ロフト付き は、おもしろい - 2015/10

ロフト付き って良いですよね。隠れ家というか何というか。
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『心をダイヤモンドのように
清らかで堅くて光るもの
にしてください。
神様が見ていて
助けてあげるようにと
私たち(妖精)にお命じになります。』
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2015年10月31日(Sat)▲ページの先頭へ
ブログ小説「スポンジケーキを作りたい」その2

正子の
両親は
背が高い
かなり大柄です。

父親は
電車の
乗り口で
頭を打つくらい
高かったのです。

正子は
小学校低学年の時は
そんなに
背が高くありませんでしたが
卒業式の時
「卒業生起立」という
アナウンスで
立ち上がったら
ひとりだけ
飛び抜けて目立ったのが
正子です。

正子を
最初に見た人は
決まって
「背が高いのね
何センチ」と
尋ねてきます。

正子は
それがいやでした。

でも
母親に
いつも
「女は
愛嬌よ」といって
教えられていたので
笑顔で
答えていました。

中学生になって
制服の採寸の時には
特注になってしまいました。

その
特注のスカートも
中学卒業の頃には
ミニスカートになっていました。

正子は
「節約」という
大原則から
新しい制服を
買って欲しいと
言い出せませんでした。


また
中学校になって
少しは
勉強をはじめましたが
世間の及第点には
及びませんでした。

しかし両親は
ものすごく悪かった
小学生の時より
成績が
上がったことを
心から
喜んで見せました。

両親は
「正子は
やればできる子」と
常に
誉めて育てたので
正子もその気になって
大学に行く頃には
十人並みになっていました。

成績は
十人並みでも
友達はいませんでした。

大学では
最前列に座って
先生の話の
要点だけを聞いて
他は
聞き流していました。

大学の先生からすれば
最前列に座るのに
勉強はしない学生と
映っていました。

最前列に座って
瞑想ではなく
別の勉強をしていました。

数学が好きなので
数学の問題を
解いていたのです。

単に好きというだけなので
正しく解けることは
少なかったのですが
そんな女学生でした。












2015年10月30日(Fri)▲ページの先頭へ
ブログ小説「スポンジケーキを作りたい!」

1
私は
新しもの好きです。

だからといって
他人様が作った
新しいものなど
興味はありません。

だから
スマホなど
全く興味がありません。


自分で作った
新しいものが好きなのです。

今からいえば
数年前
私が
世界に先駆けて
作った機器が
特許の査定を受けました。

その開発コードを
小社では
「kiswan:キスワン」と
呼んでいましたが
結果として
開発が成功したことになります。

利益が上がるかどうかは
全くわかりませんが
ひとまず成功と言うことにして下さい。


どのような過程で
開発が進んだかを
小説風に
書いてみたいと思います。

主人公は
もちろん
私なのですが
63才の爺さんが
主人公では
「花がない」です。

ということで
主人公は
この際
わかい女性ということにします。

正子ということにしました。

もちろん
私が書く
小説ですので
波瀾万丈とか
予想外の結末など
全くありません。

いつものように
期待しないでお読み下さい
__________________

正子は
昔
工キと呼ばれていた
尼崎に生まれました。

正子は
幼いときには
ものすごく
貧しかったのですが
正子が
10才になったとき
両親が
事業に成功して
貧しさからは
脱却していました。

お金持ちになっても
倹約と
節約
清貧の
暮らしを
正子の家族は
していました。

生活には
節約していましたが
両親は
事業に投資は
惜しまない
姿勢でした。

正子も
子供心に
「投資なくして成果なし」と
思っていました。

両親は
教育熱心でしたが
正子は
中学生になるまで
ほとんど勉強とは
ほど遠く
生きていました。

誰かと遊んで
時間をつぶすということではなく
正子は
いつも
瞑想していたのです。

瞑想の中では
プロ野球選手であったり
