乱さないかな

妖精:
それも大丈夫よ

十詞子:
なぜ大丈夫なの

妖精:
あなたが会うのは
悟が18歳の時よ
まだあなたとも会っていない
時なの
大丈夫だからね

十詞子:
えっ
そうなの
悟さん18歳なの
じゃこんなおばさんでは
会えないわ

妖精:
大丈夫なのよ
あなたも
17歳に戻って
会うのだから
正確には
再会ではなくて
初めて会うのよ

十詞子:
えっ
えっ
そうなの
私が
高校生で
悟が
大学一年生の時に
会うのね
じゃまだ
会ったことが無い時に会うのよね
最初どうしてするのよ
前みたいに
目薬の手でも使うの

妖精:
それは任しといて
じゃ早く新幹線に乗って
大阪に行かなきゃ
新幹線代を十詞子出しておいてね

十詞子:
妖精さんは
節約家なんですね

妖精:
予算が無いから
大変なの
経費を抑えると
多くの人に
幸せを運べるから
持っている人には
だして貰っています。

十詞子:
それはいいわ
じゃ早く行きましょう。
ところでそんな格好で
新幹線に乗るの
みんなに変だよ

妖精:
大丈夫なのよ
私は他の人には見えなくなることも出来るの
でも今回は
ちょっと変身して
見ようかな

そういいながら
星の付いたステッキを振って
普通のOLに変身しました。

妖精:
可愛いでしょう

十詞子:
あー 敬子さん ソックリね

そんな話をして
独身寮を出発して
新宿から中央線東京駅
新幹線に飛び乗って
新大阪に向かいました。

新幹線の中で
十詞子は
妖精に
どのようにして
悟とのきっかけを作るかを
相談しました。

十詞子:
ところで妖精さん
初対面の悟さんと
どんな風に会うのよ
教えて
うまく出来るかしら、、、
目薬の時も
死にそうだったのよ
二度とあんなこと出来ないわ

妖精:
それは大丈夫だわ
私は妖精よ
魔法でちょいちょいとすればいいのよ

十詞子:
どうするの

妖精:
悟の持っている本を私が魔法で落とすから
十詞子はその本につまずいてこけるの
すこし怪我をするほうが
いいかもしれないね

十詞子:
痛そうね
でも思いっきりやって
でも救急車が来ないくらいでお願い
痛いのは我慢するわ
悟ると会えるのなら
命だって惜しくは無いわ

妖精:
分かっているけど
死んだら会えないよ

十詞子:
ところで
妖精って
天使ではないよね
妖精って
湖の妖精とか
山の妖精とか言うでしょう
あなたは何の妖精なの

妖精:
気がついたの
私は十詞子が前住んでいた部屋の床板に使っている
木の妖精なの
木がなくなってしまって
住むところがなくなったから
神様のお世話になっているの
天使は神様そのもので
数を増やすことは大変なんですって
人口が増えて救う人が増えたものだから
私アルバイトでしているのよ

こんな話をしながら
新幹線は京都間近になりました。

十詞子はふたり分の弁当を買って
妖精と一緒に食べました。

新大阪から
尼崎駅に到着しました。

妖精:
まだだいぶ早いみたいね
神様のタイムテーブルによれば
まだ二時間くらいあるみたい。
喫茶店で待ちましょうか。

その前に
あなたを
高校生にしなくっちゃね

そう言いながら
みんなが見ていないところで
星の付いた杖を振って
十詞子を高校生にしてみました。
服はそのままです。
高校生の時は
今よりちょっとだけ
体型が違って
おなかの部分がゆるくなってしまいました。
鏡を出して
自分の顔をしみじみ見て

十詞子:
わー
高校生の私だ
肌に張りがあるよね

十詞子は驚きながら
悟と会えるのを楽しみに
喫茶店で待ちました。


まだかまだかと
妖精に聞きながら
2時間は過ぎていきました。
午後4時ごろになって
妖精は
「さあ行きましょう。
私は見えなくなるようにするから
私の姿と
声が聞こえるには
あなただけよ。
それと
喫茶店の
コーヒーと
ケーキ代払っておいてね」というと
立ち上がりました。

十詞子は
お金を払って
外に出ました。

妖精:
ちょっと待ってよ
まだみたいね

十詞子:
どうするの

妖精:
私が歩く後ろを付いてきてね
まだよ。
ちょっと小走りが良いかな

少したってから


妖精:
さあ行きましょう。

十詞子は
小走りに走る
妖精の後ろと
付いていきました。
突然右のほうから
黒いジャンパーを着た男性が
前を横切ろうとしました。
十詞子は歩く早さをゆっくりとした瞬間
足に何かが当たり
もんどりうって
頭から
路上にこけ始めました。

十詞子は
「あっ!」と叫びならが
こけていきました。
顔が
路上に激突しようと瞬間
妖精が
頭の下に
十詞子のカバンを敷いてくれて
顔だけは助かりました。

「痛い!」と大声で言いました。
右足のひざから
血が吹き出て
左足も血がにじんでいました。

黒いジャンパーの男性が
手に持っていた本を落としたために
それに足をとられて
十詞子はこけたのです。

もちろん
本を落としたのは
妖精の魔法のせいなので
男性には罪はありません。

しかしその男性は
すぐさま
十詞子を
助けに来ました。
手際よく
ハンカチを出して
十詞子の足の血を止めようとしました。

十詞子は
あまりの痛さに
目を閉じていましたが
薄目で見てみると
その男性は
悟だったのです。

悟:
ごめんなさい
私のせいで
こんな大怪我を
大丈夫ですか
救急車呼びましょうか

十詞子:
大丈夫
大丈夫よ
大丈夫だと思うわ

悟:
本当にごめんなさい。

妖精:
こんなところで話していても
何でしょう
『ちょっと休めたら大丈夫だから』
と言うのよ

十詞子:
ちょっと休めたら大丈夫だから

悟:
そうだよね
立てるかな
あそこの喫茶店に行こうか

十詞子:
大丈夫立てるみたい

妖精:
ちょっとよろけるのよ

(そう言われた十詞子は
少しよりよりけました。
悟は
手を差し伸べて
助けました)

悟:
ごめんね大丈夫ではないみたいじゃない
本当にごめんね

十詞子:
良いの

そういいながら
喫茶店に着きました。

喫茶店の店員は
十詞子がまた戻ってきたので
不審に思いながら
水を出しました。

窓側の席に座わりました。
妖精も
十詞子の隣に座りました。
ふたりは黙っていました。
妖精:
何か話すのよ
名前でも名乗ったら

十詞子:
私十詞子っていうの

悟:
僕は悟
本当にごめんね
僕が本を落としたから

十詞子:
そのことはもう良いです。

悟:
でも痛そうだよ
もう血が止まったかな

十詞子;
だいぶ止まっているみたい

妖精:
どこの学校なのと聞くのよ

十詞子:
どちらの学校に行っておられるの

悟:
東大阪のほうの大学
十詞子さんはどこの学校

十詞子:
私は東、、

妖精:
何言ってんの
豊岡の学校でしょう

十詞子:
豊岡です。
豊岡の高校です。

悟:
豊岡の高校?
今日は旅行かなんかで

妖精:
会社訪問というのよ

十詞子:
会社訪問で
会社に新しく勤めるので
その下見できました。

悟;
こちらに勤めるの
豊岡からだと遠いでしょう。

十詞子:
約3時間くらいかな

悟:
じゃ早く帰らないといけないんじゃないの

十詞子:
えー 

妖精:
今夜は
ここに泊まる予定なの
と言いなさい

十詞子;
今夜はここで泊まる予定なの
明日も学校を休むように言ってあるの

悟:
そうなの
それはよかったです。

妖精:
来年からこちらだから
こちらのことを聞かせてほしいと言うのよ

十詞子:
来年はこちらのほうに
就職するので
こちらの事を
聞かせて欲しいです。

悟:
それは良いけど
その足は大丈夫なの

十詞子:
大丈夫よ

ふたりはこんな話をしながら
妙に盛り上がりました。

喫茶店に
2時間もいて
もう日も暮れてしまいました。

今日はクリスマスイブ
外を見ると
クリスマスのイルミネーションが
輝いていました。
二時間ぐらい時間がたったでしょうか。
ふたりは
もう友達になっていました。

悟:
もうこんな時間になってしまったね
足の血は止まったかな。
痛いでしょう。
ごめんなさい。

十詞子:
止まったみたいよ
もう痛くないし

悟:
歩けるかな
ホテルはどこなの
送ります。

十詞子は
ちょっと困って
妖精のほうを見ると

妖精:
少し遠いところ
大阪なの
と言うのよ

十詞子:
少し遠いところ
大阪なの

そう言った時に
妖精は
例の杖を少しだけ振り回しました。

悟:
あっ
僕のうちに泊まれば
すぐ近くだし
大丈夫だよ
大丈夫
うちには母親がいるから
大丈夫だよ
傷の手当も出来るし

十詞子:
えー
突然行って
お邪魔じゃない
お母さんに悪いわ

悟:
僕が原因で
そうなったんだから
悪いのは僕のほうだから
来てほしいの

十詞子は妖精のほうを見ると
妖精は目くばせをしました。

十詞子;
お言葉に甘えて
お願いしてもいいかしら
今から大阪に行くのも
大変だから

そう行って
ふたりは立って
喫茶店を後にしました。

十詞子は
少し足を引きずりながら
悟に助けられながら
付いて行きました。

当時の
尼崎駅の北側は
駅から北側に道路があって
道路の西側がビール会社
東側が商店街です。
その商店街の裏側に
囲まれるように
大きな庭のある
悟の家があります。

悟の家は
母親と
妹の3人家族です。

悟が家に着くいて
「ただいま」と言うと
母親が「おかえり」と言いながら
出てきました。

悟は
駅で
十詞子に怪我をさせたことを言って
一晩
家に泊めるということでした。

悟の母親は
怪我をさせたと言うことで
恐縮しながら
泊まると言うので
驚きました。
ちょうどクリスマスと言うことで
少し豪華目の夕食でした。

母親は
3人分のおかずを
急ぎ四人分に分けて
食卓に並べました。

十詞子は
「そうだ今日はクリスマス
最近はクリスマスといっても
ひとりで過ごしているけど
今年はすごいわ。
家族そろって過ごせるのよ
それも悟の家族と
これは奇跡だわ
あの時
押しかけ女房の手段を使ってたら
こんな風になったのよね」
と思いました。
そう思うとなんだか涙が出てきました。
でも泣いたら変だし
我慢して
笑顔を装っていました。

食卓に並んだのは
牡蠣のフライと
野菜の掻き揚げ
それにポテトサラダ
トマトでした。

十詞子は
牡蠣のフライだけが苦手で
36歳になるまで食べなかったのですが
この場で食べないと
雰囲気が悪くなってしまうと
考えて
作り笑いのまま
牡蠣を口に入れ
飲み込みました。

でもどうでしょう。
美味しいです。

思わず
「この牡蠣フライ
美味しいわ」と
言ってしまいました。

悟は
「牡蠣フライは
お母さんの得意料理なんだよ。
冬になったら
三日に一日は
牡蠣フライなんだから」
と笑って答えました。

和やかに食事が終わって
妹が
ケーキと
コーヒーを持ってきました。

丸いケーキで
お決まりのように
ローソクを立て
火をつけ
電気を消しました。

一瞬お部屋の
薄暗くなって
「アー
クリスマスってこんなに楽しいですね」
と
十詞子は言ってしまいました。

悟も
「今日は
今までのクリスマスの中で
一番楽しいよ。」
と言いました。

お母さんと
妹も口をそろえて
「本当に楽しいよ。」
と言いました。

ケーキを食べた後
みんなで
「7並べ」をしました。

10時なったので
順番にお風呂に入って
床に就きました。

いつもは
座敷に母親
次の間に悟
二階に妹が寝るのですが、
この日は
母親が心配して
十詞子を座敷に
次の間に
母親と妹が
二階に悟が寝ました。

妖精は
座敷の端で
寝ていました。
翌日十詞子は
味噌汁の香りで
目が覚めました。

十詞子は
服を着替えて
台所に行くと
悟の母親が
味噌汁を作っていました。

十詞子は
「おはようございます。
長く寝ていてごめんなさい」
と挨拶しました。

朝食は
味噌汁と
香の物
めざし でした。

4人で食べる
朝食は
本当に美味しかったので
思わず
お代わりしてしまいました。


その時
妖精が近づいてきて
「ごめんね
十詞子
もう24時間経ったから
これ終わりだわ
もう10分しかないわ」
早く外に出て
そうしないと
悟の目の前で
消えてなくなってしまうと
変でしょう。
なんとか言って
外に出て行くのよ」
と小声で言いました。

十詞子は、
あわてているのを
覚られないように
お礼を言って
別れの挨拶をして
玄関を出ました。

突然に
十詞子が出て行くので
悟と母親はびっくりして
外に出て見送りました。

十詞子は玄関をでて
角を曲がった瞬間
パーと消えてしまいました。

悟るには見えませんでした。
母親と
悟は
狐にでもつままれたような
何があったのかな
感じたまま
穏やかな朝日の中
立っていました。


そんな頃
十詞子は
新宿の
独身寮で
目が覚めたのです。

目が覚めた日は
24日の
朝でした。

十詞子は
目を覚まして
「何だったんだろう。
夢かな。」
と思いました。

でも
足が痛いので
見てみると
右ひざを怪我していて
そこに
ガーゼが貼ってありました。





クリスマス編終わります。


付録
妖精からのお願い。
妖精はね
いつもあなたの隣にいるよ
信じないあなたや
一途でないあなた
クレーマーの隣には居づらいのでいませんよ。
心をダイヤモンドのように清らかで堅くて光るものにしてください。
神様が見ていて
助けて上げるようにと
私たちにお命じになります。

私たちは
たくさんの人を助けて
上げたいから
私たちが現れたら
なるべく現金を出して
支援してね。

なお
私たちにはお金がないから
宝くじに当たりたいとか
大金持ちになりたいとかいう願いは
もちろん叶えることはできないからね。

そんなこと願わないでね

それから
あなたの身近な人に変身して
現れるからよろしくお願いします。






十詩子と悟の
クリスマスの出会いは
夢の中だったのでしょうか。

こんな経験
したことないでしょうか。

夢をはっきりと
それも永い永い
夢を見たことは
皆様ありませんでしょうか。

私は
夜ごと
夢を見ます。

それも永い夢です。
その大方は
学校で勉強していたり
試験を受けていたりするものですが
物語性があるものも
あります。

十詩子の体験も
夢の中だったのかもしれませんが
この
ショートショートは
年末から完結編を連載します。

一気に
感動の結末へと向かうはずですが
そのように書けるかどうか
力不足のため保証はありません。

ご期待ください。

ちょっと無理かな。
十詩子は
商品企画・営業・総務・人事・社長秘書室
などの職を歴任していました。

十詩子の勤めている会社は
鉄鋼の会社で
元々堅く
堅実異な経営で知られていましたが、
バブルの時期に
土地に手を出さなかったり
能力給に移行しなかったり
金融商品にに投資しませんでした。

これらの時期に
十詩子の仕事が関わりがあって
それらの判断の下となる資料を
作ったのです。

資料を作った当時は
十詩子を
直接批判するものさえいました。
しかし何年か後
結果が出て
資料の正当性が
評価されるようになったのです。

そんなことで
十詩子の
会社の評価は極めてよかったのです。

56歳に十詩子がなったとき
十詩子はそれなりに
顔のしわもでき
頭の生え際には白いものが目立つようになっていました。

しかし
何事にも
積極的な
十詩子は
年齢を感じさせない
若々しさがあって
今も若い部下に
先輩のように慕われていました。

7月に
役員室に呼ばれた十詩子は
専務に
「十詩子君
いつも会社のためにご苦労様だね。

君の評価は
役員全員の知るところで
君を役員に推すものも多いんだが
中には
君の職歴に
難を言うものもいるんだ。

君が
本社つとめばかりで
地方に行っていないと
言うんだよ。

役員になった
私を含めてすべての者は
地方の事業所の責任者を
経験しているからね。

君は
一年だけ
尼崎工場にいたけど
その時は
総合職でなかったとも言うんだ。

僕は
そんなこと気にする必要がないと言ったんだが
社長が
『そんなに言うのなら
十詩子君のために
地方に行ってもらいましょう』
おしゃったので
全員賛成することになりました。

と言うことで
来年から
地方に
悪いんだけど
一年だけ行ってくれないかな。

部長職があるところなんだけど
君は豊岡出身だね。
姫路が一番近いかな。

工場長が
部長職だから
工場長に
一年行ってくれるかな。

普通に
やっていてくれたら
必ず再来年は
本社役員と言うことになるから。

でも君のことだから
何かやるとは思うけど
それも会社のためだから
良いよね。

姫路の人には
少し悪いけど

将来は
初の
女性社長にも
押したいくらいだよ。」
と言われました。

十詩子は
恐縮しながら
少し考え
「ありがとうございます。
そのように評価していただいて
光栄です。
少しだけわがまま言っても良いでしょうか。」
と答えました。

専務:
珍しいね
君が人事で上申するのは
どこが良いんだね。

十詩子:
尼崎工場に転勤したいんです。

専務:
尼崎ね
あそこの副工場長は
部長職だけど
あっ
確か
11月に
定年退職で
空きになるはずです。

12月から赴任しなければならないよ。
尼崎は
大きいから
大変だよ
十詩子君がそういうなら
良いけど

君が尼崎にいたのは
38年前で
もう誰もいないんじゃないの
別に僕は良いけど
人事部長に言っておくよ

十詩子は
大きく頭を下げて
お礼を言って
役員室を出ました。

十詩子は
「やったー」
と心の中で叫びました。

すぐに
前住んでいた
尼崎の家主さんに
電話をしました。

尼崎に行くたびに
家主さんのところには
行っていたので
家主さんとは仲がよかったのです。

電話をすると
前にいたお部屋が
空き家になっていると言うことでした。
すぐに借りるように
話をしました。

待ち遠しく
11月の末に
新宿から引っ越ししました。


こうして
十詩子は
4年間に住んでいた
尼崎に
住むことになったのです。

年に数度
尼崎にやってきていますが
何か尼崎に来ると
心が
ウキウキします。

悟が
住んでいる
この街にいると
同じ空気を吸っているんだと
感じるのです。


悟の方はと言うと
ひとつ違いですから
57歳です。
十詩子と違って
かなり年齢を感じさせる
容姿になってしまいました。

大阪の市役所で
設計一筋に
30年余
市役所内部では
市役所の安藤忠雄と異名をとるまでになっていました。

すべて内部で
設計するので
忙しくて
昇任試験も受けず
未だに平の地位でしたが
悟は設計ができて幸せでした。


悟の家は
就職直前に
母親が亡くなり
その2年後に
妹が結婚して家を
出て行ったので
ひとり暮らしを続けていました。

それから
悟が住んでいた
尼崎駅の北一帯が
再開発事業になって
悟の家も
取り壊しになってしまいました。

そのため
悟は
同じ尼崎の
園田の駅近くに
新たに家を建てました。

悟は
自分の家は
自分で建てたかったのですが
仕事が忙しかったので
建築業者に
ロフトと
吹き抜けがある家と言って
作ってもらいました。

悟は新しいロフトが
お気に入りでした。
ロフトから見える
藻川とその向こうに見える六甲山を
時間のあるときは
ズーと見ていました。

特に
六甲山上に太陽が沈む夕日は
最高だと思っていました。

夕日を見ながら
十詩子のことを思い出していたのです。

悟と十詩子は
お互いにまだ
相手のことを
深く思っていました。
でも、相手のことを考え
その音信を探ることなど
全く考えていなかったのです。

31年前に
年賀状を出して
分かれたきり
会えないのですが
ふたりは
一日も忘れたことはありません。

十詩子は
前住んでいた
ロフトのお部屋に
引っ越してきました。
部屋に入った
瞬間懐かしさで
涙が出るくらいでした。

部屋は
こぎれいに少し改装さて
家主さんの手で
きれいに掃除をされていましたが
大方は前のままです。

窓のカーテンレールは
新しいものになっていましたが
「ここに
赤いカーテンを吊って
悟を待ったんだよね」
と思い出したりしました。

少ない荷物を
整理して
翌日
尼崎工場に
行ってみました。

12月1日からの辞令ですので
まだ副工場長ではありません。
守衛さんに
来客用の入場証を発行してもらい
敬子のいる
総務課に向かいました。

敬子は
結婚して
産休を2回とっていましたが
尼崎工場に勤めていたのです。
尼崎工場内で
転勤になっていましたが
今は総務課勤めで
工場長の
秘書係の主任でした。

十詩子は
敬子の後ろから
近づいて
少し敬子を
驚かしました。

敬子:
あー
十詩子さん
いや副工場長
今日から
勤務ですか
明日からと聞いていますが、、、


十詩子:
敬子さん
久しぶり
今日は
ご挨拶に伺ったの
まだ副工場長でないし、、
今は無役よ

敬子:
そうなんですか
十詩子さんが
副工場で
こちらに転勤してくると言うので
工場では
大騒ぎです。
ここに勤務していたのは
一年ちょっとだったのに
あの当時をしている
社員なんか
みんなに自慢げに話しているのよ。
もちろん私も話したけど、

うちの工場で
管理職で
女性は
十詩子さんが初めてだけど
抵抗はないわ

十詩子:
ありがとうございます。
それほどのものでもありません。

そんなことを言いつつ
二人は工場内の
挨拶をして回りました。

それが十詩子の仕事のやり方だったのです。
今の考え方で言えば
相当古い手法かもしてませんが
今でも最善の方法と
十詩子は考えていました。

翌日
副工場長から引き継ぎを受け
工場長に
訓辞を受けました。

「十詩子君には
今までの副工場長がしていた
事務的な仕事ではなく
もっと十詩子君らしい
仕事をしてほしい。
今までの仕事は
そうだ敬子君にでも
頼めばいいよ
敬子君はよくしっているから、

具体的には
君に任すよ
それが今までの十詩子君の仕事からそうおもうね。」
と言われたのです。

十詩子は
超抽象的なこの指図に
少し戸惑いましたが
「はい」とうなずきました。

その日から
十詩子は
工場の帳簿や
工場の仕事の手順
命令系統などを
調べ始めました。

工場が持っている
原価計算などの
数字がいっぱい書かれている
帳票なども
十詩子は苦にしませんでした。

少し老眼になってしまいましたが
計算力や記憶力は
衰えていませんでした。

帳票そのものは
自宅には持ち帰りませんでしたが
自宅で夕日を見ながら
考えました。




悟の方は
平の職員で
定年間近でした。
定年後は
設備係の同僚が
電気技術者として
ビルマンとして
再就職しているのを見て
悟も
電気技術者試験を受けました。

いわゆる電験3種はすぐ通ったのですが
もう一つ上の
電験2種をとるために
お気に入りの
ロフトで
夜遅くまで
勉強する日々でした。


そんな二人は
同じ尼崎に住んでいましたが
出会う機会は
ありませんでした。

悟は
園田駅から
阪急電車に乗って
中之島の市役所に行って
帰るだけです。

方や
十詩子は
JR尼崎駅近くに住んで
自転車で
5分のところの
尼崎工場に
通勤するだけです。

そんな二人は
出会うことがなかったのです。


同じ12月に
尼崎駅前に
有ったビール工場の跡地に
大型ショッピングセンターができました。
「ココエ」と言います。
テレビのニュースや
チラシ広告が入ったので
悟は
興味がありました。
前尼崎駅前に住んでいた悟は
どんなものか
知りたかったのです。
それに建築にも興味があったので
23日の休みの日に
「ココエ」に行くことにしました。

23日には
十詩子は
朝から数字と にらめっこしていました。
老眼のせいでしょうか、
毎日数字ばかり見ていたので
少し休むために
家の外を
散歩に出かけました。

十詩子の部屋は
駅の南にあって
会社も南にあったので
尼崎駅の北側には
一度もいったことはありませんでした。
いや正確に言うと
36歳の
クリスマスの日に
悟の家に
一度いったことがありました。
夢の中のような出来事でしたが
本当にあったことと
思っていました。

地下道をくぐって
北側に行くと
新しい街並みがありました。

その時の
十詩子の服装は
いつものように
薄ピンクのフレアスカートに
白いカーディガン
それと
白のコートです。
私用なので
少しカールのついた
髪は束ねていませんでした。

