ロフト付き は、おもしろい - 2015/07

ロフト付き って良いですよね。隠れ家というか何というか。
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2015年07月31日(Fri)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その78

荒壁だけの
家は
隙間だらけです。

天井もなく
かやぶきの屋根が
下から見えるのです。

寝ていると
上から
虫や
ヤモリ
蛇なんかが
落ちてきたりすることも
あります。

雨露が
しのげるだけで
幸せと
思っていたのです。

しかし
大雨の時には
雨は漏るのが普通でした。

家の床は
土間の部分と
板張りの部分があります。

畳の部分は
座敷のところだけです。

亀太郎が
いつも寝起きをしているところは
板敷になっています。

家は
夏の暑さと
冬の寒さ
和らげるものでなくてはなりません。

冬と
夏は
相反しますので
普通は
夏に合わせてあります。

座敷の
窓は
雨戸と
フスマになっています。

フスマの
紙は
相当貴重なものなので
高価なものです。

北側の
亀太郎の部屋の窓は
連子窓になっていました。








2015年07月30日(Thu)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その77

秋のお月見の時に
飾るあのススキを
刈り取ります。

1軒の家の屋根を
葺くのに要する
ススキの量は
半端ではありません。

人手も要りますので
村の助け合いで
葺きます。

一年に
何軒も吹き替えできませんので
前もって決まっていました。

宮水運びをしたくても
茅葺きの
手伝いに
動員されてしまうのです。

地主さんの家は
瓦葺きで
茅葺きでないの
その面からも
地主は良いと
亀太郎は思っていたのです。

壁についても
ただで手に入る
材料を使います。

竹藪で
竹を取ってきて
壁に
格子状に
組みます。

藁縄で
いわえて
頑強に作ります。

田んぼの土で
特に細かいものを
水で練って
藁を入れて
塗り込みます。

裏からも
同じよう塗って
下塗り完了です。

地主さんの家なら
この上に
細かい砂を混ぜた
中塗りをしたあと
漆喰を塗って
出来上がりですが
お金のない
小作人らは
粗塗りという
これだけで終わりになります。