ケーキ屋さんであったり
猫であったり
月旅行していたり
もう
普通の想像を
越えていました。













2015年10月29日(Thu)▲ページの先頭へ
キスワンが特許査定

小社開発コード
「キスワン」の
主たる機器が
特許査定を受けました。

登録免許税を払うと
特許になるということになっています。

特許庁は
世界中の文献を
調べていますので
キスワンの機器は
たぶん
世界で
ひとつしかありません。



中央の機器が
圧力攪拌開放器です。

蓋が開いた状態です。

下にコンプレッサー
右に恒温器です。


チョコレート入り
スポンジケーキが
私のような
未熟なものでも
間違いなくできます。





2015年10月28日(Wed)▲ページの先頭へ
昨日の続き

伊豆の国市に
仕事で
昨日行ってきました。

朝早く出発して
段違い階段を取り付けて
急いで帰ってきました。

途中眠たくなったので
仮眠して
帰って来ました。

富士山の近くでしたので
サービスエリアで
富士山が見えましたので
写真をtりました。

雲間に見える
富士山でした。
やはり富士山は高い
雲の上に出ている所が
見えるんですよね。

凄いです。

それから
ナビで
伊豆の国市に行って来ましたが
ナビが少し古くて
東名高速道路を下りて
一般道で走っていきましたが
新しい自動車道路ができていて
帰りはそちらで
あっという間でした。


やはり
ナビは新しいものの方が
良いみたいです。







2015年10月27日(Tue)▲ページの先頭へ
伊豆の国市(静岡県)から仕事を終えて帰って来ました。

段違い階段がうまく付きました。
午後7時に帰って来ました。

眠たいので寝ます。

詳細は明日



今から伊豆の国市に行って来ます。

朝の3時に起きました。

2015年10月26日(Mon)▲ページの先頭へ
生ドラムを使った防音室付賃貸の公開実験

先にも
生ドラムを使った防音テストをしました。

しかしながら
防音テストで撮った
ビデオを見ると
受音室での
録画ができていたのですが
録音ができていません。

ビデオに
説得力が全くないので
再度行うことにしました。

それで
11月1日より6日まで
防音室付賃貸の公開実験を行います。

このお部屋で
周波数別の防音テストは



のようです。
もっと遮音性の高い防音ブースの作り方


2015年10月25日(Sun)▲ページの先頭へ
藻川に見られない鳥が

ロフト付アパートの
となりには
1級河川
藻川にあります。


秋にあった
この頃
白鷺の群れの中に
灰色の鳥が数匹いました。

写真で写っている
左です。

羽根の一部が
橙色の線があります。

鴨の一種かも知れません。

わかりませんが
藻川の
魚を狙って
やって来ているのだと
思います。







2015年10月24日(Sat)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その218

家督を
譲った頃には
4町歩の田んぼを
持っていた
野田家ですが
清左衛門は
これ以上
田畑は
増やさない方針でした。

これ以上増やすと
小作に出さなくてはならないからです。

小作人の
悲哀を
いやと言うほど
味わった
清左衛門ですから
小作には出したくないのです。

作男(家業を手伝わせる雇い人)の
待遇も
よく働いてもらっていました。

江戸時代の
奉公人の休みは
盆と暮れ
月に
一回程度でした。

勤務時間も
日が昇る時間から
夜遅くまで続きます。

今流に言えば
早朝残業
深夜までの残業で
働く時間は
15時間を超えるものです。

清左衛門は
先ず
日曜日は
休みにしました。

労働時間も
短くしました。

ゆっくりとできるために
地主になったのに
何も変わらなかったら
意味がないと
考えはじめていました。

おますも
何も言いませんが
清左衛門の方針には
大賛成の様子でした。






2015年10月23日(Fri)▲ページの先頭へ
次にもし生まれてくるときは「ちづちゃん(私の女房殿の名前)がいい」

私は
仏教徒です。

他の宗教のことは
わかりませんが
輪廻というのがあって
生まれ変わるらしいのですが
そんなことが
本当にあったら
いつも
「ちづちゃんに生まれ変わりたい」と
願っています。

