ロフト付き は、おもしろい - 2016/01

ロフト付き って良いですよね。隠れ家というか何というか。
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2016年01月31日(Sun)▲ページの先頭へ
恵方巻は難しい

もうすぐ
節分ですよね。

全く歴史のない
そして
商業主義的な
恵方巻が
行われるようです。

私も
作ってみようと思いました。

もちろん
キスワンで作ります。

私の初期の考えでは
チョコレートスポンジケーキで
スポンジケーキを
巻こうと思いました。

作ったのですが
曲げると
割れてしまって
その役に立ちません。

そこで
破片にして
小型のシフォンケーキ型の
周りに置いて
中で
スポンジケーキを焼きました。

はっきり言って
失敗です。


今度は
チョコレートスポンジケーキを
引っ付かないアルミフォイルで
焼いて
少し固まって
熱いうちに
丸くチューブ状にして
その中に
スポンジケーキを
入れて焼こうと思います。

実験は
失敗するものだと
思いますが
失敗ばかりでは
ないでしまいます。




2016年01月30日(Sat)▲ページの先頭へ
ブログ小説「順子」その36

健康診断の日は
大勢の人が
かまぼこ会社の
食堂に集まりました。

社員だけでなく
家族も
診断してくれるというので
大勢訪れていたのです。

順子先生の評判は
世間では
有名で
合いたい見たいの
心情も
あったのかもしれません。

ひとりずつ
見ていたら
時間がかかりますので
食堂の椅子に
みんなが座って
順子が
見て回るという手順です。

座った一同の前を
ゆっくりと見て回りました。

順子は
その能力を
最大に使って
診て回りました。

ほとんどの人は
問題ありません。

家族の
おじいさんや
おばあさんの中には
高血圧や
動脈硬化が
悪化しているものがありますので
食事や
薬の服用を
勧めました。

200名ばかりの中に
問題の人が
ふたりいて
その人を
応接室に
ひとりずつ呼んで
説明しました。

ひとりは
ごく初期の胃がん
もうひとりは
大動脈瘤で
非常に危険な状態です。

胃がんの人には
紹介状を書いて
渡しました。

大動脈瘤の人は
順子が付き添って
大学病院まで
かまぼこ会社の車で
行きました。

外科に
状況を言って
別れました。

南くんと
出会って
挨拶しました。

状況を話すと
南くんは
たいしたものだと
感心していました。

南くんに
また誉められて
嬉しくなってしまいました。

南くんや
かまぼこ会社社長をはじめ
みんなは
たいした検査もしないのに
なぜ
なんなことが
わかるのかと
疑問を持ちました。

神通力でもあるのかというのが
大勢の意見です。





2016年01月29日(Fri)▲ページの先頭へ
ブログ小説「順子」その35

順子は
帰り道の阪神電車のなかで
南くんが
自分のことを
考えてくれていたのが
わかって
嬉しくなりました。

総合診療科か
医院かの選択を
いままで
考えていましたが
そんなことは
些細なことだと
思うようになりました。

どちらにしても
結果は同じことだと
思うようになりました。


かまぼこの社長から
そのことで
電話がかかっていて
一度
会社に来て欲しいと
伝言がありました。

病院の次の休みの時に
かまぼこ会社に行きました。

かまぼこの社長が
引退していて
相談役になっていました。

次の社長は
社員の中から選ばれていて
生え抜きの
やり手の人が
なっていました。

応接室に付くと
相談役と
超若手の社長が
出迎えてくれました。

一通りの
挨拶の後
新社長は
順子のコマーシャルを
もっと
ファンタスティックにしていきたいと
言うのです。

順子は
意味がわかりません。

新社長は
順子が
今度は
天使役になって
かまぼこを
もっと
もっと
美味しいものに
変えていくという
ストーリーだというのです。

順子は
天使が
ばれたのかと
思ってしまいました。

手始めに
チョコレート
かまぼこを
つくってみるとも
言っていました。

相談役は
少し顔をしかめていましたが
納得していたようです。

そんな話をした後
相談役は
「先日社員のひとりが
癌になってしまいました。

定期の社員健康診断では
異常がなかったのに
なってしまったのです。

順子先生に
社員全員の
健康診断をして欲しいのです。

順子先生は
噂によれば
見ただけで
病気がわかるのでしょう。

是非お願いします。」と
申し込みされてしまいました。

お世話になっている
会社の願いですので
「うまくできるかどうかわかりませんが
やらせていただきます」と
言って
別れました。







2016年01月28日(Thu)▲ページの先頭へ
ブログ小説「順子」その34

順子は
南くんが
自分のことを
そんな風に
思ってくれていたのだと
感じて嬉しくなりました。

順子は
病院が受付をすることを
禁じて
総合診療科だけを
受け持つことと
かまぼこの社長が
順子のために
医院を作ってくれることを
話しました。

その短所を
南くんに言うと
長所を
順子に言いました。

南:
順子先生らしくないですね。

総合診療科は良いじゃないですか。

順子先生のパッと見て
病名が
わかるその能力が
発揮されるんじゃないですか。

きっと
ズーッと
病名さえわからなかった人達が
遠くから訪れると
思います。

かまぼこ会社の
社長がいう診療所の方は
順子先生が
院長だから
やりたい放題でしょう。

それに
医院が
大通りや駅前にあったら
医院の前で
患者を発見することも
できるじゃないですか。

きっと
大繁盛しますよ。

順子は
ハッと気が付きました。

どちらにしても
良い方なんだと
思いました。

そんな話を
しゃべっていると
福島駅について
別れることになりました。

順子は
南くんに
「教えてくれて
本当にありがとうございます。」といって
別れました。








2016年01月26日(Tue)▲ページの先頭へ
ブログ小説「順子」その33

教授会で
そのことについては
論議されました。

医師が受付にいるということは
どういう理由かわかりませんが
教授会では
問題だと言うことになりました。

総合診療科を
作って
順子を
そこに置くことが
妥当という結論になったのです。

順子が呼ばれて
受付に出ることを
禁じられてしまいました。

そんなことを
近くの人に話したら
かまぼこの
スポンサーが
医院を作らないかと
提案されました。

順子は
受付にいると
病院に来る
すべての人の
健康状態を
見られるけど
総合診療科になったら
そこを訪れる
患者しか
見られないと考えました。

同じように
医院を作っても
限られた
患者しか診られないじゃないかと
思いました。

そんなこんなで
悩みました。

悩みながら
病院から帰ろうと
していると
南くんが
声をかけてきたのです。

憧れの人から
声をかけられて
心臓が
飛び出しそうになりました。

南:
かまぼこ先生
いや ごめんなさい
順子先生
いつもの
元気が
全くありませんね。

順子:
え ぇ
わかりますか

南:
いつも見ていますので
わかります。

そんなに見られていたのかと
気が付きました。

それに気が付いて
嬉しくなって
笑顔が
出てしまいました。

南:
その笑顔が
順子先生の
基本ですよね


2016年01月25日(Mon)▲ページの先頭へ
ブログ小説「順子」その32

こんな風に
患者自らが
行く様に
仕向けていたのですが
あるとき
大きな問題が生じます。

その人は
新患として
病院を訪れました。

腰が痛いというので
やって来たのです。

順子の
見立てでは
腰の痛みは
仙腸関節症のようです。

それ以外に
膵臓に
悪性の癌がありました。

極小さいもので
手術適応で
生存率が
たぶん100パーセントに
なると思います。

そこで
順子は
整形外科に行ったあと
内科に行く様に
暗示をかけました。

患者は
暗示をかけられたように
行きました。

内科では
血液検査や
CTを受けました。

一週間後
やって来たのですが
内科では
何の問題もないと言うことで
帰って行きました。

順子の強い暗示のために
別の病院に行って
再検査して
胃からの
エコーで
癌は発見されました。

そのことを
整形外科に
来たときに
みんなに
言って回りました。

そのために
最初に見た
教授は
自尊心が
丸つぶれです。

学生の前で
「癌ではない」と
言った手前
どうにもならないようになってしまったのです。

その
恨みは
順子に向かいました。

教授は
受付に
順子を置くことを
厳しく反対したのです。







2016年01月24日(Sun)▲ページの先頭へ
今日は寒すぎ

今時間は午後8時です。

外は
お月様が出ていて
月が輝いています。


寒いです。

大陸から
強い寒波がやって来ています。

それに
晴天ですので
放射冷却と
相まって
外は
温暖なこの地方なのに
既に
零下2度です。

寒いです。



        

ブログ小説「順子」その31

病院では
受付に
順子が居るのは
どうかという
問題が出てていました。

患者には
人気があるので
簡単に止めさすことはできませんでした。

院内の
医師や看護師も
順子の案内が
的確なので
もっと良い案がないのか
と考えていました。

その頃
アメリカでは
General departmentと呼ばれる
診療科が
できはじめた頃でした。

各科を越えた
診療をするもので
今の
総合診療科になります。

そのような診療科を
病院の内科に
作ろうとかということも
提案されました。

しかし
それは
立ち消えになりました。

順子は
相変わらず
非番の日は
病院の入り口に立っていました。

順子は
能力を使って
重病な患者や
あるいは
ながく病名がわからない患者を
捜して
助言していました。

新患は
助言を受けて
受診するのですが
再診者は
診断名が
違う場合には
うまく言わないと
混乱させてしまいます。

そんな時には
天使の力を
使っていました。



2016年01月23日(Sat)▲ページの先頭へ
ブログ小説「順子」その30まで

ブログ小説「順子」 1
もうすぐ
クリスマスですよね。

クリスマスが終わったら
お正月ですよね。

おめでたい時期ですので
ファンタスティック な
物語にしようと思います。

本当は
長編小説「昭和」の続けるのですが
と考えて
ファンタスティックな方が
良いと思いまして

ファンタスティックとは
ファンタジックという
和製英語になっているそうです。

日本語では
(1)幻想的・空想的なさま。また、風変わりなさま。
「ファンタジックな童話」
(2)すばらしいさま。
「ファンタジックな気分」
と言う意味らしいです。

あなたもそんな意味で
使っていましたでしょうか。

私の
力が
全くありませんので
そんな幻想的な
物語は
絶対に無理かも知れませんね。


それでは
はじめますが
期待せずに
読んでいただけたらと
思います。

ここから本文です。
__________________
順子は
昭和41年に生まれました。

母親は
元気な
女性でしたが
どういう訳か
早く生まれてきてしまいました。

早産でした。

早く生まれて
当時としては
珍しい
保育器の中で
育ちました。

数ヶ月後
退院して
母親にはじめて
抱かれましたが
その後も
熱を出して
入退院を繰り返していました。

母親は
初めての子供でしたので
病気がちな
子供に
不安で一杯でした。

そのうえ
両方の実家から
遠く離れた
九州に
転勤していて
お友達も
いないところで
一層の不安でした。

頑張って
育てようと思えば思うほど
空回りを
感じていました。

何度目かの入院の時
母親は
いつものように
夜も付き添っていました。

順子が
安心したように
寝ていたので
母親は
家に一時帰ることになりました。

その日は
満月で
月明かりが明るい
夜でした。

遠くを見ながら
歩いていると
地平線に
一筋の
星が
流れました。

母親は
思わず
「順子を元気にして下さい」と
願いを
かけてしまいました。


2
親として
当然の
普通の願いです。

願いをしたからといって
叶うなど
全く思っていませんでした。

振り返って
病院を見ると
うっすらと明るくなっているように
見えました。

車のライトでも
当たっているのかと
母親は
思いながら
早々と
用事を片付けるために
家に急ぎました。

手際よく
片付けて
病院に戻ってくると
順子は
まだ
寝ていました。

頭を撫でると
熱が下がっているのか
熱くありません。

母親は
順子の顔を見て
仮眠に付きました。

何時間が過ぎて
順子が
起きたので
母乳を与えました。

いつもと違って
母乳を
よく飲みました。

朝になって
看護婦さんが
検温にやって来ました。

昨晩までの熱が
ウソのように
引いて
平熱になっていました。

その日は
母乳をよく飲み
血便も
なかったのです。

医師が
「軌跡の回復」と
告げて
3日後に
退院しました。

退院後
熱は
でなくなりました。

それから
転勤が決まって
順子は
お祖母さんのお家の
近くに
引っ越して来ました。

今まで
3人家族で
暮らしていた
順子は
一気に
家族が増えました。

順子は
目がくりくりとして
とても可愛くて
家族の
そして
近所の
人気者に
なっていました。

大きくっても
背は高くはならず
一番小さい
幼稚園児になりました。

近所の
男の子たちと
一緒に
幼稚園に通っていました。

そんなある日
幼稚園から帰ってくるのが
遅いと
母親が
思っていたときに
警察から
電話がかかってきたのです。

「順子ちゃんが
バイクにはねられて
病院に入院した」との
知らせです。

母親は
自転車に乗って
病院に向かいました。




3
相当重体だと
連絡がありました。

もう無我夢中で
母親は
自転車を
こいでいました。

年末の
冬至十日前で日の暮れるのが
一番早い時期だったので
一番星が
輝いていました。

そんな時
一筋の流れ星が
病院の方向に
飛んでいきました。

母親
とっさに
「順子が助かりますように」と
願いをかけました。

あとになって
わかるのですが
順子が
赤ちゃんのときに
願いをかけたときと
同じだわかるのですが
そんなことは
この時には
わかりません。

病院に着くと
急いで
ICUに向かいました。

ガラス越しに
順子は
体にいっぱい線を繋がれていました。

枕元には
いろんな機器が
付いていました。

看護婦さんが
走り回っていました。

看護婦さんを母親は捕まえて
話を聞こうとしました。

「お医者様から
説明します」と
返事して
足早に去ってしまいました。

ガラス越しに見ながら
心配そうに見て
待っていると
父親もやって来ました。

ふたりは
泣きそうに成りながら
待っていました。

ガラスの向こうでは
慌ただしく
医師や看護婦が
順子の周りにやってきました。

その陰になって
ガラス越しからは
順子の様態は
見えなくなりました。

数分経って
医師や看護婦は
穏やかな表情になって
そこから離れていきました。

医師が
やって来て
笑顔で
「順子ちゃんは
凄いですね。

奇跡です。

あんな状態だったのに
意識も戻って
もう心配はありません」と
告げたのです。

ふたりは
抱き合って
喜びました。

おじいさんや
おばあさんも
やって来て
事情を話すと
みんなで
「よかった
よかった」と
話しました。

あとで
詳しく
看護師さんから
聞いた話によると
「順子は
病院に
運ばれてきたときには
瀕死の重体で
一時
心臓が
止まったそうですが
奇跡的に
助かることになります。

医師や看護師も
順子の
そんな回復力を
驚いたそうです。

奇跡以外何ものでもない」らしいのです。








4
家族は
清浄服をきて
ICUに入りました。

順子が
こちらお見ていて
「お父さん
お母さん
おじいさん
おばあさん
心配をかけてすみません。

わたしは大丈夫だから
安心して
家に帰ってください」と
いうのです。

幼稚園児の
順子が
大人のようなことを
言うので
一同驚きました。

手や足の
包帯に
血がにじんでいるところがあって
痛々しく見えるのになぜか
笑顔で
話すのです。

今までの
順子なら
転んだだけで
「痛ーい」と
いって泣き叫ぶのに
そんなことなしに
冷静に
話すのです。

みんなは
無理をしているのだろうと
ねぎらって
その日は
病院に任せて
帰りました。

翌朝
母親が
病院にいくと
一般病棟に
すでに移っていました。

「もう痛くない」と
いうのです。

麻酔が切れて
きっと痛いはずだと
看護婦さんは
いっていましたが
笑顔で
そういうので
誰もが
安心しました。

事故を起こした
運転手が
やってきて
平身低頭
平謝りで
謝っていました。

順子は
その
白髪の運転手に
「わたしは大丈夫です。

わたしも落ち度はありますので
そんなに
気にしなくても
いいです。」と
いったので
運転手は
恐縮して
帰りました。

それから
一週間で
退院して
幼稚園に
また通い始めました。

まだ
抜糸できていないのに
少し足を引きずりながら
幼稚園に行きました。

母親は
事故にあってから
順子は
変わったと
思っていました。

今までなら
どこの幼稚園児でも同じように
弟と
おもちゃの取り合いや
駄々をこねることも
あったのに
今は
弟の
面度もよく見て
けんかなどすることは
ありません。