暖かい日でした。

一度だけ行った
悟の家があったと思われる場所には
高層ビルが建っていて
病院になっていました。

その前に立って
少し考えにふけりながら
駅に向かいました。

駅近くに行くと
たくさんの人が
ココエのショッピングセンターに
入っていくので
十詩子も吊られて
その方向に歩き出しました。


横断歩道を渡って
少し人混みが
ばらけたときに
横から
黒っぽい服装の男の人が前を横切りました。

その時なにやら
十詩子の足に
当たって
足がうまく前に出せなくなり
「あっ」
と叫びながら
前に倒れ始めたのです。

十詩子は
そのほんの少しの瞬間
「これはどうしたことなの
前にもあったような気がするけど
なぜこけなければならないの
あっ
倒れる
地面が顔に当たる。
いや顔が地面に当たる!!!」と
心の中で叫びました。

間一髪十詩子の鞄が
顔の前にやってきました。

十詩子は
歩道の上に倒れました。
右足の膝から
すぐに血が出てきました。

左足も血がにじみました。

十詩子は
痛さのために声も出ず
うずくまってしまいました。

男性はすぐ駆け寄り
ハンカチを出して
血が出ている
膝に巻きました。

十詩子は
痛いので目をつむっていましたが
少し開いてみると
初老の男性が
見えました。

男性は
「すみません。
ごめんなさい」
十詩子の方を見て
と謝りました。

十詩子はその声に聞き覚えがあったのです。
容姿は変わっていましたが
声は変わっていなかったのです。

悟も
十詩子と気がつきました。

十詩子:
悟さんじゃないですか
悟さんですよね

悟:
十詩子さんですよね
何年ぶりでしょう。

開店セールで
たくさんの人が歩いている歩道で
十詩子は道に横たわりながら
悟は歩道に膝をつけて
お互いに
見つめあっていました。

多くの人は
奇異な目で見ながら通り過ぎました。

どれだけの時間が流れたか
二人にはわからなかったけど
悟は
少し我に返って
十詩子の左手の薬指に
何の指輪もないことを見ました。

そのあと
「十詩子さん
すみません。
立てますか
救急車呼びましょうか。
それとも
そこの尼崎中央病院に行きましょうか。」
と悟は言いました。

十詩子:
いえ大丈夫です。
立てますから、、

そういって立ち上がると
少しよろけてしまいました。

悟が
十詩子の腕をつかみました。

悟:
すみません

十詩子:
大丈夫よ
少し休めば大丈夫よ
あちらの喫茶店でも

十詩子は
悟に支えながら
ココエのなかの
喫茶店に入りました。

十詩子を席に座らせました。

悟:
ここはセルフですね
何を飲みますか。

十詩子:
温かいコーヒーをお願いします。

悟は
カウンターに並んで
コーヒーを二つと
水を持って十詩子のところに
戻ってきました。

悟:
お待たせしました。
まだ痛むでしょう
ごめんなさいね
僕が鞄を落としたもんだから
申し訳ないです。

十詩子:
大丈夫
大丈夫と思います。

悟:
十詩子さんは
今は東京に住んでいるんでしょう。

十詩子:
いえ
12月に東京から
転勤してきたんです。

悟:
そうなんですか
今はどちらにお住まいですか。

十詩子:
前に住んでいた
南側の
ロフトのお部屋が
ちょうど空いていたから
また住んでいます。

悟:
えー
あそこは
一部屋しかないんじゃないんですか。

十詩子:
そう
景色も
同じで良いの

悟:
一部屋では狭すぎませんか
家族で住むには

十詩子:
一人で住んでいるんですよ

悟:
それでは
単身赴任なんですか

十詩子:
単身赴任?
そうかもしれないけど
私は
東京でも単身ですよ

悟:
えっ
結婚したんじゃないんですか

十詩子:
結婚なんかしていません。

悟:
でも
結婚指輪を
していたのを
見かけたのに、、、、

十詩子:
あっ
そっ
それは
それを知っているんですか
若いときは
私結婚指輪を
していたことがあります。
それは結婚したからではなくて
えー
どういったらいいのでしょうか。
あれは偽物の
結婚指輪なの
悟さんは
あれをつけているところを
見たんですか

悟:
えっ
あっ、、

、、、
、、
、、、、







悟は
全身の血が引くのがわかりました。
持っていた
水のカップを
思わず握りしめました。


悟は
この時初めて
30年間
誤解していたことに気がついてのです。

「結婚指輪は、
偽物
なんだ

なぜ偽物に
30年間も
だまされていたの?

十詩子さんは
結婚していなかったんだ。
なぜもっと早く気がつかなかったのか。
なぜもっと早く確かめなかったのだろう」
と嘆きました。

十詩子も
昔していた結婚指輪を
見られたことを
そしてそもそも
安直に結婚指輪をしたことを
後悔しました。

一つ目の誤解が
あったことを
二人はこのとき
気がついてのです。

でも二つ目の誤解があることを
二人は知りませんでした。

十詩子は
自分の結婚指輪のせいで
悟が
結婚したんだと
まだ思っていたのです。

悔しく思って
消えてなくなりたいくらいですが
ここは
意を決して
悟に聞きました。

十詩子:
悟さんは
お子様は何人ですか

この平凡な
問いは
結婚しているかどうか聞く
常套手段ですが
十詩子は
相当の思いで
声を出したのです。

その問いを聞いた
悟は
「もしかして
十詩子さんも
誤解しているのか。」
と直感しました。

悟はすぐさま
答えようと
しましたが
「○×△#、、、
、、、
、、、」と
あまりの
衝撃に
声になりません。
「お子様は何人ですか」
と聞かれた
悟は
声も出ず
訳のわからぬことを
声に出します。

その狼狽ぶりを
見た
十詩子は
すべての真実を
知ることになりました。

二人はお互いに見つめ合って
時間が過ぎます。

コーヒーが
少しだけ冷えたとき
悟は
「子供はいません。
ひとり暮らしですから」
と気を取り直して
答えました。

十詩子
「そうなんですか」
と答えるのが
精一杯です。

また数分過ぎてから
十詩子から
話し始めます。

十詩子:
私たち
何か誤解していたみたいですね。

悟:
そうですね
それも
30年間も

十詩子:
そんな誤解をなぜしたんでしょうね

悟:
何が原因か
今となっては
取り返しが付かない誤解が
なぜ生まれたか知りたいものですね。

十詩子:
私も同感です。
今後のためにも
知っておかないと

悟:
なぜ指輪してたんですか

そう聞かれた
十詩子は
ほほが赤くなって
恥ずかしそうに
答えます。

十詩子:
指輪のことですね
やっぱり誤解を生みますね
正確に答えないとやっぱりいけませんね。

昔のことになるけど
私が若かったときに
困ったの
こんな年になって
別に困らなくなったけど。

どういえばいいのかな
昔は
今もそうだけど
、、、、
、、、、、
、、、、
悟さん一筋だったの
それなのに
他の人が
色々と
誘ってくるの

それを
ひとつひとつ断るのも
大変だから
予防線として
指輪をしていたの

これを見られるなんて
思いませんでした。

十詩子は
顔を赤くしながら
ゆっくりと
言葉を選びながら
指輪のことを悟に話しました。


悟は
そういう理由だったのか
そして言葉の中にあった
「今もそうだけど、、、」
と言う言葉が
頭の中に残りました。

少し沈黙が続いて

十詩子:
悟さんが結婚していないって
、、、

私は
悟さんが結婚したものとばかり思っていました。

悟さんは
えーっと
31年前の今日
女性と親しそうに映画館に入っていったでしょう?
あの人と結婚したんではなかったんですか。


悟はそのことは
忘れていました。
言われて
「31年前?
26歳の頃?
大学卒業の年?
クリスマスに女性?
あっ
そういえば
そんなことあったかな、、、

あの女性は
私の母に勧められて
見合いした相手です。
母が急死して
その話は
立ち消えになって
あれっきり会っていません。

十詩子さんは
あのとき大阪にいたんですか。
見ていたんですか。

十詩子さんが
結婚したと思ったので
いや今となっては
誤解していたので
母親が
強く勧めるもので
見合いしてみただけなんです。

ただそれだけです。

見ていたら
声をかけてくれたらいいのに、、

ごめんなさい。
そんなこと
できなかったですね」
と謝りました。


十詩子と悟は
お互いに
誤解していて
こんな結果になったことが
わかりました。

ふたりの間には
永い沈黙の時間が流れますが
ふたりの誤解の溝は
埋まっていくのを
ふたりは感じました。



ふたりの誤解は
すべてなくなりました。

ふたりの溝も
埋まったように思いました。

でも悟は
時間の溝ができたように
思ったのです。

あのときのにも思っていましたが
十詩子は
大企業の管理職で
ばりばりのキャリア
その上
こざっぱりとしていて
初めて会ったときと同じような
きれいな髪の毛
それになんと言っても
年齢を感じさせないのです。

悟というと
しがない地方公務員
それもズーと平で
昇進の見込みもなく
給料も
頭打ち
それに何より
頭の毛がほとんどなくなり
見るからに老人になってしまっているのです。

ギャップが
あまりに大きいのです。

悟は
もう誤解がなくても
十詩子に
結婚を申し込むことなんて
できないと考えていました。

そんなことを考えると
悟は
ここで会ったのが
幸せだったのか
誤解が解けて
よかったのかどうか
わからなくなりました。
元気がなくなり
黙ってしまいました。

十詩子の方は
そんな風には
まったく思っていませんでした。
会えたこと
そして
誤解が解けたことは
神様が与えてくれた
大きな幸せ
一途に悟のことを
思っていたご褒美と
考えていました。

はしゃぐ
十詩子は
悟に元気がないことに
気がつきませんでした。

それくらい
十詩子はうれしかったのです。

十詩子は続けて
話しました。

十詩子:
今は
悟さん何をしておられるんですか。
勉強熱心な悟さんのことですから
なんかしておられるんでしょう。

悟:
勉強熱心ではないけど
今は
電験2種に挑戦中です。
もう2科目なんだけどね
十詩子さんは
会社では
相当な地位に就いているんでしょう。

十詩子:
電験2種?
それは何

私は
会社では
、、、
それほどの職ではありません
中間管理職で
上からは言われ
下からは突き上げられる
宮仕いの身ですから、、

悟:
そんなことないでしょう
十詩子さんは
僕よりズーと
優秀だから

十詩子は
悟が
劣等感を感じていると
思いました。

この溝を
埋めないと
昔のように
仲のよいふたりには
戻れないことに
気がつきました。


十詩子が気がついた
悟の劣等感を
取り除くために
十詩子は
悟の仕事のことを聞いてみました。

大阪市役所で
悟が設計した建物について
十詩子は聞いたり
今住んでいる建物について聞いたりして
「すばらしいー
見てみたい
一緒に見に行きたい
住んでみたい」と
絶賛しました。

悟は
聞かれたことには
答えますが
言葉の間に
むなしい時間が流れます。

十詩子は
こんな小手先のことでは
まったくだめだ
と気づきました。

悟と十詩子が歩道の上で
ぶつかってから
5時間がたっていました。
もう外は
クリスマスの華やかなイルミネーションが輝いていました。

十詩子はの光を見ながら
大きな決心をしました。

その後
悟と久しぶりの食事をしました。
十詩子が気を遣う食事でした。
「明日の夜も会ってほしい」と
悟に頼んだのです。

悟は
少し戸惑うような様子を見せた後
会う約束をしました。


悟をバス停で見送った後
急いで
十詩子は
部屋に戻って
工場についての報告書を
書き始めました。
資料やノートを見ながら
一字一字パソコンに打っていきました。
夜も寝ずに
作りました。
出社間近になって
ようやくできたので、
十詩子は身なりを整え
工場に向かいました。

出社した後
机に向かって
もう一枚の書類を作りました。

ふたとを持って
工場長の部屋を訪ねました。

工場長に
改善提案書を提出しました。

工場長:
十詩子君はやっぱり仕事が早いね。
早速読ましてもらうよ。
来年の初めにある役員会で
一度提案してみるよ。

十詩子:
ありがとうございます。
それから
これをお願いします。

こう言って
退職願を
工場長に出しました。

工場長は
それを見て
驚きを隠せませんでした。

工場長:
これは何だね
冗談じゃないだろうね。
何か不満でもあるのかね。
東京からこちらに来て
大変なのはわかるけど
これは困るよ
こんなものは
受け取れないよ
理由は何なの

十詩子:
一身上の都合です。

工場長:
一身上の都合と言われても
専務に話ができないよ
具体的には
何なの

十詩子:
あまり具体的ではないんですが
結婚なんです。

工場長:
えーっ
失礼
結婚が決まったのかね

十詩子:
まだ決まっていないんですけど
決めるためには
やめなければならないんです。

工場長:
何か見えないね
決まっていなかったら
やめる必要がないだろう。
専務に君のことを
よろしく頼むと言われているんだ
君が急にやめれば
僕の立場がないんだ

十詩子:
すみません。
専務には
私の方から
話しに行きますので
よろしくお願いします。

工場長:
専務だけではないよ
我が社の
大きな損失だよ
詳しい理由を聞かせてくれないか

そういう工場長に
十詩子は
悟のことを
話さないと
納得していただけないと思って
詳しく話しました。

工場長は
あまりの
話の内容に
唖然として
何も言いませんでした。




十詩子は
工場長に退職願を出した後
東京の専務にアポイントを取りました。
新幹線は年末で混んでいて
自由席では座れませんでした。

午後一番で
専務にあって
退職のお願いをしました。

専務:
工場長から聞いて
びっくりしているよ
結婚で退職というの仕方がないのだが
、、、
残念だよ
でもおめでとうと言うべきかな

十詩子:
申し訳ございません。

専務:
結婚しても
勤めることはできないのかね
社外取締役でも良いと思っているんだが
君のような優秀な人材が
いなくなるのは
我が社にとって
大きな損失だよ。

十詩子:
ありがたいお言葉
とんでもございません。

専務に挨拶した後
会社の各課に
挨拶した後
急いで
新幹線に乗って
家まで帰ってきました。

家に帰ってから
自転車で
国道筋まで行って
用を足した後
家に戻り
服を着替えて
約束の場所に向かいました。

約束の6時までには
あと一時間もありました。

尼崎駅の
陸橋から西の方向に
太陽が沈んでいくのが見えました。
沈むと
クリスマスイルミネーションが
昨日にもまして
華やかに輝きました。

約束の6時15分前に
駅の改札口を
悟は出てきました。

やっぱり悟さんは
今でも約束の時間より
「うんと早く来るんだ」
と思いつつ
悟に近づき
「こんばんは
今日は寒いですよね。」
と声をかけました。

悟は
十詩子を見て
びっくりしました。
昨日の十詩子は
30年前の十詩子と
ほとんど変わらなかったけど
今日の十詩子は
ぜんぜん違っていたのです。


悟:
十詩子さん
髪の毛切ったの
えらく短くなりましたね。

十詩子:
そうなの
こちらの方が
良いのかなと思って
これからどこへ行きますか

悟:
どこが良いかな
今日は
クリスマスなので
いっぱいじゃないかな

十詩子:
私
昔 悟と初めて行った
喫茶店に行ってみたいな
少し遠いんだけど

悟:
えー
40年近く前になるんじゃないの
まだあるの
えーと
確か国道筋のところ
あのときでも
相当古かったように思うけど

十詩子:
大丈夫
あるみたいよ
あのときは
自転車だったけど
今はないから
ちょっと贅沢に
タクシーで
行ってみない

悟:
ホー贅沢だね
昔なら
絶対にしなかったよね
歩いて行ったと思うよ

十詩子:
じゃ歩いて
ゆっくり行ってみましょうか。
悟さんがよかったら
歩いて行きますよ

悟:
それも良いかもしれないね
あのときは夏で暑かったけど
今は木枯らし吹く冬に
ふたりで行くのも良いかもしれないね
でも十詩子さんは
歩いて行って良いの
大丈夫
寒くない?

十詩子:
大丈夫
今日はしっかり着込んできたから

そう行って
ふたりは
尼崎駅の南の方に出て
ゆっくりと
歩き始めました。

ちょっと歩いて
警察署の前まで来たとき
十詩子は
「手をつないで
歩いても良い?」と
小声で
悟に言いました。

悟は
はっきりとわからなかったけど
手を差し出してきたので
ふたりは腕を組みました。



ふたりは
寄り添って歩き始めました。
あたりは
もう真っ暗でした。

40年前つきあっていた頃でも
こんなにながく
腕を組んで歩いたことはありませんでした。

小一時間ぐらいかかって
喫茶店にやってきました。

10年一日がごとしと言う言葉が
当てはまるように
その喫茶店は
変わっていませんでした。

ふたりは扉を開いて
中に入ると
ウエイトレスが水を持ってやってきました。

前座った
道路の外が見える席に
座りました。

悟:
君と同じように
変わっていないね

十詩子:
いいえ
喫茶店も
私も変わりました。
でも今でも
変わらないことが
あります。
それはあなたへの
、、、
、、、
(小声になって)
『あいじょう』
かな
悟さんも
変わらないでしょう

悟:
僕は
考えは
変わらないけど
そのほかのことは
変わってしまいました。
それもすっかり変わってしまいました。
40年もたったもの

十詩子:
私からこんなことを言うのは
恥ずかしいんですけど
もう私は
これしかないと思います。
もう私は
後がないんです。
もう56歳になって
悟さんに再会して
これしかないと思いました。

今日
会社を辞めてきました。
永く伸ばしてきた髪の毛も切りました。
悟さん
私は
もうあなたと結婚をするしか
残された道はありません。
悟さん
私と結婚して下さい。

悟:
えっ
あっ
そ、、、
○×△#&、、、

悟は
驚きました。
30年前に
遠くに行ってしまったと
感じていた
十詩子が
こんなことを言うとは
信じられませんでした。

沈黙が流れて
十詩子は
もう一度
言ってみました。

十詩子:
悟さん
私は漢の将 韓信と同様
後がないんです。
悟さん!

強く十詩子に言われて
優柔不断の
悟も
ついてに
決心しました。

悟:
十詩子さん
ありがとうございます。
十詩子さんの方から
そんなことを言わせて
ごめんなさい
31年前に
いえなかったことを
いま言います。
『としこさん
けっこんしてください』

十詩子:
ありがとうございます。

本当にうれしいわ
今日はクリスマス
最良の日ね
31年間も
回り道をしたけど
それも今となっては
懐かしく思います。

悟:
こちらこそ
ありがとうございます。

ふたりは
お互いに同じようなことを
言い合いました。

十詩子:
私
あなたが
結婚しないと言っても
私は
今日からは
あなたに付いていく覚悟ができていたの
いやだと言っても
押しかけ女房に
なるつもりだったんです。

だって会社も辞めたし
私の一番の魅力の
髪の毛も切ってしまったもの
悟さん以外あり得ないわ

悟:
十詩子さんは
積極的ですよね
最初会ったときから
積極的だったけど
僕がもっと積極的だったら
こんな遠回りはしなかったのにね。


ふたりが
頼んだコーヒーと
ケーキがやってきました。

コーヒーはその店の自慢のコーヒーでしたが
ケーキは
いつものケーキとは違います。

クリスマス用の
丸いケーキです。

ローソクと
チョコレートのサンタさんが
のっている分です。

十詩子は
美容院に行く途中で
この店に頼んでおいたものなのです。

悟と十詩子の
ふたりだけのクリスマスは、
続きます。

悟:
わーこのケーキ良いよね
母が亡くなってから
クリスマスにケーキを食べる習慣なんて
無くなってしまったよ。

十詩子:
そうよね
私も就職してから
そんなもの無かったわ
ローソクに火をつけましょうか
悟さん所では
してたでしょう?

悟:
してました。
よく知っているね

十詩子:
知ってますよ。
悟さんは覚えていないの
20年前に
私が出てきた夢を
覚えていないの

悟:
そんな夢見たかな
でも僕の夢を
なぜ十詩子さんが知っているの

十詩子:
少し複雑なのよ
この話をしたら
明日になってしまうから
またいつかね
ズーといるんだから
話のネタを
置いておかなきゃ
ひとつだけ言うけど
クリスマスの
メインメニューは
牡蠣のフライだったでしょう

悟:
そうだよ
冬場だし
おいしいから
なぜ知っているの

十詩子:
だから私は何でも知っているの
ところで
今日から
悟さんの家に
泊まっても良いでしょう

それを聞いた
悟は
飲みかけていた
コーヒーを
一瞬吹き出しそうになりました。

悟:
えっ
それは
ちょっと
早すぎるんでは
ふたりには
まだ時間があるんだし
結婚式も
あげないと

それに君の両親にも
会いに行かなくては
前にあったけど
そんな挨拶をしていないし
今度の正月でも
行っていいかな

十詩子は少しがっかりした様子です。

十詩子:
そうよね
正月に
豊岡に行ってくれるの
行きましょう

悟:
うれしさのあまり
忘れたんだけど
十詩子さん
会社やめるの
惜しいんじゃないの

十詩子:
もう辞めてきたんです。
明日からは
悟さんの所以外に
行くところはないの


悟:
それは
そうなの
退職を撤回するか
復職することはできないの

十詩子:
それはできないわ
私は
もう悟さん以外に
無いんです。
恥ずかしいから
何度も言わせないで下さい。

悟:
ごめん
ごめん

ふたりの穏やかなクリスマスイブは
過ぎていきました。

十詩子は
翌日一番の電車で
豊岡に向かいます。

毎年正月には
帰っているけど
今年はだいぶ早い目です。

家に帰ると
父親と母親・弟が
工場で鞄を作っていました。

母親:
今年は早い帰郷だね
もう会社は休みなのかい

十詩子:
会社は辞めたの

母親:
どうして
あんなに会社を生き甲斐にしてたでしょう。
結婚もしないで
がんばってきたのに
あと4年で定年退職なんでしょう。
これからどうするのよ

十詩子:
私結婚するの
今日はそのために帰ってきたの

母親:
それは、、、
誰と
結婚しないと言っていたのに
誰と結婚するの

十詩子:
お母さんも
ズーと前に
会ったことがある人よ

母親:
えっ
そう
なんていったかね
さ と る
ていったかな
その人なのかい

十詩子:
えへ
そうなの
奇跡的に再会してね
告白したの
そうしたら
悟さんも
私のことあきらめずに
独身だったの
だもんで
結婚することになったの

正月に
ここに挨拶に来ることになっているの
それで
きょうは
その事前の報告に来たの

母親:
えー
それはよかったね

そういいながら
父親と
弟の所に
走っていきました

弟のお嫁さんや子供もきて
全員から
祝福の嵐です。

2日に来ることを約束して
その日は
急いで尼崎に帰ってきました。

その日も
そしてその翌日も
そしてその次の日も
会いました。
十詩子と悟が大学に行っていた頃のように
毎日会っていたのです。
でも昔より
相当長い時間です。
大晦日なんかは
朝から晩そして
初日の出
そしてその夕方まで
会っていたのです。

そんな長い間会っていても
話のネタは
ふたりには絶えません。

お互いにいろんな話としていましたが
十詩子が
36年前に経験した
クリスマスイブの奇妙な経験も話したのです。

悟は
驚いた様子でしたが
悟には
記憶にありませんでした。


2日の朝
宝塚駅で待ち合わせて
豊岡に向かいました。

車中
悟は
「昔
おいしくないお菓子が
豊岡にあると
言ってたよね。
それがズーと気になっていたんだ。
そのお菓子屋さんに
行くことができるかな」
と十詩子に聞きました。