女房殿に言うと
女房殿は
「私で良い」と言っていました。

来生で
女房殿が
ふたりいたら
少し困りますよね。

なぜ
女房殿が良いというと
、、、、、、、


そんなこと言えません。

でも
女房殿は
良いですよね。









2015年10月22日(Thu)▲ページの先頭へ
痛いのは気のせいの時も多いらしい

ながく続く傷みありませんか。

頭痛とか
腰痛とか
膝の痛みとか
ながく続きますよね。

あなたはどうですか。

先日
NHKのためしてガッテンで
放送していたのですが
気のせいらしいのです。

詳しくは
わかりませんが
視床下部が
関与しているそうです。


ところで私は
腰痛です。

突然痛くなって
身動きできなくなります。

でもこれが
気のせいだったのです。

動いた方が良いという助言で
休息するより
動いたときの方が
早く治るみたいです。

それから
エビデンスがないのですが
頭を動かさないようにして
肩だけを
左右に
2分振ると
気のせいの痛みが
なくなるそうです。

痛みが続く
あなたも
一度
運動しては
いかがですか。


__________________





2015年10月21日(Wed)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その217

家長を
退いても清左衛門の
家での発言は
絶対です。

清左衛門の
仕事に対しての
方針
今時で言えば
経営方針は
父親から受け継いでいます。

「一人前の
農家になるためには
最良の道具を
使わねばならない」と
いうものです。

「資本の投下なしに
利益なし」という
原則です。

その方針に従って
新しい農機具を
使っていました。

農耕牛を
小作人の
中で使ったのも
はじめてでしたし
鉄製の鋤を
使ったのもはじめでした。

明治時代の
中期になると
いろんな新しい農機具が出てきます。

草取りの道具も
買ったのも
はじめてでした。

それまでの草取りは
腰をかがめて
1本1本抜いていく方法でした。

新しい草取り器は
尖った車が
多数付いていて
それを
田んぼの中を押すと
草が
えぐれて
取れていくというものです。

相当
力がいりますが
腰をかがめなくてもいいので
楽ですし
何しろ
早いです。

取れない部分も
ありますので
あとから手で
取る必要になりますが
今までの
5倍くらいは
早いくなります。

野田家は
良い道具と
新しいものを使うことで
能率を上げて
省力化していました。



2015年10月20日(Tue)▲ページの先頭へ
右足に力が入っているみたいです。

あなたの利き足は
右足ですか
左足ですか。

互い違い階段を
深く研究している私としては
利き足が
どちらかが
重要な
要素です。

足には
利き足と
軸足があります。


軸足は
その名の通り
あまり動かさない足
利き足は
真っ先に動かす足です。

足で
ものを探ったりするのは
利き足です。

バスケットボールでは
軸足を動かさずに
方向を変えたりします。

そんな軸足と利き足ですが
やはり利き足の方が
力が強いのか
中敷きが
すり減ってしまいます。

靴は上部ですが
中敷きだけが傷むので
3回目の
交換をしました。

中敷きも
靴と同じくらい
丈夫だったらいいのに

たぶん靴は
死ぬまで持つように思いますが
中敷きを
死ぬまで
何回
変えるのでしょうね。