事故で
頭の中が
少し変わったのかと
家族は
話していました、

翌春
順子は
小学校に
通い始めます。

順子の学年は
少し人数が
少ないくて
2クラスしかありません。

順子は
クラスメートとも
仲良くしていました。

背はほとんど大きくなっておらず
学校で
一番の
チビでしたが
その利発さは
大人なら
分かるものでした。

入学するときに
もらった教科書は
その日のうちに
読みました。

順子は
ひらがなが
読めて
漢字も
少し読めました。

計算も
できました。

家族のものが
教えなくても
知っていたので
誰に教えてもらったのか
母親は
少々不思議に思っていました。

授業が始まると
順子は
もちろん
すべてが分かってはいましたが
真剣に
先生の話を聞いていました。

「分かる人
手を挙げて」の言葉で
いつも
順子は
手を挙げていました。

しかし
みんなが
分からないときに
ひとりだけ
手を挙げていると
「それは
どうなのか」と
順子は
思いました。

偉そうといえなくもないし
せっかく先生が
説明しようとしているのに
出鼻を
くじくようにも見えるし
10日ほどたった日からは
みんなが
分からないときは
手を挙げないように
していました。

そんな順子を
先生だけではなく
クラスメートも
見破っていたのです。

5
大人びた
順子は
みんなの
羨望の的になるのではなく
失笑の対象や
いじめの対象となります。

子供がよくやるいたずらで
ドアの上に
黒板消しを
挟んで
ドアを開けると
落ちてくるというものも
順子にされたことがあります。

何も知らない
順子が
ドアを開けると
落ちてくるのですが
順子は
それを予測しているかのように
ひらりと身をかわし
手で受け止めました。

そして何もなかったように
黒板に
戻して
席に座るのです。

その俊敏さは
誰にもまねできません。

順子は
賢いだけではなく
運動神経も
相当なものだったのです。

しかし
順子は
控えめでした。

運動会のかけっこでは
二位になるように
走っていましたし
ドッジボールでも
適当なところで
ボールにあたっていました。

スポーツで
目立っても
仕方がないと
思っていたのです。

それにはわけがあります。

順子は
おばあさんと
一緒に
テレビを見ることを
日課にしていたのです。

おばあさんが
野球やサッカーの試合の
ニュースを聞きながら
「選手は
たくさんのお金をもらって
試合をしているけど
みんなの
好奇心は
満足できているが
これといった
役にはたっていない」
話していたのを聞いて
そうだと思っていたのです。

スポーツは
社会の役に
大きく役立つことでは
ないと
順子は思っていて
そんなところで
目立っても
仕方がないと考えていました。

それどころか
そんなところで目立っていては
みんなの
もっと役に立つことが
できないとまで
思っていたので
運動の分野では
目立たぬように
行動していました。

先生や
クラスメートも
それにはすっかりだまされていて
少しは
安心していました。

順子の日課は
小学生が
そうであるように
いつも同じです。

しかし
普通の小学生とは
「はなはだ」変わっていた
というか
「模範」ともいうべきかもしれません。

朝早くおきて
お布団をあげて
弟を 
起こして
朝食の用意を手伝って
父親に
新聞を取りにいって
食べたものを片付けて
学校へ行きます。

学校から帰ってくると
手を洗って
宿題をして
弟と
おじいさんとおばあさんの部屋で
テレビを見たり
おやつを食べたり
話をしたり
肩たたきをしたりして
すごします。

母親が
帰ってくると
夕食の用意を手伝って
お風呂を入れたり
夕刊をとってきたり
いろんなお手伝いをします。

父親が
帰ってくると
みんなそろって
楽しく食事をして
順子は
聞き役に
回ります。

学校では
図書室の
大方の本を
速読して
その内容を
ノートに簡単に書いていました。

小学校の図書室に
よく置いてあるような
伝記ものに
大きく感動していて
エジソンや
ナイチンゲール
ヘレンケラー
などに心を動かされて
将来は
看護婦さんに
なりたいと
思うようになりました。

6
大人の目には
子供は
すぐに大きくなるものです。

でも
子供にとっては
時間が過ぎるのが
ゆっくりです。

順子は
早く大人になって
父母を
助けたい
社会のために
働きたいと
思っていました。

子供は
仕事もできないし
たいした
役に立つことも
できない
そのうえ
クラスメートの
いわれのない
いじめもあって
早く大人になりたいと
思っていたのです。

時間は
ゆっくり
順子に流れます。

そんな時
おじいさんに
たずねました。

「おじいさんは
子供の時は
早く時間が過ぎて欲しいと
思いませんでしたか。

子供の時は
何も役にも立てず
みんなの世話になっているだけのように
思うのですが
どうなんでしょうか。」と
言いました。

おじいさんは
日頃から
順子を見ていて
そんな風に思っていると
考えていましたので
答を
用意していました。

「順子は
他の子供とは違って
ものすごく賢いから
学校の勉強なんかは
1年も経たないうちに
会得するに違いないでしょう。

しかし
親が子供に願っていることは
子供が役に立つとか
いう以前に
家族全員が
子供の
成長を
楽しんでいるのです。

おじいさんも
そうですが
一日一日
順子が
大きくなっていくことが
楽しいのです。

パッパッと
大きくなってしまったら
楽しみがなくなってしまうでしょう。

それに
順子も
子供の時は
たった十数年しかない

順子は
もう十歳だから
あと
数年で
大人になってしまいます。

子供の時は
二度と来ません。

もっと楽しんで
それから
家族のみんなを
喜ばせて
すごしたらどうかな。

賢い
順子なら
わかるでしょう」と
答えたのです。

順子は
そうかもしれないと
思いました。

7
小学生を
楽しむことが
家族に
役立つのだと
聡明な順子は
そういう考えに至りました。

家族でいる時間を
大きく取ることにしました。

図書室の
本もほとんど
すべて読み尽くしたし
習い事といっても
塾に行く必要もないし
スイミングスクールなど行かなくても
学校で一番の早さで泳げることも出来るし
そろばんなどやらなくても
見るだけで暗算もできます。