十詩子は
そんなことまで
覚えているんだ
悟さんは
私とのことを
まったく忘れていないんだと
思うと
なんだか涙が出てきました。

遠回りしたけど
40年前にふたりがあった
あの経理学校の
古い教室の中
その時運命は決まっていたんだと
思いました。

ふたりは
「また経理学校に行ってみようね」
と話し合いました。
そしていま勉強していることも
話し合いました。

豊岡の山や川を見ながら
満ち足りた時間を過ごしました。



私のちょっとした経験を
ふくらまして作ってみましたこのお話は
当初構想の通り
「ロフトで勉強しましょ」完結編をもっておわります。

また
続編が構想できましたら、
書いてみます。

皆様も
専門学校行ってみたらどうですか。
いまも
校舎は立派になっていますが
大阪南森町に
経理学校あります。



ブログ小説「妖精の休日」終わってしまいました。

皆様
期待されずに
読んで頂いたのかなと
思っております。

妖精が
一段上の
神さまになるために
ひとつの試練として
人間になって
経験値を上げるというのが
大筋です。

人間のことを
より知るために
人間になったのです。

あなたは
人間が死ぬことを
よく知っていると思います。

しかし
自分や
自分の愛している者が
死に直面した時と
まったく関心のない方が
死に直面した時は
まったく
その受け止め方が
違いのに気が付きませんでしょうか。

神さまの命は
永遠ですので
死に直面することなどありません。

そして
人間を心から愛したこともありませんから
死んだ時の
感情がわからないのではないでしょうか。

そんな経験をして
湖子は
立派な
人の痛みがわかる
神さまになるのかも知れませんね。






2017年06月18日(Sun)▲ページの先頭へ
ブログ小説「妖精の休日」全話

妖精を
テーマにした
ブログ小説は書いておりますが
その中に出てきた
「湖子(ここ)」を主人公にしております。

神さまの
お手伝いとしての
妖精ですが
その中で
湖子は
1番頼られる妖精です。

何千年も
休みなく
働いてきた湖子は
神さまに
休暇を与えられます。

と言うわけで
湖子は
胎児から休暇が始まります。

神さまは
湖子の助けになる様に
まだまだ新米の星子と
夫で
はじめて
人間から妖精になった
剛が
同行することになったという
筋書きです。

人間界に
使いとして
おいでになった
キリストをモデルにしています。


キリスト教を信じておられる方には
少し冒涜のように
思えるかも知れませんが
お許し下さい。



湖子星子剛の関係は 「妖精の認定テスト」をご覧下さい
あらすじ


神さまは
妖精の湖子を
もうひとつ
神さまにするために
人間界へ
修行に行かせました。

人間界に生まれて
人間として生活して
人間として死ぬためです。

湖子のおつきとして
新人の妖精星子と
人間からはじめて
妖精見習いになった剛も
人間界に送りました。

生まれてきた
湖子は
男の子として
人間界での
休暇と言うことで
過ごすことになります。

湖子の生まれた家は
大阪近郊の寒村にあって
農業で生計を立てて
慎ましやかな生活をしていました。

そんな赤貧の生活に
もっと悪いことが
次々と起こってしまったのです。

まだまだ働いていた
おじいさんが亡くなり
家族が
過労になってしまいます。

過労のためかも知れませんが
湖子の父親が
病気で倒れて
寝たきりとなってしまいます。

湖子が
助けることにもいかず
弥生は
事業をすることで
経済的難局を
乗り切ります。

湖子は成長し
薬剤師になるため
薬科大学に行くことになります。

薬科大学では
湖子は
勉強が面白くて
思わずがんばってしまいます。

その姿を見て
学年で一番可愛い
和己が湖子に
夢中になってしまいました。

突然湖子の家にも訪れ
母親の
弥生の
信頼得てしまいます。

弥生の
和己さんの家にも
挨拶するようにとの
助言で
湖子は
和己の家を訪れるのですが
「養子になれ」と
言われてしまって
ふたりは困ってしまいます。

大学での
研究の一貫で
ふたりは
台湾に出掛けて
その時に流れた
流れ星に
願いをかけてしまいました。

妖精の提案で
両方の家は
承諾することになります。

湖子は
行方不明の
和己の母親を
探すのを
星子と剛に頼みます。

母親は
妖精の力で見つかり
失踪した原因も
わかります。

そのことを
和己に話すと
会って話すのですが
それ以上の
発展はありません。

結婚式が
盛大に行われ
ふたりの生活は始まります。

幸せなふたりの生活は
幸せに続くのですが
作れば売れた
時代から
簡単には
売れなくなった時代へと
うつっていき
湖子たちは
奮戦することになります。

アイデアと
技術/努力で
何となく時代に
なじみながら
湖子は
生きていきます。

そんな中
ITの波が
湖子たちにもやってきます。

ホームページを作ったりして
新しいことに
湖子は挑戦していました

そんな中
父親の悟は
患い四十日で亡くなってしまいます。

そのことから
人間は死ぬことを
身をもって
自覚しました。

その反動で
今いる家族を
もっと大切にした生活が始まります。

湖子も
50を過ぎた頃
癌になってしまいました。




1
神さまは
何億年も
地球を見守っていて
少し疲れました。

いろんな出来事が
わんさかと
起こってしまって
てんてこ舞いになってしまっていたのです。

そこで
もうひとりというか
もうひとつというか
神さまを
作ることにしました。

最初から
作っていたんでは
間に合わないので
神さまのお手伝いをしている
妖精を
神さまにしようと考えました。

妖精の中で
1番古株で
1番信頼している
湖子を
神さまにすることにしたのです。

湖子は
能力は
既に
神さまの域に達していました。

でも
人間界から
はじめて
妖精になった剛を見ていると
人間の感情を
理解することも
大切だと
思ったのです。

そこで
湖子に
人間としての生活を
させることにしました。

湖子と
湖子を少しは助ける様にと
星子と剛を
神政庁に呼んで
次の様に
湖子に告げました。

「湖子
永く
永く
私の手助けをしてくれて
ありがとう

湖子に
休暇を与えます。

人間界で
その間過ごして下さい。

人間界にいる時には
魔法は使わず
過ごして下さい。

それから
休暇をするのは
湖子の四分の三で
残りの四分の一は
今まで通り
手伝って下さい。

それから
星子と剛を
一緒に」と
言われました。

湖子は
いつものように
「承知しました」と言って
人間界に
行ってしまいました。

2
星子と剛は
神さまの前に残ったままです。

星子は
だいたいのことはわかったのですが
剛は
要領をつかめません。

「休暇に付いていくってどういうことか

四分の一は今までの仕事とは

それから
休暇はどれくらいの時間」か
まったくわからないのですが
話は終わったので
ふたりは
星子の魔法で
サッと消えて
経理課へ行って
いつものように
経費を預かって
人間界に出発しました。

長い休暇と行っても
ズーッと
湖子がいなくなると
神政庁に
支障が生じます。

妖精の
長として
仕事もあるので
長時間は無理です。

そこで
時間を遡って
休暇を取るという
人間なら
考えられない方法を
取ります。

剛が生まれた頃に
まず行くのです。

湖子は
胎児の頃から
人間界を
経験することから
はじめました。

湖子の
両親になるのは
不妊で悩んでいた
来住悟と弥生です。

悟と弥生は
大阪近郊で
悟のおじいさん夫婦
両親夫婦
それに
悟の妹と一緒に暮らしていました。

結婚して
3年経ちますが
子供が生まれないので
悩んでいたのです。

湖子が
調べて
その両親の
子供となることになったのです。

妊娠を
知った
悟と弥生は
大喜びです。

もちろん
家族全員で
喜んでいました。






3
お母さんの
母親のお腹は
とても気持ちが良かったのです。

「こういうことを
幸せって言うのかも知れない

ここで
休暇を過ごせて
最高に幸せ」と
思いました。

そんなお腹の中で
湖子は
家族の話を聞いていました。

そんな話を聞いていて
湖子には
気になる話を
聞いてしまいました。

喜んでいるのは
喜んでいるのですが
弥生以外は
「男の子がいいな」と
言っているのです。

来住家の
跡取り取りとしての
男の子を
みんなは望んでいました。

本心が読める
湖子ですから
弥生は
「男の子でなかったらどうしよう」と
悩んでいました。

湖子は
はじめは
いつも
人間界では
女性として
現れているので
女の子として
うまれる予定でした。

何千年も
女性として
現れていたので
男性は
イメージできませんでした。

全知全能になっている
湖子でも
わからないこともあるのだと
自分自身で思いました。

弥生は
臨月の
生まれる前日まで
仕事と家事をこなしていました。

「人間は
とめどもなく
がんばれる」というのを
体内にいて
実感しました。




4
星子と
剛は
来住家の
隣に
家を建てて
住み始めていました。

もちろん
魔法を使って
違和感なしに
住み始めたのです。

剛は
定年退職した
老人
星子は
ものすごく歳の離れた奥様ということに
なっていました。

一日中
家にいて
恩給暮らしと言うことに
なっていたのです。

当時の
定年は
55歳ですから
55歳という設定です。

星子は
40歳ということになっていましたが
今で言えば
美魔女
とても
40歳には見えない
容姿でした。

湖子が
生まれるまでは
殆ど仕事もなかったので
星子と剛は
本当に仲良く
過ごしていたのです。

湖子の休日というか
星子と剛の
休日になっていました。

湖子が
生まれたのは
体内に入ってから
6ヶ月経った
昭和27年6月でした。

弥生が
産気づき
白米を炊いて
たんと食べて
初産に臨みました。

家に
産婆さんがやってきて
さっさと
手伝って
次があるからと言って
バスで
帰ってしまいました。

そんな簡単に生まれた湖子は
男の子でした。

湖子は
いつもの
女性ではないので
凄く違和感を思えました。

湖子が生まれた
来住家は
大阪駅まで
徒歩と電車で20分ほどの
所にありました。

しかし
当時は
寒村と言う言葉が
ピッタリ当てはまるところで
電気だけが通じていて
水道は
まだ来ていませんでした。







5
湖子は
おじいさんが
名前をつけました。

両親の名前をとって
悟生と
名付けられました。

(この小説では
湖子という名前を続けます)

湖子が
生まれてくる時の
母親の
弥生は
凄く痛そうでした。

陣痛が
何度も訪れ
段々短くなってきて
傷みも
最高に達した時
湖子は
生まれてきたのです。

弥生の
悲鳴を聞いて
湖子は
思わず
魔法を使って
産道を
さっさと
抜け出してしまいました。

人間の母親は
大変なんだと
思いました。

でも生まれてしまったら
湖子に
凄く易しい
幸せな
顔をしていました。

「あんなに
痛い目をしたのに
こんなに幸せそうに」
人間って
わからないと
感じました。

生まれたての
湖子は
何もできません。

一から
十まで
弥生の世話にならなければ
なりません。

もちろん
湖子ですから
自分ですべてすることも
可能ですが
何分
休暇中ですから
やめておきました。


6
当時のオムツは
さらしの生地を
輪っかにしたもので
それを
”わたこ”と呼ばれる
綿の入った座布団のようなもので
覆って終わりです。

紙おむつと違うので
濡れると
凄く気持ち悪いので
湖子少し時間ができている時を見計らって
泣いてから
用をたすようにしていました。

弥生は
「湖子は私の時間が
ある時に
ちょうど
泣くのよね。

わかっているのかしら」と
思っていました。

赤ちゃんにありそうな
むずがったりも
しませんでした。

いつも
弥生に
おんぶされて
暮らしました。

湖子は
弥生が
子供が好きなんだと
心から思いました。

当時の
暮らしは
今から言えば
大変でした。

洗濯は
手洗いだし
ガスがないので
かまどを使わなければなりません。

少しだけ
食事を作ろうとしても
火をおこして
調理をする必要があったのです。

洗濯でも
同じです。

毎日
多量の
オムツを
洗濯するのは
大変です。

オムツの洗濯は
横の川で
まず洗ってから
タライで
おこなっていました。






7
星子と剛は
湖子の隣の家で
待機していました。

まったく出番がありませんでした。

妖精見習いの
剛には
神界では
星子の姿が
まったくわからないのですが
人間界では
ハッキリと
わかるので
喜んでいました。

「何もせずに
星子の姿を
見られるなんて
何という
良い仕事」と
思っていました。

星子の方も
「こんな仕事はじめて
何にもしないなんて
何百年ぶりかしら

でも
剛さんと
ゆっくりできて
嬉しいわ」と
感じていました。

そんなふたりですが
生活は
慣れないことばかりなので
大変でした。

水道がないので
せっせと
水を運んでいました。

お風呂の水は
川の水が多い時は横の川から
少ない時には
問題の多い井戸から
飲み水は
少し離れた
空き家の井戸から
運ばなければなりませんでした。

剛が生まれた
昭和27年の
日本の片田舎は
こんな所だったのです。

神さまは
時間を少し遡って
湖子を
人間界に
生まれさせたのです。

これは
単に
時間の短縮の目的もあったのですが
それよりも
ひとりひとりが
がんばっていた
この時代の方が
人間的だと
考えたからです。


8
時間があるので
庭に
野菜を作り始めました。

野菜作りは
簡単だと
思っていたのですが
予想外です。

妖精の星子は
仕事で
何回か
農家のお手伝いをしたことがあるので
ほんの少しだけ
経験があります。

剛は
農家の生まれでしたが
小学校の時に
農業をやめました。

子供の時に見た
「農業は大変」という
思い出しかなかったのです。

その後
向上の技術畑を
歩んだ剛には
野菜は
美味しく食べるものという
存在でした。

ほんの少しの
畑を
作るのに
悪戦苦闘です。

毎日見回り
水をやったり
害虫を
取ったりしなけらばなりません。

今なら
害虫用のスプレーで
簡単に解決するところですが
そんなものがない
時代ですから
星子も
剛も
手で取らねばなりません。

ふたりは
虫は嫌いでした。

青虫を
手で取らねばならないなんて
相当の
覚悟がいりました。



9
畑に
時間を費やしたとしても
夜になると
何もすることもできません。

今なら
テレビでも
見るのですが
当時は
ありません。

いや
始まったばかりで
テレビを持っている人など
いなかったのです。

ラジオが主です。

ラジオ番組も
充実してましたから
よく聞いていました。

テレビのように
ズーッと放送していないので
その時間だけ聞いていました。

楽しく
ふたりで
話していました。

ふたりの生活は
神政庁の
経費でまかなわれていますので
この時代でも
優雅に暮らしていたのです。

しかし
湖子の
家ではそんなに楽ではありません。

毎日の生活は
仕事仕事の連続です。

なにしろ
星子と剛の
畑の
何百倍という
農業をしているのですから
大変に決まっています。

弥生は
湖子を
おんぶして
一日中
仕事をしていました。








10
赤ちゃんは
すぐに大きくなります。

日にちが過ぎ
湖子も大きくなります。

離乳が
始まる時期に
なっていました。

弥生は
忙しいので
特に
離乳のための
特別食はありません。

少し柔らかめに
作る程度です。

仕事が忙しいので
離乳は
現代より少し遅いのです。

湖子は
妖精ですので
病気などをしません。

不老不死なのです。

1歳になるまで
病気をしなかったのです。

両親が
風邪になっているのに
赤ちゃんの
湖子が
うつらないのは
おかしく思われてしまいます。

そこで
熱を出して
風邪をひいてみました。

ながいながい
妖精生活で
初めての経験です。

こんなに
病気が辛いのか
はじめてわかりました。

それに
湖子が病気になったら
両親の心配ようが
尋常ではありません。

親の思いが
これほどなのかと
今更ながら
思いました。



11
湖子は
月日が過ぎて
お誕生日になりました。

お誕生日が来たとしても
何も儀式がありません。

寒村の
貧農の家には
そのような習慣はありませんでした。

湖子は
月日が過ぎても
普通の赤ちゃんのように
大きくなりませんでした。

大きく重くなると
弥生が
大変なので
なるべく大きくならないようにしてました。

家族が
それを心配しているのを
湖子は感じて
少し焦ったこともありました。

誕生日が
過ぎた頃から
段々と話すようにしました。

だからといって
スラスラと会話しては
問題なので
単語から
はじめました。

弥生が喜ぶように
「おかー」と
言ってみました。

そしたら
弥生は大喜びして
家族に知らせていました。

そしたら
父親やおじいさんおばあさん叔母さんが現れて
大騒ぎです。

この際だから
みんなを呼んだら
家族中が
大騒ぎになってしまいました。

湖子は
覚めた目と
熱い目で見る事ができます。

覚めた目で見ると
「何で大騒ぎ
人間って少しおバカ

とても
神さまの複製とは
思えないわ」と
熱い目で見ると
「人間って
いつも熱く生きているんだな

少しは
見習った方が
いいかもしれない」と
見えました。

人間で言えば
理性的な女性である湖子は
人間の赤ちゃんを体験して
そんなことを思いました。






12
赤ちゃんはすぐに大きくなり
ハイハイして
立ち上がり
可愛い幼児になりました。

母親の
弥生に
"協力"して
オムツも早く取れ
危ないところには行かず
ジッと
母親の隣に
いるようにしてました。

「来住さんの
子供は
おとなしい
可愛い
賢い」と
村中の評判になっていました。

あまり評判になると
湖子の
企てには
あまり良くないので
ほどほどにしなければ
と考えるようになりました。

親孝行な子供とも
評判でした。

3歳になる前に
なんだかんだと
親の手伝いをしていました。

水を
小さな桶で
少しずつ
運んでいました。

そんな湖子は
水道が来れば
もっと
両親が
楽になると思っていました。

湖子は
妖精の
力を使って
やってみようかと
考えたところ
市役所から
水道敷設のお知らせが
ありました。

家族全員
大喜びでした。

新しい水道が
引き込まれて
出た瞬間
両親は
涙ぐんでいるように見えました。








13
湖子は
何千年も
人間社会を見ていました。

水道がなかった時代の方が
もちろんながく
当たり前だったのですが
当たり前が
当たり前でなくなったその日に
出会えたのは
初めてでした。

人間って
進化するんだと
思ったのです。

特に
昔の時代は
その進化は
本当にゆっくりでした。

というか
殆ど進化していないような状態でした。

湖子だけの経験で言えば
昔は
ゆっくりだったけど
今は
ものすごく早いという
感想でした。

水道が
はじめた出た時を
こんなに喜ぶなんて
幸せに感じるなんてと
思ったのですが
来住家では
この後
不幸が相次いで起こることになります。

湖子が
4才になった冬
おじいさんが亡くなります。

まだまだ
よく働く
おじいさんでしたが
なくなると
来住家は
貴重な労働力を失います。

その翌年に
小麦粉の輸入が
政府管掌で解禁になって
外国から
もう比べものにならないほどの
安価な小麦が輸入されます。

そのため
来住家では
冬に
二毛作として
麦を作っていたのですが
作っても
売れなくなってしまいます。





14
来住家は
都会の近くで
中央市場までは
大きな国鉄の線路を渡って
自転車で
30分ほどの所にありました。

麦が売れなくなって
現金収入が
少なくなり
野菜に力を入れることにしていました。

しかし野菜の値段は
はじめから安くて
豊作貧乏になることが
たびたびでした。

自転車の
後ろに
重いリヤカーを付けて
運んでいっても
千円にもならないことも
たびたびです。

前の晩から
用意して
まだまだ陽が昇らない頃から
働き始めて
やっと作った
リヤカー一杯の
野菜も
それだけしかありません。

労働力が必要ですが
腰の曲がったおばあさん
悟
それに弥生です。

悟の妹は
お嫁に行って
今はいませんから
3人です。

湖子は
小さくて
役に立つほどでもありませんが
手伝っていました。

こんな月日が
1年ほど流れて
悟は
働き出ることを決意しました。

村の近くに
大手電機メーカーの
倉庫ができて
募集していたのです。

なにしろ
今のように
機械化されていませんから
力持ちの従業員が
大勢必要なのです。

勤務時間は
8時から5時まで
土曜日は12時まで
日曜日は休みです。

会社の休みの時は
農業をしていました。

15
悟は
平日は
まだまだ
くらい時間に起きて
「朝の間の仕事」して
それから会社に出掛け
帰ると
少し夜なべをし
会社が休みの日曜日は
夜明け前から働いて
暗くなっても
仕事をする毎日でした。

休みなどありません。

悟が
努力家で
気力が満ちているから
そんな苦労を
できているということでは
ありません。

来住家の隣の家の
農家の家族も
そんな風に働いていたし
隣の隣の家も同じだし
一軒を除いて
村中のみんなは
そんな風に働いていたし
その寒村だけでなく
その隣村の家でも
いや
もっと言えば
日本中の家族の
90パーセントは
そんな風に働いていた
時代でした。