2015年10月19日(Mon)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その216

鶴松は
村はずれの
いずれの小作人とも同じ
あばら屋の当主となったのです。

と言っても
奉公の女中と
その母親しか居ませんでした。

小作地も
清左衛門が
受け継いでいて
家の前に
畑がある程度でした。

鶴松は
農業ができる才覚もないので
都合だと思っていました。

食事は
野田の家で食べたり
倉野の母親に作ってもらったり
していました。

もちろん
そのまかない費は
清左衛門が
出していたのです。

20才になった頃には
儒学の西宮の塾を
卒業して
大阪まで
出かけていました。


そんな
勉強三昧を
鶴松がやっていた頃
清左衛門は
55才を超えても
まだ田んぼで働いていました。

当時としては
充分に定年退職していても
かまわない年になっていましたが
昔取った杵柄で
働いていました。

もちろん
おますも
清左衛門について
働いていました。











2015年10月18日(Sun)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その215

明治になったからといって
何も変わっていませんでした。

「お家大事」の
鉄則は
全く変わっていませんでした。

家の喪失は
家族全員の死を意味します。

長男の相続が
慣習となっていた
今津でも
お家のために
長男を
廃嫡して
次男に継がせる例も
ありました。

しかし
9才の
次男に継がせるのは
異常です。

家長は
強い権限があるかわりに
大きな責任もあります。

そして
ここからが大事ですが
率先して
仕事をして
皆の信頼を
得なければなりません。

一人前の仕事が
9才の子供に
できるはずもありません。

清左衛門の真意は
家督を
仮に
弟の
伊之助に譲って
鶴松に
もっと深く考えて
欲しかったのです。

ちょうど
女中奉公に来ていた
倉野家の
父親が急死し
家督が
空席になっていました。

母親だけになっていて
清左衛門が
援助していたのです。

そこで
鶴松に
家を継がせることに
しました。










2015年10月17日(Sat)▲ページの先頭へ
タイム誌のオンライン版に梅田スカイビルのことが載っているらしい

昨日の
梅田スカイビルの件
出所を聞かれて
検索しました。

タイムズ紙のオンライン版に
出ているらしいのですが
お金を払っていないので
タージマハールとアヤソフィア しかわかりませんが
、、、、、、、、、



May 22 2008   http://www.thetimes.co.uk/tto/travel/holidays/specialist/article1739689.ece
関心ある方は
お金を払ってみて下さい。


あなたは見ますか。

たぶん英字ですので
英語がわからない私は
止めておきます。



蚊はなぜ絶滅しないの?

人類は
数多くの種を絶滅させてきました。

寒い所の
昔すんでいた
マンモス象を
1万年前絶滅させたのも
たぶん人類ではないかと
類推しています。


大形の鳥のエミューを絶滅させ
空が真っ暗になるほど居た旅行鳩を絶滅させた
人類ですから
蚊を
絶滅させることなど
赤子の手をねじるが如く容易ではないかと
思うのですが
無理なのでしょうか。