宿題も
いつも一気に仕上げて
時間もかからないなかったのです。

順子は
これまで以上に
早く起きて
母親や
父親の手伝いをしながら
話していました。

近所の人達とは
笑顔で
朝の挨拶を
欠かしませんでした。

学校でも
先生や
クラスメートと
話をするようにしていました。

帰って来たら
弟や
おじいさんやお祖母さんと
これまで以上に
話すようにしました。

順子の変わり方に
違和感を覚えたのは
学校の先生と
クラスメートです。

クラスメートは
今までは
順子を
無視していたのですが
この
笑顔攻勢に
従わざる得なくなって
結果として
仲良くなりました。


そうなると
意外と
小学生も
悪くないと
順子は
思いました。


順子は
五感が
普通の子供より
優れていました。

でもそのことに
順子は
気が付いていませんでした。





8
みんなも
そのように
感じていると
思っていたのですが
順子だけが
そうだと気付くときが来ました。

順子の家の
近所のおばあさんがに
ある臭いが
したのです。

朝になると
外でかどはきを
いつもしていて
その横を
挨拶して登校していくのですが
あるときから
その臭いがしたのです。

だんだんその臭いは
強くなっていきました。

それと同時に
何か痩せていくような
元気がないように
なっていました。

ある日から
外にいなくなりました。

それから
1ヶ月あまり
家で
テレビを見ていると
おばあさんが
「近所のおばあさんが
癌で
入院したそうで
相当悪かったそうだ」と
話をしてくれました。

順子は
「あの臭いは
何だったんだろう」と
思いました。

それから
また
約1ヶ月たってから
おばあさんが
退院してきました。

まだ
本調子ではないようですが
朝の挨拶を
おばあさんと
しました。

あの気になっていた
臭いが
なかったのです。

順子は
あの臭いは
病気の
臭いだったんだと
思いました。

家の
おばあさんに
そのことを
話したけど
そんな臭いは
わからないと
いわれました。

学校までの
道筋の
朝の食事の
献立が
臭いでわかるといっても
家族のみんなは
不審な顔をしていました。

そのときに
そんな臭いが
わかるのは
自分だけだと
はじめて
わかったのです。



9
犬のような
微妙な臭いが
わかるのが
自分だけだと気が付いた順子は
見え方も
私だけではないかと
思い始めました。

幼かった小さい時から
ジッと
見ていると
透けて見えるのです。

夏なんか
薄着になる季節なんかは
じっと見なくても
体が見えてしまうのです。

あまり見ないようにしていました。

視力検査に至っては
一番下の小さい字が
はっきり見えるし
遠くの人の
表情も
見えていました。

きっと
こんなに見えるのは
自分だけだと
順子は
思いました。


そんなある日
学校から帰って
宿題を
すまして
弟と
お祖母さんの部屋に行くと
例の
臭いが
部屋にしました。

クンクンと
順子は
臭いの方向を
捜すと
お祖母さんの方から
匂うのです。

病気のサインと
順子は
思いました。

お祖母さんに
体のことを
聞きましたが
特に
自覚症状は
ないと言います。

順子は
お祖母さんを
ジッと
全身を
見ました。

体の中が
順番に見えてきました。

学校の図鑑で
体のことを
勉強していたので
よくわかりました。

じっと見ていると
お腹のあたりに
何か
塊のようなものが
見えました。

お祖母さんに近づいて
お腹のあたりを
しげしげと
見ました。

お祖母さんは
不思議そうに
順子を見ていました。

順子は
手で
お祖母さんの
お腹を
少し押しました。

上から見ていて
異物のあるところです。

それ程押さなかったのですが
お祖母さんは
相当痛そうに
悲鳴を上げました。

順子は
「ごめん
ごめん」といって
誤りました。

お祖母さんに
臭いがあることを
言って
早く
病院に
行く様に
勧めたのです。

その気迫で
お祖母さんは
翌日
病院に行くことになりました。




10
医師さえ
病気じゃないと
見ていましたが
あまりにも
お祖母さんが
そう言うので
検査をすることにしました。

胃カメラです。

お祖母さんは
少しためらいましたが
順子が
あんなに言ったので
検査を受けたのです。

胃カメラは
医師が
映像を見ながら
検査をしていくので
悪いのが
その場ですぐわかります。

一番
癌が出来やすい
胃前庭部を
胃カメラで見ると
何か怪しいものが見えたのです。

医師は
くまなく見て
確信しました。

その日の内に
お祖母さんに伝えられ
3日後に
入院と言うことになりました。

医師は
「初期の癌で
すぐに治る」と
告げられていました。

順子の
言ったことは
正しかったのです。

お祖母さんは
順子が
癌の臭いが
わかることを
はっきりとわかりました。

でも
誰にも言いませんでした。

3日後
入院したお祖母さんのところに
母親と一緒に
見舞いに行きました。

順子は
病院の中を
不思議そうに
見回っていました。

例の臭いがする人もいれば
もっと他の臭いがするものも
居ました。

病院には
いろんな人が
働いていました。

よく知っている
看護婦さんや
お医者さんです。

順子は
幼稚園の時に
事故で
入院して以来
病気をしていないので
来たことがありませんでした。

看護婦さんは
テキパキと仕事を
片付けていきますが
医師が
その指示をしているようです。

順子の目には
医師が
「一番偉いんだ」と思いました。

その日から
順子は
医師になりたいと思いました。

お祖母さんに聞くと
「順子なら
充分に大丈夫

絶対に
よい医師になれるよ」と
答えてくれました。

順子は
毎日
病院に行きました。

手術をした後は
臭いがなくなりました。

「すごい」と
順子は
思いました。

お祖母さんは
無事に退院して
元の生活に戻りました。



春になると
順子は
中学生になりました。

小さな中学生でした。

しかし利発な
順子は
クラスでも
人気者でした。

中学生になっても
順子は
家族とクラスメートを
大切にしていました。

そして
順子の
能力も
もっともっと
ついてきました。

臭覚や視覚だけでなく
聴覚もはるかに人間を
越えていました。







11
聴覚は
聞こえないほどの声や
遠くの音で聞こえないと考えられるような音を
順子は聞こえました。

実際の音ではなく
相手が
心に思っていることも
聞こえてくるのです。

初めて
聞こえはじめた時は
順子は
びっくりというか
困惑というか
大変なことでした。

友達と思っていたのに
そうではないと
わかってしまったときの
落胆は大きいものでした。

しかし
その声は
聞こえないことにしました。

聞こえないふりをして
その場は
切り抜けました。

順子は
そんな風に思われているのは
自分のせいだと
思うことにしました。

陰日向なく
接していたら
きっと
本当の友達に
成れると
思っていたのです。

そこまでの声は聞こえなくても
「小さい」という声は
道を歩いていると
よく聞こえました。

順子は
中学生になっても
小学4年生くらいしかの
背丈で
おまけに童顔だったのです。

目がくりくりとしていて
可愛い順子が
セーラー服の
制服を着ていると
中学生なのに
小さいと
誰もが思うのは
当然です。

「ちいさい」と
言った
人に
笑顔で
会釈をすることにしていました。

朝で
近所の人なら
順子の方から
「おはようございます」と
言うようにしていました。

そんなことをしていると
「ちいさい」と言う言葉から
「かわいいね」に
それから
「よくできた子ね」に
変わっていきました。

こんな風にして
順子は
背はともかく
心は
成長していきました。






12
今日は
2015年12月24日
クリスマスイブですね。

順子の事実が明らかになります。
__________________


順子は
小さくても
大きな能力を持った
中学三年生になりました。

その頃になると
順子は
その能力を
制御する力も
同時に持っていました。

心の声を聞くかどうか
透視力を使うかどうか
ずば抜けた嗅覚を使うかどうかを
任意に使うことが出来ました。

順子は
友人には
その力を
特に使わないように
気を付けていました。

3年生になって
順子は
押されて
生徒会長になりました。

3年生からは
順子さんと呼ばれ
下級生からは
生徒会長と呼ばれるようになったのです。

早朝時
登校してくる
中学生を
生徒指導の先生と一緒に
順子は
校門で
朝の挨拶をしていました。

いろんな子の心の声を聞いて
いじめが
あるように思いました。

順子は
心が淋しくなりました。

いじめの現場を
順子は
その超能力で
調べて
その現場で
注意するようにしました。

表面上は
いじめは少なくなりましたが
順子は
まだまだだと思いました。

そんなある日
順子は
呼び出されました。

順子は
そんな風には思っていませんでしたが
いわゆる不良グループです。

順子に邪魔されて
逆恨みしている
グループだったんです。

グループのトップは
「うぜーんだよ

生徒会長だからといって
俺たちに
文句を言う
資格なんかないんだ

お前なんか
ちびなんだから

小学校へでも戻れ」と
ののしりました。

順子は
少し怖かったけど
心の声では
不良グループの多くは
何かおびえているようでした

「人に優しくすることは
楽しいことです。

いじめなんかして
あなたの心に
傷を付けて
楽しいことではないでしょう

みんなと
優しく話せば
良い考えも出るし
幸せにもなるのよ」と
ゆっくりと話しました。

そんな話をしているとき
S男が
突然現れて
「何をしているの
女ひとりに
みんなで
囲んで
何をするんだ」と
叫びました。

S男は
クラスメートで
背は高いが
ひ弱で
イケメンでもなく
マッチョでもない
どちらかと言えば
いじめられているグループの
一員でした。

顔を真っ赤にして
格好良く登場したのですが
不良グループの
一番の格下の不良に
腹を一撃され
うずくまってしまいました。

順子は
「何をするの」と
言ったのを
始まりに
不良グループは
次々に
順子に襲いかかってきました。

順子は
それを
右にそらし
左にそらし
屈んだり
飛び跳ねたりして
除けました。

不良グループの
拳は
一度も当たりませんでした。

相当長い間
それが
続いて
不良グループは
疲れてしまいました。

へたってしまいました。

順子は
「運動は
それくらいにして
私の話を
聞いて下さい。

暴力は
相手も痛いかも知れませんが
自分にも
痛い
特に
心が
いたいと思いませんか。

人に優しくした方が
きっと
あなたの心も
暖かくなります。

明日から
一度
試して下さい。」
と
ひとりひとり不良グループの目を見て
話しました。

そのときに
順子は
「優しくなりましょう」と
念じていました。

不良グループは
何かわかったように
立ち上がって
軽く会釈して
離れていきました。


その様子を
見ていた
S男は
驚いていました。

順子は駆け寄って
S男を
見ました。

お腹当たりに
アザが出来ていましたが
内臓には
問題ないみたいです。

順子は
「S男さんありがとうございます。

痛かったでしょう。

勇気ありますね。

本当にありがとうございます。」と
お礼を言いました。

順子は
S男に手を貸して
保健室に
行きました。

そんなところに
順子の
友達の
M子さんが
現れて
今までの話をしました。

S男は
恐縮しながら
順子と
M子と話しました。

そんな事があってから
3人は
一緒に
下校することが
多くなりました。

すっかり
3人は
友達になっていました。

友達の多い
順子ですが
男の子の
友達は
それ程多くありませんでした。

その上
毎日
一緒に学校を帰る男友達など
今までには
ありませんでした。

普通の女の子と同様
順子も
ほのかな
恋心を
抱くようになりました。

何ごとも
積極的な
順子ですが
こんな事には
ためらいます。

夏も終わり
秋も過ぎ
2学期の終わりになる
大掃除の日に
S男は
順子に話があると
言いました。

順子は
びっくりしました。

階段の踊り場で
その話を聞きました。

S男は
「こんなことは
順子さんに
たのむことかどうか
迷ったんだけど
頼めるのは
順子さんだけなので
、、、、、」と
まずはなしました。

順子は
耳たぶが
熱くなるように
感じました。

「ぼく
M子さんが好きなんだ。

一度
M子に
どう思っているか
聞いて下さい」と
顔を真っ赤にして
話しました。

順子は
好きな人に
そんなことを
頼まれて
どう返事をして良いか
わかりませんでした。

それで
軽く会釈して
別れました。

その日は
授業が終わると
ひとりで
帰りました。

帰っても
何も
手に付かなかったけど
そこらここらの
掃除をして
お手伝いを
黙々とこなしました。

クリスマスイブの
ケーキも
あまり食べませんでした。

後片付けをして
お風呂に入りました。

お風呂で
涙が出てきました。


早く寝てしまいました。

寝床で
「神さま
私はどうすればいいのでしょう」と
心を念じていました。

すぐに寝入りに入りました。

順子が
目覚め
目を開けると
光の世界が
出現していました。

光があふれていて
それでいて
まぶしくないのです。

順子は
夢の世界かと思いました。


少しの時間が過ぎると
順子の前に
光が集まってきて
だんだんと
形が出来上がってきました。

どんな形かと
表現が出来ませんが
神々しい
形でした。

そして
声がしたのです。

”順子
私は神です。

あなたを
生まれるときから
見ていました。

順子の
母親のお願いを聞いて
赤ちゃんの時に
天使の体を与えました。

幼稚園の
交通事故の時に
天使の心を与えました。

順子は
心も体も
天使になっています。

人間界で
修行した
初めての
天使です。

順子は
人間の形をしていますが
私の分身の天使です。

天使だからと言って
人間のように
恋をしてはいけないとは言わないけど
あなたは
人間に
幸せをもたらす
天使であることを
第一に考えて下さい。

そのための
能力を
私は
あなたに
充分に与えています。

わかりましたね
順子”

と声が聞こえて
自分を見ると
白いワンピースで
右手には星の付いた小さな棒を
左手に小さなハープを持っていました。

「神さま
私は
どうすればいいのですか」
と
順子が言うと

”あなたは
あなたが思ったように
行動すれば
あなたの行いは
すべて
神の意思によるものとなります。

迷ったときは
あなたが心の中で
思ったように
すればいい。”
と返事がありました。

その後
光の塊は
パーと消えて
光の世界は
だんだんと
暗くなってきて
真っ暗になって
順子は
寝入りに入ってしまいました。

母親の
「順子
大丈夫
昨日早く寝たけど
体大丈夫」という声で
目が覚めました。

順子は
何かすがすがしい
一日の始まりでした。



13
夢で見たのか
現実だったのか
わかりませんでした。

でも
自分の能力は
人間を越えていると
考えている
順子には
「たぶん
私は
天使なんだろう」と
確信していました。

夢の中で
「思った通りにやれば
良い」という言葉に
従おうと思いました。

学校に行ったら
先ず
M子に
S男が聞きたがっていたことを
聞きました。

M子は
「S男のことなど
考えていなかった」と
答えました。

それを
すぐに
S男に話すと
少し落胆していました。

しかしその後
S男とM子は
仲良くなることになります。

S男は
順子に
お礼を言ってきました。

クラスメートたちは
順子は
愛のキューピットと
評判になっていました。

順子は
その評判を
聞いて
キューピットではなく
天使だと
思いました。

でも
ふたりを
幸せに出来て
良かったと
思いました。

順子は
天使として
生きていこうと
この時思ったのです。

2月になったとき
順子の家族は
西淀川に
引っ越すことになりました。

父親が
散髪屋さんを
やり始めたのです。

母親や
お祖母さんも
手伝うそうです。

店の開店に
お金が
必要だったので
順子は
高校への進学を
諦めようと
考えていました。

しかし
順子は
医師になりたいことは
学校の先生も知っていました。

そこで
学校の先生が
特待生の制度を
利用するように
言ったのです。

順子が
ずば抜けて
賢いことは
みんなは知っています。

私立学校の中には
優秀な生徒を集めるため
学費無料奨学金付与の
生徒を募集しているのです。

1名とか
2名の
狭き門なのです。

順子は
これを
受験することになりました。

今まで
順子は
100点を取らないように
少しだけ
わざと間違えるようにしていましたが
その試験では
そんなことをしませんでした。

その結果
順子は
春からは
クラスメートたちが
普通に行く高校とは
相当離れた
高校に通うことになりました。







14
順子が
奨学金付で
通い始めた
高校は
ふたつのコースがあります。

ひとつは
普通科
もうひとつは
特進科です。

普通科は
6クラスあって
特進科は
2クラスの
理系と文系に別れています。

順子は
理系特進科で
女子は
順子だけです。

学費無料の
優待生は
順子と
もうひとりだけです。

普通科の生徒と
特進科のとは
軋轢があります。

それは最初は
普通科の生徒の
ねたみから
出来たのですが
恨みが恨みをかって
だんだんと大きくなったのです。

順子が
入学したときには
理由も何もなく
相互に
怨んでいました。

そんなため
特進科と
普通科は
職員室を通らないと
いけないような
構造になっていて
それが
余計に
ひどい状況を作っているようでした。

特進科の中でも
ねたみや
恨みががりました。

順子のように
学費が無料で
奨学金付の者と
その他の者との
軋轢です。

根は深いことに
なっていました。

順子は
恨みをかうことが
わかっていても
全力で
中間テストに
向かいました。

トップでないと
奨学金が
全額でないからです。

順子は
細心の注意を払って
試験を受けました。

天使の力を
もしかして
知らずに使っていたかも
知れないと
順子は
思いました。

試験が終わって
3日後
席次が
発表されました。

順子は
トップでした。

順子は
それを見て
安心しましたが
他の者からは
強い視線を感じました。

順子は
心の声を
聞かないように
いつもしていましたが
もし聞いていたらと
考えると
順子は
容易に想像できました。

順子は
「病んでいる」この高校を
何とかしなければと
考えはじめました。






15
順子は
まず
普通科の
リーダーと
話すことにしました。

中学校の時は
向こうの方から来たのですが
高校では
順子の方から
会いに行きました。

職員室を
越えて
会いに行くと
先生に
わかるので
校門を少し出たところで
待っていました。

リーダーの顔を
順子は知りませんでしたが
超能力で
何とかしました。

リーダーは
A男でした。

背が高くて
がっちりした体格です。

人相も
少し怖いように見えました。

A男が来たので順子は
「A男さん
こんにちは

少しお話しして
良いですか」と
話しかけました。

A男は
順子の顔を覚えていて
「順子じゃないか
天才の
チビの優等生が
どんな
話しじゃ」と
と答えてきました。

順子:
名前を
覚えて
頂いていて
嬉しいです。

同じ高校に
通う者なのだから
仲良くしましょうと
思って
声をかけました。

A男:
ひょっとして
俺に惚れたのか

俺には
お前のような
チビは趣味ではないけど
それに
お前は
特進科だろう

お前なんかと
仲良くしたら
男が廃るわ

順子:
科が違っていても
仲良くすれば良いんじゃないですか

A男:
秀才に
そんなことを
言われても
できないものは
出来ない

順子:
そんなことを言わずに
仲良くしませんこと

そうだ
今度の
球技大会で
何かしません。

A男:
球技大会では
普通科と特進科の
試合などない

そんな事しても
秀才に
俺たちが
勝つわけがないだろう

順子:
そんなこと
わかりませんよ

特進科の中にも
スポーツに優れた者も
いるかも知れませんよ。

A男:
それはないな

試合をして
決着を付けようか










16
そんな風にして
順子は
普通科の生徒とは
話をつけました。

問題なのは
特進科です。

特進科生徒たちは
スポーツを
バカにしていて
球技大会など
眼中になかったのです。

そこで
スポーツが
楽しいか
みんなに示すことにしました。

球技大会では
バレーボールと
バスケットボール
ミニサッカーが行われます。

背の低い
順子は
ミニサッカーに出場する予定です。

授業が終わると
順子は
ユニホームに着替えて
運動場で
サッカーの練習です。

順子は
どこで練習したのか
ボールの扱いが
極めて上手なのです。

校舎の窓を向いて
リフティングを始めました。

足や頭を使って
何度も
していくのです。

特進科の生徒のひとりが
それに気付いて
みんなを
窓に呼びました。

見られていることに気が付いた
順子は
笑顔で
窓を見ながら
難度の高い
リフティングをします。

たぶん全員が
集まったと思った頃に
そのボールを
最大の力を使って
正確に
真上に蹴り上げました。

その後
ボールを
手で受けて
順子は
「皆さん
私と一緒に
サッカーをしませんこと
楽しいと思いますよ

皆さんなら
たぶん
出来ると思います

球技をしたいと思う人は
運動場に出てきて下さい」と
笑顔で話しかけました。

そのときに
少しだけ
能力を使いました。

しばらくすると
みんなは
運動場に降りてきました。

そして
練習を始めました。








17
平素
勉強ばかりしている
特進科の生徒には
この練習は
新鮮でした。

それに
順子が
ドリブルで
男どもを
サッサと抜き去ることに
驚きと
悔しさから
頑張っていました。

そんな日が
数日過ぎると
形ができてきて
おもしろくなったのでしょうか
進んでするようになっていました。

1週間後
球技大会が行われました。

順子が出場する
サッカーには
多数の観客がありました。

出場しないものは
応援団を作って
応援していました。

そんな中
順子を
応援するものも
ありました。

普通科の
クラスとの対抗です。

順子は
真の力を
わからないように
出していませんでした。

順子の力を持ってすれば
ボールを奪って
ひとりでドリブルして
シュートすることもできましたが
それでは
目的を達成できません。

順子は
ボールを奪うと
周りのクラスメートに
ボールを出して
回していったのです。

チームの力で
勝つようにしました。

普通科の生徒も
ボールを奪って
シュートを試みます。

はた目には
均衡の取れた
良い試合になっていました。

結局
試合は
0対0の引き分けでした。

PK戦で
決めることになって
順子が
成功したので
特進科の勝ちになりました。

クラスは
大きく喜んで
ひとつになったように
順子は
思いました。


18
球技大会以降
特進科の生徒の中には
運動クラブに
入るものが
多く出てきました。

何か活気のあるような
クラスに変わっていきました。

順子は
良かったと思いました。

順子は
サッカー部に
誘われましたが
その当時は
女子のサッカーは
なかったので
そう言う言い訳をして
断りました。

順子は
運動より
もっと興味があったものが
有ったのです。

順子は
人間に大きな興味が
あったのです。

そこで
順子を慕う
友達と一緒に
社会クラブという同好会を
作りました。

先生も
順子の力を
知っていたので
すぐに
賛成しました。

社会クラブでは
最初の
研究課題として
「信号を守る人はどんな人」という
ものにしました。

交通信号を
守る人と
車が来ないと
渡ってしまう人の
違いを
研究するというものです。

学校近くの
交差点が
廊下の窓から
よく見えるので
そこで観察するのです。

季節や時間
天候の違いなどで
変わっていくことがわかってきたのです。

同好会自体の
人気も
そんな研究で
上がってきました。

廊下で観察しながら
なんだかんだと
話をするのが
楽しいのです。

順子は
聞いているだけで
聞き上手だったのです。





19
廊下の観測場所は
終始
和やかです。

順子は
長い時間
交差点を
観察して
ある確信を持ちました。

心の声を
聞けば
信号を守るか否かは
すぐにわかるのですが
そんなことをしなくても
わかる方法が
ありました。

次の瞬間
順子は
交差点で待つ
人や車が
守るか守らないか
交差点に来たときに
仲間に
言いました。

当たりました。

最初は
偶然かと
他の者は思ったのですが
当たり続けると
偶然ではないと
みんなは思い始めました。

1時間もたつと
羨望の目で
みられるように
なりました。

どのように見分けているのか
聞いてきました。

順子は
「それは長くなるので
明日
レポートを出します」といって
学校を帰ることになりました。

みんなは
顔を見合わせて
見送りました。

翌日
順子は
鉛筆で書いた
A4リポート用紙
3枚を
みんなに見せて
説明しました。

みんなは
わかったような
わからぬような
顔でした。

その
リポートは
先生にも回され
それから
先生の
知り合いを通じて
大学の先生も
回されました。

リポートを
検証するために
その後
たくさんの学識者が
学校にやってきました。

学校では
交差点が一番良く見える
3階の会議室を
同好会の
部室にして
その対応をしました。

テレビにも紹介され
同好会は
日本で一番有名な
クラブになってしまったのです。

順子は
そんな有名になってしまった
クラブには
顔を出さなくなりました。





20
順子は
目立つことがいやです。

でなくなったのです。

クラブは
学校では
大きな存在で
クラブに入っていると言うだけで
有名人でした。

順子は
クラブの部長でもないので
対外的には
有名ではなかったのですが
クラブ内はともかく
学校内では
順子は
凄い存在でした。

次の
研究テーマを
学校や
クラブの者立ち
クラスメートは
順子に
せがみました。

「といわれても」と
思いました。

「私は
部長でもないし
そんな責任を
きせられても
困ります」と
言おうとしたのですが
優しい順子ですので
ぐっと押さえて
「また考えておきます」と
その場は言いました。


順子が
高校生の頃は
テレビゲームというのが
はやっていたのです。

喫茶店に
テレビゲームの台が
置いてあって
お金を入れて
ゲームをすることができます。

上手な人は
ながくできます。

順子は
一度もしたことがないし
したいとも思っていませんでした。

テレビゲームが
はやっていると言うことは
やる人が多いと言うことで
やりたい人と
やりたくもない人の
違いは何だろうかと
考えたのです。

その違いを
明らかにしたいと
考えました。






21
テレビゲームの
研究課題については
研究結果は
3ヶ月くらいたつと
順子には
わかっていましたが
信号のときのように
順子は
答えを
出しませんでした。

みんなで出すように
努力するのです。

それは
簡単では
ありませんでした。

思わぬものが
答えとなりかけて
反証を挙げて
それはとめました。

なんだかんだと
研究したり
討論したり
時には
コンパをしたり
楽しい時間を
過ごしました。

それ以上に
人間観察もでき
人との付き合いが
わかりました。

研究テーマについては
その答えが出るまで
2年余りが過ぎて
順子は3年生になりました。

順子は
高校三年生になっても
背は
小学生くらいしかなかった。

目が
くりくりとした
童顔であったので
小学生と
間違われることも多かったのです。

それで
いつも
高校の
だぶだぶの制服を
着るようにしていました。

小学生と
間違われないためでした。

順子の
読書力は
すごいと
みんなが思うほどでした。

学校の図書室はもちろんのこと
近くの図書館や
取り寄せができる
図書館の本の
すべてを
読破したといっても
過言ではありません。

すごい速読なのです。

それでいて
よく覚えています。

本から得た知識で
充分に
大学教授ほどの
知識は出来上がっていました。

新刊が
待ち遠しい順子は
近くの本屋さんや
遠くの大型店まで
足を伸ばして
立ち読みをしていました。

ひとつの本屋で
ながいをすると
迷惑をかけるということで
いろんな店を
はしごしていました。

順子は
小さいので
高い棚の本は
取れません。

店員さんに
頼めばいいのですが
本は
買わないのが
基本の
順子は
頼めませんでした。

そのことだけ
背が小さいことを
うらみました。
22


本以外にも
順子は
多くの知識を得るために
たくさんの人と
交わることを
旨としました。

同好会やクラス
学校・地域のイベントには
積極的に参加しました。

そんなときに
順子は
人がどのようなときに
どのような感情になって
どのような動作をするかを
観察していました。

観察する以外に
順子は
気になることがありました。

会った人に
病気を
感じるのです。

病気の
臭いがするのです。

病院で
病棟ごとに
病室ごと
病人ごとに
その臭いが違うことから
その臭いが
どんな病気かわかるのです。

元気そうに見えても
がんの早期だったり
本人はまったくわからないのに
糖尿病だったり
するのです。

明らかに
病気なのに
それを
言うかどうか
いつも
順子は迷います。

何の資格もない
小さい順子が
「あなたは早期の胃がんですから
病院に
行くよう」と
いわれても
誰も信じません。

だからといって
黙って
見過ごすのは
できませんから
順子は
神様に
聞きました。

神様は
順子にとっては
一番の相談相手だったのです。

「順子が
思うようにしなさい。

その力を
与えておきます」と
神様は
答えてくださいました。

順子は
病気の人を見つけると
その人に
「病院に行きたい」と
思うように念じました。

本人が
行かないと
治療もできませんので
そのように
したのです。

このようなことを
念じなければならない人は
一日に
多い日は
3人くらい出てきて
順子は
わかっていれば病名も
その人に教えました。
23
高校生になっても
順子の
日課は
小学生のときと
ほとんど変わりません。