湖子は
両親の
働く姿を見て
育ちました。
盆暮れには
少しは休んでいたように
見えまたが
この時代の
人間は
常に
働いていたのです。

それも
単純だが
重労働の
しんどい仕事です。

そんな風に働いていも
お金が
たんと儲かるわけでもありません。

みんながそうであったように
赤貧の暮らしでした。

湖子が
6才になって
学校を行き始めた頃
湖子は
下駄で
通います。



16
靴と
下駄の値段を比べると
下駄の方が
安かったのです。

現金収入が
少ない来住家では
現金で買うものの
購入は
厳しく制限されます。

農家ですので
食事には
困りませんでしたが
だからといって
もちろん
何でも食べられたと言うことではありません。

家でとれるものは
山ほど食べることが出来ます。

例えば
冬なら
白菜たとか
初夏なら
イチゴです。

毎日毎日
白菜の水炊き
白菜だけで
炊く時も多く
ハッキリ言って
今のように
出汁を使ったり
他のものを入れないので
美味しくないのです。

イチゴの
収穫時期などは
畑で
食べて
家に帰ってから
山ほどの
イチゴを
食べるのです。

手が
赤く染まることも
ありました。

現金収入がないので
服も
殆ど買いません。

服は
破れるまで着て
破れても
つぎをあてて着て
つぎが破れたら
つぎにつぎをあてて着る具合です。





17
悟も弥生も
働きました。

夜なべ仕事も
もちろんしました。

今で言えば
超勤200時間越えです。

それも
事務の仕事の様な簡単な仕事ではなく
重労働です

過労死の
判断基準を
はるかに超えています。

強健な
悟ですが
会社の仕事と
家の農仕事で
疲れてしまっていました。

でも休むことはできません。

その疲れは
湖子が
2年生の冬の時に
現れてしまいます。

寒い日
久しぶりに
朝の間の仕事が
なかった日
悟は
朝になっても
起きてこなかったのです。

弥生が
お布団に見に行くと
大きなイビキをかいて
寝ていました。

そして
変な臭いもしていました。

一緒に付いて行った
湖子は
すぐに分かりました。

脳循環障害です。

弥生は
分かりませんでした。

湖子は
「おじいさん
変だよ

すぐに病院へ」と
言ったのですが
そのような
経験・習慣がないので
子供の言ったようにはしませんでした。

しかし普通ではないと感じた
弥生は
近くの
診療所の先生に
往診してもらいました。


18
診療所の
若い女の先生が
やって来て
診察を始めました。

当時としては
珍しい
血圧計で測って
そして
「血圧が高めですね

中風です。

安静にしておいて下さい」とだけ言って
注射も
薬もなく
帰って行きました。

いまなら
脳MRI薬剤投与リハビリですが
お手上げの状態でした。

湖子は
それを見ていて
妖精の力を
使おうかと思ったのですが
人間界のありのままを
見る事が
大事だと思って
父親には
悪いけどやめておきました。

悟は
何とか
3日目に
意識が戻って
少しばかりの食事をしました。

大小の便は
発病の時から
オムツです。

何度も言いますが
今のようなオムツがないので
弥生は
相当な努力です。

湖子も
幼い手で
手伝いました。

何でもできる
湖子ですから
その点は
できたのです。

それから
隣の閑な住人役の
星子と剛も
手伝っていました。

なんとか
一週間が過ぎ
悟は
オムツではなく
オマルと
尿瓶が使えるようになりました。


19
悟の病状は
安定していました。

当時
リハビリと言うが考えがなかったので
寝たきりになってしまいました。

労働力の
大方を失った
来住家は
わずかな蓄えで
暮らしはじめます。

星子と剛も
手伝いしたが
農業を
したことがことがないので
その重労働はできませんでした。

もともと貧しい生活は
ますます
大変になります。

湖子は
こんな風になって
困りました。

弥生を
妖精の力で
助けるか
人間としての力で
助けるか迷いました。

小学校二年生の男の子として
手伝えるのは
少しだけです。

男の子として
手伝うのは
湖子にとっても
しんどいことでしたが
それを選びました。

少しだけ良いのは
悟の従兄弟が
たんぼを
作ってくれることになりました。

もちろん
できたものの
4分の3は渡すことになっていました。

弥生は
家の周りの
ほんの少しの
畑だけで
生活しなければならなくなったのです。

それが
3年続いたのです。

悟は
寝たきりでした。

これではダメだと
考えた
弥生は
寝たきりの
悟を
おこしはじめます。







20
「このまま
寝てばかりでは
困ってしまう。

自分のことだけでも
出来るようになって
もらえなくては」と
弥生が考えたのです。

リハビリという
ものが全くなかった時代に
そのような
ことをはじめたのは
困っていたからです。

まず
悟を
布団から起こすことからはじめ
それから
立ち上がり
つかまり立ちができるようにするのが
目標です。

悟は
右半身不随で
右手は
まったく動きません。

右足は
ほんの少しだけ動きました

左足左手も
長年寝ていたので
力が
なくなっていたのです。

それを
使うことによって
力を付けるようにしていたのです。

メキメキと
良くなっていけば
問題ないのですが
そう簡単には
いきません。

リハビリをするのは
弥生ではなく
悟ですから
辛いリハビリに
挫折しそうなるのです。

それを
なだめすかして
させるのです。

湖子も
「おとうさん

元気になって」と
励ましました。




21
挫折しようとする
悟は
なんとか
がんばりました。

当時の常識で言えば
中風が
改善することなどなく
歩けることなど
あり得ないと
考えられていました。

三年の月日が経ち
悟は
松葉杖で
歩くこともできるようになりました。

自分のことは
自分でできるように
なったのです。

湖子は
5年生になって
赤ちゃんの時は
小さくなっていましたが
お手伝いができるように
大きくなっていました。

学校の成績は
中間です。

一番にも成れますが
普通の生活と言うことで
中間になっていました。

農業を
よく手伝って
近所の村々でも
評判の孝行息子でした。

あまり目立たないようにするのが
良いのですが
弥生を助けないという
思いの方が大きいのです。

生活費も
底をつき
何とかしなければ
ならないようになっていたその頃
弥生は
事業を始めることにしました。

来住家が持っていた
畑が
駅前近くにあって
その隣には
新しいアパートが
建ったのです。

それを見た
弥生は
自分の畑にも
アパートを
建てようとしたのです。







22
当時は
ベビーブームの
若者が
都会に上京してくる
時期だったので
追い風だったかも知れません。

土地だけで
まったく
お金がなかったのに
アパートを建てることなど
寒村の
お母さんには
とても無理と
誰の目にも見えました。

弥生も
そう思っていましたが
それしか
あとがないと
思っていたのです。

農業では
労働力と
技術力不足です。

弥生には
背水の陣での
事業開始です。

まず
駅近くの
畑の
一部を
売却して
そのお金で
アパートを建てるのです。

アパートを
建てるためには
もうひとつ
大きな問題があって
道路が狭いのです。

アパートのような共同住宅を
建築しようとする時には
4mの接道義務があるのです。

そこで
表地の地主さんに
頼みにいきました。

お金がないので
土地を
交換と言うことで
話を持っていったのです。

表地の地主さんは
女の弥生を
甘く見て
3倍の
土地と交換ということになったのです。

弥生は
道路がないと
農業はできても
アパートは
建てられないので
渋々
承諾しました。






23
建物が建てられるようになったといっても
お金の問題が
大きく残っています。

畑の一部を売って
そのお金で
建てることにしました。

土地を売るといっても
そう簡単ではありません。

不動産市場が
まだまだ
未発達でしたし
買い手も
あまりいなかったのです。

建築は
はじめましたが
買い手は
見つかりません。

弥生は
困り果てました。

当時は
住宅事情が
悪いので
アパートは
すぐに
借り手が付いて
家賃で返すことも
可能でした。

そこで
銀行に
お金を借りにいきました。

銀行が並んでいる
国道筋を
端の方から
1行ずつ
訪れて
頼んでいきました。

不動産の
担保もあるのですが
事業経験のない
弥生は
相手にされませんでした。

1日目は
ダメでした。

気を取り直して
2日目も
出掛けました。

もう夕方になって
シャッターの降りた銀行へ
最後のお願いでした。






24
その頃
湖子は
弥生が
悪戦苦闘しているのが
妖精の力で
分かっていました。

ここで
妖精の力を
使って
銀行から
融資を
してもらうべきかどうか
考えました。

将来にわたって
考えました。

借金は
いろんな負の要因を考えても
4年で
返済可能と
湖子は
読んでいました。

湖子は
少しだけ
力を出して
銀行を
納得させようとしたその時
融資の担当者は
弥生に
「お貸ししましょう」と
言ったのです。

湖子が
力を使うまでに
融資が決まって
良かったと思いました。

いろんな書類に
判子を押したり
名前を書いたり
1時間ばかりして
手続き完了です。

日は
落ちていて
バスに乗って
笑顔で帰ってきました。

嬉しそうでした。

帰りに
銀行筋の横にある
市場で
魚を買って帰ってきていて
夕飯は
平素になく
豪華でした。

いつもなら
麦飯と
野菜の炊いたもので
出汁もなくて
本当の水炊きです。

そんな毎日の食事に
魚が出てきて
それも
アジです。

嬉しくて
相当奮発した
ようでした。



25
アパートは
翌春出来上がりました。

東京オリンピックの
前年で
所得倍増計画で
日本中が
沸いている時です。

すぐに借り手が付いて
今までは
見たことがない
現金が入ってきました。

すぐに
銀行に返さないと
いけないので
なくなってしまいました。

少しだけ
生活費として
使うことにしていました。

今までと同じように
慎ましやかな
生活が
続いていました。


星子と剛は
湖子のお付きとして
人間界に
派遣はされていましたが
まったく役立っていませんでした。

来住家を
助けるために
農業を手伝っては見ましたが
人間としての
手伝いは
殆ど役に立ちませんでした。

すぐにしんどくなるし
虫やヒルや蛇がいて怖がるし
夏は暑いし
冬は寒いし
役には立たなかったのです。

この時代は
人間の造りが
違うと
心の底から
思ってしまいました。

26
剛は
今の
湖子と同じ
人生を歩んでいたので
何となく分かっていましたが
外からだけ見ていた
星子は
青天の霹靂でした。

全知全能な
湖子でさえ
見るとやるでは
大違いと
告白していました。

三大
家事の
洗濯・掃除・料理は
現在とは
全く違います。

一番現在とは違うのは
洗濯です。

洗濯機ができるまでは
タライと洗濯板で
洗濯物と
格闘しなければなりません。

湖子が
11歳の頃
洗濯機が
来住家に入ってきました。

今の洗濯機の
洗うところだけしかありませんが
それだけで
仕事は
大幅減です。

脱水などなくても
その時代は
充分だと考えていました。

湖子も
星子も
剛も
手で
洗濯して
もう
冬なんか
寒すぎなんです。

ゴムの手袋もなくて
お湯もなくて
かじかんだ手で
ゴシゴシするんです。








27
弥生は
時代の変化を
身にしみて分かっていました。

どのように変わるか
分かりません。

分からない
この世を
生きていくためには
手に職を付けないと
考えていました。

湖子には
よく勉強して
偉い人になってもらいたかったのです。

『末は博士か大臣か』と
湖子の将来に
大きな期待をしていました。

湖子は
言われなくても
勉強をこなしていました。

医者になるように
湖子に
何度も言いました。

資格さえあれば
時代が変わっても
生きていけると
思っていたのです。

湖子は
弥生の期待に応えて
医者になろうかとも思いましたが
普通の人生を
歩むことが
使命なので
試験では
ほどほどの答案を作っていました。

そこで
弥生は
医者ほどは難しくない
薬剤師になる様に
言ってきたのです。

湖子は
弥生の願いを
かなえるのも
人間の子供としては
必要かと考えて
薬剤師になることになりました。






28
高校は
公立に進み
学費も
安くて弥生は
良かったと思いました。

でも
湖子の成績では
国立の
薬学部は無理だし
私学になると
学費が
問題でした。

そこで
もう一棟アパートを
建てることにしました。

前のアパートの時は
最終的には
土地の売却代金で
まかなったのですが
今回は
全額
借金にすることにしました。

前の時は
融資が
大変だったので
念には念を入れて
準備していました。

高校2年生になった時に
アパートは完成して
借金の返済が始まりました。

湖子は
平素の試験は
ほどほどの力で臨んでいました。

大学受験の日は
やはりここは
合格すべきと考えて
合格の答案を書き上げ
面接も
そのように答えました。

もちろん合格して
湖子は
大学生になりました。

湖子が
いった大学は
共学ですが
女子が断然多くて
男子は
数人
湖子は
黒一転でした。

(もう一度間違わないようにいっておきますが
湖子は
人間界では
男性で本当の名前を
悟生と言います。
作中では
湖子を続けます。)






29

湖子は
アパートの家業を手伝いながら
大学に通い始めました。

大学でも
それなりに勉強しようとしましたが
湖子は
勉強に
興味がありました。

その頃の
薬学は
化学の
原子や分子などで
それに興味があったのです。

湖子自身も
こんなことを
知りたかったとは
思っていませんでした。

少しだけ
がんばったら
有機化学の
教授に
目立ってしまいました。

それに
クラスメートの
女学生に好かれる存在となっていました。

その中で
和己という名の
学年で
一番の
可愛い女の子が
湖子に夢中だったのです。

湖子は
妖精ですので
性別はありません。

恋愛感情はよく理解していますが
恋愛感情を
抱いたことは
ここ何万年も
ありません。

湖子は
想定外ですが
人間として生きていたら
こんなことも
経験すべきかと
思いました。

和己は
湖子が相手をしなくても
相当夢中で
諦めそうにもありません。

それどころか
流れ星に
願いをかけてくるのです。

神政庁に
願いが届いて
星子から
湖子に連絡がはいりました。

ここは
そう言うことに
した方が良いかも知れないと思いました。

それによく見ると
妖精に目でも
和己は
本当に可愛いと
思いました。

30
和己は
積極的で
湖子にアタックしてきました。

授業の時に
隣の席に座ったり
実験の時は
近づいてきて
長く話したり
帰る時は
電車で一緒に帰ったり
最後には
大学にいく時に
待ち伏せして
待っていたりしていました。

クラスでも
知れ渡っていて
仲の良いカップルと
思われていました。

湖子が人間界で
形をなしている
悟生は
格好良くありません。

今で言う
イケメンでもなく
マッチョな体でもなく
ちょっと見
ひ弱で
脆弱な湖子と
学年で一番の
可愛い和己とのカップルは
奇異なものでした。

和己が湖子を好きなったのは
以上の理由で
もちろん顔ではなく
話が上手だからです。

和己は
飽きることがなく
とめどもなく
話題を
提供する
湖子に
虜になってしまいました。

その上
和己が
思っていることを
すぐに
やってくれるのです。

と言うわけで
和己と
湖子は
大学4年間
仲良く過ごすことになります。





31
和己は時として
大胆です。

湖子の
肩に寄りかかってきたり
手を繋いだり
満員電車では
胸が合うぐらい
ピッタリと
引っ付いてきたりしました。

普通の男性なら
こんな可愛い女の子に
そんな事をされたら
きっと
興奮するところですが
湖子は
妖精ですので
冷静です。

そんな冷静さは
相当ながく続くのです。

転機が来るのは
お弁当を食べた時です。

湖子は
いつも
弥生の作ったお弁当を
食べていました。

それに合わせて
和己も
お弁当を作って
持って来ていました。

仲良く一緒に食べるためです。

そんな時
和己が突然
「この卵焼き本当によくできたのよ

100年に一度のできよ

どうぞ」と言って
和己のハシで
湖子の口へ
入れたのです。

油断していたというか
神界に残された
4分の1の湖子に
重大な出来事があって
気をそらしていた時だったので
簡単に
口に入ってしまったのです。

味はともかとして
湖子は
違和感を
感じました。

32
和己が
黙っている湖子に
「美味しいでしょう。

100年に一度のできよ。

だから
今後100年間は
作ることができないのよ。

わかったかな」と
茶目っ気たっぷりに
湖子の顔をのぞきながら
いいました。

その仕草に
もっと違和感を感じて
湖子本体の
明晰な精神は
錯乱状態です。

何とかそこは
つくろって
時間をやり過ごしました。

湖子(ここ)は
これが例愛感情かも知れないと
思いました。

経験のないこの感情を
まず
星子に聞きました。

妖精ではじめて
結婚した
星子は
湖子の
その感情を理解しました。

「湖子様
その感情は
神さまや
神さまと同じように作った
人間が持っている
慈悲の心ではありません。

それは
慈しむ心ではなく
恋しく思う
人間だけが持つ
恋愛感情です。

湖子様は
きっと
人間の
和己を
恋しく思われたのです。」と
星子は答えました。

湖子は
「やはりそうだったのか

これは
やっぱり

でもどのように対処すればいいのか」と
悩んでしまいました。



33
湖子は
困ったのですが
これも
自分に与えられた
使命かと
思いました。

それに
パッとしない外見に
人間の中でも
可愛い和己が
恋愛感情を
頂くなど
合理的に考えて
不思議だと
思ったのです。

これは
何かの力を
誰かが使って
そうさせたのではないかと
思いました。

神さまに匹敵する
能力を持った湖子でさえ
それが分からぬようにしているのなら
きっとそれは
神さまが
それを計ったのではないかと
結論づけました。

神のご指示なら
従うべきだと決めました。

決めたものの
この先どのようになるか
経験のない
湖子は
迷うばかりです。

迷っている
湖子に対して
積極的な和己が
イニシャティブを
持ったのは
言うまでもありません。

「休みの日には
遊園地に
出掛けましょう」と
誘ってきました。

湖子は
家業の手伝いがあるので
その誘いを
いつも断っていました。

そこで
和己は
日曜日に
湖子の家を
訪れたのです。


34



相当朝早くに
着いて
チャイムを鳴らしました。

玄関に出たのは
弥生でした。

「私
悟生さんの
大学での友達で
長瀬和己と言います。

悟生さんおいででしょうか。」と
たどたどしく
話しました。

弥生の目にも
テレビにも
出てきそうなとても可愛いい
和己が
息子のところに
やって来て
びっくりしていました。

すぐに家の中に
和己を
誘い入れて
座敷の
上座に座らせました。

それから急いで
倉庫で仕事をしている
湖子を呼びにいきました。

悟も
不自由な体で出てきて
挨拶しました。

湖子は
「こんなところまで
やって来たのか

、、、、」と
苦笑していました。

湖子が
座敷に着くと
弥生と和己は
和やかに話していました。

どんな料理が好きかとか
休みの日は何をしているとか
大学ではどんな勉強をしているとか
事細かに
話していました。

それに
来週は
もう一度来て
ハンバーグを作るとまで
約束していたのです。

弥生は
「和己さんが
悟生のお嫁さんになったら
もう言うことないわ

悟生
和己さんと結婚して

ごめんなさい
和己さんのような
可愛い人が
悟生の
お嫁さんになるとは
思えないよね。

失礼なこと言って
ごめんね

でも
本心だから
考えておいてね」と
和己に言うと
「私も
結婚できたら
良いなと
思ってますから
大丈夫です」と
答えました。

湖子は
蚊帳の外で
話し合っていました。


35
湖子の家族は
和己が
ヒーロー
いや ヒロイン
それも違って
エンジェルになってしまいました。

弥生は
本心から
良かったと思いました。

悟生が結婚したら
もう肩の荷が
降りたものだと思いました。

次の日曜日
和己は
買い物袋に
食材を入れて
約束通りに
やって来ました。

和己は
大学に入った時から
結婚した時に
役に立つようにと
大阪では有名な
料理学校に行っていました。

手軽な料理から
フランス料理まで
いろんなものを
教わっていました。

家でも
試したりして
その中でも
自信のある
ハンバーグを
作ることにしました。

エプロンを着けて
来住家の
台所に立ちました。

来住家の台所は
本当に
昭和の台所という感じで
使い勝手が悪いものでしたが
前もって見ていたので
道具も
持って来ていました。

一番高い肉を
使って作り始めたのです。

和己に言わせると
悪戦苦闘を
見せないように
なにげに
慣れたように
作っていました。

36
弥生も
手伝おうと思いましたが
凄い
オーラが出ていて
近づけませんでした。

ただただ
遠くから
湖子と弥生は
和己を見ていました。

真剣に
調理をする
和己は
今まで見たことのない
迫力だと
湖子は思いました。

和己が言った
予定時間に
ピッタリと
出来上がった
ハンバーグと
副菜を
お皿に盛り付けました。

食卓に
4人分が並べられました
弥生や湖子は
ホッとして
席に座って
唱和の後食べ始めたのです。

湖子には
初めての味でした。

今までの
弥生の味しか知らないので
初めてだったのです。

弥生も父親も
すべて平らげて
食事は
終わりました。

弥生は
何か話したそうに
湖子には見えました。

何を話すのかと
思ったら
弥生は
「このハンバーグは
とても美味しいけど
来住家の味とは
少し違います。

悟生と結婚するなら
少しだけ味を変えてくれないと
いけないわ。」
と言ったのです。


36
湖子は
弥生の言葉に
ハッとしましたが
和己は
「ありがとうございます。

教えて下さり
ありがとうございます。

どのような味がよろしいのですか。

私にもできるでしょうか」
と笑顔でそして真剣に
聞いてきたのです。

「それは難しくはありません。

来住家は
お父さんが
病気で倒れてから
凄く薄味になっています。

塩を殆ど使わないの

残り物でよかったら
これを召し上がって下さい。」と言って
冷蔵庫から
お皿の中に入った
魚の煮つけと
野菜の水煮を
弥生は
出しました。

和己は
お箸で
少しだけ食べました。

「これですね。
この味ですね。

分かりました。

できるかどうか分かりませんが
来週
挑戦させて下さい。

お願いします。」と
言ったのです。

自信ありそうに
和己は
答えたのです。

そのあと
和己が持って来た
イチゴのショートケーキと
紅茶を
飲んで
和やかにおわりました。


37
湖子は
一時はどうなるかと思っていたので
和やかに
終わって
ホッとしました。

大学でも
和己は
もっと近づいてきました。

もう
結婚する気分です。

一週間後
同じように
大きめの
買い物袋を持って
やって来ました。

こんどは
シチューを作るらしいのです。

前のように
気迫が感じられました。

作り始めました。

キッチン秤で
量りながら
作り始めました。

こんどは
予定通りに
出来上がりませんでした。

時間がかかり
できなかったのです。

同じように
食卓に並べられました。

湖子の目には
再試のように見えました。

弥生や和己には
そんな風に思っていないようで
大きな期待と希望の
食卓だと
感じていたのです。

食べ始めて
ふたりは
顔を見合わせ
笑顔になりました。

「すこし言っただけで
こんなに美味しいものが
できるなんて
和己さんは
料理の天才ですね」と
弥生が言うと
「いえいえ
そんな事はないです。

家で
相当作りましたから

家族は
連日シチューで
大変みたいでしたよ。

でも
健康のために
家でも
薄味にしようと
決めたんです。

みんな元気で
暮らせたらいいですよね」と
和己が
答えました。




38
減塩食事を
いつもしている
来住家の面々は
和己が作ったシチューが
美味しいと思いますが
薄味になれてない
和己が
美味しいとは
思えないのです。

湖子は
和己は無理をしてまで
従っていると
思いました。

湖子は
和己を
より
いとおしく
慈しむように思いました。

可愛く思ってでも
どのように表現すべきかどうか
湖子には
分かりませんでした。

全知全能の
神に次ぐ才能を持った湖子でも
この場の対応は
分かりませんでした。

それで
平然を
装うことで
何とかしていました。

その場を
湖子は
切り抜けたつもりでしたが
和己は
何か手応えを感じていました。

弥生は
いろんな話を
さんざんしたあとで
「和己さんと
うちの悟生が
結婚したら
みんなで住める
大きな家に
建て替えようと思っています。

その時は
台所は
南向きで
明るいところに作ったら
良いですよね。

和己さんは
どんな家が良いですか

ふたりで
また考えましょうね。」と
言ったのです。

住む家まで
考えているとは
湖子は
思いませんでした。

和己は
ほほえんで
「台所は
女の城ですから
ふたりで考えましょう。

家の中で
一番良い場所が良いですよね。

家族が集まれるような場所
憧れます。」と言う答を聞いて
湖子は
何か大きな感動を
衝撃を感じました。


39
そんな一日が過ぎ
駅まで送って
和己は帰りました。

それから
1ヶ月にいちどくらいのペースで
湖子の家を
訪れるようになりました。

そのたびに
いろんな料理を作ったり
将来の家のことを
あーでもない
こーでもないと
話し合っていました。

そんな話の中
弥生が
「悟生も
和己さんちに
行った方が
いいよ」と言ったのです。

少しだけ和己は
困った様子でしたが
いつもとは変わりないように
振る舞っていました。

何ヶ月か経って
和己は
湖子を
家に来るように誘いました。

日曜日の朝
駅まで迎えに来た
和己とともに
湖子は
駅前近くの
和己の家
長瀬家を
訪れることになりました。

長瀬家は
江戸時代
この辺りで新田を開発した
大庄屋で
名字帯刀を許された名家でした。

この時代になって
何代目かの
和己の父親は
工場を
はじめていたのです。

家の近くにある工場には
従業員が
100人くらい働いていました。



40
湖子の家に比べて
家は立派で

江戸時代に立てられた母屋と
現在家族が住んでいる
離れに別れていました。

和己の先導で
母屋の座敷へと
湖子は
入っていきました。

上座敷は
江戸時代には
代官もやって来たという
立派なもので
18畳ありました。

時候がよかったので
縁側は開け放たれて
日本式の
回遊型庭園と
枯山水の
庭園が
マッチしていました。

湖子は
妖精の仕事で
この様な
立派な
邸宅に
何度も入ったことがありましたが
やはり
来住家と比べてしまって
驚きでした。

和己は
ひと言
「古くてごめんね

父がこちらに案内しようと
言うもので」と
少しだけ恐縮して
言いました。

立派な座敷の
下座に
座布団を外して
座って待っていると
使い込んだ
作業服姿で
父親が現れました。

にこやかな顔をしていましたが
何かしたたかさを感じました。

上座に
ドッと座って
一通りの
挨拶をして
秘書の社員が
出したお茶を飲んだあとに
父親は
ゆっくりと
しゃべりはじめました。




41
「和己は
長瀬家の
一人娘です。

将来は
長瀬家を
継いでもらうことになっています。

会社の方は
工場で
一番仕事のできるものに
社長を継いでもらうけど
家は
和己しかいません。

田畑はなくなって仕舞ったけど
この屋敷と
生駒の山林を
継ぐ者がいないと
ご先祖様に
申し訳ない

悟生さんは
その方
大丈夫ですか」と
真顔で聞いてきたのです。

湖子は
どのように答えて良いか
分かりませんでした。

和己と
結婚したいと
思っていましたが
大事な
弥生に相談が必要だと思ったのです。

困っている
湖子を見て
和己が
「お父さん
そのことは言わない約束でしょう。」と
言うと
和己の父親は
「大事なことだから
話しておかないと」と
少し控えめに
話しました。

その話は
そこで終わって
食事中は
湖子のことを
いろんな事を
聞いてきました。

食事のあと
美味しいケーキの
デザートを
食べて
それから
コーヒーを飲みました。

コーヒーは
豆から作ったもので
平素
インスタントのコーヒーしか
家で飲んだことのない
湖子には
とても香りが強い
美味しい
飲み物でした。






42
飲み終わったあと
少し話をして
それから
父親に
隣の工場の見学に
向かいました。

大きな天井クレーンが付いた
工場の中に入りました。

大きな機械が
並んでいました。

今日は休みなので
誰もいませんが
多くの仕掛品が
積まれていて
活況なことが
読み取れます。

事務室には
先々代の書の
大きな額が掛けてありました。

「天地人知」と
書かれていました。

「行いは
どんなに隠しても
天の知るところ
地の知るところ
人の知るところ」だと
父親が説明しました。

湖子は
そんな事は
分かっていると
思いましたが
人間には
「教訓」となるようなことだと
初めて知りました。

家に帰って
一服すると
こんどは
和己が
母屋を
探検することになりました。

古い家ですか
驚くことばかりで
蔵の中には
籠(かご)が
置いてありました。

それから
和己の今住んでいる
離れを見る事にしました。

今暮らしている
和己のお部屋も
見せてくれるというのです。

なぜか湖子は
胸がドキドキしました。


43
お部屋は
二階の
見晴らしのいいところにあります。

湖子は
女性のお部屋を
見るのは
妖精の時に
いろんなお部屋を見ていましたから
ピンクのカーテンに
じゅうたんかと
思ったのですが
そんな事ではなかったようです。