蚊のために
命を奪われる
人類が多いのに
なぜそれが
できないのでしょうか。

遠い未来に
無菌化した蚊に代わっても良いと思います。

そんな時には
蚊は
「絶滅危惧種」なっていて
蚊を叩いて殺すことなど
違法になっているかも知れないと
思うと
どうしましょう。

あなたは
蚊を見ると
反射的に
手で叩きますでしょうか。

私は
何も考えることになしに
叩いてしまいます。








2015年10月16日(Fri)▲ページの先頭へ
大阪のスカイビルから見たら

私の住んでいる
梅田スカイビルが見えます。

背が高くて
特長があるから
分かり易いです。

スカイビルから
園田を見たら
どうなのかというと
予想通り
園田がどこか
全くわかりません。

写真の
左の橋(十三バイパス)の
延長上にあるのですが
わかりません。

たぶん手を振ってもわからないと思います。

あなたのお住まいは
スカイビルから見えますか。


話は変わりますが
スカイビルは
世界的に有名なんですよ





ちなみに
園田から見た
梅田スカイビルは
こんな感じです

2015年10月15日(Thu)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その214

時間が流れました。

おますは
顔は
無表情ですが
心の中は
とても
心配でした。

清左衛門の顔を
見ていると
だんだん表情が
変わっていくのが
わかりました。

鶴松に
「早く答えたらわ」と
優しく言いました。

でも
無言の時間が
過ぎました。

明治時代ですから
家族で
親しくお話しするということが
ない時代だとしても
その無言の時間は
その場にいた
3人を息苦しくしました。

清左衛門は
気をながくと
心に言い聞かせながら
その時間を
乗り越えていました。

何時間の
時間が
流れたのでしょうか。

日が
西に沈みかけ
電灯などない時代
部屋暗くなってくると
清左衛門は
ついにしびれが
切れてしまいました。

「そんなに
家督を
引き継ぐのが
嫌なら
弟の
伊之介に
家督を譲って
わしは
隠居する。

お前は
村はずれの
倉野の家に
行きなさい」と
強い調子で
言ってしまったのです。

おますは
落胆した表情でした。

逆に
鶴松は
ホッとしていました。






2015年10月14日(Wed)▲ページの先頭へ
ラップランド貯金は貯まったけれど

私の子供が
小さかった頃
相当昔ですが
「ニルスのふしぎな旅」を
見ました。

少年が
こびとになって
雁のと一緒に
旅をするという物語です。

舞台は
北欧諸国にまたがる
ラップランド(スエーデン語)です。

北極に近いので
白夜と
オーロラが見えるそうです。

子供や
女房と話して
どのような成り行きで
そうなったかわかりませんが
ラップランドに
旅行に行くという話しになりました。

「じゃ 貯金」ということで
貯金が始まりました。

何しろ
家族揃って
ラップランドですから
相当貯めないと言うことになって
一斗缶で貯めはじめました。

それから何年
何十年経ったでしょうか。

一斗缶は
一杯になりました。

たぶん
二百万円くらい
貯まっているのではないかと
思います。

でも
ラップランドに行く気力が
ありません。

ラップランドで
オーロラを見るより
家で
一服している方が
楽ですよね。

あなたなら
ラップランドに行きますか。














2015年10月13日(Tue)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その213

清左衛門は
おますに
「話はやさしくしてください」
と念を押されているので
小声で話しました。

優しくと言う意味を
小声で言うことだと
理解していたのです。

怒ったときが
甲高い声なのだから
優しくは
小声というのは
一応
筋が通っていると
考えていたのです。

鶴松は
いつもの
よく通る
清左衛門の声と
違うので
びっくりしていました。

びっくりしていて
その言葉の内容が
理解できませんでした。

清左衛門は
再び
「家督を譲るので
頑張ってみるか」と
言いました。


鶴松は
清左衛門が
言っていることは
一応理解できました。

前もって
用意していた
答を
言おうとしました。

でも
声が
出ないのです。

父母の前に来ると
何も声が出なくなってしまうのです。

「謹んでお受けします」と
言おうとするのですが
声が出ません。

焦れば焦るほど
口が
動かなくなりました。








2015年10月12日(Mon)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その212

鶴松は
あとで生まれた伊之介との違いを
強く感じていました。

鶴松が
小さい時には
父親と
話したことなどない
伊之介は
何度も話している
母親は
伊之介の服を着せたり
お風呂に一緒に入ったりしているのに
鶴松には
そんな記憶がないのです。