変わったのは
宿題は
学校の休み時間の間に
手儀はよく
やってしまうことくらいでした。

家業の
散髪屋が忙しいので
母親に代わって
高齢になった
おじいさんやおばあさんを
助けていました。

3年生になると
将来の進路が
話題になりました。

誰もが
順子は
医学部に行って
医師になると
思っていました。

順子も
そうしたいと
考えていましたが
それは
容易ではありません。

高校生時代は
学費が無料の特待生で
過ごせましたが
大学では
そんな簡単には
いかないと
思っていたのです。

先生に相談すると
「防衛大学校なら
学費は無料で
お給料までつく」と
言われたのですが
家からは遠くて
両親とおじいさんおばあさんを
置いてはいけないと
おもったのです。

近くで
学費がなくて
奨学金が出て
医学部である必要がありました。

そんなの無理かと思ったのです。

学校の先生や地域の人たちは
そのことがわかっていました。

そこで
探したのです。

スポンサーを
探したのです。

誰の目にも
優秀な医師になると
考えていた
順子を
医師にするための
「会」が
自然発生的に
出来上がったのです。

そんな会が
見つけてきたのが
地元では
有名な企業です。

順子を
イメージキャラクターに使って
宣伝して
その報酬で
大学の学費と
奨学金にするというものです。

その会社は
かまぼこを作っていて
コマーシャルに出るのです。

「かまぼこを食べたら
こんなに賢くなった」というのが
順子の役です。

順子は
かまぼこは好きですが
かまぼこを食べたら
賢くなるという
エビデンスは
当時はありませんでした。

抵抗はありましたが
みんなが薦めますので
それに従うことにしました。

こうして
高校三年生の冬に
テレビコマーシャルに
登場することになります。

小さくてかわいい
順子が
おいしそうに
かまぼこを
食べるだけの
映像です。

服装が
小学生ぽいので
知らない人が見ると
小学生が
かまぼこを
おいしく食べているとしか
見えませんでした。

コマーシャルは
大当たりして
かまぼこもよく売れ
順子も
有名になってしまいました。

そのおかげで
春からは
大阪福島の国立大学の医学部に通うことになりました。

24
大学に入ると
コマーシャルの影響で
超有名人で
入学式では
テレビカメラも
来ているほどで
ニュースに
顔が映るほどでした。

そんな大学に入ると
同級生たちは
順子には
冷ややかでした。

医学部にくるほどの
学生は
それなりに
自尊心が強く
有名人の
順子に
反発があったのでしょう。

先生たちは
入試の結果を
知っていますので
有名だけではなく
実力も
持った学生だと
わかっていましたが
あまりも
小さいので
大丈夫かと
思っていました。

授業では
順子は
完璧でした。

前もって
教科書は
理解していましたし
授業中は
余談を含み
真剣に聞いていました。

実習も
真剣でした。

特に
順子の
「ノート」は
女の子らしく
いろんな色を使って
要点が書かれていて
時折欄外に
先生の余談やエピソードが書かれていて
図もわかりやすく書かれていました。

一年が過ぎると
表向きは
優等生の
順子に
反発をするものも
いなくなってしまっていました。

授業が終わると
すぐに
帰ってしまう
順子と
友達になるものはいませんでした。

順子は
小学生以来の
日課を
変えはしなかったのです。

空いた時間に
本屋にも行かないと行けなかったし
中ノ島の図書館で
江戸時代や
明治時代の相当古い書籍も
読破しようとしていたのです。
25
二年になると
授業や実習は
より専門的になりました。

順子には
すでに
「既知」のことでしたが
ついてこれない
学生もいました。

順子は
ついてこれない学生に
そっと
ノートを
見せようとしたのですが
それが
大きな問題となってしまいます。

クラスのみんなに知れ渡って
その人が
「やめる」といったのです。

順子は
困りました。

何とか説得して
思いとどめることができたのですが
順子は
医学より人間関係が難しいと
思いました。

コマーシャルは
二年生になって
続いていました。

小学生の服装で
かわいく踊るバージョンです。

テロップで
小さく
「イメージキャラクターの
順子は
現在医学生2年です。」と
出ていたので
だれもが
順子を知っていました。

助手の助手で
病棟に行くと
小さいので
すぐ見つかって
話しかけられることも
まれではありません。

そんなときには
ありったけの笑顔で
「勉強中なので
すみません」と
言っていました。

そのことが
余計に好感を持たれて
いました。

教授のなかには
それが
よくないと
思っていたものもいました。

神聖な大学が
穢れるとまで
思っていた
ある教授が
そのことを
順子に注意したのです。

順子は
心からわびた後
「私が
医師になりたいのです。

コマーシャルに出ないと
私は
医学部に行くことができません。

必ず
医師になって
教授の
ご期待に沿えるような
立派なものに
なりますので
どうか
お許しください」と
言うと
教授は
「わかった」と
言ってくれました。
26
そんなことがあって
大学の
順子に対する
対応は
変わってきました。