落ち着いた
ベージュの色で
統一された
お部屋でした。

でも
和己のベッドを見て
すこし
胸がドキドキしました。

駅まで
和己は
送ってきて
「父は
養子のことをいっていましたが
私が
何とか説得しますので
気にしないで下さい。

長瀬の家には
たくさんの人がいますので
その中の
誰かが継ぎますので
ご心配なく」と話しました。

家に帰って
弥生に
養子のことを話しました。

弥生は
少し考えてから
「悟生が幸せになるなら
養子もいいんじゃないの

継ぐほどの財産もないし

私は大丈夫だから」と
少し強がりを
言っているように見えました。

ふたりの
結婚には
大きな障害があるようですが
大学を卒業するまでは
問題にはなりません。



44
湖子と和己は
学年がひとつ進んで
3年生になりました。

3年生になると
薬学部特有の教科が始まります。

そのひとつに
生薬学があります。

動植物鉱物をお薬として
使う学問で
数千年を経て
論理的というか
観念論的になっている
学問です。

論理的や観念的な部分は
別にして
生薬は
時として高価だったり
偽物が
出回ることが多いのです。

湖子が通っていた
大学には
生薬の判別
特に
植物性のものに
卓越した教授がいて
生薬学を受け持っていました。

何回かの授業のあと
生薬判別試験というのがありました。

生薬を見て
元来の植物の学名と
和漢名を答えるという物です。

80の生薬から
20が無作為に選ばれ
半分当たらないと
再試験ということになります。

普通の学生は
2回以上受けないと
まず通らないという
難問です。

なにしろ
学名が
ラテン語で
まったく分からない
音の羅列で
それが
覚えられないのです。

湖子は
全知全能ですし
能力を使わなくても
ラテン語が普通に話されていた
ローマ帝国にも
よく仕事で出掛けたので
その意味が分かりました。

もちろん
発音もいいし
満点でした。

そこで
教授は
湖子に
研究室に入るように
説得してきたのです。


45
教授は
製薬会社の
依頼が多くて
研究室に入ると
就職に
極めて有利になるのです。

人気の高い
研究室でした。

入ろうかなとも思ったのですが
和己が
なかなか
生薬判別試験に
合格しません。

和己だけを残してもと
思っていたのです。

和己は
湖子が
うまく教えても
2回も再試を受けてしまいました。

そんな事には
不器用みたいでした。

合格した日
和己は
湖子に抱きついてしまいました。

湖子は
嬉しかったです。

そんなふたりは
研究室に入りたいと
訪れました。

希望者が多くて
選抜が厳しいのですが
湖子は
もちろん合格です。

でも
和己は
ダメみたいだったのですが
湖子は
教授に
頼み込んだのです。

「和己と一緒でないと
入らない」という
決めセリフで
教授を
説得しました。

ふたり一緒に
研究室に入り
生薬の判別のための
試料作りに励みました。

教授がおこなう
生薬の判別方法は
顕微鏡で
植物の特長を
調べるというものです。

生薬の詳細を
顕微鏡で見るのです。

特長を見るためには
その試料を
うまく処理しなければなりません。

それが
意外にも
湖子よりも
和己が上手だったのです。


46
夏休み前に
多量の試料が
研究室に届きました。

大手の製薬会社からの
判別の依頼です。

みんなで手分けして
顕微鏡の
試料作りになりました。

和己は
一番の早さと
正確さで
作っていきました。

ここは
魔法なら
パッパと
作っていけると思ったのですが
それは使えないので
実際の
手作りになると
和己に比べると
そうと
不器用です。

教授は
それを見ていて
「長瀬君なかなかのものだね。

こんどの
研究旅行には
長瀬君も来ないか。

台湾なんだけど」と
言ったのです。

和己は
湖子と
台湾旅行に行けるなんてと
大喜びです。

湖子も
表には出しませんが
相当喜んでいました。

本当は
簡単な旅行ではなく
道なき道を歩いて
生薬を探し回るというもので
へとへとになるのですが
その時は
喜んでいました。

教授が
すぐに
実際を話しても
一緒なら
どんなところでも
いいと思って
幸せを感じるふたりでした。

47
台湾への旅行は
大手製薬企業の
協力で
無料です。

パスポートを
はじめて
ふたりでとって
お互いに
見せ合っていました。

夏休みの
終わり頃
台湾へ行くことになります。

初日は
現地製薬メーカーを訪れ
生薬の判別です。

和己は
試料作りに励みました。

湖子は
生薬の
整理をしていました。

その晩は
ホテル泊
次の日は
朝早く起きて
バスに乗って
山奥へ
それから
徒歩で
山の中へ
歩み込んでいきました。

生薬探しです。

教授はじめ
目をさらにして
探し回りました。

和己は
生の生薬など
まったく分かりませんので
湖子のあとを
付いて行くばかりです。

和己の目には
どれも同じ
草に見えていたのです。

最初に見付けたのは
もちろん教授です。

写真を撮って
研究生みんなで
ジーッと見て回りました。

どんなところに
どのように生えているか
メモを取りました。



48
見付けた
植物は
貴重なので
採取の許可はもらっていましたが
置いておきました。

次に見付けたのは
湖子です。

大学に置いてあった
植物標本を見て
勉強していました。

標本はいわゆる押し花のような
紙のようになっているものを
何度見持て
特長を見ていました。

その甲斐あっての
発見です。

見付けた植物は
それ程貴重でもないので
採取しました。

教授のいろんな説明がありました。

そんな山奥を
夕方まで
歩いて
数十の植物を見付けました。

和己は
まったく分かりませんでした。

その日は
近くの
バンガローの様なところで
泊まりとなります。

湖子と和己は
満天の星空を
優雅に見ていました。

空を見ながら
寄り添い
星に願いを
掛けてみようかと
お互いに話していました。

なんだかんだと話をしていると
星空に
一筋の流れ星が
見られました。

最初は
一瞬だったし
余裕が中って
ふたりともできませんでした。

黙って
空を
見上げていました。

その時
流れ星が
というか
もう少し大きな
火球だったかも知れません。

その瞬間
和己も
湖子も
「結婚できますように」と
お願いしてしまいました。



49
その願いは
すぐに神政庁に
届きました。

神政庁の職員は
大方は神さまの分身ですが
妖精も勤めていました。

その中に
湖子の分身もいて
自分の願いを
自分で受け止めてしまったのです。

妖精としては
もちろん
神政庁としても
初めての事例でした。

神政庁では
その願いを
どのように
扱うか
協議しましたが
願いを叶えてやることにしました。

と言うわけで
星子は
いつものように
神政庁で指示書をもらって
経理課で前払いを受け
戻ってきました。

星子は
助ける人が
和己と星子だということを見て
剛と驚きました。

どうすればいいか
まず
湖子に尋ねました。

湖子は
良い考えがないので
星に願いをしたようで
名案を持っていません。

いつもの
湖子とは
違うと感じました。

「愛を解決するのは
論理的思考では
無理だ
人間を長くやってきて
もう人間的じゃないか」と
剛は思いました。

星子と剛は
ミッションを
どのように解決するか
話し合いました。



50
人間的な
その問題の解決するために
整理する事にしました。

「1.弥生は
養子に出しても良いと考えている

2.和己の父親は
何としても長瀬家を
継いで欲しい

3.厳しい農作業で
体が弱っている
弥生と
悟生は一緒に暮らしたいと
考えている

4.和己も
弥生と一緒に暮らしても良いと
考えている

5.和己の父親は
仕事を手伝って欲しいと
考えている」

が主な
ものだった。

剛は
問題の解決は
簡単だと考えました。

星子は
「そんなに簡単なの

剛ってステキ」と
叫びました。

剛は
「湖子は
長瀬家に養子に入るけど
住むのは
弥生の家
毎日
長瀬家に仕事に出掛ける
それから
休日には
弥生の仕事を
手伝う
と言うプランです」と
自信ありそうに
答えました。

和己や湖子にそのことを話すと
それは
素晴らしい解決方法だと
みんなの意見は
一致しました。

速攻の解決です。

妖精見習いの
剛にこんな良い考えがあるのかと
星子は
見直してしまいました。

和己の父親にも
納得してもらう必要があることを
みんなは忘れていたのです。









51
和己の家族は
湖子が聞いただけでは
少し複雑のようです。

妖精のほんの少しの力で
調べれば分かることですが
湖子はそれをしませんでした。

人間として
生きようと考えていたのです。

湖子は
和己に
家族のことを
聞くことを
ためらっていたのですが
和己の力になるためには
聞いた方が良いと
結論づけました。

和己は
重い口を
開きました。

「私の母は
3歳の時に
家を出て行ってしまいました。

理由は分かりません。

父は何も話しません。

それ以来
父の秘書に育てられました。

父親は
秘書には
満足していたようですが
私は
母がいない
寂しさは
なくなりません。

父親は
みんなには
偉い人ですが
私には
時間のない父親でした。

私には
、、、、、、


、、」と
述懐しました。

湖子の母親
弥生に
自分の母親を
重ねていたんだと
湖子は
気が付きました。

52
湖子:
いろんな事があったんだね

和己:
私は
母親に捨てられたんだと
思っています。

湖子:
そんな事
お母さんには
何か理由があったんだよ

和己:
お父さんは
優しい人でしょう

そんな人から
別れるなんて
考えられません。

湖子:
夫婦のことは
分からないから

和己:
悟生は
わかるの

まさか
結婚しているとか

そんな事ないよね

悟生さんの
ご両親も
仲の良い様に見えますが

いろいろあるんですか

湖子は
少しだけ焦ってしまいました。

湖子:
そんな事はない

絶対にありません


和己:
なに焦っているの

当たり前じゃないの

湖子:
和己の
お母さんは
どちらに今は

和己:
知らない

なにも聞いていないので

湖子:
そうなの

会ってみたいと思わないの

和己:
思いません

大きな声で
話す和己の言葉に
ウソがあると
湖子は思いました。




53
和己に
母親を
会わせたいと
湖子は思っていました。

どこにいるか
妖精の力を使えば
簡単だとも思っていたのですが
妖精の力は
使わないと決めていました。

まず
住民票を
閲覧しました。

当時は
誰でも
閲覧できたので
簡単です。

閲覧しても
新たなことは
わかりませんでいした。

そのままなのです。

いなくなってから
全く変わっていないのです。

変わっていないと言うことの方が
驚きだったかも知れません。

と言うわけで
住民票からは
わかりませんでした。

星子に頼んで
母親の実家に
聞き込みに
行ってもらいました。

剛は
うまく
実家のかぞくに近寄って
話を聞くことができたのですが
まったく分かりませんでした。

母親の
兄との
交流も全くないと言うことが
わかりました。

普通の手段での
調べ方では
わからないということが
わかりました。


54
やはりここは
星子に頼んで
調べようか
それとも
調べない方が良いか
と悩みました。

そこで
星子と剛を呼んで
「和己の
母親を
探して欲しい。

結果が
良かったら
私に知らして欲しい

あまり良くなかったら
剛と相談して
結果を伝えないで欲しい」
と頼みました。

調べるのは
妖精の力を
フルに使えば
簡単だが
その結果を
どう判断するかどうか
難しいと
思いましたが
仕事ですので
やってみることにしました。

母親の
実家のところで
まず調べました。

あれ以来
一度も帰ってきていないことがわかりました。

北陸方面にいるように
思えたので
ふたりは
石川に行って
その力で
調べ回ること
2日
探し当てました。

兼六園近くで
見付けたのです。




55
兼六園から
少し山側行った
小立野と言うところに
住んでいました。

小さなアパートの
2階暮らしでした。


その女性は
ぱっと見
和己に似ていました。

その女性のお部屋には
旧姓で
表札が上がっていました。

星子は
姿を隠して
女性を見張っていました。

ひとり暮らしで
見る限りは
慎みやかに見えました。

というか
貧しいように見えました。

正真正銘の
ひとり暮らしでした。

家に帰ったら
夕食を作り
後片付けをして
お風呂に入り
それから
テレビを見て
ベッドに入るという
毎日のようでした。

仕事は
近くの
スーパーマーケットの
店員で
早出の日と
遅出の日があるようで
遅い日は
9時過ぎの帰宅になります。

ここまでは
簡単にわかったのですが
なぜ家を
出ていったのかは
わかりませんでした。



56
星子の
ミッションは
出ていった理由を
調べることです。

どのように
調べるか
考えました。

時間を要しますが
夢の中で
尋ねることにしました。

調べられる人には
寝ている夢のように
感じるだけです。

それで
夜になると
母親の枕元に出向き
調べはじめました。

あまり長く調べると
気が付いてしまいますので
一週間ばかり要してしまいました。

星子は
寝不足になってしまいました。

わかったことは
次の様でした。

母親は
大金持で
裕福に育ちました。

和己の父親と
結婚して
和己を生んで
母親になったのです。

生まれた頃は
おじいさんおばあさんが
健在で
和己を殆ど独占されて
母親は淋しくなって
憂さ晴らしに
少し遠出のつもりで
出掛けました。

持参金に持っていた
200万円と
お小遣いを貯めた
30万円が入った
預金通帳と判子を持って
最初に来た
電車に乗るという
旅に出掛けたのです。

大阪駅で
最初に出発する
汽車が
「ゆのくに」だったので
それにのって
金沢まで来たのです。

有名な兼六園を見て
近くの
旅館に泊まって
何となく
数日経った頃
病気になってしまいました。

近くの
金沢大学の付属病院に行くと
肺炎の疑いと言うことで
入院することになります。

看護婦さんが
とても親切でした。

抗生物質の使用で
病気が良くなると
病院の周りを歩いていると
周りには
現在とは違って
大学が多くあり
若い学生の街でした。

近くのパン屋に行くと
パート募集と書いてありました。

母親は
一度も
働いたことがなかったので
これも経験かと思って
応募したのです。

母親は
和己に似て
とても可愛かったので
すぐに採用されました。




57
パン屋は
今のコンビニのようなもので
酒と米以外は
何でも売っていて
もちろんたばこも売っていました。

自動販売機がない時代でもありましたから
手売りです。

和己は
すぐにそこの看板娘になってしまいました。

住むところも
店の上の空いている
部屋に住めました。

眺めの良い窓から
日本アルプスが
一望できました。

月末の
給料日に
もうそろそろ帰ろうかとも考えましたが
何となく
金沢が
居心地が良かったのです。

職場では
同僚や店長から
期待されるし
客は
若い男性が多くて
ちやほやされるし
三度の食事は
店から支給されて
料理はする必要もないし
当時では珍しい
洗濯機でパッパと洗濯はできるし
それ以上に
当時では貴重な
テレビも見る事ができたのです。

一ヶ月が過ぎ
二ヶ月が過ぎ
半年が過ぎ
一年が過ぎると
もう帰るに帰られなくなります。

冬になると
お客さんの大学生に誘われて
スキーもできました。

冬は
雪かきをしないと
いけなかったのですが
それも楽しく思えました。

雪かきをしていると
お客の大学生が
すすんで
手伝ってくれました。



58
楽しい時間でした。

金沢にいたら
必要とされていたのです。

長瀬家では
そうではなかったと
思い出を母親は
話し始めました。

結婚して
長瀬家に嫁いでも
やることはなかったのです。

家事の大方は
秘書と呼ばれるお手伝いさんがやってしまうし
和己の世話は
今はなくなっている祖父母がしていて
そうかと言って
会社の手伝いもさせてもらえないし
一日中閑でした。

テレビを見たり
インターネットを見たり
ができる現代ではないので
時間をつぶすことは
かなり
大変でした。

まわりの
セコセコと働いている人間から見ると
うらやましくうつっていたのも
母親には耐えられませんでした。

そんな中で
旅に出たのです。

別に夫に
不満があるわけでもなく
好きな人ができたということも
まったくありませんでした。

旅のつもりで
家を出たのですが
それが
こんなにながく
なってしまうとは思いませんでした。

長くなると
もう帰られなくなってしまったのです。

一度だけ
家に見に行ったこともありました。

二年ばかり経った夏の日に
汽車に乗って
大阪まで行き
それから
長瀬の駅まで乗り換えて
到着しました。







59
いつものように
駅前は
大賑わいでした。

駅の近くにある
大学が
段々と大きくなっていて
学生で
多くなっていました。

駅前には
目新しい
喫茶店もできていて
そこにひとまずはいりました。

そこからは
長瀬の家が
よく見えました。

別に変装していませんでしたが
まったく気付かれませんでした。

以前は
「あまり出掛けないように」という
言いつけから
家から
殆ど出掛けなかったので
長瀬の人達は
長瀬家の新妻がいなくなったことは
知っていても
どんな人か
まったく知らなかったのです。

そんな理由で
喫茶店で
閉店まで
見ていました。

普通に
長瀬家の日とは
生活していました。

社長の夫も
仕事をしていましたし
和己も
世話役が
普通にお母さん役をしていました。

おじいさんおばあさんも
ふつうに
生活していました。

少しは
自分がいないことで
変わっていたら
戻ろうかと
思っていたのですが
残念でなりませんでした。

閉店で
店を出て
駅から
大阪駅に向かいました。

金沢行きの
電車がなくなっていたので
旅館に泊まって
翌朝
金沢へ向かいました。

それ以来
長瀬には
来たことがありません。




60
妖精の星子は
夜に調べていたのですが
妖精の見習いの剛は
姿を消したり
心を読んだりできませんので
お昼間
母親が働いている様子を
見ていたのです。

母親が
はじめに
勤めていた
パン屋さんは
現在のパン屋さんとは
違っていて
パンを売っているだけで
パンを焼いてはいません。

地元地元に
それなりの
パン工場があって
そこから
仕入れて小売りしていたのです。

他にいろんなものを売っていて
今のコンビニのような
ものでした。

看板娘可愛いためか
若い学生で
繁盛していました。

昭和45年頃になると
パン屋は
道路隔てた
前に新しく
スーパーマーケットを作って
そこに引っ越しします。

もとのパン屋は
駐車場になって
その隣に
ファミレスができました。

母親は
パン屋がなくなる時に
近くの
少しだけ大きめの
お部屋に移りました。

窓からは
同じように
日本アルプスが見える
眺めの良い場所です。

母親は
レジ係でかわりませんが
給料も上がって
休みも増えました。

友達もできて
第二のふるさとに
金沢なっていました。




61
母親の家出と
その後の様子がわかったのですが
これを
はじめの約束に従って
湖子に知らせるべきか
知らせないか
判断する必要があります。

たぶん
湖子に知らせると
和己に伝え
きっと和己は
母親に会いに来ると
考えられます。

そしたら
今は平穏に過ごしている
母親の生活は
乱されることになります。

ながく別れて過ごしていた
娘に会えるという点もありますが
それが
母親にとって
幸せかどうか
会った娘が
幸せになるかどうか
わかりません。

和己のことは
湖子に判断してもらうとして
母親については
判断する必要があります。

剛は
星子に
「また夢の中で
しらべたら」と
言ったのですが
星子は
「それは夢の中では
調べられないわ。

夢の中で調べられるのは
確定した記憶や
確固たる意思が必要で
娘と会えたらとか
金沢から離れたらというような
仮定の話では
頭の中に
そんな概念がないので
しらべられないわ」と
答えたのです。

そこで
直接
聞いてみるという
超古典的な方法を
使うことにしました。

人間として
経験豊富な
剛が
聞いてみることになりました。


62
男性の剛ひとりが
尋ねるに行くと
不審がるので
星子とふたりで行くことにしました。

休みの日の
昼下がり
ふたりは
お部屋を訪ねました。

チャイムを鳴らして
出てきた
母親に
言ったのです。

剛:
少しだけ時間よろしいでしょうか。

母親:どなたですか

剛:
剛と星子と言います

母親:
あー

剛:
怪しいものではありません

母親:
ふーん

それで

剛:
話があるんです

母親:
どんな話ですか

新聞とか
宗教の勧誘なら
まにあっていますけど

剛:
そんなものではありません。

お子様の話なんです。

母親:
お子様って
私ひとり暮らしですが

剛:
今はそうかもしれませんが
昔は
いらっしゃったでしょう

母親:
えー
そんなこと
何で知ってるんですか

剛:
その理由は
言えないんですが

母親:
、、、、、、、


剛:
とにかく聞いて下さい。

母親は
わけが分からないので
ぽかーんとしていると
剛の押しに負けてしまいました。




63
剛と星子は
あつかましく
お部屋に入りました。

椅子に座って
話が始まりました。

剛:
あつかましくて申し訳ございません。

母親:
そうですよね
久しぶりの休みなのに

星子:
お手伝いしましょうか
家事のお手伝いは
慣れているんですよ

母親:じゃ
手伝って下さい。

それと
説明して下さい

剛:
話を聞いてくれて
ありがとうございます。

やはり
詳しく言わないと
わかりませんよね

説明します。

私たちは
妖精なんです。

母親:
余計にわからない話しに
なっているんですけど

妖精ってなに

やっぱり
宗教の勧誘?


剛:
私たちが妖精ということは
おいておいて
ある人からの依頼で
申し訳ございませんが
あなたを調べているんです。

母親:
えっ

ある人って
誰ですか

もと亭主とかですか

あの人は
探すわけがないし

剛:
それが誰か
言えないんです

お答えによっては
引き合わせて
わかることになるかも知れません。

母親:
亭主ではないというなら
和己?

剛:
お答えできません。

あなたが
和己さんの
母親であることは
誰にも言っていません。

母親:
よかった

誰にも言わないで下さい。

ところで
和己は
元気なんですか

今はどうしてるんですか

剛:
和己さんは
今は薬学部に通う大学生です。

婚約されています。

卒業と同時に
結婚される予定です。

64
母親:
よかった

剛:
この結果を
私たちは
和己さんに伝えるべきかどうか
悩んでいます。

知らせることによって
あなたと
和己の
日常の生活に
大きな変化を生じます。

そこで
あなたにそれについて
意見を聞くためにやってきたのです。

母親:
えっ
私のそれを
決めさせるのですか

私は
、、、、、
、、、


沈黙が続きます。

星子が
お茶の容易をしている
音だけが
聞こえて
、、、、
、、、、、、


それから
お茶を持って来ました。

星子は
離れていましたが
話の内容は
もちろんわかりますので
母親の
迷っている様子が
に取るように
見えました。

剛も
あとを
どのように話していいか
わかりませんでした。

お茶の香りだけが
漂っていました。




65
沈黙がながく続きました。

それを破ったのは
母親でした。

母親:
和己は私のことを
どのように思っているのですか。

剛:
それは
父親も和己も
話していません。

近所の人が
話している
ところによれば
あなたがいなくなった
翌日には
みんなで探したそうです。

会社の従業員にも
応援を呼んで
大捜索隊を編成して
地元長瀬はもとより
大阪府下奈良京都兵庫まで
探し回っていました。

その頃は
金沢に行かれていて
いなかったんですよね。

一週間も
続きましたが
「便りのないのはよい便り」ということで
待つことにしました。

それ以来
母親のことは
話さないことになったようです。

たぶん
ふたりとも
我慢していると思います。

本当は
会いたいのだともいます。

たぶんですけど


母親:
そうですか

、、、、、、


私のことを
和己に話して下さい。

どのような結果になっても
受け入れます。

誰だか知れませんが
よろしくお願いいたします。

剛:
わかりました。
あなたの
思いを
伝えます。



66
星子の
出したお茶を
美味しく
ゆっくり飲んで
剛と星子は
帰りました。

星子は
剛が調べた結果を
湖子に
送りました。

いわゆるテレパシーで
送ったのです。

湖子は
その結果を
聞いて
少しだけ考えて
やはり
和己に伝えることにしました。

つぎに
和己に会った日に
湖子は
和己に話しました。

「和己さん

これから話すことは
話しても良いかどうか
悩んだんですが
やはり
話した方が
和己さんのためになるのではと
思って話します。

驚くことがあるかも知れませんが
最後まで
聞いて下さい。

和己のお母さんは
和己が
3歳の時に
いなくなります。

最初は
家出しようかと思ったのではなく
旅行にでも
行こうかと
気軽に
家を出たのです。

『旅行に行きます』と
置き手紙を
残したと
言っていました。

大阪から
最初に出る
汽車に乗って
金沢に着いたそうです。

金沢は
良いところで
ついつい
長居をしてしまっそうです。

少し病気になって
入院して
それから
働いてみたいと言うことで
働き始めたのです。

それが
楽しくなって
2年が過ぎました。

一度だけ
長瀬に戻ったのですが
その頃には
お母さんの居場所は
ないように感じてしまったのです。

そこで
金沢に
18年暮らしてしまったのです。

お母さんは
和己さんの
結婚を大変喜んでいるそうです。

和己さん
どうしますか。」
と話しました。






67
和己は
ジッと聞いていました。

表情を変えませんでした。

最後まで聞いて
すぐに
和己は
平常心を装っていました。

湖子には
それがわかりましたが
知らない振りをしていました。

和己:
お母さんは
元気なんですか

湖子:
お母さんは大変元気だそうです。

毎日
スーパーのレジを
打っているそうです。

和己:
よかった

私にも
お母さんがいたんだよね

一度会ってみたいな

湖子:
そう
僕も
会いたいです。

和己:
ところで
どんな風のにして
見付けたの

父の話では
どんなに調べても
わからなかったそうなのに

探偵でも使ったの

湖子:
探偵ではなくて
妖精にお願いしたんだ

和己:
妖精ってなに
なんなの?