父母に言わせれば
鶴松が
小さい時は
宮水運びが
最盛期で
仕事が
本当に忙しかったので
鶴松に
かかわれなかったのです。

逆に
伊之介が生まれたときは
既に
宮水運びは
ほとんどなくなっていて
それに
地主になっていて
手伝う人も
多くできていたから
時間に余裕があったのです。

それに何より
伊之介が生まれたことには
仕事をする
元気が
少しなくなって
子供と
遊んでいたのだというのが
原因のひとつです。

塾の先生は
「末っ子ほど可愛いのが
世の常」と
言っていましたので
鶴松は
その言葉を
逆にとって
「末っ子以外は
可愛くない

長男は可愛くない」と
父母の本当の心とは
全く正反対のことを
考えていたのです。

正座して
この考えが
頭の中で
膨張して
その考えだけが占めてしまいました






2015年10月10日(Sat)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その211

座敷に座ると
凄い緊張です。

遠くの方で
弟の
はしゃぐ声が聞こえました。

鶴松は
その時に
考えました。

私が小さい時は
父母は
とても忙しくて
私の面倒なんか
全く見なかった。

私は
叔母さんに
育てられたと
記憶しています。

父母と
遊んだことなど全くありません。

もちろん
明治維新の頃ですから
小作人の
子供が
親と遊ぶことなど
あり得ないことです。

しかし
親子ですから
話くらいすると
思うのです。

遠くから
父母の
働いているのを
見ているだけです。

少し大きくなれば
勉強のことや
塾のこと
仕事のことなどを
話すると思うのです。

鶴松には
その記憶が
全くありません。

歳の離れた
弟の
伊之介とは
父母は
親しく話しているのにと
鶴松は
思っていました。






「死ぬようになって新しく買う必要はない」

大恩ある私の母は
96才まで生きました。

60才くらいから
「死ぬようになって新しく買う必要はない」と
言って
新しいものを
買うことを嫌いました。

そんなことを言って
三十数年生きていました。

私も最近
同じような言葉を
女房殿に
言っています。

特に服などは
ここ数年
買ったことがありません。

服が丈夫なのか
私の動きが緩慢で傷まないのか
女房殿がうまく繕っているためか
わかりませんが
買ったことがありません。

「死ぬようになって新しく買う必要はない」という
言葉が
本当になるか
空振りになるか
わかりません。

あなたは
如何でしょうか。

前途洋々ですから
買っておられると思います。

そうでしょう。







2015年10月09日(Fri)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その210

鶴松にとっては
ホッとしましたが
単に
少し時間が
先に伸びただけで
何の解決もありません。

心配して
母親は
鶴松に
「頑張って
家長を
継ぐと
言うんだよ」
優しく
言ってくれました。

鶴松は
その気持ちはあるのですが
口から
その言葉が
父親の前に行くと
出てきません。

冬の
農閑期ですが
できる仕事を
鶴松は
やっていました。

鶴松にとっては
頑張って
やっているつもりでしたが
みんなには
そうは見えなかったのです。

そうは見えないと言うことを
その視線で
鶴松は
わかりましたから
余計に
萎縮してしまって
動きが
ぎこちなくなって
悪循環になってしまいました。

度々
おますは
優しく言ってくれました。

年が明けて
事始めの日に
再び
清左衛門に呼ばれて
座敷に
正座しました。

鶴松は
「頑張って
家長をします」と
言おうと
心の中で
思っていました。








防音にはふたつの難関があります。

防音には 質量則と言う 公式のようなものが あります。
遮音性能は 質量と周波数に比例するというものです。
さて この質量則は あくまでも 遮音壁が 平たくて 共鳴しないような構造で
かつ 音が垂直に入射するという前提です。
しかし 実際の遮音壁は 千差万別です。
音も四方八方から 入ってきます。
質量則に従わない ことになります。
従わない所は 二箇所です。
高音側と低音側に 質量則より 遮音性能が劣る所が出てしまいます。

低音側の低減は空気バネによるもの

低音側は 2重壁等に出る効果です。
これは 音圧が遮音壁を押すと
その裏の空気が 反発して押し返す現象が起きます。
裏の空気の反発を 仮想「空気バネ」と言います。
遮音壁には 固有の振動数があります。
同じように 空気バネと言われるように それにも固有振動数があります。
この固有振動数が 同じのときに
共鳴して 音があたかも通りやすくなったように なります。
これが 低音側の低下です。
この現象は 100Hzから400Hz程度の音できます。
空気バネを起こす空気層が薄いほど 高い音で共鳴を起こします。
逆に空気層が厚ほど低い音で起こします。
空気バネが起こらぬよう吸音材を入れる方法がありますが
完全には防ぐことは不可能です。

高音側の低減はコインシデンス効果によるもの

高音側の低減は どのような遮音壁にも起こる現象で
コインシデンス効果と呼ばれています。
その詳細は 入射した音の周波数と
材の固有振動数
(材全体が揺れるような振動数ではなくて 材が波打つように揺れるような 振動です。)
が 共鳴して
あたかも透過しやすくなるような 現象です。
材の固有振動数は 剛性・厚み・面密度の違いによって 異なりますが
厚みが増すほど 剛性が増すほど 周波数は低減します。
即ち コインシデンス効果の周波数も 剛性が増すほど 厚みが増すほど 低音側になります。
コインシデンス効果の周波数は1,000Hzから5,000Hzです。
下図はコインシデンス効果の周波数で高周波側に落ち込みあるグラフです。
なお下図は2重壁になっていませんので低周波側に落ち込みはありません。
単層の遮音壁の遮音グラフ