3年になると
実習はもっと多くなっていました。

順子は
解剖の実習だけは
困ったと思っていました。

順子の透視力を使えば
解剖などやらなくても
中が見えるのですが
実際に
メスを使って
解剖していくのは
苦手です。

細い血管や神経を1本1本取り出して
図に起こしていくのです。

順子は
みんながあっと驚くような
きれいな
解剖図を
書いて
その場をしのぎましたが
それには
超能力を少し使ってしまいました。

順子が
優秀なことは
学部全体の人が
知るところですが
予診実習が始まると
もっと
患者にも
わかるようになります。

予診室で
患者にあった瞬間に
順子は
病名がわかることが
多かったのです。

学生ですので
病名を告げることはできませんが
それを
導き出す問診を
さっさとこなすのです。

悪いところに
手が届くような
問診をするのです。

テレビに出ている
小学生のようにかわいい
女の子が
問診するだけでも
話題になりますが
その問診が
的確なら
もっと話題になります。

順子は
予診の最後に
「かまぼこの順子ですが
この病院では
まだまだの医学生ですのでよろしくお願いします」と
付け加えて
騒がないようにお願いしていました。

そのお願いが
功を奏したのか
病院では
そのことは
あまりに話題になりませんでした。



4年たって医師の試験に合格して
研修医となります。

病棟の
研修医となって
教授の後を
ずらずらと
ついていきました。

順子は
背が小さいので
後ろでは
教授や
患者が見えません。

前に出て
聞きますので
目立つ存在となっていました。
27
病棟の患者も
順子の事は
話題になっていました。

どう見ても
中学生に見える
童顔の
順子は
大きめの
白衣を着て
病院内を
ウロウロしていると
評判になるのは
当たり前です。

それに
処置も
正確で
素速いのです。

静脈注射などは
どんなに難しい静脈でも
一発で
痛くないと
患者の中や
看護婦さんの中では
有名になっていました。

順子を指名して
注射をして欲しいという
患者まで出るので
順子が
病棟にいるときには
引っ張りだこでした。

静脈注射だけでなく
その他の手技も的確で
教授も
一目置いていました。

各科を
順番に回って
研修するのが
普通ですが
最初に入った
外科の教授が
順子を
外科医にしようと
引き留めていたのです。

背の低い
順子は
外科は
苦手でした。

手術台の高さは
執刀医に合わせてありますので
背が足りません。

台を用意して
補佐をしました。

執刀医のメスさばきを
じっと見て
2回目には
順子は
執刀医より
上手に
こなしました。

医局でも
評判になっていました。

教授も
外科医になることを
強く勧めていたのです。

順子は
教授の勧めてくれるのは
嬉しかったけど
外科医は
少し違うような気がしました。

28
順子は
外科医も
大事な仕事だけど
神の命では
ないと思いました。

順子の持っている才能は
神さまが与えてくれたものだと
思っていました。

背が低い
順子には
外科医としての
力がありません。

心臓マッサージが
一般化してきたこの時代
順子には
患者に覆い被さって
それを充分に
行えなかったのです。

教授に言って
研修科を
変えることにしました。

内科へ
変わると
そこでも
評判になりました。

病棟でも
外来でも
「小さいお医者さん」で
人気者だったのです。

人気はありましたが
順子は
恋愛とは
いつも無関係でした。

順子の友達の中には
結婚する者も
出てきて
結婚式に出ると
うらやましく思っていました。

中学生の時に
S男に振られてから
それがジレンマになっていたのです。

目がくりくりと大きくて
可愛い順子でした。

医師になっても
ピンクのフレアスカートを
絶対に身につけていて
女性ということを
忘れないようにしていました。

そのことが
外見を
可愛い中学生と
思わせる
要因となっていたのです。

かまぼこの
コマーシャルも
まだまだ続いていて
順子が
かまぼこを
作ったり
料理したるする
バージョンが
放送されていました。

視聴者には
中学生と
思われていたようです。

そんな
順子は
ある男の子を
好きになってしまったのです。

29
順子は
病院の中を
走り回っている
南くんがすきになってしまいました。

南くんの仕事は
特に決められていなくて
分担が決めれていない仕事が
仕事でした。

いわゆる
雑用です。

順子は
最初は
南くんの心を
読んでいました。

どんな仕事も
嫌がるの事なく
進んでしていたのです。

順子は
人の心を
あまり読まないようにしています。

外見は
陽気に
仕事をしているように見えるのに
本当は
いやだったり
出会った人を
ぼろくそに言ってたり
さんざんなことを
聞いたのが
普通でした。

それ以来
人の心を読むことは
怖いので
医師として
必要なとき以外は
していませんでした。

それなのに
南くんは
心を読めば読むほど
裏表がありません。

南くんは
順子よりは
少しだけ
背が高いですが
普通に言えば
背が低い方です。

顔も
童顔で
イケメンとは
言いませんが
並以上だと
順子は
思っていました。

そんな
密かな
思いができてからは
順子は
南くんの
心を
読まないようにしていました。

順子は
天使としての
能力を
この頃までには
自由に制御できる様になっていました。

30
順子は
南くんのことが
ものすごく
好きでした。

でも黙っていました。

南くんを
遠くから
見るだけでした。

そんなことを
心に秘めながら
順子の
研修は過ぎていきました。

皮膚科では
目を覆いたくなるような
悲惨な症例も見ました。

耳鼻科・眼科・神経科等々
回っていきました。

順子は
各科を回ってわかったのは
誤診が
多いと思いました。

専門の医師が
見れば間違わないような
誤診が多いと
思っていました。

順子が勤めている
大学病院には
どの科を受診して良いかを
アドバイスする
総合受付というところがあります。

熟練した
看護師が
詰めていました。

しかし看護師では
触診ができるわけでもなく
診断ができるわけでもないので
的確に
案内できなかった場合も
多かったようです。

大学病院には
一般の人を
ボランティアで
お手伝いをしてもらっていました。

そこで
順子は
非番の日には
ボランティアで
受付に詰め
受診科を
案内していました。

順子の能力と知識と
経験から
病名までわかりました。

的確な案内に
看護師も
目を丸くするほどでした。

順子は
病棟より
この総合受付の方が
能力を
発揮できると感じていました。

それに
ここの受付の方が
南くんに会える
頻度が
高いのです。






2016年01月22日(Fri)▲ページの先頭へ
形あるものはすべて滅す

長年使っていた機械が
故障してしまいました。

写真左側です。

たぶん
21年前に
買ったものだと思います。

私が今住んでいる
お家も
この機械で作りました。

この機械がなかったら
たぶんできていなかったと思います。



フィニッシュネイルと呼ばれる
極細の釘を
空気の力で
打ち込む機械です。

打ち込み用スピンドルが
打ち込むときに
ネイルの頭を押さえていくのですが
中が摩耗して
隙間が大きくなって
うまく打ち込めなくなったのです。

残念ですが
新しい機械を買うハメになりました。

右側が
新品です。

残念ながら台湾製で
カナダに輸出したものを
日本に
輸入した
並行輸入品です。

同じように使えます。

形あるものは
すべて滅するという
教訓は
正しいことが
また証明されてしまいました。

形あるものはすべて滅す

ただただ
残念です。








ブログ小説「順子」その29

順子は
病院の中を
走り回っている
南くんがすきになってしまいました。

南くんの仕事は
特に決められていなくて
分担が決めれていない仕事が
仕事でした。

いわゆる
雑用です。

順子は
最初は
南くんの心を
読んでいました。

どんな仕事も
嫌がるの事なく
進んでしていたのです。

順子は
人の心を
あまり読まないようにしています。

外見は
陽気に
仕事をしているように見えるのに
本当は
いやだったり
出会った人を
ぼろくそに言ってたり
さんざんなことを
聞いたのが
普通でした。

それ以来
人の心を読むことは
怖いので
医師として
必要なとき以外は
していませんでした。

それなのに
南くんは
心を読めば読むほど
裏表がありません。

南くんは
順子よりは
少しだけ
背が高いですが
普通に言えば
背が低い方です。

顔も
童顔で
イケメンとは
言いませんが
並以上だと
順子は
思っていました。

そんな
密かな
思いができてからは
順子は
南くんの
心を
読まないようにしていました。

順子は
天使としての
能力を
この頃までには
自由に制御できる様になっていました。


2016年01月20日(Wed)▲ページの先頭へ
ブログ小説「順子」その28

順子は
外科医も
大事な仕事だけど
神の命では
ないと思いました。

順子の持っている才能は
神さまが与えてくれたものだと
思っていました。

背が低い
順子には
外科医としての
力がありません。

心臓マッサージが
一般化してきたこの時代
順子には
患者に覆い被さって
それを充分に
行えなかったのです。

教授に言って
研修科を
変えることにしました。

内科へ
変わると
そこでも
評判になりました。

病棟でも
外来でも
「小さいお医者さん」で
人気者だったのです。

人気はありましたが
順子は
恋愛とは
いつも無関係でした。

順子の友達の中には
結婚する者も
出てきて
結婚式に出ると
うらやましく思っていました。

中学生の時に
S男に振られてから
それがジレンマになっていたのです。

目がくりくりと大きくて
可愛い順子でした。

医師になっても
ピンクのフレアスカートを
絶対に身につけていて
女性ということを
忘れないようにしていました。

そのことが
外見を
可愛い中学生と
思わせる
要因となっていたのです。

かまぼこの
コマーシャルも
まだまだ続いていて
順子が
かまぼこを
作ったり
料理したるする
バージョンが
放送されていました。

視聴者には
中学生と
思われていたようです。

そんな
順子は
ある男の子を
好きになってしまったのです。


2016年01月19日(Tue)▲ページの先頭へ
ブログ小説「順子」その27

病棟の患者も
順子の事は
話題になっていました。

どう見ても
中学生に見える
童顔の
順子は
大きめの
白衣を着て
病院内を
ウロウロしていると
評判になるのは
当たり前です。

それに
処置も
正確で
素速いのです。

静脈注射などは
どんなに難しい静脈でも
一発で
痛くないと
患者の中や
看護婦さんの中では
有名になっていました。

順子を指名して
注射をして欲しいという
患者まで出るので
順子が
病棟にいるときには
引っ張りだこでした。

静脈注射だけでなく
その他の手技も的確で
教授も
一目置いていました。

各科を
順番に回って
研修するのが
普通ですが
最初に入った
外科の教授が
順子を
外科医にしようと
引き留めていたのです。

背の低い
順子は
外科は
苦手でした。

手術台の高さは
執刀医に合わせてありますので
背が足りません。

台を用意して
補佐をしました。

執刀医のメスさばきを
じっと見て
2回目には
順子は
執刀医より
上手に
こなしました。

医局でも
評判になっていました。

教授も
外科医になることを
強く勧めていたのです。

順子は
教授の勧めてくれるのは
嬉しかったけど
外科医は
少し違うような気がしました。


2016年01月18日(Mon)▲ページの先頭へ
レモンの香りが

以前
このブログで書きましたが
我が家には
レモンの木があります。

流しの上に
レモンの切れ端が
置いてあったので
私の部屋に置いてある
加熱式加湿器の中に
入れてみました。

お部屋が
レモンの香りで
いっぱいです。







ブログ小説「順子」その26

そんなことがあって
大学の
順子に対する
対応は
変わってきました。

3年になると
実習はもっと多くなっていました。

順子は
解剖の実習だけは
困ったと思っていました。

順子の透視力を使えば
解剖などやらなくても
中が見えるのですが
実際に
メスを使って
解剖していくのは
苦手です。

細い血管や神経を1本1本取り出して
図に起こしていくのです。

順子は
みんながあっと驚くような
きれいな
解剖図を
書いて
その場をしのぎましたが
それには
超能力を少し使ってしまいました。

順子が
優秀なことは
学部全体の人が
知るところですが
予診実習が始まると
もっと
患者にも
わかるようになります。

予診室で
患者にあった瞬間に
順子は
病名がわかることが
多かったのです。

学生ですので
病名を告げることはできませんが
それを
導き出す問診を
さっさとこなすのです。

悪いところに
手が届くような
問診をするのです。

テレビに出ている
小学生のようにかわいい
女の子が
問診するだけでも
話題になりますが
その問診が
的確なら
もっと話題になります。

順子は
予診の最後に
「かまぼこの順子ですが
この病院では
まだまだの医学生ですのでよろしくお願いします」と
付け加えて
騒がないようにお願いしていました。

そのお願いが
功を奏したのか
病院では
そのことは
あまりに話題になりませんでした。



4年たって医師の試験に合格して
研修医となります。

病棟の
研修医となって
教授の後を
ずらずらと
ついていきました。

順子は
背が小さいので
後ろでは
教授や
患者が見えません。

前に出て
聞きますので
目立つ存在となっていました。

2016年01月17日(Sun)▲ページの先頭へ
今日は1月17日あの日がまた来てしまった。

先の震災では
我が家が潰れた程度で
ガラスで
足をケガした以外
たいした被害もなかったのですが
付近の人達や
地震の被害が
大きかった人達も
多くおられたようです。

当地に住んでいると
震災の
筆舌を絶するような
惨状を
何度も聞いて
重い気分になりました。

その震災の様子を
17年過ぎた時に
ブログ小説で
描写したことがあります。

今日は
17日ですので
読み返してみました。

自分の作品は
駄作でも
涙が出てきます。


ブログ小説「冴子の人生は」は
冴子という主人公が
いろんな不幸の連続の人生を
送るという筋書きです。


地震の話は
作品自体では
後半で
家出して
新しい伴侶「勇治」と
パン屋をはじめ
軌道に乗り始めたときに
起こります。

地震のところだけを抜粋

河本さんと言う名前が出てきますが
パン屋の従業員で
この地震で勇治と一緒に生き埋めになります。

場所は長田区尻池というところで
私が
神戸市役所に勤めていたときに
建物を設計したところです。

震災一週間後
設計した建物が
被害を受けたかどうか
見に行ったことがあります。

私の関わった建物は被害を受けずに
避難場所になっていました。

その体験も含んでいます。
__________________



全話を読みたいと万が一にも思うようでしたら下記のリンクです。
小説「冴子の人生は」
母親が亡くなったという知らせは
冴子のところには
届きませんでした。

この知らせを
知るのは
惨事のあとです。

連絡を取っていなかったのです。

あとになって
残念だと
思いました。



時は経て
平成7年の正月になりました。

冴子と勇治は
この年
45才になります。

前年より
勇治は
膝の具合が悪かったので
正月は
厄落としに
神社参りでもしようかという話しになりました。

西宮の
門戸の厄神さんに
ふたりで参ることにしました。

湊川から
電車に乗って
西宮北口に行って
乗り換えて
門戸厄神で降りて
少し歩いて行きました。

正月と言うことで
多くの参拝者がいました。

警察官が
人数を
数えていました。

お参りして
破魔矢を買って帰りました。

勇治は
「これで今年は
大丈夫」と
言って
正月明けから
がんばって
パンを作っていました。

神社に参った成果かどうかわかりませんが
商売は
繁盛しました。

冴子も
今年はいい年になると
思っていました。

成人式の日は
どういう訳か
パン屋は大繁盛
品切れになって
しまいました。

3人で
大喜びしました。

翌日は
少し早めに行って
多めに作ろうと
いう話しになりました。

翌日は
平成7年1月17日でした。

勇治は平素より少し早い
4時に家を出て
自転車で
店に向かいました。

河本さんも
6時前には
出勤するということになっていました。

普段よりも
たくさん作ってみるということです。

冴子も
家の用事にを済ませて
店に向かいました。

自転車が
パンクしていたので
厚手の
コートを着込んで
歩いて
パン屋に向かいました。

途中運河を越えてるために
橋を渡っている時
突然
三度下から突き上げられました。

冴子は
体が突き上がる
一瞬宙に浮きました。

そのあと地面にたたきつけられるように
倒れてしまいました。

それから
2度
同じように
浮き上がり
そのあと
横揺れが来ました。


地面に
横たわって
頭を上げて
見ているのがやっとでした。。

橋の向こうの
建物が
グシャッと
潰れて
土煙が上がりました。

宙に浮き上がりながらも
倒れながらも
店の方を見ていました。

いつも見慣れている
橋の向こうの
木造の長屋が
最初の揺れで
一瞬にして
グシャッと
2階建ての建物が
屋根だけになって仕舞ったのです。

また
その向かいの
3階建てのビルが
最初の揺れで
道路側に
倒れていきました。

付近に土煙がまわって
冴子に
破片が
鋭く
飛んできました

そのあと
停電して
付近は真っ暗闇になって
何も見えなくなってしまいました。


揺れがながく続いたのか
それとも一瞬なのか
あとになって
冴子は
思い出せませんでした。

真っ暗の中
冴子は
立ち上がりました。

腰を打ったのか
少し痛かったのですが
冬で
たくさんの服を着ていたし
革の手袋と
ブーツを履いていたのが
後々役に立つのです。

揺れがしばらくの間
おさまったのですが
当たりは真っ暗です。

冴子は
停電して
街灯がすべて消えた時に
そんな風になるとは
全く知りませんでした。

お月様は満月を少し過ぎたくらいですが
地震の起きた
6時前には
月の入りがあったのか
それとも
雲が出ていたのか
わかりませんが
月明かりもなく
真っ暗でした。

その時
ハット気付きました。

勇治は
店にいるのです。

勇治は
大丈夫か
心配になりました。

停電になるまでの一瞬ですが
付近の家が
潰れるのが見えました。

店も潰れたに決まっていると
思って
心配になりました。

何が何でも
店に行かなければなりません。

いつもの道は
もう通れないように思いました。

川沿いの道を
北に行って
国道に出るしかないと思いました。

川沿いの道も
破片が散らばっていて
気ばかり焦って
進めません。





以下の
地震の描写には
私の記憶違いのため
間違いがあるともいます。

間違っておりましたら
メール下さい。

悲惨な描写があると思いますので
あらかじめ了承下さい。




冴子が
やっと
国道まで出ると
悲鳴やうめき声が聞こえてきました。

国道沿いには
頭から血を流した人や
倒れ込んだ人
その人たちを取り囲んで
人垣ができていました。

大きな声で
『助けて上げて』と
叫び声も聞こえました。

そんな光景を
薄明かりで見ながら
胸騒ぎがしました。

パン屋のお店は
大丈夫か
本当に心配になりました。

店の近くまで着いた時
唖然としました。

駅まで行く道が
がれきの山です。

道に
瓦屋根が
横たわっているのです。

普通はすぐそこに見える
パン屋の看板が見えません。

冴子は
屋根乗り越えていきました。

近くでは
屋根の瓦を
めくって
人を探している
女性や男性が
いました。

その女性は
朝日に照らされて
頭が
赤く染まっているのが
見えました。

冴子にも
大きな声で
助けを求めてきましたが
「店が」と言って
通り過ぎました。

そして
たぶん店のあったところまで
来た時
すべてがわかりました。





お店の前まで
来た時
「勇治さん
」
できる限りの
大声で
叫びました。

かすかに
勇治の声が
帰ってきたように
冴子には
聞こえました。

お店は
二階建てでしたが
その形はもうありません。

屋根の形も残っていません。

お店は
がれきの山です。

隣の
3階建ての
ビルが
お店に倒れてしまっているのです。


「勇治さん
勇治さん
勇治さん
勇治さん」と
何度も叫んだのですが
ヘリコプターが
上空に飛んできて
パタパタという
ヘリコプターの音で
勇治の声は
全く聞こえませんでした。

冴子は
お店があったところくらいの
がれきを
手で
のけようとしました。

冴子は
45才
女性で
主婦をしているので
力があるわけでもありません。

しかし
冴子は
瓦を
遠くに放り出し
木片や
ベニヤ板を
手でのけました。

がれきの中にあった
鉄の棒で
何とか
ちょっとずつ
掘っていきました。

最初に聞こえた
勇治の声がした方へ
掘っていたのです。

近くの人にも
「助けて
ここに
主人がいるのです。

助けて
助けて下さい。」と
誰彼なしに
頼みました。

でも
誰も助けてくれませんでした。

何しろ
パン屋のあったところは
うずたかく
がれきがあったので
無理だと
思われたのかもしれません。

冴子が
必死になって作業している時に
筋向かいの
元八百屋の方から
歓声が
聞こえました。

建物から
その家の
子供が
助けられたからです。

もうひとりの子供がいるので
なおも
父親が
必死に作業をしていました。

子供は
近所の人に連れられて
どこかに消えました。





助けられた
子供を
横に見て
孤立無援で
掘り続けました。

端から見ると
冴子は
正気のように見えません。

女の手で
もう冴子が
かがみながら
掘っていると
見えなくなるところまで
進んでいました。

一月の寒風が吹いても
冴子は当たりません。

冬の服で
背中には
リュックサックを背負っていたので
全身汗ばんでいました。

頭の
毛糸の帽子も
少し汗で濡れているのですが
そんなこと
気にしていませんでした。

太陽が
真上に来ていることも
感じませんでした。

空には
ズーッと
ヘリコプターが
やかましく
飛んでいました。

そんな中
冴子を
呼ぶ声がしました。

後ろの方からです。

振り向くと
60才ばかしの老夫婦と
屈強の若者が
ふたり
立っていました。

「私
河本です。

娘は
娘は
どこにいますか」
と
大声で
冴子に言っているのです。

4人は
心配そうな顔で
冴子を
見ていました。
河本さんの
家族であることは
会ったことはなかったけど
すぐにわかりました。

向こうも
冴子が
パン屋の奥さんだと
わかったのかもしれません。

「娘は
この中にいるのですか。」と
ヘリコプターの
音にも負けないくらいの
大きな声で
叫んできました。

「6時に来た時
勇治
主人の声が聞こえたようにおもいます。

よこで
女性の
うめき声のようなものも
聞こえたと思います。

今は
ヘリコプターがやかましくて
わかりません。

この下に
ふたりは

、、、、」
と答えました。

それを聞いた
4人は
手伝い始めました。

そして母親らしい女性が
「奥さん
私たちが掘ります。

休んで下さい。

一服して
昼ご飯でも
食べて下さい。」と
言ってくれました。

冴子は
そう言われても
がんばっていました。

母親と
その息子が
少し
後ろに下がらせて
休ませました。

「大丈夫だから」という
奥さんに
「早く助けなければ」と
冴子は
立ち上がろうとしました。

でも
よろけて
座り込みました。

母親の持ってきた
おにぎりと
暖かい
お茶を飲みました。

涙があふれてきました。

そんな間も
余震が
揺れ
そして
あちこちから
最悪ですが
煙が上がり始めたのです。

食べたあと
がれきの後ろに隠れて
用をたしたあと
掘り始めました。

4人が加わって
穴はみるみる大きくなって
店の
床まで
少しのところまで
がれきを
取り除けました。

他にも
見ず知らずの人が
ふたり
ツルハシとスコップを持って
救助に加わってくれたのは
午後2時をまわった頃でした。

もう少しというところまで来ていたのです。

しかし
もう火の手が
近くまで来ていました。









掘っている穴が
ふたりが入るのが精一杯で
力のない
冴子より
冴子の兄たちに
頼む方が
早く掘り出せるというので
冴子は
後ろで
出てくるガラを
運ぶ役になっていました。