湖子:
だから
妖精なんだ

湖子:
わからないけどありがとう



68
父親には
まだ話さないと言うことにしました。

和己が会ってから
決めるそうです。

会う約束を
するために
星子と剛は
母親と
また
会いました。

次の次の
休みに
会うことになりました。

父親には
湖子と
日帰りの
金沢旅行と言って
出掛けたのです。

記憶にはない
母親に会うという
心ウキウキの
出会いの予定でしたが
和己の顔は
少し固いようでした。

複雑なんだろうと
湖子は
思いました。

朝一番の
列車で
出掛けました。

10時過ぎに
金沢駅前着いて
待ち合わせの
喫茶店に入りました。

既に
星子と剛に連れられた
母親は
席に座っていました。

湖子に促されて
その席に
和己は
近づきました。

すでに
ふたりの目は合って
そうだとわかったようです。

ふたりの
表情は
変わりませんでした。








69
話は淡々と過ぎて
さほどの実りもなく
感動も感じられませんでした。

小一時間話して
話が続かないので
終わりになりました。

湖子は
『人間は
わからない』と
あらためて思いました。

湖子が
妖精の力を使って
和己と
母親の心を読んでいれば
それは
そんな簡単なものでないし
人間も
理解できたのかも知れません。

湖子は
敢えて使わないように
しました。

人間として
生きていこうとしていた
湖子ですから
そうしたのです。

住所のメモだけを
渡しあいました。

その日は
それでお仕舞い
和己は
湖子と一緒に
金沢から
帰りました。

母親は
星子と剛に連れられて
小立野に
戻りました。

殆ど会話もなく
無言でした。

まだ日がある内に
和己は
家に戻りました。

「今日はありありがとう」と
言って
家の中に
消えていきました。

湖子は
これで良かったのかと
思ったのです。




70
それからは
そのことにまったく触れませんでした。

湖子と和己は
大学の勉学が
忙しくなりました。

ゼミでの
研究の一環である
生薬の同定も
顕微鏡を使わなくても
大体はわかるようになっていました。

大体では
ダメなので
顕微鏡で
もちろん同定するのですが
その時は
和己が作る
検体が
威力を発揮します。

指導の
教授は
湖子と和己のペアは
最強だと
考えていて
卒業後も
大学に残って
大学院にいくか
助手となるかを
強くすすめていました。

和己は
それも良いかと考えていたのですが
大学院生では
湖子との結婚できないので
助手かとも思ったけど
助手では
例の結婚の条件を
満足できないことになります。

和己と湖子は
相当話し合いました。

湖子は
和己と結婚できる道の方を
選ぶと
話しました。

和己は
自分のために
目指しているものを
諦めないで欲しいと
言いましたが
湖子は
それはありがたく
聞いて
大学からは
離れることにしました。

そのことを
ふたりで
教授に告げると
大変残念がっていました。

湖子は
人間は
大変だと思いました。

妖精なら
こんな選択は
絶対にないし
ふたつを
いや三つでも
同時にできるのにと
思ったのです。

人間は
弱いと
あらためて
思いました。


71
湖子には
名誉欲とか
趣味とか
希望とか
そんなものがないので
大学院に進んで
立派な学者になりたいという
願望もないのです。

逆に
そのようなものがない妖精の
もどかしさを感じたのです。

そんな事があって
湖子と和己は
4年生になりました。

4年生になると
卒論のための研究と
薬剤師の国家試験勉強が
主になります。

卒論研究については
教授が
「生薬の顕微鏡下の同定」という
研究課題を
与えてくれました。

卒論は
今までの延長で
もう二年もしているので
データも
たまっていて
充分な量です。

それよりも国家試験の方が
問題でした。

湖子は
記憶力が
人以上ですので
問題はありません。

しかし
和己は
少し問題です。

和己も
マジメですが
国家試験は
大変難しくて
湖子には
心配でした。

もし通らないと
結婚条件にも
合致しなくなります。

湖子は
和己の
受験勉強を
助けていたのですが
助けられるのは
少しだけでしたので
心配でした。


72
和己を
助けるために
勉強を一緒にしました。

過去問を
何度も行ったのですが
合格点までは
なかなか達しなかったのです。

そのうえ
和己は
飽き性で
勉強が長続きしません。

当時の薬剤師試験は
卒業して
4月にありました。

和己の父親との取り決めがありますから
合格後
湖子と
結婚することになっていて
合格が決まってから
日程を決めることになっています。

そんな日程になっていますので
湖子も
父親の会社に就職することに
なっていましたので
無職と言うことで
母親の
弥生の仕事を
手伝っていました。

弥生の仕事で
建物の
ペンキ塗りをしていました。

その合間に
和己の勉強を見たりしていました。

湖子自体は
殆ど勉強をしませんでした。

和己の勉強を見ていただけで
充分に
内容がわかっていたのです。

近くの
女子薬科大学での
二日間の試験は
和己にとっては
過酷でしたが
何とか乗り切れたというようで
湖子は
ホッとして
結果待ちでした。

和己には
神頼みしかなかったようで
近くに神社に
お百度参りをしていました。

湖子は
「妖精ではなくて
神社なんだ

妖精の私には
少し皮肉だわ

でも
妖精に頼まれても
試験に合格というのは
ちょっとハードルが高い
かもしれない」と
思いました。


73
一週間後の朝
新聞の地域版に
国家試験の合格者の名前が
並んでいました。

湖子の名前は
ありました。

和己はどうなんだろうと
電話をしました。

和己は
見ていないというので
早く見て欲しいというと
しばらく時間が過ぎてから
受話器の向こうから
歓喜の声が聞こえました。

「合格
合格
合格です。」との声です。

湖子は
良かったともいました。

それから
湖子と和己の結婚の準備が
始まりました。

湖子が
婿養子に入るというので
和己の父親からの
結納から始まります。

長瀬家から
5月の大安の日に
結納用品一式が
持ち込まれ
座敷に並べられました。

足の踏み場もないと言うほどの量です。

結納金自体は
1000万円で
破格です。

弥生は
びっくりです。

いわゆる嫁入り道具を
それなりに作らないと
いけないので
大慌てです。

新居も庭に新たに
作りました。

南向きで
明るい部屋でしたが
キッチンと
6畳がひとつです。

和己は
「こんな部屋に住んでみたかった」と
嫌みではなく
いっていました。

小さなお部屋に住んだことのない
和己には
新鮮だったのかも知れません。



74
結婚式は
秋でした。

湖子は
結婚の条件の通り
長瀬の
和己の父親の会社に
就職していました。

当時では非常に珍しい
週休二日制で
月曜日から金曜日まで
びっしり
働いていました。

会社はネジを作る会社で
当時は
繁盛していました。

湖子は
最初は
下働きで
肉体労働です。

湖子は
筋肉が付いてしまいました。

毎日毎日
疲れて家に帰りました。

弥生は
心配でした。

生まれてから
病気というものを
しない湖子でしたので
大丈夫かと
思っていたのですが
やはり
心配でした。

夏は
エアコンが
工場には
ありません。

特に厳しい状況でした。

古参の従業員は
腕を自慢していました。

ネジ工場は
いろんなものを作っていました。

汎用品から
全くの特注
特殊なものまで
作っていて
特殊なものは
職人が
旋盤で作り上げるのです。

「俺にしかできない」と
自慢するだけのことはあります。







75
そんな中で
湖子は働きました。

休日は
弥生の手伝いも
している毎日です。

和己に会えるのは
職場で
お昼ご飯の時だけです。

少しの時間でも
仲良く過ごしていました。

夏が過ぎて
秋が来て
結婚式は
近づいてきました。

準備は
和己の父親の
秘書がすべてとりしきっていました。

長瀬家の招待客は
国会議員・市長をはじめ
名士そのものの面々でした。

来住家は
親戚も少ないし
そんな名士にも
繋がりがなかったので
大学の先生を
呼ぶことにしました。

秘書は
和己の
母親については
居場所を
まったく知らなかったので
招待など
気にも留めませんでした。

湖子は
「結婚式に
母親を呼んだら」と
和己に
一度だけ言ったのですが
それっきりになっていました。

微妙なことなので
どんな風にしたらいいか
わかりませんでした。

式の日程が
段々近づいて
湖子は
焦ってしまいました。

やはり
和己が本当は
どのように考えているかが
大切だと思ったのですが
真意を
知ることは
普通の人間には
無理でした。



76
人間としての
人生を歩むのが
湖子の
ミッションですので
妖精の力を
使いませんでした。

それを感じた
星子は
和己の心を
読みとることにしました。

妖精の星子にとっては
さほど難しいことではありませんでした。

星子は
和己が
湖子の家に来た時に
少しだけ
時間を止めて
心を
瞬時に
読みとったのですが
不可解な結果でした。

「和己は母親に
会いたいけど
会いたくない。

結婚式に出席して
晴れ姿を見て欲しいけど
見て欲しくない。

父親と会って欲しいけど
会って欲しくない」という
結果なんです。

人間はわからないと
星子は言うと
剛は
「僕にはわかります。

そんなものなんです。

いつも決めかねているのが
人間です。」と
答えました。

星子が
「どうすればいいのよ」と
再度言うと
剛は
「そんな時には
会わせる方を選ぶと良い

会わないと
一生後悔だけが残る

後悔しないためにも会わせるべきです」と
結論つけました。

そのことを
湖子に伝えました。





77
湖子は
和己を愛していたので
母親を
呼ぶことにしました。

和己の父親
つまり
会社の社長にも
そのことを伝えました。

父親は
驚いていましたが
娘の
一生後悔のことを考えて
賛同しました。

父親も
会いたいようでした。

湖子は
金沢に行って
そのことを伝えました。

母親は
感激して
涙を流して
喜んでいました。

駅まで送ってもらいました。

和己には
サプライズと言うことで
黙っていました。

それで良いか
何度も考えましたが
人間の脳で
考えても
わからないし
妖精の
洞察力だけでも
わからないことなので
剛の言うようにしかできないと
決めました。

そう決めると
心が
軽くなりました。

湖子はあらためて
人間の悩みって
何なのか
わからないことが
わかったと
思いました。





78
結婚式は
盛大そのものでした。

天井の高い
ホールが貸し切られて
行われました。

国会議員や
市長が次々に
演台にたち
演説を
ぶち上げていました。

和己は
何回も
お色直しをしていました。

母親は
親戚席ではなく
友人席に座ってみていました。

式は
3時間に及び
ました。

偉い面々は
あまりにも長いため
帰ってしまい
空席が目立ちはじめていました。

最後の
和己のお色直しの時に
母親に会わすことになっていました。

衣装を着替えて
入ろうとした時に
母親に会いました。

母親の目は
潤んでいました。

母親にエスコートされて
新婦の入場に
スポットライトが
あてられました。

案内のアナウンスは
「新婦の入場」だけで
詳しいことは言いません。

母親に手を引かれて
ドレスの和己の入場です。

拍手がわき
それが
ふたりの涙を誘います。







79
光が当たっているのは
新婦だけなので
エスコートの母親は
見ているものには
誰だかわかりません。

新郎のところまで来て
湖子と和己母親は
目があいました。

3人は
感極まって
涙です。

それを見ていた
観客も
理由がわからなかったけど
涙を流しているものも
いました。

母親であることに
気が付いたものは
いませんでした。

知っているものは
少なかったし
宴席が長くなって
お酒を飲んでいて
わからなかったのでしょう。

もちろん
事前に知らされている
父親は知っていましたが
結婚式の
当日には
挨拶できませんでした。

長い宴席は
お開きになって
湖子と和己は
新婚旅行に
大阪空港から
旅立ちました。

母親は
星子が
駅まで送っていきました。

ハワイに着くと
暑くて
英語が話されていました。

妖精の湖子なら
何の問題もなかったのですが
人間の湖子は
日本で
英語教育を
受けただけなので
ハッキリ言って
まったくわかりませんでした。

和己は
湖子が英語が話せると
思っていたので意外でした。


80
少しだけ
和己に
見放されそうになったので
湖子は
思わず
妖精の力を使って
英語を話しました。

「なんだ
悟生さん
英語はなせるじゃないの

最初から
話してよ
心配するんだから

悟生さんも
お茶目ね」と
和己が
笑って言いました。

湖子は
「えへ」と
いうしかありませんでした。

使わないと
決めていた
妖精の力を
使ってしまって
残念に思いました。

そんなに
和己が好きなのかと
自分でもあきれるほどでした。

たのしい
ハワイ旅行は
終わって
木枯らしが吹く
日本に帰ってくると
こんどは
新しい生活が始まります。

和己が
ずーっと
家にいて
夜も一緒です。

料理も
作ってくれて
一緒に食べると
これが美味しくて
ついつい食べ過ぎてしまうのです。

太ってしまいました。

太った
妖精は
妖精界では
初めての事件というか
事象でした。

星子と剛も
びっくりです。







81
湖子は
数ヶ月で
太って
貫禄が付きました。

それも良いかなと
思ったのですが
動きが
少し鈍くなりますし
和己が
ひと言だけ
「太ったね」と
言われたのが
ショックでした。

それで
ダイエットしてしまいました。

妖精のダイエットです。

湖子は
これも経験かと
思ったのです。

意思が固い
湖子でしたから
すぐに減量できました。

和己は
すぐに減量できる
湖子を
尊敬してしまいました。

そんな
日常の中で
子供が生まれました。

仲が良すぎて
2年目に長男が
6年目で次男が
そして
10年目に長女が生まれました。

弥生や
和己の父親は
大喜びで
お誕生日の日や
こどもの日には
双方の家で
宴会でした。

湖子は
幸せの見本のような
家族の中で
妖精の休日を
謳歌していたのです。

湖子は
こんな
人生なら
妖精や神さまは
必要ないと思いました。







82
愛する和己がいつもいて
湖子をどこまでも慈しんでくれる母親もいて
可愛い子供もいて
やり甲斐のある仕事もあって
普通の
人間にもないような
幸せだと
感じていました。