低減をさせないためには

質量則のグラフより 低減させない方法は 次の方法が 上記のことより 導き出されます。

上記対策の内背後空気層を厚くして吸音材を詰め込み著しく違う遮音材を使った遮音壁のグラフです。
低減をできるだけなくした防音室の遮音グラフ






2015年10月08日(Thu)▲ページの先頭へ
レモンの木の世話は大変らしい

レモンの木は
虫が付きやすく
世話が大変のように
私には見えます。

数時間
小さな庭で
虫取りです。

私には
悪戦苦闘のように
見えるのですが


「あれは楽しみだから
苦にならない。

楽しんでいる」と
女房殿は言っていました。

楽しんでしているとは
知りませんでした。

楽しみで
できたら
良いですよね。

私には
そのようなものが
ないのです。

何か捜そうかしら




















2015年10月07日(Wed)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その209

209
清左衛門が
言ってから
だいぶ時間が過ぎましたが
鶴松は
返事がありません。

清左衛門は
気が長い方で
ゆっくりと
鶴松の返事を待っていました。

清左衛門が
鶴松を
見れば見るほど
萎縮してしまって
鶴松は
ますます声が出ません。

数十分の
沈黙の時間が流れて
気長な
清左衛門も
しびれを切らして
「家長になったら
しっかり働いて
くれるか」と
少しだけ
大きな声で
言ってしまいました。

別に
怒鳴ったのでもないのですが
家長の力は
当時絶対でしたから
もう
気を失うぐらい
緊張してしまいました。

おますが
優しい声で
「大丈夫よね

できるわよね」と
付け加えましたが
鶴松は
顔面が
蒼白になってしまいました。

誰が見ても
病人のようになってしまいました。

おますがそれを見て
「体が悪い様子だから
この辺にしましょう。

旦那様」と
清左衛門に言ったので
清左衛門も
心の中で
「仕方がない」と
思って
うなずきました。













今年もレモンは豊作らしい

我が家の
小さな小さなお庭には
レモンの木があります。

もちろん
レモンの
番をしているのは
女房殿で
私は
ただ見ているだけです。

柑橘類は
虫が付きやすく
あっという間に
葉っぱがなくなってしまいます。

女房殿は
毎日見回り
虫を
取っていました。

無農薬で
育てています。

近くに農薬を与えるような
所はありませんので
レモンの木は
無農薬です。

採れる
レモンは
無農薬レモです。

レモンは
皮を
レモネードで
食しますので
無農薬は
良いですよね。


貴重な
レモンは
まだまだ収穫まで
時間が掛かるようです。











2015年10月06日(Tue)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その208

明治17年の
無事に
収穫も終え
農作業も
少しだけ一段落して
みんなが
ホッとしている時
清左衛門は
あることを考えていました。

家督を
譲って
隠居したいと
思っていたのです。

まだまだ働けるのですが
いつまでも
出しゃばっていたら
お家のためにならないと
考えていたのです。

はやく
鶴松に
家督を譲って
家長としての
自覚を高めたいと
思っていたのです。

雨が降って
麦の農作業が
できなかった日
鶴松を
座敷に呼んで
話をしました。

おますも
同席しました。

「今年の
収穫も終え
来年は
鶴松が
仕切ってくれないか」と
いきなり
言いました。

鶴松は
ものごころついたころから
父親の
清左衛門と
直に話したことは
初めてでした。

父親に
突然そんなことを
言われて
少し慌てました。

鶴松が
日々習っている
儒学では
「親に孝」は
鉄則ですので
親の言いつけに従うのが
子のつとめと
頭の中では
考えていました。

しかし
鶴松は
上気して声が出てきません。









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