でも
時々
風向きがこっちの方になった時
煙が
そして
火炎が
やってくるようになりました。

助けに来ていた
ふたりの若者は
撤収した方が良いと
言いました。

冴子は
「中に
勇治がいる

助けて上げて

お願い」と叫びました。

でも
火炎と煙は
限りなく近づいてきます。

河本さんの兄たちも
「もうダメだ」と
叫んで
親たちを
引っ張り
逃げるよう
言いました。

冴子は
助けに来た若者が
河本さんの両親は
兄たちが
引っ張って
逃げ出しました。

冴子は
諦めきれません。

少し
行って
ふたりの若者の手が離れた瞬間
冴子は
穴の方に走り込み
大声で
「勇治
勇治
勇治」と叫び
大きめの石を手で
のけました。

火事場のバカちからというのでしょうか
とても冴子では持てない
石が持ち上がったのです。



冴子が
石を持ち上げると
少しだけ向こうが
空洞になっていました。

「勇治勇治」と
ありったけの声を
出して叫びました。

穴に頭を突っ込むと
ヘリコプターの音が
少し静かになっていました。

大声で叫んだあと
耳を澄まして
聞きました。

そうすると
確かに勇治の声で
「冴子
ここだー
河本さんもここに
ケガをしているけどいる
はやくたすけてくれ」と
聞こえました。

それを聞いた
冴子は
穴の奥の方へ行くために
掘り始めました。

大きな
コンクリートの塊が
あって
なかなか進めません。

しばらくの時間が経つと
消防士さんが防火服を着て
穴の中に
飛び込んできました。

穴の中は
火炎が
入り込まないような構造なのか
あまり暑くないのです。

でも
もう
穴の外は
防火服でないと
近づかないような状態です。

「ここは
危険です。

後ろに下がりなさい

早く早く」と大声で
冴子の手を掴みました。

「中に
主人がいるのです。

声がしました。
従業員と一緒です。
助けて下さい。」と
叫ぶ冴子を
ふたりの消防士は
体を持ち上げるように
後ろへ
連れて行くのです。

どんどん遠ざかる
店の方に向かって
「勇治
勇治
勇治
、、、







」と
叫びました。

河本さんのいる
国道の向こう側まで
運ばれてしまいました。





国道まで連れてこられた冴子は
お店の方を見ました。

もう黒煙と
その間から見る炎が
見えました。

もう
店には
行く事ができないのは
誰の目にも
冴子にも
理解できました。

焦げた
何とも言えない臭いが
周囲を
覆いました。

「勇治の声が
聞こえた」と
河本さんに
言いました。

でも
横に
河本さんがいるとは
言えませんでした。

言ったところで
助けに行くこともできないのです。

冴子は泣き崩れました。

冴子は
帽子を被っていましたが
出ていた髪の毛は
焦げていました。

河本さんの母親は
地面に座り込んで
じっと
店の方を
眺め
涙を流していました。

父親は
たちすくむのが
やっとです。

ふたりの兄は
他の人を助けるために
他の場所を掘っていました。

炎を見ているのがつらいのでしょう。

炎は
日が傾く夕方になっても
衰えることはありません。

国道まで
炎がせまったので
冴子や
河本さんは
後退を余儀なくされました。

夕食は
河本さんが持ってきた
おにぎりを
食べました。

じっと
この場で
店を見たいけど
見たくないような気もします。

夜も更けてきても
状況は変わりません。

河本さんは
一度
北野の家に帰ることになりました。

冴子も
一緒にと言われましたが
そんな気にはなれませんでした。

余震が続くので
外で
たき火をして
すごしている人の近くで
一晩すごしました。



夜明けの頃は
とても寒くて
火に近づきました。

昨日汗をかいて
下着が濡れたためかもしれません。

凍れる程寒い中
北の空は
明るくなっていました。

まだまだ燃えているのです。

水道が
でないので
消火栓から水が出ません。

全く
消防隊は用をなしません。

燃え放題で
それを見て
また冴子は
涙しました。

そんな北の空を見ていると
「あなたは
冴子さんではないですか」と
呼ぶ声があります。

冴子は聞き覚えのある声です。

声の方を見ると
勇治の両親です。

岡山から
自動車でやって来たのです。

昨日
朝に
電話をしたけど
連絡が取れなかったので
いろんなものを積んで
車で出発したそうです。

姫路辺りまでは
高速できたのですが
不通になっていて
一般道も混んでいて
夜遅く着いたそうです。

付近の人に聞き回って
冴子のところに
やって来たそうです。

勇治の母親は
冴子に
勇治のことを聞きました。

冴子は
義理の両親をみて
泣き崩れました。

冴子は
「勇治さんは
まだ店の中にいます」と
言うのが精一杯でした。

両親は
それを聞いて
立っていられず
その場に
崩れるように
倒れ込みました。

「あの火の中に
今もいるのか」と
激しい口調で
父親は
冴子に言いました。

「あなたは
助けに行かなかったのか」と
あとになっては
八つ当たりのように
言い放しました。

冴子は
ただただ泣き崩れるばかしです。

夜が明けて
数時間
そんな状態でした。





翌日は晴れていました。

太陽が
煙で覆われていましたが
東の空には
輝いていました。

真冬には
暖かい
陽光でした。

冷えた体を
照らす
太陽は
こんな惨事のあとも
かわらないのです。

いつもなら
この時間には
勇治が
店のシャッターを開けて
冴子が
店の前を
掃除していたと思うのですが
太陽だけがかわらず
辺りのがれきの山は
全く違います。

太陽を見て涙
がれきを見て涙
そして
煙を見て涙です。

勇治の両親は
もう
冴子を
責めることすらできないと
感じつつ
助けに行くわけにも
行けないので
ここで
火事が収まるのを
見るだけです。

太陽が高く昇ってくると
自衛隊の車や
警察の車が
国道にやってきました。

消防が
海から
水を引いて
やっと消火が
始まっていました。

冴子には
もう遅いとしか
思えませんでした。

昨日の昼から
消火していたら
きっと
勇治は
助け出せたに違いないと
それを見て
思ってしましまいました。

そして
また涙です。

泣いていると
河本さんが
家族で
また来ました。

母親は
相当
冴子に負けず劣らず
悲痛の様子です。







冴子は
母親と抱き合って
また崩れました。

助けに行こうに
まだまだ
残り火が
有って
ちかづけたもではありません。

ふたりは
焦げ臭い臭いなか
焼け跡を
できるだけ近づいて
その日一日
過ごしました。

河本さんが
持ってきてくれた
食べ物や
お茶
そして暖かいコーヒーを飲んで
心が
少し暖まったように
一瞬感じました。

夕方になって
河本さんの母親は
「今日は
私の家に来て
お風呂に入って
着替えをして下さい」
と言ってくれました。

冴子は
辞退しましたが
何度も
言ってくれるので
河本さんの家に
行くことになりました。

がれきが散乱した
国道を東に進み
トアロードを
北に向かい
一時間くらい掛かって
河本さんの家に付きました。

一時間くらいしか歩いていないのに
がれきの量は
全く違います。

殆ど
壊れた家がありません。

冴子は
登と来た時
そして
勇治が北野の辺りに
住みたいと言っていたことを
思い出しました。

あのとき
私が
北野は嫌だと
言ったので
尻池に住むことになったのです。

私があんなことを言ったから
、、、、
そう思い出したら
また泣いてしまいました。

後悔しても
仕方がありませんが
「どうして
どうして
、、、、、
」と
思うばかりです。

河本さんの家は
殆ど被害はなく
水も出るのです。

電気も通じていて
暖っかです。

ゆっくりお風呂に
入らせていただいて
冴子は
心から暖まりました。

暖かい夕食をして
暖かいお布団に寝ました。

快適なはずなのに
眠れません。

勇治が心配なのと
なぜこんなことになったのかという
懺悔の念のため
頭の中が
イッパイになりました。

でも
ウトウトして
目が覚めると
周囲は
異様に白っぽく
明るく輝いているのです。

雲の上にいるような
そんな中
勇治が
こちらを見て
「ありがとう
ながく一緒に暮らせて
幸せだった。

地震の日
あそこまで
助けるために
掘ってくれて
ありがとう。

もう充分だ

私は先に行くけど
冴子は
もう少し
そちらで暮らして
ゆっくり
こちらに来てくれ

また会おうね


付け加えるけど
後悔しても仕方がないし
後悔する必要もないよ

それが私の運命だったんだから
それじゃ
、、、、、、、
、、、、、、
、、、
」
言ったような気がしました。

それから
勇治は
上の方へ
、、、

冴子は
白い景色が
薄い赤に
薄い橙に
薄い黄色に
薄い緑に
薄い青に
薄い藍色に
薄い紫色に

変わっていき

そして
暗闇になるのを
じっと見ていました。

「勇治
今すぐ会いたい!」と
冴子は
叫びました。

遠くから
「必ず会えるから
もう少しがんばって
そこで暮らして

それが運命なんだ

僕たちの運命なんだ

冴子がそれを全うしないと
僕たちは
永遠に会えなくなってしまう

かならず
冴子の運命を
終えてから
こちらに来なさい

いつまでもここで
待っているから

冴子と
あんなことをした
後悔なんかしていないからね

さえこも
僕との
ことを
後悔しないなら
勇気を出して
生きていって

愛してる冴子」
と
聞こえました。


それから
何時間の暗闇があったでしょうか
ウトウトとしてしまい
明るい日差しで
目が覚めました。

冴子は
夢とは
思いませんでした。

時間からして
相当寝たように思いますが
あまり寝たような気がしません。

でも朝なので
リビングに行きました。

河本さんのお母さんが
朝の挨拶をして
話しになりました。

その中で
河本さんのお母さんも
夢の話しになりました。

そして
同じような
娘の夢を
見たというのです。

ふたりが
同じような
夢を見たと言うのです。

聞いた言葉は
本当だと思いました。

河本さんのお母さんと
冴子は
朝ご飯も作らず
そんな話をしました。

起きてきた
河本さんの家族も
その不思議な
「ゆめ」を
話しました。

みんなは納得するしかないと思いました。

もちろん
冴子も
現実を受け止めなければならないと
思いました。

あの燃えさかる炎の中に
勇治と
河本さんがいたのは
紛れもない事実です。

そして
店のあったところは
2日中燃えてしまいました。

ふたりは焼け死んだと考えざる得ないと
思ったのです。

そして
あの夢のような
出来事です。

勇治が
夢の中で言ったように
どのようなことがあっても
強く生きていこうと
決意しました。

そして
また
リュックサックを背負って
河本さんと
店のあったところに向かいました。

火はおさまって
国道から
自衛隊と警察と消防が
捜索を始めました。

捜索の担当者に
店のあったところに
ふたりがいると
何度も何度も
冴子は言いました。

奥の方は
まだまだ残り火があるので
そこまで入ることができないと
言われてしまいました。

冴子自身が入って
捜索したいと言いましたが
警察が規制線を張っていて
入ることができませんでした。







まだまだ
店の捜索は始まらないようなので
冴子は
アパートの自宅を
見に行くことにしました。

潰れて
何もくしゃくしゃになっていると
思っていました。

避難所の
小学校を横切り
これまた
小さな避難所になっている
老人憩いの家の角を曲がって
そーっと
見ました。

アパートは
潰れていませんでした。

冴子の目には
そう見えたのです。

冴子にとって
家が潰れるとは
もう入れないほど
潰れることで
壁に少しばかりのひびが入ったり
壁が落ちたり
屋根瓦が落ちたりする
のは
被害ではありません。

ドアは
開かなかったので
割れた窓から入ったけど
部屋には入れたので
お部屋は大丈夫と
思いました。

安心して
また店の見える
国道筋まで
帰りました。

昼になると
昼ご飯に
パンが
市役所から配れていました。

あんパンと
メロンパンを
河本さんと
一緒に食べながら
捜索を見ていました。

夕方になって
自衛隊の
白く塗られた
重機がやって来ました。

捜索が終わったところの
ガラが
効率的に
積み上げられました。

日が沈んで
投光器もやってきて
明るく
夜を徹して
捜索していました。

河本さんは
帰りましたが
冴子は
そこで
夜中
ウトウトとしながら
過ごしました。



朝方になると
さすがに寒く
捜索する人も
少なくなって
重機だけが
音を立てていました。

時間は過ぎて
日も昇ってくると
河本さんも
着いて
持ってきていただいた
お弁当を食べ
暖かい
コーヒーで
少し暖まりました。

捜索線は
昨晩より
店に近づきました。

心の中で
もっとがんばって
探して下さいと
叫びながら
見ていました。
日が沈めかけた時
ついに
店までたどり着いたように
遠目で見えました。

しかし
今日は
7時頃に
捜索は
休止になりました。

毎夜続けて
徹夜での捜索は
きついと言うことです。

捜索する人も
相当疲れているようです。

今日は
アパートに帰って
休むことにしました。

まだ
入り口から入れないので
窓から入りました。

散乱するものを
少し片付け
横になりました。

すぐに眠りに入ってしまいました。

そして
朝までぐっすりです。

服を着替えて
国道筋まで
歩いて行きました。

道路は
少しは片付いていました。

現場では
捜索の
自衛隊員や警察官消防士さんが
集まりはじめ
隊長の
点呼の後
捜索が始まりました。

冴子の店と言うことで
冴子も近づくことを許され
間近で
じっと
見続けました。






30人以上の人が
捜索しました。

しばらく経つと
大きなコンクリート片が
横たわっており
重機で
撤去し始めました。

撤去をするためには
小一時間かかりました。

やっとつり上げはじめ
その下が
見え始めて
隊員のひとりが
大声で叫びました。

「遺体発見」の声を聞いて
隊員たちは
ブルーシートを
周りに
張り始めました。

係員が
合掌して
写真を撮影する
姿が冴子たちにも見えました。

白い袋と
担架が用意され
運び込まれます。

隊員のなかで
年嵩のある方が
冴子たちに近づき
「残念ですが
二体のご遺体を発見致しました。

遺体は
大変損傷していますので
ご遺体の確認は
警察の方で行います。

歯型を取るために
通っておられた
歯医者さんをお教え下さい。」と
伝えました。

冴子たちは
泣き崩れました。

「もう少し
時間があれば
もう少し
私に力があれば
もう少し
手伝ってくれる人がいれば
きっと
助かったのに
、、、、、、、
、、、」と
残念と
後悔と
懺悔で
一杯です。

「ご遺体は
検視のあと
○○寺に
安置されます。

安置されるのは
今夕です。

身元が判明次第
引き渡しますが
専門の歯医者さんが
忙しくて
判明までは
相当時間を要します。

引き渡しは
早くても
明後日以降だと思います。」
と
付け加えました。

担架に載せられ
警察の車で
西の方へ
走り去るのを
ズーと見ていました。

冴子は
歯形を
調べなくても
その遺体は
勇治と
河本さんに違いないと思いました。

遺体があった場所には
見慣れたパン焼き釜と
冷蔵庫
発酵槽が
焼き焦げてありました。

あの間に挟まれて
地震にあったその時は
助かっていたんだと
思いました。

あの
勇治の声は
確かに
聞こえたんだ。

はっきりと
聞こえたんだと
改めて思いました。

きっと
河本さんは
少しケガをしたか
何かに挟まれて
痛かったに違いないと
思いました。

それが
うめき声として
聞こえたに違いないともいました。

きっと
ふたりは
最後に
私が勇治に呼びかけた時まで
生きていて
私の声を
聞いたに違いないと
思いました。

そして
私が
炎のために
その場を去って
それから
その炎が
ふたりの命を
奪ったに違いないと
確信しました。


「勇治
ごめんね」と
独り言を
言うのが
精一杯でした。






店から遺体が
発見されたことを
岡山の
義理の父母に
電話で連絡しなければならないと
気が付きました。

公衆電話は
殆どなくなっているか
繋がらなくなっていましたが
避難所に
無料の電話があると
話しに聞きました。

そこで
近くの小学校へ
行きました。

電話が
机に並べてあり
そこに並んでいました。

冴子も並んで
電話を待ちました。

前の人の話は
かなり深刻でした。

妻と子供が家の下敷きになって
子供を
抱いて
妻が見つかったというものです。

父親と
話しているのでしょうか
泣き崩れていました。

そんな長い電話を
横で聞きながら待ちましたが
隣の電話が空いたので
冴子の番がやってきました。

メモ帳の
電話番号を
押して
岡山へ電話を繋ぎました。

すぐに
母親は出ました。

遺体が発見されたこと
検視に時間がかかること
明後日くらいに
近くの寺に安置されることを
伝えました。

母親は
冴子が
勇治を助けるために
全力を尽くしていたことを
河本さんから聞いていたので
労をねぎらう言葉を
冴子に掛けました。

もう
涙も出尽くして
その言葉を
じっと聞いていました。

明後日
行くといって
電話は切れました。



冴子は電話の後
家に帰ることにしました。

家の前まで来ると
アパートに
赤い紙が貼ってあって
「全壊 立ち入り禁止」と
書いてありました。

冴子は
それを見ても
何とも思いませんでした。

窓から入ろうとすると
家主が来て
「入ったらいけないと
市役所の人に
言われています。」と
伝えました。

避難所に
行くように言われて
初めて
近所の
小学校の避難所に行きました。

前は何度も通って
知っていましたが
入ってい見ると
どこも一杯です。

係員に言うと
体育館が
比較的空いていると言うことで
体育館に行ってみると
入り口付近に
少しだけ
余裕がありました。

毛布をもらって
そこに敷き
とりあえず
場所を決めました。

隣は
家族連れで
相当やかましい環境でした。

女性専用の
当時はなく
みんなで助け合って
いました。

避難所は
一応
朝昼晩の三食は
出ます。

最初の内は
菓子パンや
おにぎりが
主でした。

お風呂なんか当然無く
トイレも
くみ取り式の仮設のもので
いつも
並んでいました。


当たり前ですが
不自由な
避難所暮らしが始まりました。

冴子は
40才の働き盛りで
血気あふれる時ですので
避難所で
世話役のようなことを
やって
食事の用意とか
していました。

遺体が安置されることになる
寺に朝晩に行って
勇治の遺体が
来ていないか
聞きました。

遺体が発見されてから
3日目の夕方になった時に
寺に来ていました。

はっきりと名前が書いてある
棺がふたつ
隅の方に置いてありました。

係員が
台帳を見て
詳しく説明してくれました。

冴子は
勇治の棺の中を
見ようとした時
係員が
「大変傷んでおります。
やめられた方が
いいのでは」と
言ってくれました。

冴子は
現実を受け止めるためには
勇治の
変わり果てた姿を見なければならないと
思いました。

意を決して
棺を
開けました。

(この伝聞を
聞いたこともあります。

その後
当分の間
PTSDに悩まされましたので
はっきりと
書けません。

あまりにも悲惨なので
この部分は
省略します。
皆様方で
ご想像下さい。

すみません。)