妖精の仕事をしていると
いろんな場面で
不幸になった
人間を
助けに行くことが多いのに
こんなに幸せな人間も
いるのだと
はじめて思いました。

日々を
精一杯
暮らしていました。

精一杯暮らせば
暮らすほど
湖子は
幸せになっていきました。

時は
バブルの時代を
迎えます。

世の中のみんなは
幸せでした。

和己の父親の会社は
その景気に乗って
事業を多角化するか
それとも
地道にするか
決断をしかねていました。

湖子にも
聞いてきました。

湖子は
神さまの力を借りて
未来から
やって来ていますので
バブルの結末を
もちろんしています。

しかし誰もが
これが続くと
思っている
時代ですから
そんな事を
言うべきでないと
考えました。




83
弥生は
銀行のすすめにもかかわらず
バブルには
手を出しませんでした。

先を読んで
手を出さなかったというのではなく
ただただ堅実と言うだけです。

一方
和己の父親は
会社のことを考えると
銀行のすすめに従って
手を出すかどうか
経営判断を
決めかねていました。

いろんな人に
聞いて回っていて
もちろん
湖子にも
聞きました。

湖子は
「私は若くて
経験がないので
先行きは
わかりません。

しかし
母親は
やっていません。」とだけ
答えました。

父親は
「女性で
財をなした
悟生さんのお母さんが
そう判断するのは
何か考えのあったからかも知れません。

私も
それにしたがうことにする」と
心の中で
そう判断しました。

会社は
本業を
地道にやっていくことに
なったのです。

湖子は
良かったと
思いました。


84
湖子は
自分でも
堅実だと思いました。

ギャンブル心があれば
それを
リスクを取って
ハイリターンを
期待するのですが
妖精は
そんな
ギャンブル心が
ないんだと思いました。

いや
ギャンブル心がないのではなく
計算高いのかも知れないと
思いました。

いずれにせよ
長瀬家も来住家も
バブルの恩恵に
よくすることなく
時は流れていきました。

バブルがはじけると
日本中は
不景気になります。

和己の父親の会社も
段々と
受注量が
少なくなってきました。

安い中国製が
ザーッと
入ってきて
それに押されて
売り上げが少なくなってきたのです。

ネジのような
汎用品は
中国の多量生産品と
競合していました。

会社としては
何とか
これを切り抜ける手立てはないかと
考えあぐねていました。

湖子は
この頃になると
経理や
現場を
行ったり来たりする
従業員になっていました。

手が欲しいところで
働いていました。


85
社長の父親は
湖子にも聞いてみました。

会社の苦境は
経理の手伝いをした時に
わかっていました。

そこで
考えていました。

妖精の力を
使わなくても
湖子は
経験も
知識も
充分あったので
いろんな案が
考え出していました。

そこで
全体会議で
発表することにしました。

他にもいろんな案が
発表されました。

湖子の案は
ネジの永遠の課題
「緩まない」の解決です。

いままでに
たくさんの人が
考えたことなんですが
いずれも失敗でした。

湖子の案は
ひとつのネジを
ふたつの部品で作って
ひとつを
もうひとつに
くさび状に
かみ合わせるものです。

その案は
老練な技術者には
製作の困難さを
指摘されました。

それは
良いかもしれないと
考えた
社長は
「困難だからこそ
あなたにお願いします。」と
一番
老練な技術者に
頭を下げて
お願いしました。




86
そんな風に言われると
職人気質の
技術者は
やるしかありませんでした。

湖子は
技術を持っていませんので
ただ見ているだけです。

開発中の
緩まないナットは
多くの人が
試みて
失敗したものでした。

数ヶ月
材料と
機械・寸法や傾斜を変えて
試行しました。

ふたつの部で
それを
満足するものができました。

ネジのゆるみを
検査する機械にかけても
はずれないのです。

相当の
出来上がりです。

ふたつの部品になっているのですが
これが
実用性が
劣るのです。

ふたつの部品では
簡単に
締めることができません。

湖子は
このふたつを
接着することにしました。

緩く接着して
締め付けると
剥がれて
もっと締められると言う
策です。

これは
大変使い易かったのです。

製品化することにしました。


87
性能は優れていたネジは
絶対売れると
社長をはじめ
全員がそう思っていました。

しかしそうではなかったのです。

サンプル出荷して
他の工場が
いざ使ってみると
締めてから
外した時に
ふたつの部品が
バラバラになって
クレームが
出てきたのです。

在庫の山まではいきませんが
不良な在庫が
できてしまいました。

ふたつの部品を
接着材ではなく
回してもとれないような
ものにしないと
いけないと思いました。

会社全員考えましたが
良い案が出ません。

湖子も
考えてみました。

妖精の力を使っても
そんな案は
でないのではないかと
思いました。

そんな時に
和己と
テレビを見ていると
液体窒素で
冷やすと
すぐに固まるし
小さくなると
言っていたのです。

それを
見ていて
思いつきました。

スナップで繋いで
一方を
冷やして少しだけ小さくして
嵌め込んでしまおうとする
やり方です。



88
ものすごい精度が必要です。

今作っているより
10倍の精度が必要で
取っても無理というのが
技術者の一致した味方です。

無理かと思った時に
試作として作ったネジを
湖子が
何となく引っ付けてみると
偶然引っ付いてしまいました。

偶然
ふたつの部品の
大きさがあったのです。

ふたつめは
合いませんでした。

もちろん
みっつ目も合いません。

2時間かけて
合ったのは
3個でした。

ひとつひとつ合わせていくという
そんなやり方は
時間ばかりかかって
単価が合いません。

この結果を受けて
会社全体は
「無理で不可能」と
結論つける空気でした。

湖子は
諦めていませんでした。

試作品の
多量のネジを
持って帰って
夜
合わせていたのです。

だれも
そのことには
何も言わずに
1週間が過ぎて
湖子は
この解決策を
会議で話すことになります。

89
会議で
湖子は
手を挙げて
最初に提案しました。

「ゆるみ止めナット
解決策がわかりました。

作りましょう
こんどは大丈夫です。

絶対に大丈夫です。

大丈夫ですが
それには
ある種の測定器具が必要です。

自動で内径・外径を測定して
組み合わす器具です。

在来の器具を
改良すれば
可能です。

その器具で
測定して
組み合わせるペアを
探すのです。

この器具さえあれば
絶対にできます。

先日のネジ
手で合わすと
半分が合いました。」
と言って
合ったネジの箱を
机の前に出しました。

みんなは
「おー」と
言うだけで
賛同するのか
反対するのか
何もしないのかさえ
わからない状況でした。

静かに沈黙の時間が
流れました。

湖子も黙っていました。

進行役の
秘書が
「今の提案は
あとで考えると言うことで
次の議案いきます」と
いうと
みんなは
納得して
ホッとしていました。

90
湖子の提案は
その場では保留となりましたが
社長の父親は
詳細を聞いてきました。

十分に説明しました。

特殊な用具の開発が
必要でした。

ふたつの
ナットをラインに流して
大きさを計って
合うものを
セットするという
仕組みです。

いずれも
現在の技術で可能ですが
いちから
組み立てなければなりません。

数ヶ月
かかって
ようやくできました。

試作した
ナットを入れると
組み合わせられて
出てくるのです。

そのナットを
売り出したのですが
必要な人には役に立ちますが
そこまで必要でないほうが
多いので
売れたのは
限定的でした。

それ程
売り上げが
伸びるわけでもなく
会社の
経営は
大変でした。

湖子は
人間社会は
大変だと
何度も実感していました。

努力しても
無理なものは
無理なのかと
思ってしまいました。



91
その後も
高度なネジに
特化していく
経営方針で
すすむことになりました。

湖子も
会社の一員として
がんばっていました。

そんな中
地震が起きたのです。

家で
和己と
子供と
川の字に寝ていた時に
起きました。

湖子は
強い突き上げる
揺れを感じて
目が覚めると
薄明かりの中で
天井が
大きく撓んでいるのが
見えました。

和己は
子供たちに
「布団をかぶっておきなさい」と
叫んでいました。

三度の突き上げあって
横揺れに
なりました。

直後
電気が消えて
当たるが暗黒になりました。

数秒続いて
納まりました。

湖子が
住んでいた
離れは
大丈夫でした。

母親の
弥生のところに
行こうとして
歩き始めた時に
足が痛くなりました。

92
あとでわかったことですが
食器棚が
倒れて
割れたガラスが
散らばっていたのです。

真っ暗でわからなかったので
踏んでしまったのです。

痛みをこらえて
母屋に行きました。

外は真っ暗でした。

いつもなら
道路の外灯で
明るいのですが
月も星もない
この日は
真っ暗でした。

わかっているので
手探りで
母屋に行きました。

大声で
「お母さん」と
叫びました。

向こうの方から
「悟生」と
叫んでいました。

母屋の扉を開けて
中に入ると
懐中電灯が
床の上で
光っていました。

懐中電灯が
いつもの場所から
落ちた拍子に
電気が入ったのです。

懐中電灯を頼りに
奥の
弥生の部屋に
倒れている
家具を超えていくと
弥生は
元気に
手を振っていました。

「よかった」と
ふたりで喜びあいました。



93
来住家には
貸し家を含めて
なんの問題もないことを
8時頃までに
湖子は
確認しました。

「よかった」と
思いつつ
子供の顔を見ていると
和己が
ちょっと大声で
叫んで
やって来ました。

「大変です。

隣の
星子さんの家が
潰れています。」と
言って
飛び込んできました。

湖子は
星子たちは
妖精だから
まさか
地震の犠牲になっては
いないだろうと
思いつつ
現場に行きました。

星子の家は
屋根だけになっています。

2階建ての家だったのに
屋根だけになっていたのです。

下敷きになっていないか
心配そうに
付近の人が集まってきていました。

湖子は
少しだけ妖精の力を使って
星子を呼びました。

星子は
もちろん
地震で
家の下敷きなんかには
なっていませんでした。

もちろん剛もですが
神政庁からの
急な呼び出しで
震源地近くに
助けに行って
今はいないということが
わかりました。

湖子は
「星子さんは
大丈夫」と
みんなに言って回りました。




94
湖子が住んでいる
付近では
大きく家が潰れたのは
星子の家だけでした。

余震のなか
空には
ヘリコプターが
飛び回り
テレビでは
惨状が
映し出されていました。

目を覆うような
様子です。

和己は
「神はいないのでしょうか。

この地震で困っている人の中には
良い人もいるでしょうし」と
湖子に
何となく話しました。

湖子は
ドッキリしました。

湖子は
妖精で
神の手足となって
働いています。

神さまは
現世のことは
大方を
自然の法則にまかしていたのです。

自然の法則に従って
進化して
人間が
生まれてきても
その方針を
守ってきたのです。

それが
答なんですが
湖子が
和己に答えることは出来ません。

「本当にそうだね」というのが
精一杯でした。

人間として生きてきた
湖子は
そのようにしか
言えなかったし
人間としては
神さまは
理不尽だと
感じました。

神さまに
進言してみようかとも
思ったのですが
神さまは
そんな事は
とうの昔に承知しての
ことだろうし
神さまには
なんかそうなんだと
思うことにしました。

湖子に人生は
このジレンマが
続くのです。





95
和己の父親の
会社では
ボランティアに
行くことにしました。

テレビで
ボランティア元年とか
言っているのを
父親が聞いて
やることになったのです。

取引先に
被災した会社があったので
そこで要望を聞いて
救援物資を
車に積んで
行ったのです。

最初は
水やパン
次に
屋根を覆うブルーシートを
持っていきました。

ブルーシートは
屋根の上にのぼって
覆うことまでしました。

次に簡易トイレ
段ボール
なども
持っていきました。

そのようなことで
こんな惨状が
改善するとは思わないけど
すこしでも
役に立てたらと思って
湖子は
しました。

物資を持っていくだけでなく
後片付けや
炊き出しなどの
ボランティアにも
頻繁で掛けました。

こどもも
弥生も
そんなに
がんばらなくてもと
説得したのですが
全然聞き入れませんでした。

和己だけは
理解してました。


96
こうして
ボランティアが続きました。

避難所の
生活の質を上げるのが
課題になっていました。

プライバシーを守るために
段ボールを持っていったり
暮らしやすくするように
畳を持っていったり
シャワーを浴びられるように
シャワー室を作ったりしました。

避難所暮らしから
仮設住宅にうつると
課題も
変わってきました。

それに対応して
湖子は
ボランティアをしました。

もちろん
会社の仕事や
弥生の手伝い
子供の世話
なども一生懸命したので
湖子には
寝る時間は
殆どありませんでした。

妖精の力を使えば
24時間働いて寝る必要もないですが
それを使うのは
目的に沿わないので
やめていました。

あくまでも
人間の力で
問題を
解決しようとしたのです。

人間の力では
殆ど解決することは
できなかったけど
がんばったのです。

それが
人間だと
思ったのです。



97
人間は
またまた大変だと
思いました。

できる
ボランティアの
仕事も
段々少なくなって
本来の
仕事に励むことになります。

湖子と和己と子供が住む
離れは
あまりにも狭いのです。

和己は
「狭いと
掃除が楽」と言っていましたが
子供たちが
段々大きくなってくると
そうも言っておられなくなります。

弥生も
二世帯住宅に
改築することを
すすめていて
この際
家を建て替えることにしました。

入口は
ふたつあって
中で
繋がっているのです。

今までの
生活が
めっぽう
楽しく
楽になったようでした。

一階の
南東の角の
庭が見える
一番良いお部屋が
弥生の部屋で
他に
運動する部屋もありました。

子供が
新しい家に
大変喜んで
飛び跳ねていました。

子供の喜んでいる姿を見て
よかったと
思いました。






98
家が新しくなった頃は
平成の大不況といった頃でした。

バブルの処理で
日本中が
不景気になった頃でした。

就職難でした。

和己の父親の会社は
何とかがんばっていました。

弥生の
昔建てた
アパートは
空きが目立ちました。

古いので
人気がないのです。

弥生は
湖子に
良い方法はないかと
尋ねたのですが
湖子は
わかりませんでした。

湖子は
悩んでしまいました。

世間の
大方が困っている時に
みんなを助けるために
何かできることが
ないかと
考えてしまいました。

政治家でもないし
なんの力もない
湖子には
母親の
弥生さえ
助けられないのかと
思いました。

そんな時に
和己は
テレビで
話題になっている
ウインドウズが
夜間高校で
講習会をしていると
教えてくれました。

そこで
パソコンを習うために
夜間高校に行くことになりました。



99
新しいものが
大好きな
湖子たちですから
夜間高校で
先生の言ったとおり
がんばって
やっていました。

教えてもらうと
意外と
簡単でした。

先生が
親切で
初歩の初歩だったからかも知れませんが
わかったら
簡単でした。

一年間
何となく
がんばっていました。

夜間高校へ行くと
高校生の
学生証を
もらうので
これで
家族連れで
映画館に
言ったこともありました。

和己が
「ひねた
高校生だね」と
からかってきました。

高校生はともかく
勉強は
やっぱり
楽しいと
思いました。

パソコンにできることは
当時は
表計算と
ワープロが
おもで
インターネットは
できることの中の
隅っこにありました。

そのインターネットを
湖子は
はじめようと思ったのです。


100
そこで
お給料の
全部を使って
パソコンを買いました。

夜間高校の
パソコンと同じものです。

3.5インチの
フローピーディスクが
2枚入れるとことが付いているのと
ファックスモデムが
付いていることが
今のパソコンと大きく違うことです。

はじめて
電源を入れると
何やら画面が出てきて
始まります。

弥生も含めて
家族全員で
画面を見つめていました。

時間が経って
やっと
ウインドウズの
薄緑色の
画面が出てきました。

学校パソコンと同じなので
やり方はわかっています。

それから
電話に
電話線で繋いで
初めてのインターネットが
始まりました。

プロバイダーを
頼んでいました。

電話は
従量料金なので
素速くしなければならないのに
できません。

「妖精は
平素
妖精の力を使っているので
パソコンなんか
わからない!!」と
心の中で
湖子は叫びました。





101
電話の
ファックスで
インターネットには
今から考えると
相当無理があるのに
続けなければなりません。

ホームページを
作るために
試行錯誤で
時間を使っていました。

その月の
電話代は
あとでわかったのですが
平素の
10倍要してしまって
弥生に
言われてしまいました。

でも
パソコンは
妖精の魔法のような
おもしろさがあると
感じました。

神政庁でも
採用したらどうかと
提案しようと思ったくらいです。

妖精の力を使うと
経費が要るので
節約して
パソコンにするよう
今度の御前会議に出そうと思うのですが
神政庁の庁舎には
電気が来ていないので
これを解決しないといけないかとか
神政庁に残している
湖子の分身に
考えさせていました。

しかしながら
パソコンを
上手に操るには
相当な技術が
必要なのに
その人材が
調達できるかどうか
考えてしまいます。

若いから
星子にやらせようと
思ってしまいました。



102
湖子のパソコンでの
ホームページの製作は
何とかうまくいきました。

まだまだ
ホームページの少ない頃でしたので
効果はすぐに出ました。

弥生の
賃貸も
少しだけ
入居者を呼ぶことができたのです。

湖子は
大丈夫でしたが
星子と剛は
その後
パソコンに大いに
悩まされる結果となります。

神政庁の
データベースを
整理するために
最初は
エクセルからはじめたのですが
アクセスも勉強をはじめたのです。

相当の程度で
今なら
インターネットで勉強するところですが
当時は
書籍と
講義です。

星子と剛は
勉強にがんばっていました。

そんな中
湖子の
父親の
悟に変化がありました。

寝たきりとまではいかないまでも
自分のことだけしかできていなかったのですが
ちょっとした風邪から
大きく変わっていきます。

年齢も
80歳を超え
弱っていたのですが
緊急入院となります。

入院してからも
病状は
一進一退でした。

見た目だけでも健康だった
いつもと違う悟を
湖子は
どうしようと思いました。

103
湖子にとって
父親の悟は
小さい時から
体が不自由になっていて
存在感がありません。

病院に入院して
あらためて
父親だと
自覚したのです。

忙しい中
父親の病院に
毎日
見舞いにいっていました。

悟は
いつものように
何も言いません。

床ずれも
できていました。

一旦快方に向かって
退院して
自宅療養というように
決まりました。

家の中で
一番
介護のし易い
お部屋に
起き上がりのベッドを
用意して
その日を待ちました。

病状が
安定していましたが
突然の
発熱です。

退院は
延期されて
薬物療法が
行われましたが
あまり効果がありません。

言葉はありませんが
息は苦しそうで
つらそうでした。



104
悟は
いつもは
腹式呼吸で
胸は動きません。

突然の発熱以降は
肩で呼吸して
苦しいようでした。

病状は
湖子たちの
願いにもかかわらず
段々悪化していったのです。

入院から
4週間くらい経った頃から
悟の呼吸は
もっと荒くなり
アゴで呼吸するようになったのです。

看護師さんが
「顎呼吸(がくこきゅう)になっていますね。」と
淋しそうに言ってきました。

顎呼吸は
胸郭や横隔膜で
呼吸が
つらくなった時に
最後にする
息づかいであることを
知って
涙しました。

つらそうな
悟を見ていると
涙が
ぼうぼうと出るばかりです。

時として
咳き込み
苦しそうな
悟を見ていると
早く最期が
来ないものかとも
思ってしまいました。

こんなところから
逃げ出したいと思っても
つらい思いをしている
悟から
離れられません。

そんな苦しい時間は
ゆっくりと過ぎていきます。




105
緩和医療は
どうなっているのかと
湖子たちは思いました。

もちろん
医師や看護師は
24時間体制で
対処していましたが
限界だったのでしょう。

もうこれ以上
苦しまなくても
思いつつも
見守っていました。

入院から
おおよそ
四十日が過ぎた頃
家族のみんなが見守っていた
午後
息は
段々弱くなって
ついに
なくなってしまいました。

心臓はしばらく
動いているのが
取り付けられた
器械から
わかりました。

その
ピ ピという音が
段々ゆっくりになって
聞こえなくなりました。

ナースコールで
来た医師が
死亡を宣告しました。

悟が亡くなると
何だか慌ただしくなりました。

今までの
重いどうしようもない
空気が
一変しました。


数人の看護師さんが
エンジェルセットを持って
やって来ました。

手際よく
清拭していきました。

それから
霊安室に移動し
業者がやって来て
ご遺体の移動とか
告別式の打ち合わせとか
忙しくなりました。




106
通夜の参列客が
ひとりまたひとりと
帰って行くと
急に
葬儀場は
静かになっていきます。

夜とげをするのは
湖子と弥生のふたりです。

黙って
ローソクと
線香を
見て時間が過ぎました。

弥生は
2時間ほど
仮眠室で横になりましたが
湖子は
人間は
はかない命だと思いつつ
一夜を
過ごしました。

翌日の告別式には
地元の方や
親戚の方も
大勢来られて
盛大でした。

湖子は
親族として
焼香の時に
挨拶をする役で
参列者を見ていました。

参列者の中には
もちろん
悲しいみを
噛みしめて
焼香する人もいましたが
そんな風に見えない
人達も居たのです。

なんのために
お葬式に来たのかと
思うような人達です。

目立たない
入口の角で
世間話に興じている
人達も居ました。

そんな人達の中には
笑っていた人も
いたようです。


107
悟は
長く家の外には出ませんでしたから
知っている人は
殆どいませんでした。

それで
死んだことも
他人ごとだったんです。

当たり前のことを
湖子は
再確認しました。

何万年も
生きてきた
湖子は
人間が死ぬことは
わかっていました。

どんなに助けても
最後には
人間は死にます。

それがわかっているのに
父親の
悟の死は
衝撃的すぎました。

死を
自分のものとして
確認したのです。

この先のことも
考えました。

大好きな
母親の
弥生だって
死ぬだろうし
最愛の
和己だって
ひょっとして
湖子より
早く死ぬかも知れないと
考えました。

普通に考えると
母親が先に死ぬ確率は
高いし
和己が
先に死ぬ確率は
五分五分だと思いました。

このことを考えると
先に
死んだ方が幸せと
思ってしまいました。

湖子は
人間としての
悟生が死んでも
本当に死んだことにはならないから
そう思ったのかも知れません。

でも
先に死んだもの勝ちと
思ったのも
真実です。



108
そんな思いをしながら
七日七日が過ぎていきます。

四十九日の法要まで
何となく
時間が経ちました。

それを過ぎると
仕事に専念しはじめます。

仕事は
山ほどあって
やればきりがありません。

それに逃げ込んだのかも知れません。

和己と弥生と子供との生活を
その日から
大切にしていました。

悟生としての湖子は
時間が限られていると思ったのです。

なるべく
家にいる時には
家族と一緒にいたのです。

話をすると言うことでもないけど
一緒にいたのです。

テレビを一緒に見たり
何となくキッチンのところにいたり
子供の勉強を遠くから
見ていたり
していました。

とにかく
同じ時間を過ごしたのです。

家族からは少し変と思われてしまいました。

特に子供からは
直接
「お父さんこの頃
仕事ないの」と
言われてしまいました。

それで
「好きだから一緒にいたいんだよ」と
答えましたが
子供らしく
冷ややかな目で
見られてしまいました。




109
学生時代から
ふかいなかの
親友は
湖子には
いませんでした。

もともと家族を
大事にする
湖子だったのです。

家族と一緒にいても
違和感を感じなくなった頃
湖子にとって
一大事なことが起こります。

健康診断で
腫瘍マーカーの数値が
非常に高くなっていたのです。

要検査と書かれた
紙を見た
湖子は
驚いたのですが
和己に強いすすめで
近所の病院に
翌日行くことになりました。

和己も付いて行くと言ったけど
湖子ひとりで生きました。

診察室で
問診後
触診
エコーの検査をすることになって
処置室で
待っていると
ゴム手をつけて
医師が
検査を始めます。

開口一番
「これは癌だ
相当大きくなっている
精密検査も
してみます。

今日入院できますか

早いほうが」
と医師は
言い放ちます。

湖子は
ドキッとして
気を失いそうになりました。



110
すぐに
和己に電話をしました。

和己は
車で
飛んできました

びっくりした形相です。

入院の手続きをして
病室に行き
パジャマに着替えると
看護師さんがやって来て
処置室に案内されました。

肛門から
生検です。

麻酔剤も使いますが
相当痛いです。

その夜は
痛みと
心配で
眠られませんでした。

翌日
和己が見舞いに来ている時に
医師からの
説明がありました。

「診断のように
やはり
癌です。

もう少し時間が
かかりますが
相当悪性です。

すぐに手術の準備をします。

明後日
します。

よろしいですか」
と
医師は単刀直入な
説明です。

すっかり
湖子と和己は
落ち込んでしまいました。

和己が
「もっと優しく
言ってくれても良いのに」と
独り言を
言っていました。

111
セカンドオピニオンも
お願いした方が良いと
和己が言ったので
医師に頼んでくれました。

紹介状を
持って
その日は
近くの病院に行きました。

ながく待って
やっと診察が始まり
担当の医師も
同じ診断でした。

ひとつ違うことは
優しく言ってくれたことです。

優しくても
結果は同じですが
やはり優しい方が
良いと思いました。

湖子も和己も
少しだけ
希望が見えたように
思いながら
病院に帰りました。

弥生には
本当のことは言わず
ちょっとした病気だと
言っていたので
見舞いにも
来ませんでした。

手術は
夕方からで
病室に
ストレッチャーで
入っていく時は
和己は
少し
涙汲んでいるように見えました。

手術台の上に
上を向いて載せられました。

天井の無影灯に
血のしぶきが付いているのが
ハッキリと見えました。





112
麻酔が効いてきて
意識がなくなりました。

目が覚めると
ストレッチャーで
病室に向かっていました。

うつろな目で周りを見回すと
和己が心配そうに見ていました。

ICUで
凄い傷みがやってきました。

こんなに痛いのは
初めての経験です。

そもそも
妖精は
体がないので
痛みなど感じません。

人間界にいる時は
体がありますが
そんな病気にならないし
ケガをするような
へまをしないし
痛みを感じることなど
殆どないのです。

人間は
こんな痛みを
感じているのかと
体験しないと
わからないと
はじめて思いました。

父親の
悟も
こんなに
痛かったんだと
文字通り
痛感したのです。

湖子の場合は
数日で
痛みも
小さくなって
退院できたのです。

医師からは
数年間は
経過観察になると
言われました。

薬も
渡されました。






113
経過観察は
一年間は
順調でした。

何ごともなく
日が過ぎていったのですが
4回目の
経過観察で
MRI画像に
気になるところがありました。

癌の転移を示す数値が
高くないのです。

そこで
医師は
経過観察を続けると判断したのですが
湖子には
悪い予感がしました。

妖精の予感ではなく
人間としての
予感です。

そこで
湖子は
PET診断を受けることことにしました。

ペットでは
転移が見られました。

それを持って
病院を訪れると
即入院で
抗がん剤治療が
必要だと
言われました。

湖子は
考えました。

きっと
抗がん剤治療をしなければ
自分は死んでしまうだろう。

そしたら
弥生や和己の
死に目に会うこともないだろう。

神さまから頂いた
休暇も
これで終わりにしてもらおうと考えました。

それを
全部和己に言ったら
変ですので
「もうこの辺りで
年貢の納め時かと思うの

抗がん剤治療は
受けないことにしようか」と
告げました。


114
もちろん
和己は猛反対です。

弥生にも
本当のことをいって
説得してもらいました。

弥生と
和己に圧倒されて
入院以外の選択肢は
なくなりました。

抗がん剤治療の
副作用で
髪の毛が抜けることを
心配して
丸刈りにして
入院しました。

医師の詳しい説明を
弥生と和己と聞いて
抗がん剤治療が
開始されました。

抗がん剤治療の
苦しさは
聞いてわかっていましたが
こんなに苦しいとは
知りませんでした。

和己に
「苦しみに限界は
ないよね。

今日の苦しみが
最高かと思ったら
翌日には
それの
何十倍の
苦しみがやってくるんだ。」と
話すと
心配そうに
うなずいて
顔を見ていました。

第一クルーが終わって
休薬期になると
少しだけ
食欲もでき
食べました。








115
第二クルーが始まると
前よりも
苦しくなります。

投薬中の
5日間は
殆ど食べることが出来ません。

音や
臭いで
吐きそうになります。

我慢しながら
時間が過ぎるのを
待ちました。

休薬期に
少しだけ
食べられるようになって
体重も
少しだけ回復しました。

第三クルーが始まると
苦しみも
またもや
大きくなります。

死ぬ時は
こんなものかと
ゆっくりと
感じていました。

毎日
血液検査があって
白血球と血小板の数が
数えられます。

投薬が始まると
下がっていきます。

白血球の低下は
感染しないように
空気清浄機とビニルの小部屋が用意されました。

血小板の低下は
危険です。

出血が止まらなくなります。

そこで
血小板輸血が
始まったのです。

これが
もっと苦しい結果になります。


116
血小板輸血は
高い志の方が
献血していただいたものです。

検査した後
普通は
時間を掛けて
ゆっくり
輸血します。

確保されている
静脈に
抗がん剤を投与した
夕方から始まりました。

看護師さんが
問題ないか
ふたりで
見に来ます。

湖子が入院した
病院は
重要なことは
看護師が
ふたりできます。

もっと重要なことには
医師が付き添い
もっともっと重要なことは
看護師長らしき女性と
その部下と思えるものが
何人もやってきます。

点滴は
4時間くらい要して
最初の投与は
終わります。

翌日
二度目の時に
問題が起きたのです。

点滴から
一時間くらい経過した時
湖子のからだじゅうに
発疹が出てきたのです。

湖子は
かゆいというのではなく
痛いと
叫びました。

それから
お腹が
痛くなり
お尻も痛くなりました。


117
大きな声で
「痛いです」と
叫んだんですが
医師団は
継続を
告げました。

歯医者さんに行って
「痛い時は手を挙げて下さい」と
言われながら
手を挙げると
「我慢して下さい」と
言われるのと同じような気がしましたが
傷みの程度は
そんなどころではありませんでした。