泣かないと決めた
冴子は
じっと我慢して
立ちすくむだけです。

しばらくして
我に帰り
電話をするために
避難所に帰りました。


同じように
並んで
岡山と北野に電話しました。

岡山のお母さんも
北野の河本さんのお母さんも
大変
がっかりした様子で
電話の向こうで
泣く声が聞こえました。

河本さんは
これから行くと
言いましたが
安置所は
夜は休みですので
明日の朝と
と言って
電話が切れました。

その夜は
避難所の
なれないお布団の
中で
唇をかみしめました。

朝方ウトウトと
していると
まだ明るくならない頃から
起き始める
人たちの
もの音で
目が覚めました。

冴子が寝ている入り口は
枕元を
大勢の人が
歩くので
必ず目が覚めるところです。

しかし
炊飯が始まる
6時までは
じっと
布団の中で
寝返りをうっていました。

やっと6時になったので
起きて
冴子は
炊事場になっている体育館横の
手洗い場に行きました。

今日は震災からはいじめての
雨でした。

たいそう強い降りで
炊事場にも
入ってきました。

みんなが集まってきて
朝は
豚汁のようなものを
作る献立になっていました。

手分けして
作り始め
7時半頃には出来上がり
避難所のみんなに熱い
ものを提供できました。

雨模様の
寒空に
暖かいものが
本当に
喜ばれました。






冴子も
暖かい食事をして
少し気を取り直し
後片付けをして
お寺に行くことになりました。

傘は
用意していなかったけど
どういう訳か
たくさんの置き傘がありました。

その傘を使って
寺に向かいました。

4人の河本さんの家族は
既に到着していました。

係員に
いろんな書類を
書かされ
ご遺体の
引き渡しを受けました。

棺の中は
係員の忠告に従い
この場では
見ませんでした。

見られなかったというのが
本当のことでしょうか。

そんな河本さんを見ていたら
勇治の
父母と
引き取りのための
寝台車が
やって来ました。

父母は
冴子をねぎらいました。

河本さんから
助け出そうとする
奮闘したことを
知らされたからです。

母親は
遺体を
岡山に引き取り
そこでお葬式をするので
冴子も
岡山まで来て欲しいと
言ってくれました。

混乱する
神戸で
お葬式を上げることなど
今はできないので
冴子は
そうすることにしました。

同じように
いろんな書類に
目を通して
冴子は
後ろの
リュックから
判子を出して
押しました。

義理の父親は
棺の中を見ようと
開けかけたのですが
冴子は
涙目で
「やめて
止めて下さい。

岡山に帰ってから
気構えてから
見た方が良いです。」
と言いました。

父親は
冴子が
あまりにも真剣に
言うので
やめました。

雨の中
棺を
みんなで担いで
用意した
寝台車に載せました。

冴子は
寝台車の前に座って
係員に渡された
死体検案書を
持ちました。

雨は激しくなり
フロントガラスの
ワイパーは
激しく左右に振れました。

岡山までの
道のりは
ながく思いました。

お昼おそく
家に到着して
頼んであった
お葬式屋さんは
手際よく
祭壇を作りました。

冴子は
横で見るだけです。

何もすることなしに
ぼう然と
座っていました。

夕方近くなると
お寺さんや
近所の人が
多数押し寄せ
冴子に
お悔やみを言って
帰りました。

食事も
近所の人が
作って
冴子の前に
持ってきてくれました。

何もせず
何もできず
時間が過ぎ
夜も更け
雨も止みました。

冴子には誰だかわかりませんが
お布団の用意もできたと
言ってきました。

でも
義理の父母は
今夜は
よとげで
寝ないというので
冴子も
寝ずに
明日のお葬式を
待ちました。

座りながら
ウトウトとすることがあっても
横にはなりませんでした。







翌日
静まりかえっていた
家が
突然騒がしくなりました。

大勢の人が
一気にやってきて
お葬式の準備が始まりました。

冴子は
村のお葬式を
見たことがなかったので
驚きです。

役割が決まっていて
スムーズに
お葬式が進みます。

冴子は
喪主の席に
じっと座っているだけで
お辞儀をするだけで
朝食も
お葬式も
問題なくでき
終わってしまいました。

斎場に行って
帰ってきて
それから骨揚げに行って
墓に骨を入れて
帰ってきて
それから
精進揚げをして
そして
夜になって
その日の日程は
たちまちの内に終わってしまいました。

冴子は
泣く時間もなく
終わってしまいました。

小さい骨壺を入れたものだけが
残りました。

(この間
棺の
勇治に
最後の別れを告げるのですが
私には
その光景を
描写できません。

すみません。

皆様ご想像下さい。)

手伝いの村人が
夕食をとって
後片付けをして
帳簿の書類を置いて
一斉に帰ってしまいました。




勇治の家族と
冴子だけが
広い座敷で
黙って座っていました。

勇治の母親が
「冴子さん
ご苦労さんでしたね。

ゆっくりこちらで
休んでいって下さい。

ズーとこちらにすんでもいいですよ

何もないけど
離れが空いているから
そこに住んで
私の
仕事を
手伝ってくれてもいい

もちろん
神戸で暮らしてもいいけど

勇治の
お墓はこちらにあるから
お墓参りだけは
来て欲しい

それから
こちらの小さい骨壺は
冴子さんが
持っていて欲しい

月日が経ったら
どこかの
お寺に
納めて下さい。」と
優しく言ってくれました。

冴子は
下を向いたまま
聞いていました。

ここにいてもいいと言われても
勇治のいない今
ここに入れる理由がないことは
冴子はわかっていました。

帰らなければならないと
冴子は
思っていました。

またしばらく
沈黙になりました。


その沈黙を破ったのが
そばにいた
勇治の
姪にあたる
若い女性でした。

「私のような者が
差し出がましいと思いますが
もし神戸に
冴子さんが帰ってしまったら
もう会えないので
話させて下さい。

勇治おじさんの
遺産というか
借金整理です。

亡くなって
一週間しかたっていないのに
こんな話をして
すみません。

おばあさんから
聞いた話では
勇治さんは
パン屋さんをするために
借金をしたそうで
そんなに
パン屋さんがはやっていなかったから
まだまだ
たくさん残っていると思います。


(姪の話は続きます)
パン屋さんはもうできないほど
潰れてしまったのに
借金だけが残ったら
大変です。

勇治おじさんの借金は
相続人のおじいさんとおばあさん
それから
冴子さんが
負担することになります。

相続放棄して
借金まで相続しないように
した方が
、、、、、、

」と
忠告してくれました。

その場にいた
家族は
みんな
「そうだ」と
思いました。

勇治の両親は
姪が
そのように言ってくれて
大変感謝しているようで
そうしようと
話していました。

冴子は
そんなこと思いも付かなかったのですが
勇治のことを
放棄するのが
いいものか
思い悩み始めました。

その日は
もう遅いので
休むことになりました。

お布団の中でも
悩みました。

夜あまり眠られず
小さな骨壺の
勇治を持って
岡山の家を
後にしました。

家にいるように
言ってくれている
義理の父母を
あとに
家を出ました。

神戸まで
姪が
送ると言ってくれましたが
電車で帰ることになりました。







電車を乗り継いで
避難所まで帰ってきました。

もう夕方になっていて
3日いなかった間に
小学校の校庭には
大きなテントが
幾張りか立っていました。

自衛隊が
駐屯しているらしいのです。

お風呂も
できているらしいのです。

今日は
男性が入浴になっていて
女性は明日と言うことが
書かれていました。

みんなに挨拶して
食事を
もらい
にわかにできた
お友達に
岡山の様子を
話しました。

避難所の中は
段ボールが運び込まれていて
敷いたり
隣との壁にしたり
重宝しているみたいで
遅かった
冴子には
手に入らなかったのですが
友達からもらいました。

1月の月末になると
銀行の返済の日です。

冴子は
銀行に行って
店が潰れ
勇治が亡くなったことを
話しました。

銀行は
いろんな書類を
出して欲しいと
言ってきました。

返済については
冴子が
連帯保証人なので
引き続き
返済して欲しいと
いうことでした。

でも
そんなお金は
冴子には
ありません。

いつも店の
運転資金として
十数万が
リュックサックに入っていましたが
そのお金も
勇治が亡くなって
岡山に行って
帰ってきたら
半分近くに
なっていました。

預金もなく
不安です。

法律相談が
避難所で行われた時
相談することにしました。

相談員の
弁護士の先生は
「まず
相続放棄して
それから
破産宣告を
受けるしかないと思う」と
答えました。

冴子は
遺産放棄するしかないのかと
思いました。

そして
破産宣告も
受けることになります。

またまたいろんな書類を書きました。

弁護士の費用は
義援金を
使いました。


冴子には
地震ですべてを
なくしてしまい
もうなくなるものは
何もありません。

破産宣告を受け
正真正銘の
無一文になってしまいました。

避難所暮らしでは
とくに
何も要らないので
無一文でも
支障がないですが
避難所暮らしでは
働くのも不利でした。

ハローワークにも行って
職を探しましたが
なにぶん神戸の会社は
大変で
求人どころではないのが現状な上
冴子は
とくにこれといった
特技もなかったのです。

そんな生活を
桜の咲く頃まで続けました。

仮設住宅が
次々と
建っていって
避難所の人数も
少しずつ
少なくなってきました。

避難所は
高齢者とか
子供の家庭が
優先されていて
冴子のような
中年女性の
一人暮らしは
後回しらしいと言う
うわさが流れました。

やっぱり自力で
アパートを探す方が
いいのではないかと
思っていました。

そんなとき
勇治の
四十九日の法要が
あるので
来て欲しいと
勇治の
お母さんが
やって来ました。

連絡の電話もないので
姪の運転で
やって来たのです。

お母さんは
冴子の
避難所暮らしに
同情していました。

姪の車に乗って
岡山に向かいました。

翌日
四十九日の法要が
盛大に執り行われました。

そして
そのまた翌日
お母さんは
お葬式のあとに言ったことを
繰り返しました。

離れに住まないかと
言ってくれました。

でも
冴子は
断りました。

「それなら
アパートを借りる
保証人に
なって上げますので
今から
神戸に行きましょう」と
切り出しました。







冴子は
ありがたい言葉です。

いつまでも
不自由な
避難所暮らしではいけないし
それにもまして
ひとりで生きていかなければならないので
働かなければなりません。

そのためには
仕事のある
所に
住まないといけないと
思っていました。

勇治のお母さんの
好意に
甘えて
姪の車で
アパート探しに出かけました。

地震のあった神戸近辺の
アパートは
空いているわけがないので
やはり仕事の多いと考える
大阪寄りがいいのではないかと
話し合いました。

西宮北口
武庫之荘
塚口と調べ
園田で
探しました。

不動産屋さんは
川沿いの
アパートを
借りることにしました。

家賃が安いので
決め手となりました。

その日の内に
手続きをして
借りることにしました。

もう暗くなっていました。

大阪まで行って
ホテルに泊まることになりました。

地震以来
いや
勇治と駆け落ちしてから
初めて
大阪に来て
大阪の変わりように
びっくりするばかりです。

その立派さはともかくとして
全く地震とは関係なく
生活が
行われていることに
驚いてしまいました。

すこし
腹立たしさも感じます。


大阪が被害を受けずに
いつものように
時間が経過していることに
不満を感じても
それが
八つ当たりであると
心では思っても
止めることができません。

その日は
暖かい
ベッドに寝て
英気を養うことにしました。

翌日は、
朝食バイキングでした。

豊富な食べ物が
並んでいました。

もう食べきれないくらいです。

美味しくて
さんざん食べて
満腹になりました。

避難所とは
全く違うメニューです。

満腹まで食べながら
何か
満ち足りないものを
感じました。

姪の車で
避難所まで帰り
荷物を
まとめました。

尻池の
潰れたアパートから
取り出した
ほんの少しの家財道具を
運送屋さんに
運んでもらうことを頼みました。

運送屋さんが混んでいて
次の
火曜日でないと
運べないそうで
避難所暮らしを
少しだけ続けて待つことにしました。

出るとわかると
何か
分かれがたいような
気がしました。

避難所のみんなや
ボランティアの人たちと
すっかり友達になっていました。

歳をとると
月日が経つのが
早くなったと
感じていました。

一週間は
すぐに過ぎ
運送屋さんに
荷物を運んでもらいました。

避難所のみんなと
別れを惜しんで
握手して
別れを告げました。

でも
翌る日には
また避難所に
今度はボランティアとして
来るのですが
その時は
一生の別れというかんじでした。

冴子は
電車で
園田アパート
行きました。

車は
なかなか来ませんでした。

小さなお部屋ですので
掃除も済んで
待ったいました。

いつものように
渋滞していて
車は
園田のアパートには
到着しませんでした。

夕方になって
車がやってきて
荷物を運び込んでもらいました。

冴子は
窓から入る
夕日が
まぶしく見ました。

駆け落ちして以来
自分だけの夕食を
初めて作って
食べました。

ひとりで
あまり何もない
アパートで
ひとりで
食べると
悲しくなりましたが
泣きませんでした。

強く生きていくと
勇治と
あのとき約束したから
絶対に泣きませんでした。

アパートの家賃は
補助があって
当分の間は
負担は少なくなっています。

早く
仕事を
探して
自立しなければならないと
思いました。

ハローワークで
探しました。

たいした職歴もなく
技術もなく
普通の
中年の女性が
できる仕事は
少ないと
ハローワークのひとには
言われてしまいました。

冴子は
「どこでもいいから」と
付け加えてしまいました。

希望を
ぐっと落としても
1ヶ月あまり
面接を繰り返しました。

当時は
バブルがはじけて
不景気だった上
震災で
経済が混乱していたから
職探しは
大変でした。

そんな
面接を受ける合間に
避難所にも
ボランティアで
行っていました。

そんな体験を面接で話したら
そこの社長が
気に入ってくれて
めでたく
職が見つかりました。

新しい職場は
冴子のアパートから
自転車で
15分ほどの所にある
刻みキャベツを
供給する会社でした。

野菜サラダなどに使う
刻んだキャベツを
スーパーや
ファミレス
ハンバーガ−屋
弁当屋さんに
供給する会社です。

翌日から
多量のキャベツとの
格闘です。

冬は
大変な仕事ととなるのですが
仕事が決まって
名実ともに
勇治は
思い出の中のひとに
なってしまいました。

(今回で
震災関連の
お話は終わります。

もちろん
震災の傷跡は
何年何十年と
残ります。

もっと
もっと
そして
もっと悲惨なのですが
書くことができません。

目の前で
焼け死んでいく
人の話を
伝聞で
聞いたことがありますが
その後
それを思い出すたび
PTSDに襲われます。

ご想像下さい。


読者の皆様には
類推して頂きますよう
お願いします。)

冴子は
毎日
キャベツ工場に
通勤しました。

仕事ですから
楽なことなどないですが
テキパキと
片付けていかないと
たまってきてしまって
大変なことになってしまいます。

元々
冴子は
おっとりしている方で
テキパキとは
正反対の方です。

でも頑張っていました。

なるべく同僚の
女性陣とも
仲良くするようにしていました。

地震で
夫と店をなくしたことについては
話しました。

細かいことを
女性陣は
聞いてきますが
「目の前で
焼け死んだ」ことは
話せませんでした。

あまりそんなことを
はなすゆうきがなかったのです。

すこし
同僚たちとの間に
距離をおいていることが
同僚たちにも
わかったのでしょうか。

あまり
冴子には
話しかけないようになりました。

ある時
飲み会があって
ついて行くことになりました。

冴子は
お酒を飲みませんが
やはり
つきあいが大切にしないと
考えたからです。

食べる方にまわっていて
黙々と
食べているのが
女性陣たちには
少し変と
見えました。

二次会に
行きつけの
スナックに行きました。

スナックには
話の上手な
カウンターレディがいて
接待してくれました。







いろんな仕事があって
話し相手になって
仕事になるものがあるんだと
思いました。

私には
あんな風には
話せないと
感じました。

心にもないことを
初対面の
客に
言うなんて
誠実でないと
考えたのです。

昔
チューナーの工場の
検査係で
まじめに検査をして
大問題になった事件が
冴子には
心に残っていました。

そんな批判の目で
眺めていました。

他のみんなは
気を良くして
話が弾んでいましたが
冴子は
その中には入れませんでした。

冷ややかな目で見ていることを
同僚たちは
見ていました。

店を出る時に
入り口の横に
「求人
明るく元気な方」と
書かれていました。

冴子は
こんなところに
勤められる人は
嘘つきな人だと
思いました。

冴子は
やはり
どんなに大変でも
キャベツ工場で
働くしかないと
思いました。

        

2016年01月16日(Sat)▲ページの先頭へ
私の感覚は共感されないと思う

私が
世間の人とは
全く違うと
今更思っています。

友達を作る方法は
「尊敬」
「驚嘆」
「共感」だそうで
そのひとつでもあれば
友達になりたいと思うそうです。

「尊敬」や「驚嘆」は
普通の私には
到底無理ですから
最後の
「共感」に頼るしかないのですが
この共感は
同じ感覚を持たねばなりません。

例えば
同じ音楽を聴いて
「すばらしい」と
と思えば
共感すると言うことで
友達への
一歩となるかも知れません。

しかしながら
私の感覚は
普通じゃないですので
他の人と同じものを
共感することは
皆無です。

そう皆無なんです。

ケーキを食べて美味しいとか
スマホを使って便利だとか
自動車に乗って気持ちが良いとか
共感する要素は
いろいろあるのに
ケーキは食べないし
スマホは持たないし
自動車に乗るのは嫌いだし
共感しない。

私の嗜好は
新しい物なので
他の人は
当たり前ですが
その新しい物を知りません。

すなわち
他の人と
共感することは
無理です。

絶対に無理です。

というわけで
、、、、、、




__________________
驚嘆の例は
先が読めない様な人生です。
尊敬の例は
学術・運動などで群を抜いた成績をあげた人生です。

共感をもたらすものは
近い存在の親近感
軽い失敗談
確固たるポリシー


2016年01月15日(Fri)▲ページの先頭へ
ブログ小説「順子」その25

二年になると
授業や実習は
より専門的になりました。

順子には
すでに
「既知」のことでしたが
ついてこれない
学生もいました。

順子は
ついてこれない学生に
そっと
ノートを
見せようとしたのですが
それが
大きな問題となってしまいます。

クラスのみんなに知れ渡って
その人が
「やめる」といったのです。

順子は
困りました。

何とか説得して
思いとどめることができたのですが
順子は
医学より人間関係が難しいと
思いました。

コマーシャルは
二年生になって
続いていました。

小学生の服装で
かわいく踊るバージョンです。

テロップで
小さく
「イメージキャラクターの
順子は
現在医学生2年です。」と
出ていたので
だれもが
順子を知っていました。

助手の助手で
病棟に行くと
小さいので
すぐ見つかって
話しかけられることも
まれではありません。

そんなときには
ありったけの笑顔で
「勉強中なので
すみません」と
言っていました。

そのことが
余計に好感を持たれて
いました。

教授のなかには
それが
よくないと
思っていたものもいました。

神聖な大学が
穢れるとまで
思っていた
ある教授が
そのことを
順子に注意したのです。

順子は
心からわびた後
「私が
医師になりたいのです。

コマーシャルに出ないと
私は
医学部に行くことができません。

必ず
医師になって
教授の
ご期待に沿えるような
立派なものに
なりますので
どうか
お許しください」と
言うと
教授は
「わかった」と
言ってくれました。

2016年01月13日(Wed)▲ページの先頭へ
手作業でアール加工は難しい

ただ今
4発スピーカーの製作をしています。

木製で
角部分に
アール加工を施すことになっています。

4発スピーカーは
上部が
斜めになっていて
端部が
鈍角と鋭角になっています。

ルーターで
アール加工をするとき
鋭角部分は
少し大きめでアール加工ができます。

しかし
鈍角部分は
アール加工が
その構造状
ほとんどできません。

そこで
手作業です。

写真の様な
アール加工ができましたが
ダメです。

一部
不均一の部分が
あります。

もう一度やり直す予定です。


ところで
4発スピーカーの
キャビネットは
どのように作るのが
最善なんでしょうか。

密閉型らしいのですが
音はどのようになるのでしょうか。






ブログ小説「順子」その24

大学に入ると
コマーシャルの影響で
超有名人で
入学式では
テレビカメラも
来ているほどで
ニュースに
顔が映るほどでした。

そんな大学に入ると
同級生たちは
順子には
冷ややかでした。

医学部にくるほどの
学生は
それなりに
自尊心が強く
有名人の
順子に
反発があったのでしょう。

先生たちは
入試の結果を
知っていますので
有名だけではなく
実力も
持った学生だと
わかっていましたが
あまりも
小さいので
大丈夫かと
思っていました。

授業では
順子は
完璧でした。

前もって
教科書は
理解していましたし
授業中は
余談を含み
真剣に聞いていました。

実習も
真剣でした。

特に
順子の
「ノート」は
女の子らしく
いろんな色を使って
要点が書かれていて
時折欄外に
先生の余談やエピソードが書かれていて
図もわかりやすく書かれていました。

一年が過ぎると
表向きは
優等生の
順子に
反発をするものも
いなくなってしまっていました。

授業が終わると
すぐに
帰ってしまう
順子と
友達になるものはいませんでした。

順子は
小学生以来の
日課を
変えはしなかったのです。

空いた時間に
本屋にも行かないと行けなかったし
中ノ島の図書館で
江戸時代や
明治時代の相当古い書籍も
読破しようとしていたのです。

2016年01月11日(Mon)▲ページの先頭へ
卵を使わないガトーショコラを焼くと美味しいみたい

先日
こちらのブログで
書きましたが
卵の入っていない
ガトーショコラを
作りました。

卵が入っていないので
ふんわりとは
していませんでした。

というわけで
電気トースターで
焼いてみました。

焼けば
焼きチョコレートになるみたいです。

熱をかけたときには
柔らかくなるのですが
冷めると
硬くなるみたいです。
______________________________________

卵を使わないガトーショコラ



ブログ小説「順子」その23

高校生になっても
順子の
日課は
小学生のときと
ほとんど変わりません。

変わったのは
宿題は
学校の休み時間の間に
手儀はよく
やってしまうことくらいでした。

家業の
散髪屋が忙しいので
母親に代わって
高齢になった
おじいさんやおばあさんを
助けていました。

3年生になると
将来の進路が
話題になりました。

誰もが
順子は
医学部に行って
医師になると
思っていました。

順子も
そうしたいと
考えていましたが
それは
容易ではありません。

高校生時代は
学費が無料の特待生で
過ごせましたが
大学では
そんな簡単には
いかないと
思っていたのです。

先生に相談すると
「防衛大学校なら
学費は無料で
お給料までつく」と
言われたのですが
家からは遠くて
両親とおじいさんおばあさんを
置いてはいけないと
おもったのです。

近くで
学費がなくて
奨学金が出て
医学部である必要がありました。

そんなの無理かと思ったのです。

学校の先生や地域の人たちは
そのことがわかっていました。

そこで
探したのです。

スポンサーを
探したのです。

誰の目にも
優秀な医師になると
考えていた
順子を
医師にするための
「会」が
自然発生的に
出来上がったのです。

そんな会が
見つけてきたのが
地元では
有名な企業です。

順子を
イメージキャラクターに使って
宣伝して
その報酬で
大学の学費と
奨学金にするというものです。

その会社は
かまぼこを作っていて
コマーシャルに出るのです。

「かまぼこを食べたら
こんなに賢くなった」というのが
順子の役です。

順子は
かまぼこは好きですが
かまぼこを食べたら
賢くなるという
エビデンスは
当時はありませんでした。

抵抗はありましたが
みんなが薦めますので
それに従うことにしました。

こうして
高校三年生の冬に
テレビコマーシャルに
登場することになります。

小さくてかわいい
順子が
おいしそうに
かまぼこを
食べるだけの
映像です。

服装が
小学生ぽいので
知らない人が見ると
小学生が
かまぼこを
おいしく食べているとしか
見えませんでした。

コマーシャルは
大当たりして
かまぼこもよく売れ
順子も
有名になってしまいました。

そのおかげで
春からは
大阪福島の国立大学の医学部に通うことになりました。


2016年01月10日(Sun)▲ページの先頭へ
モフモフ抹茶カステラはいかがですか

私どもの
キスワンが目指す
目標は
ふたつあります。

ひとつは
前代未聞の食品を作ることと
もうひとつは
モフモフケーキです。

後者の方が
私は
ハードルが低いと
思っております。

柔らかくて
口の中に含むと
サーッと融けるような
食感が目標です。



そんなもののひとつが
完成したかも知れません。

もう一度
追試しないと
成功と言えないのですが
一応
報告致します。

女房殿は
どっしりと重いパウンドケーキが好きだそうで
モフモフケーキは
もうひとつという評価でした。

私の目指すところは
女房殿が
喜ぶところでは
なさそうです。

残念です。

 卵          1個
強力粉      30g
バター      47g
みりん風調味料47g
グラニュー糖 30g
抹茶     5g

55℃(外)6.5atm.70round
180℃25min.

抹茶は少ない方が良い。


2016年01月09日(Sat)▲ページの先頭へ
ブログ小説「順子」その22



本以外にも
順子は
多くの知識を得るために
たくさんの人と
交わることを
旨としました。

同好会やクラス
学校・地域のイベントには
積極的に参加しました。

そんなときに
順子は
人がどのようなときに
どのような感情になって
どのような動作をするかを
観察していました。

観察する以外に
順子は
気になることがありました。

会った人に
病気を
感じるのです。

病気の
臭いがするのです。

病院で
病棟ごとに
病室ごと
病人ごとに
その臭いが違うことから
その臭いが
どんな病気かわかるのです。

元気そうに見えても
がんの早期だったり
本人はまったくわからないのに
糖尿病だったり
するのです。

明らかに
病気なのに
それを
言うかどうか
いつも
順子は迷います。

何の資格もない
小さい順子が
「あなたは早期の胃がんですから
病院に
行くよう」と
いわれても
誰も信じません。

だからといって
黙って
見過ごすのは
できませんから
順子は
神様に
聞きました。

神様は
順子にとっては
一番の相談相手だったのです。

「順子が
思うようにしなさい。

その力を
与えておきます」と
神様は
答えてくださいました。

順子は
病気の人を見つけると
その人に
「病院に行きたい」と
思うように念じました。

本人が
行かないと
治療もできませんので
そのように
したのです。

このようなことを
念じなければならない人は
一日に
多い日は
3人くらい出てきて
順子は
わかっていれば病名も
その人に教えました。

魚肉ソーセージを作ろうとして失敗

昔はよく食べました。

魚肉ソーセージ
食べましたよね。

ウインナーが
薄く赤いのは
時間が経つと
色が変化して
商品価値が下がるので
前もって色を付けたそうです。

魚肉ソーセージじも
赤く色付けされていますが
同じ理由でしょうか。

話は変わって
先日より
魚肉を使ったあたらしい食品ができないかと
思って
魚肉のすり身に
ラードを入れて
香辛料も入れて
卵白と
小麦粉を混ぜて
キスワンで加工しようと計画したのですが
失敗しました。


先ず卵白だけ入れようとしたら
卵黄も入れてしまいました。

それから
ラードが溶けるようにと
高い温度55°に設定したら
魚肉が少し固まってしまいました。

魚肉をほぐしてから
すべきだったと
反省しました。

コショウも
少量過ぎたようです。

出来上がると
女房殿が
どういう訳か
絶賛でした。

魚肉が
拡散していないので
プツプツのが
良いと
評価してくれました。

いつもは
辛口の評価なのに
どうなんでしょう。

本当に美味しかったのでしょうか。



塩入魚肉のすり身100g
小麦粉   30g
大豆粉   30g
卵     1個
ラード   7g
鶏肉の脂  10g
ヘッド   10g
コショウ  少々

コショウは多いめが良いみたい
香草野菜も入れた方が魚の臭みが抑制できるかも





2016年01月08日(Fri)▲ページの先頭へ
ブログ小説「順子」その21

テレビゲームの
研究課題については
研究結果は
3ヶ月くらいたつと
順子には
わかっていましたが
信号のときのように
順子は
答えを
出しませんでした。

みんなで出すように
努力するのです。

それは
簡単では
ありませんでした。

思わぬものが
答えとなりかけて
反証を挙げて
それはとめました。

なんだかんだと
研究したり
討論したり
時には
コンパをしたり
楽しい時間を
過ごしました。

それ以上に
人間観察もでき
人との付き合いが
わかりました。

研究テーマについては
その答えが出るまで
2年余りが過ぎて
順子は3年生になりました。

順子は
高校三年生になっても
背は
小学生くらいしかなかった。

目が
くりくりとした
童顔であったので
小学生と
間違われることも多かったのです。

それで
いつも
高校の
だぶだぶの制服を
着るようにしていました。

小学生と
間違われないためでした。

順子の
読書力は
すごいと
みんなが思うほどでした。

学校の図書室はもちろんのこと
近くの図書館や
取り寄せができる
図書館の本の
すべてを
読破したといっても
過言ではありません。

すごい速読なのです。

それでいて
よく覚えています。

本から得た知識で
充分に
大学教授ほどの
知識は出来上がっていました。

新刊が
待ち遠しい順子は
近くの本屋さんや
遠くの大型店まで
足を伸ばして
立ち読みをしていました。

ひとつの本屋で
ながいをすると
迷惑をかけるということで
いろんな店を
はしごしていました。

順子は
小さいので
高い棚の本は
取れません。

店員さんに
頼めばいいのですが
本は
買わないのが
基本の
順子は
頼みませんでした。

そのことだけ
背が小さいことを
うらみました。

2016年01月05日(Tue)▲ページの先頭へ
ブログ小説「順子」その20

順子は
目立つことがいやです。

でなくなったのです。

クラブは
学校では
大きな存在で
クラブに入っていると言うだけで
有名人でした。

順子は
クラブの部長でもないので
対外的には
有名ではなかったのですが
クラブ内はともかく
学校内では
順子は
凄い存在でした。

次の
研究テーマを
学校や
クラブの者立ち
クラスメートは
順子に
せがみました。

「といわれても」と
思いました。

「私は
部長でもないし
そんな責任を
きせられても
困ります」と
言おうとしたのですが
優しい順子ですので
ぐっと押さえて
「また考えておきます」と
その場は言いました。


順子が
高校生の頃は
テレビゲームというのが
はやっていたのです。

喫茶店に
テレビゲームの台が
置いてあって
お金を入れて
ゲームをすることができます。

上手な人は
ながくできます。

順子は
一度もしたことがないし
したいとも思っていませんでした。

テレビゲームが
はやっていると言うことは
やる人が多いと言うことで
やりたい人と
やりたくもない人の
違いは何だろうかと
考えたのです。

その違いを
明らかにしたいと
考えました。







2016年01月04日(Mon)▲ページの先頭へ
ブログ小説「順子」その19

廊下の観測場所は
終始
和やかです。

順子は
長い時間
交差点を
観察して
ある確信を持ちました。

心の声を
聞けば
信号を守るか否かは
すぐにわかるのですが
そんなことをしなくても
わかる方法が
ありました。

次の瞬間
順子は
交差点で待つ
人や車が
守るか守らないか
交差点に来たときに
仲間に
言いました。

当たりました。

最初は
偶然かと
他の者は思ったのですが
当たり続けると
偶然ではないと
みんなは思い始めました。

1時間もたつと
羨望の目で
みられるように
なりました。

どのように見分けているのか
聞いてきました。

順子は
「それは長くなるので
明日
レポートを出します」といって
学校を帰ることになりました。

みんなは
顔を見合わせて
見送りました。

翌日
順子は
鉛筆で書いた
A4リポート用紙
3枚を
みんなに見せて
説明しました。

みんなは
わかったような
わからぬような
顔でした。

その
リポートは
先生にも回され
それから
先生の
知り合いを通じて
大学の先生も
回されました。

リポートを
検証するために
その後
たくさんの学識者が
学校にやってきました。

学校では
交差点が一番良く見える
3階の会議室を
同好会の
部室にして
その対応をしました。

テレビにも紹介され
同好会は
日本で一番有名な
クラブになってしまったのです。

順子は
そんな有名になってしまった
クラブには
顔を出さなくなりました。






2016年01月03日(Sun)▲ページの先頭へ
ブログ小説「順子」その18

球技大会以降
特進科の生徒の中には
運動クラブに
入るものが
多く出てきました。

何か活気のあるような
クラスに変わっていきました。

順子は
良かったと思いました。

順子は
サッカー部に
誘われましたが
その当時は
女子のサッカーは
なかったので
そう言う言い訳をして
断りました。

順子は
運動より
もっと興味があったものが
有ったのです。

順子は
人間に大きな興味が
あったのです。

そこで
順子を慕う
友達と一緒に
社会クラブという同好会を
作りました。

先生も
順子の力を
知っていたので
すぐに
賛成しました。

社会クラブでは
最初の
研究課題として
「信号を守る人はどんな人」という
ものにしました。

交通信号を
守る人と
車が来ないと
渡ってしまう人の
違いを
研究するというものです。

学校近くの
交差点が
廊下の窓から
よく見えるので
そこで観察するのです。

季節や時間
天候の違いなどで
変わっていくことがわかってきたのです。

同好会自体の
人気も
そんな研究で
上がってきました。

廊下で観察しながら
なんだかんだと
話をするのが
楽しいのです。

順子は
聞いているだけで
聞き上手だったのです。






こんなものを作ってしまった

私は
全く料理には
興味がありません。

経験や技術については
全くありません。

そんな私が
作ってみました。

誰でもできる
キスワンで作ってしまったのです。


美味しいでしょうか。

スポンジケーキ部分はパウンドケーキのレシピ
真ん中にチョコレートのクリーム
外側のピンクの生クリームはイチゴ入りの軽いものです。




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