ひたすら終わるのを
願いました。

輸血パックに
たくさんのチューブが出ていて
それが
所々で
くびれています。

よくよく見ると
チューブを取った後があります。

もともとは
いくつあるのかと言うことを
探りながら
時間が経つのを
待ちました。

ながく待って
いろんな事を
考えました。

このまま死んでしまいたいと
その時はじめて思いました。

死んだら
傷みもなくなり
それに
和己や弥生との
離別の
心配は
なくなります。

そんな考えが
頭の中を
堂々めくりして
最後に
「神さま
私の人生を
最後にして下さい」と
言ってしまいました。

この休暇を終えたら
神さまと同じものに
なる予定がある
湖子が
そんな事を
言ってしまったのです。

神政庁に勤める
もうひとりの湖子は
神さまに
それを
どのように告げればいいか
考え込んでしまいました。



118
もちろん
神さまには
知らされていました。

人間は
こんな風なんだと
神さまも思ってしまいました。

神さまに
そのようなことを
お願いされても
かなえてられないのは
湖子も知っているはずです。

すっかり
大きな傷みの中で
人間になっていたのです。

気を失いそうなほど
痛いしんどい輸血は
終わりを告げました。

看護師さんが
入れ替わり立ち替わり
湖子を見に来ました。

終わってから
2時間ほど経ち
傷みにつかれたように
寝入ってしまいました。

翌日は
第3クルーの
最後の日で
必死に
噛みしめていました。

次の日の朝は
体重の測定の日で
看護師さんが
体重計を
個室まで持って来てくれました。

51kgまで
痩せてしまいました。

顔の頬もこけ
痩せてしまって
そのうえ
ヨタヨタとしていました。

老けて見える
湖子ですが
もう80歳を過ぎているような
見えました。


119
3ヶ月過ぎ
入院前に
丸坊主にした頭の毛が
薄くなっているのが
ハッキリと見えました。

休薬期の間には
検査が待っています。

CTやMRIを撮って
血液検査をして
調べました。

和己も来て
結果をふたりで聞きました。

よろめきながら
診察室座った
湖子に医師は
言いました。

「結果は
改善されていますね。

もう大丈夫でしょう。

4クルーする予定でしたが
第4クルーは
止めましょう。

経過観察にしましょう。

退院して下さい。」と
和己にとっては
半分嬉しい結果でした。

もう半分は
予定ができなくて
また再発しないかという
心配でした。

その心配を
和己は
隠していて
ただただ
和己は
喜んでいました。

ヨタヨタと
タクシーに乗り込んで
自宅に帰りました。

弥生は
湖子が
はじめはわかりませんでした。



120
あまりの変わりように
近所の人にも
びっくりされてしまいました。

食欲が出てきたので
うんとこさ
食べました。

和己も
いろんなものを
山ほど作って
食卓に出しました。

最初の内は
食べるのもままならぬ
体力ですが
段々と
食事は出来るようになって
2週間で
8kgも太ってしまって
前に戻りました。

頭の毛は
戻りませんでしたが
そんな事は
どうでもよかったのです。

命が
続くのが
不思議に思いました。

あの時は
死んだ方が良いと思っていたのに
今は
死ななくて良かったと思ったのです。

和己にも会えるし
弥生にも会えるし
美味しいご飯も食べられるし
生きている方が
楽しいと
思うようにしました。

でもいつかは
死ぬのだから
死ぬほどの苦しみが
また来るのかと思うと
考え込んでしまっていました。

何回かの
経過観察が無事に過ぎ
もう大丈夫になって
死ぬことについて
考えなくなった頃
和己のお父さんが
ちょっとした病気になります。


121
和己の父親は
小さい時から
病気などしたことがない
強健な持ち主です。

仕事に熱中して
深夜まで
工場で
仕事をしている日々も
多くありました。

70歳を過ぎても
退職することなしに
社長の職にあって
東奔西走の日々でした。

冬のある日
少ししんどいといって
病院にいきました。

父親の家には
体温計などなく
何となく
熱っぽいと
秘書が
無理やり
連れて行ったのです。

病院で
看護師さんが持って来た体温計で
計ってみると
38度を
超えていたのです。

胸のレントゲンを
撮ると
肺全体に
影が散在していて
素人目にも
肺炎を疑うことになりました。

種々の検査の後
その日の内に
入院しました。

和己や湖子は
秘書からの知らせを受けて
すぐに病院にいくと
意外と
父親は元気にしているではありませんか。

熱のせいか
血色もよく
元気そうに見えたのです。




122
和己の父親は
東大阪の名士で
根っからの技術者ですが
社交性があって
人脈が
深く広いのです。

入院したという報は
東大阪市中に
知れ渡るのは
そう時間はいりません。

看護師さんが
困るほどのの
見舞い客がやってきました。

見舞客ひとりひとりに
丁寧に接していました。

湖子には
入院している意味がない様に見えました。

見舞客が来るたびに
談話室で
話をして
エレベーターまで
見送ります。

それが
一日に
10回近くです。

点滴台を
を連れて
そんな事を
していました。

血液検査や
映像診断では
一進一退の病状ですが
熱が下がったせいか
父親自体は
元気に振る舞っていたのです。

湖子は
それを見て
大丈夫だと思って
見舞いを
3日に1度にしていました。

和己も
毎日行くのを
止めようかと
言いましたが
湖子は
毎日行くように
すすめました。


123
3週間
見た目は同じような状態が続きました。

元気に見えるのですが
レントゲンや
血液検査では
改善できていませんでした。

医師は
肺炎の症状が
改善しないのが
不思議でした。

相当強い薬を
使っているのに
よくならないのが
不思議だったのです。

ちゃんと
服薬・投薬されていないのではないかと
疑ったくらいです。

そこで
医師自ら
患者を
見張ることにしました。

そんな事をして
わかったのです。

改善されていない理由が
わかったのです。

父親は
養生していないのです。

ベッドに
横に寝ているのは
晩だけです。

朝になったら
どの
患者やより
早起きで
看護師さんの
手伝いまで
しているのです。

そこで
医師は
父親に
「絶対安静」を
告げました。


124
医師の絶対安静は
看護師に伝えられ
病室の名札のところに
「安静」と言う札が
付けられました。

家族以外は
会うことが出来ません。

もちろん
時間制限があって
和己と言えども
ながく病室にいることが
できなくなったのです。

そんな安静のためか
父親の数値は
よくなりました。

父親は
誰とも会えないので
寂しがっていました。

そして
密かに
仕事のために
筋トレをしていたのです。

退院の日が決まって
本人をはじめ
みんなが喜んでいた
その日
突然高熱になりました。

その日から
意識がなくなり
ICUにうつりました。

それから
3日
病院なので
家族は
介護も看護もできず
なくなってしまいました。

和己や
秘書は
最期も看取れず
亡くなったことに
号泣していました。

翌日は
友引だったので
告別式は
翌々日になっていました。

ご遺体は
翌日まで
家にありました。

ながく別れを
惜しんで
和己と秘書は
一夜をともにしました。


125
和己は
結婚してから
秘書とはあまり会っていませんでした。

幼い時は
母親の代役を
してくれた
秘書ですが
思春期以降は
あまり
話さなくなりました。

一夜をともしして
あれこれと話しました。

父親の思い出話は
秘書の方が多いように
和己は感じました。

湖子との結婚の時は
変装して
聞き合わせにいったそうです。

隣の
星子さん夫妻にもあって
話をしたことが
あるそうです。

秘書は
もう相当な歳なので
これを機会に
退職したいと
言っていました。

和己は
退職しても
父親の家に
住んでいて欲しいと
頼みました。

秘書は
気楽なひとり暮らしを
してみたいと言っていましたが
ひとり暮らしのリスクを
和己が並び立てたので
父親の家に今まで通り
暮らしていくことにしました。

こんな機会が
育ての親を
勤めてきた
秘書と
みっちり聞けたのが
和己にとっては
よかったことでした。

翌日の
告別式は
盛大で
国会議員をはじめ
多数の出席者がありました。



126
どんなに盛大でも
父親が
もちろん生き返ってくることもないし
悲しみが
癒されるわけもありません。

いやむしろ
盛大すると
華やかさが
悲しみを
増幅させるような
気がすると
湖子は思いました。

もうこれ以上
お葬式には
出会いたくないと
気持ちが
もっと
もっと
強くなりました。

父親が
亡くなって
社長が
不在になると
会社としては
困ります。

早急に
社長人事を
決めなければいけません。

次の社長として
娘の和己や
和己の夫の湖子
そして
会社の技術開発の責任者として
長年働いていた専務取締役の
三人の名前が挙がりました。

株主という立場と言えば
和己です。

でも
和己は
湖子になって欲しいと
思っていました。

湖子には
そこまでの力はないと
思っていました。




127
会社の経営は
非情です。

情で経営すれば
いずれは経営は破綻してしまうと
過去の経験からわかっていました。

赤字から脱するためには
売り上げを伸ばすか
経費を抑えるかです。

売り上げを伸ばすためには
人員が必要だし
「あなた任せ」のところもあるし
他社との安売り合戦になって
結局利益は
殆どになくなってしまうかも
しれません。

これに対して
経費削減は
100円の経費削減は
100円の利益です。

従業員の
お給料カット
取引先の仕入れ価格の低減は
利益に繋がるのです。

人情に
流されず
それを断行しないと
よき経営者には
成れません。

湖子は
会社のために
非情には成れません。

専務なら
頑固一徹で
筋を通す人だし
この会社が
黒字経営できるのは
専務の力だと
社員一同思っていました。

和己そのことを言って
納得してもらうことにしました。

他の株主や
取締役にも
湖子の口から
そのように
話して周りました。

湖子は
平の取締役で
お給料もそのままと言うことで
終わりました。



128
湖子は
50代後半を迎えて
体力も落ちてきていました。

人間は
歳をとると
こんな風に
老いてくるのだと
実感していました。

妖精なら
星子や剛のように
老いることもないし
体力が落ちることもありません。

生身の人間として
生まれてきた湖子は
体力が落ちるということは
こんなことかと
実感しました。

湖子の仕事は
平日は
和己の会社
休日は
弥生の手伝いで
毎日仕事です。

子供が大きくなって
することもなくなって
夜も
寝るまで
なんだかんだと
仕事をしているのです。

過労死が
問題になる
超過勤務が
80時間以上になっています。

湖子は
体力に合わせて
ゆっくりと
仕事をすることで
乗り切ろうとすることにしました。

湖子にとって
時間はゆっくりと
流れて
通り過ぎていきます。

人の死や
悲しみも
やって来ます。

最愛の
弥生も
歳を取って
老いてきました。




129
最近の弥生は
アパートの
お金の計算が
上手にできません。

すこし
認知症になっていることは
確かでした。

湖子が癌で
入院した時も
黙っていても
うまく過ごせたのは
そんなためだったかも知れません。

気丈な
弥生にも
否応なしに
老いていきました。

湖子の力では
止めることができません。

もちろん
妖精の力を
使ったら
止めることもできますが
それを使うことは
今はできません。

人間は
無力だと
つくづく思いました。

弥生の
老いは
段々と
ひどいことになりました。

「月日が
経たないで」と
願ってしまいました。

人間として
生まれて
50数年間生きてきて
願ってしまったのは
何回目か
記憶に残らないくらい
いろんな事を
願っていたことに気が付きました。

人間は
こんな風に
願うんだと
思ったのです。

その願いを
受ける
妖精は
大変だわと
重ねて思ってしまいました。





130
弥生の症状というか
病状は
段々すすんできました。

要介護の認定も
受けるようになって
デイケアに行く様になります。

湖子は
仕事を
他の人に任せて
弥生と一緒にいる時間を
ながくしていました。

和己も協力的でした。

そんな時が
数年続いて
弥生は
寝たきりとなってしまいました。

寝たきりになって
湖子も
和己も
看護していました。

他の看護師さんと一緒に
看護しました。

どんなに看護しても
弥生の
病状も
悪くなる一方です。

歳が歳だけに
もう
ダメかと
湖子は
涙が出てきました。

最愛の
弥生の
死に目に
会いたくないと
思っていたのに
やっぱり
遭遇してしまいそうなのです。

残念で
たまりません。






131
弥生の
病状は
日増しに悪くなる一方です。

湖子は
仕事を殆ど
休んで
弥生の
隣にいました。

夜も
遅くまで
介護していました。

もちろん
介護人を
何人かお願いして
来てもらっていました。

弥生は
神頼みで
神社の前を通った時は
お参りしていました。

和己も
お守りを買ってきたりしていました。

日に日に悪くなって
息づかいも
苦しそうで
段々みているのも
辛くなってしまいました。

それから
数ヶ月
涙を何回か流したあと
みんながみている前で
息が止まってしまいました。

血液酸素濃度計を
付けていましたので
心臓は
まだ動いていました。

それから
数十秒後
心臓が止まってしまいました。

湖子は
泣き崩れてしまいました。

和己も
じっと
その後ろに立っていました。


132
人が死ぬと
何かと
慌ただしくなります。

医師や
ヘルパーや
葬儀屋さんが
やって来ます。

弥生の家は
門徒で
父親の
月命日に
いつもお寺さんが
やって来ていました。

そのお寺さんにも電話して
枕経を
お願いしました。

お葬式は
斎場の都合によりますので
次の日の朝
10時と決まってしまいました。

通夜が来て
近所の面々が
慌ただしく
弔問に訪れ
時間が過ぎていきました。

夜の
10時頃
親戚の連中が
帰り去ってしまうと
白く幕が張られた
お部屋に
和己とふたりになってしまいました。

ローソクの火が
たなびき
線香の煙が
漂っていました。

夜は
すぐに
明け
明るくなってしまいました。

慌ただしい日が
始まりました。

葬儀社の方が
やって来て
こんな風にして下さいと
いろんな事を指示されました。

そのように
するのがやっとで
参列者の目も見ずに
お辞儀の連続でした。



133
お葬式が終わっても
いろんな行事や
催し事が
行われます。

初七日が過ぎて
煩雑な行事が
ひとまず終わります。

最愛の
母親を失って
淋しい気持ちが
忙しさに紛れて
小さくなっていました。

忙しさがなくなって
ひとりで何もせずに
ジッとしていると
無性に
淋しくなります。

弥生の
遺影が
仏壇の横に飾ってあるのを
見ると
もう何と説明して良いか
淋しくなるのです。

その淋しさを
仕事で
消そうとしました。

仕事をしていると
少しだけ
忘れてしまうのです。

ジッとしていないように
いつも何かの仕事をして
ジッとしなければならない時は
他のことを
考えることにしました。

湖子の時間は
ゆっくりと動いて
弥生への愛が
和己への愛を
増していきます。

これまで以上に
和己を
愛するようになっていくのです。




134
どんなにゆっくり
時間が
過ぎていっても
時間は経って
老いてきます。

湖子の
老いは早いように
和己には
思いました。

神さまが
早く
休暇を
終えるように
そう仕組んだのです。

湖子にとっても
これは
望ましいことだと
思いました。

弥生の
死に目にあって
非情に淋しかったので
和己より
先に
死ぬ方が
最善だと
思っていました。

老いても
湖子は
仕事をしていました。

弥生の残した
不動産賃貸業と
和己の父親が残してくれた
会社の仕事です。

ゆっくりと
仕事をして
時間を
費やしていました。

この物語では
湖子と和己の
子供たちのことは
殆ど書いておりませんが
男の子と女の子の
ふたりがいました。

子供が小さい時は
まめまめしく
子供を
育てていたのです。




135
人の子供は
すぐに大きくなるのに
自分の子供は
ゆっくりと大きくなっていきました。

湖子は
育児というか
子供を育てることを
楽しんでいました。

キャンプにも出掛け
田植えもしました。

おきまりのキャンプファイヤーで
感動して
親子とも
涙ぐんだり

山登りをして
星空を眺めたり
気球に乗ったり
自転車で
淡路島一周もしました。

父の日には
肩たたき券や
ボールペンや
キーホルダーも
もらいました。

湖子の子供たちには
まったくと言って良いほど
反抗期がありませんでした。

逆に
両親は
心配になっていたりしました。

ゆっくり楽しんでも
時間は過ぎていき
子供は大きくなって
親の手を離れてしまいます。

結婚して
家を出て行ってしまって
子供部屋には
長年使っていた
勉強机だけが
残されていました。

136
湖子は
ふたりの間に生まれて
家族ができました。

亡くなっていく家族もいたけど
和己が増えて
子供が増えて
それから
弥生が亡くなって
子供が出ていって
ふたりだけの家族になってしまいました。

大家族を
前提にして
建てた家は
広すぎてしまいました。

ふたりだけになると
家族のために
手を煩わすことも
なくなったのは
良いような
悪いような
気がしました。

湖子は
もう
休暇は
終わりにして欲しいと
本気で思い始めました。

休暇は
神さまだけしかできない
時間を遡らせて
行われています。

六十数年前に
遡って
生まれて
湖子の休暇は
始まっていたのです。

六十数年の歳月が流れて
休暇に入った年が来ていました。

人間としての
湖子なら
あと数年で
和己か湖子のいずれかがなくなり
ひとりになります。

先に逝ってしまうのも
あとに残るのも
淋しいものだと
弥生を失って
わかっていました。

思慮深い
感受性が
人間の何千倍の
湖子ですから
これには
耐えられないと
考えたのです。





137
湖子は
何千年もの間
神さまに逆らったことは
一度もありません。

いわれたとおり
確実に仕事をこなし
妖精としての
地位を築いてきたのです。

今回の
ミッションも
今までのことから
簡単だと思っていました。

長年人間を見ていて
人間のことを
知ってはいました。

が、
人間の感情というものをことを
知っていなかったのです。

こんなに
人間は
感情的だとは
思わなかったのです。

人間になって
人間社会に
どっぷりはまって
わかったのです。

年老いて
それは
凄くわかるようになりました。

未来が本当に怖くなった湖子は
神さまにお願いすることに
しました。

湖子は
神政庁に残した
分身を通じて
神さまに
お願いしました。

神政庁の分身は
毎日のように
神さまに面会して
連絡事項を
報告していました。


138
神さまは
事情をすべて承知していて
休暇にはなっていないと
思いました。

そこで
ここまでで
休暇を
終わることにしました。

ある日の未明
湖子は
人間としては
最期の最大の行事
死を催した。

何時までも
起きてこないので
和己が
起こしに行くと
死んでいたのです。

こうして
湖子の
長い休暇が
終わりました。

人間の感情は
多彩だと
わかる
人生でした。

後に残された
和己は
四十九日が来るまで
泣いていました。

その日を境に
和己は
変わって
活動的なりました。

長男が
家に帰ってきて
一緒に暮らし始めたのも
そのきっかけとなったようです。




人間としての
湖子は死んで
すべてが
妖精の湖子となったのです。

神さまは
子供のことや
和己のことの
記憶を
湖子から
消し去りました。

そんな記憶があると
公正な
妖精の仕事
神さまの仕事が
出来ないと考えたからだったのです。

湖子は
神さまとしての
修行を
始めたのは
それから
わずかばかり経ってからの頃からでした。

あと
何十年間経つと
神さまは
ふたりになって
この世のことを
司ることになるのですが
人間としては
まだまだのことです。





「妖精の休日」を終わります。

ながらく読んで頂きありがとうございます。


次回からは
ロフトで勉強しましょ」の
続篇を書きたいと思います。

読んでやろうとする
殊勝な方がおられましたら
ご一読下さい。

    著者敬白






2017年06月16日(Fri)▲ページの先頭へ
ブログ小説「妖精の休日」その137

湖子は
何千年もの間
神さまに逆らったことは
一度もありません。

いわれたとおり
確実に仕事をこなし
妖精としての
地位を築いてきたのです。

今回の
ミッションも
今までのことから
簡単だと思っていました。

長年人間を見ていて
人間のことを
知ってはいました。

が、
人間の感情というものをことを
知っていなかったのです。

こんなに
人間は
感情的だとは
思わなかったのです。

人間になって
人間社会に
どっぷりはまって
わかったのです。

年老いて
それは
凄くわかるようになりました。

未来が本当に怖くなった湖子は
神さまにお願いすることに
しました。

湖子は
神政庁に残した
分身を通じて
神さまに
お願いしました。

神政庁の分身は
毎日のように
神さまに面会して
連絡事項を
報告していました。










2017年06月15日(Thu)▲ページの先頭へ
「少しだけ食べて長生きしようとしているのですか」

小食を続けると
長寿遺伝子が
働いて
長生きできるとか言う
エビデンスがあるそうです。

私は
日頃から
節食を心がけておりますので
小食です。

そこで
テレビで
小食が
長生きに繋がるということが
放送されているのを聞いて
「少しだけ食べて長生きしようとしているのですか」と
問い詰められてしまいました。

そんなつもりは
もうとうありません。




ブログ小説「妖精の休日」その136

湖子は
ふたりの間に生まれて
家族ができました。

亡くなっていく家族もいたけど
和己が増えて
子供が増えて
それから
弥生が亡くなって
子供が出ていって
ふたりだけの家族になってしまいました。

大家族を
前提にして
建てた家は
広すぎてしまいました。

ふたりだけになると
家族のために
手を煩わすことも
なくなったのは
良いような
悪いような
気がしました。

湖子は
もう
休暇は
終わりにして欲しいと
本気で思い始めました。

休暇は
神さまだけしかできない
時間を遡らせて
行われています。

六十数年前に
遡って
生まれて
湖子の休暇は
始まっていたのです。

六十数年の歳月が流れて
休暇に入った年が来ていました。

人間としての
湖子なら
あと数年で
和己か湖子のいずれかがなくなり
ひとりになります。

先に逝ってしまうのも
あとに残るのも
淋しいものだと
弥生を失って
わかっていました。

思慮深い
感受性が
人間の何千倍の
湖子ですから
これには
耐えられないと
考えたのです。






2017年06月14日(Wed)▲ページの先頭へ
ブログ小説「妖精の休日」その135

人の子供は
すぐに大きくなるのに
自分の子供は
ゆっくりと大きくなっていきました。

湖子は
育児というか
子供を育てることを
楽しんでいました。

キャンプにも出掛け
田植えもしました。

おきまりのキャンプファイヤーで
感動して
親子とも
涙ぐんだり

山登りをして
星空を眺めたり
気球に乗ったり
自転車で
淡路島一周もしました。

父の日には
肩たたき券や
ボールペンや
キーホルダーも
もらいました。

湖子の子供たちには
まったくと言って良いほど
反抗期がありませんでした。

逆に
両親は
心配になっていたりしました。

ゆっくり楽しんでも
時間は過ぎていき
子供は大きくなって
親の手を離れてしまいます。

結婚して
家を出て行ってしまって
子供部屋には
長年使っていた
勉強机だけが
残されていました。


2017年06月13日(Tue)▲ページの先頭へ
ブログ小説「妖精の休日」その134

どんなにゆっくり
時間が
過ぎていっても
時間は経って
老いてきます。

湖子の
老いは早いように
和己には
思いました。

神さまが
早く
休暇を
終えるように
そう仕組んだのです。

湖子にとっても
これは
望ましいことだと
思いました。

弥生の
死に目にあって
非情に淋しかったので
和己より
先に
死ぬ方が
最善だと
思っていました。

老いても
湖子は
仕事をしていました。

弥生の残した
不動産賃貸業と
和己の父親が残してくれた
会社の仕事です。

ゆっくりと
仕事をして
時間を
費やしていました。

この物語では
湖子と和己の
子供たちのことは
殆ど書いておりませんが
男の子と女の子の
ふたりがいました。

子供が小さい時は
まめまめしく
子供を
育てていたのです。











2017年06月12日(Mon)▲ページの先頭へ
ブログ小説「妖精の休日」その133

お葬式が終わっても
いろんな行事や
催し事が
行われます。

初七日が過ぎて
煩雑な行事が
ひとまず終わります。

最愛の
母親を失って
淋しい気持ちが
忙しさに紛れて
小さくなっていました。

忙しさがなくなって
ひとりで何もせずに
ジッとしていると
無性に
淋しくなります。

弥生の
遺影が
仏壇の横に飾ってあるのを
見ると
もう何と説明して良いか
淋しくなるのです。

その淋しさを
仕事で
消そうとしました。

仕事をしていると
少しだけ
忘れてしまうのです。

ジッとしていないように
いつも何かの仕事をして
ジッとしなければならない時は
他のことを
考えることにしました。

湖子の時間は
ゆっくりと動いて
弥生への愛が
和己への愛を
増していきます。

これまで以上に
和己を
愛するようになっていくのです。





2017年06月11日(Sun)▲ページの先頭へ
ブログ小説「妖精の休日」その132

人が死ぬと
何かと
慌ただしくなります。

医師や
ヘルパーや
葬儀屋さんが
やって来ます。

弥生の家は
門徒で
父親の
月命日に
いつもお寺さんが
やって来ていました。

そのお寺さんにも電話して
枕経を
お願いしました。

お葬式は
斎場の都合によりますので
次の日の朝
10時と決まってしまいました。

通夜が来て
近所の面々が
慌ただしく
弔問に訪れ
時間が過ぎていきました。

夜の
10時頃
親戚の連中が
帰り去ってしまうと
白く幕が張られた
お部屋に
和己とふたりになってしまいました。

ローソクの火が
たなびき
線香の煙が
漂っていました。

夜は
すぐに
明け
明るくなってしまいました。

慌ただしい日が
始まりました。

葬儀社の方が
やって来て
こんな風にして下さいと
いろんな事を指示されました。

そのように
するのがやっとで
参列者の目も見ずに
お辞儀の連続でした。




2017年06月10日(Sat)▲ページの先頭へ
ブログ小説「妖精の休日」その131

弥生の
病状は
日増しに悪くなる一方です。

湖子は
仕事を殆ど
休んで
弥生の
隣にいました。

夜も
遅くまで
介護していました。

もちろん
介護人を
何人かお願いして
来てもらっていました。

弥生は
神頼みで
神社の前を通った時は
お参りしていました。

和己も
お守りを買ってきたりしていました。

日に日に悪くなって
息づかいも
苦しそうで
段々みているのも
辛くなってしまいました。

それから
数ヶ月
涙を何回か流したあと
みんながみている前で
息が止まってしまいました。

血液酸素濃度計を
付けていましたので
心臓は
まだ動いていました。

それから
数十秒後
心臓が止まってしまいました。

湖子は
泣き崩れてしまいました。

和己も
じっと
その後ろに立っていました。



時間はゆっくり流れる方が

「時間は誰にでも
同じようにある」とは
真実です。

しかし
時間の過ぎるのを
感じるのは
人間です。

人間によって
感じ方は様々
立場や
状態によっても
時間の経過は様々です。

時間が
ゆっくり流れれば
ながく生きたことになります。


少し前に起こったことを
昔だと思えたら
ゆっくり感じているのです。

もうすぐ65才になって
残された時間が
あと
15年になった今となっては
時間がゆっくり流れることが
大切だと思います。

ゆっくり感じる方法を
列挙すれば
1.現在の状態と違う過去を思い出す。
子供頃にあった駄菓子屋がなくなっていたり
通っていた学校が新しい校舎になっていると
昔を体験できる。

2.何ごとにも
ゆっくりした動作を心がける。
食事や身支度もゆっくりめが良いみたいです。
とくに食事はゆっくりが最善です。
食事はどなたにとっても楽しいものです。
死ぬ時期が決まっているなら
残された食事の回数は
おのずと決まっています。
数が決まった楽しい時間を
ながく過ごすことは
楽しい時間をながく過ごすことと同じです。

3.嫌なことをすすんでするように行う。
嫌なことは時間が過ぎるのが遅いのが普通です。

4.夜の睡眠は
過剰にとるのが最良です。
ぐっすり眠ると
寝た時間と起きた時間が繋がってしまって
なんの記憶も残りません。
過剰にとると
眠れない時間があります。
寝ているような
寝ていないような時間は
とてもながく感じます。

もっと良い方法があったら
また書きます。







2017年06月08日(Thu)▲ページの先頭へ
ブログ小説「妖精の休日」その130

弥生の症状というか
病状は
段々すすんできました。

要介護の認定も
受けるようになって
デイケアに行く様になります。

湖子は
仕事を
他の人に任せて
弥生と一緒にいる時間を
ながくしていました。

和己も協力的でした。

そんな時が
数年続いて
弥生は
寝たきりとなってしまいました。

寝たきりになって
湖子も
和己も
看護していました。

他の看護師さんと一緒に
看護しました。

どんなに看護しても
弥生の
病状も
悪くなる一方です。

歳が歳だけに
もう
ダメかと
湖子は
涙が出てきました。

最愛の
弥生の
死に目に
会いたくないと
思っていたのに
やっぱり
遭遇してしまいそうなのです。

残念で
たまりません。







2017年06月07日(Wed)▲ページの先頭へ
ブログ小説「妖精の休日」その129

最近の弥生は
アパートの
お金の計算が
上手にできません。

すこし
認知症になっていることは
確かでした。

湖子が癌で
入院した時も
黙っていても
うまく過ごせたのは
そんなためだったかも知れません。

気丈な
弥生にも
否応なしに
老いていきました。

湖子の力では
止めることができません。

もちろん
妖精の力を
使ったら
止めることもできますが
それを使うことは
今はできません。

人間は
無力だと
つくづく思いました。

弥生の
老いは
段々と
ひどいことになりました。

「月日が
経たないで」と
願ってしまいました。

人間として
生まれて
50数年間生きてきて
願ってしまったのは
何回目か
記憶に残らないくらい
いろんな事を
願っていたことに気が付きました。

人間は
こんな風に
願うんだと
思ったのです。

その願いを
受ける
妖精は
大変だわと
重ねて思ってしまいました。






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