2015年07月29日(Wed)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その76

清左衛門の家は
里道と同じくらいの高さです。
道の北側に
敷地があって
形ばかりの
木の門があります。

まわりは
これまた
形ばかりの
木の塀があって
腐ったところが
所々
修理してあります。

門を入ると
右側に便所
まっすぐ進むと
母屋
左が倉庫です。

母屋の作りは
敷地を固めて
延べ石を回します。

軟石を
6寸の4寸くらいの
長さ3尺から4尺程度に
加工したものです。

壁の下に
ぐるっと
突き固めながら
回します。

その上に
木の柱を立てます。

もちろん建てただけでは
倒れてしまいますの
壁のあるところには
柱同士を
貫という部材で
貫くように
接合します。

貫は
下から地貫中貫鴨居貫と呼ばれています。

柱の上に
桁を回し
桁の上に
梁を渡します。

梁の上に
束を立て
その上に
母屋を渡して
垂木をその上に渡し
茅受けを渡して
茅葺きとします。

今津の横の
枝川は
荒れ地になっていて
ススキが
繁茂していました。

そのススキを
刈り取って
使うのです。






2015年07月28日(Tue)▲ページの先頭へ
どの絵が奥行きがあるように見えるでしょうか

錯覚を利用して お部屋を 大きくする方法として お部屋に 濃い色 ポスターを使います。 奥行きあるように見えるでしょうか。 ロフト付賃貸のコーディネート


2015年07月27日(Mon)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その75

水飲み百姓の
小作人なら
泥棒とは
全く無縁のものです。

しかし
曲がりなりにも
銭を
蓄えた
清左衛門の家は
心配でした。

皆には
お金がない風を
装っていました。

別に
装わなくても
誰が見ても
貧乏所帯であるように見えたのですが
清左衛門は
そうだったのです。


そんな
清左衛門の家は
村はずれの
里道に沿ったところにありました。

江戸時代初めには
小作人の家は
おおかた
竪穴式住居だったのですが
幕末のこの頃には
そのような家に住んでいる人は
いません。

竪穴式住居のような
掘っ立て小屋は
長持ちしません。

それの方が
非経済的だったのです。

江戸時代の終わり頃の
家の作り方は
その当時の
技術としては
確立した合理的なものでした。

まず
建てる敷地を
少しかさ上げします。

水田は
低い方が
水がよく入ってきます。

洪水の時に
田んぼに残される
土砂などが
あまっているので
それで
一応
土盛りをします。

お金持ちの
大地主さんは
洪水に遭わないように
石垣を積んで
高くしていました。








2015年07月26日(Sun)▲ページの先頭へ
モフモフのチョコレートスポンジケーキはできるでしょうか

私には
大きな夢があります。

今までにないような
世界初で
そして
簡単に作ることができる
モフモフケーキを
作ろうとしています。

しかしながら
なかなかできません。

小社の開発名は[kiswan」です。

上の
チョコレートスポンジケーキの
レシピ

卵           1
ミルクチョコレート 100
生クリーム37%    70
バナナ        70
強力粉        10
コーンスターチ    10
砂糖         30
       2atm
       180℃ 35分
アルミ38mm角形 

比重は0.6



今度は
強力粉をもっと少なく
コーンスターチを少し多め
バナナを少なめ
生クリームを多めに
冷えてから脱型

長編小説「昭和」その74

亀太郎が
宮水を
運んでいる
酒蔵は
相当景気が良さそうです。

年明けには
新しい
酒蔵を
作ると
言っていました。

京都や江戸への
清酒の販売だけでなく
地方への
販売も好調でした。

灘の清酒の
名声は
幕末の頃
全国に知れ渡っていました。

宮水を運ぶ
亀太郎たちにも
酒蔵は
期待を寄せていました。

宮水の確保は
絶対条件だったのです。

利害が
一致した
酒蔵と
亀太郎は
ともに繁栄していきます。

おますとともに
宮水を運んだあと
藁細工も
しました。


春になると
農仕事が
忙しくなります。

それと同時に
宮水運びも
終わります。

宮水運びの代金を
酒蔵へ
ひとりでもらいに行き
同じくらい
銭を
懐にして
帰りました。

帰りの途中
村では
札付きのものに
出会いそうになったので
走って
帰りました。

お金など
持ったことのない
亀太郎は
心配だったのです。



2015年07月24日(Fri)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その73

清左衛門は
亀太郎は
やはり
家督をゆずるのに
充分なものだと
思いました。

そして
嫁のおますの信頼も
上がりました。

清左衛門は
倉の
一番奥の床の下に
新し
秘密の金倉を作って
銭を蓄えました。

銭は
相当かさがありますので
大きなものを
作りました。

みんなには
内緒です。

おますは
亀太郎には尋ねませんが
入った金額は
概ね理解していました。

雨上がりの日に
宮水運びをして
5回目を運んで
大変疲れた時に
大八車の
後ろに
おますを載せて
歩いている時に
「三年経ったら
田んぼを買おう」と
亀太郎は
そっと言いました。

おますは
三年で
地主になれるのかと
心の中で
大喜びしました。

月明かりのなか
ふたりは
きっと
実現する夢に
胸を
ふるわせました。







議員定数十減十増はおかしいぞ

国会議員は
国民の代表と言うことになっています。

国民の代表ですから
国民のすべての代表でなければなりません。

少なくとも
各地域から
選ぶべきです。

しかし
議員定数の改訂で
合区になるところがあると聞きます。

一票の格差の是正のために
行われなければ
ならないと
主張しています。

是正なら
もっと他の方法があります。

歳費合計を変えずに
議員定数を
倍にする方法です。

それなら
国民の負担は
増えないばかりか
それに対して
国民の意見は
より細かく
吸い上げられることとなります。

国政の理想です。

日本の議員歳費は
諸外国に比べて
割高です。

半額になっても
志の高い
議員が減るとは
到底考えられません。

私はこの方法しか
ないと考えております。

あなたはどのようにお考えですか。









2015年07月22日(Wed)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その72

口には出しませんが
小作人なら
誰しも
地主になることを
願うのは
当然です。

しかしそれは
実現が
絶対できない
夢です。

現金収入が
ほとんどない
小作人が
田んぼを
手に入れることなど
全く不可能です。

しかし
状況は
少しずつ
変わり始めていたのです。

ふたりは
それに気が付いていました。

代々小作人の
亀太郎の家でも
現金収入が
入ってくるあてができたのです。

年末になると
その夢は
夢ではなく
達成可能な
計画に変わりました。

節季(盆と暮れの時期)になると
酒蔵が
水運びの代金の
支払を始めたのです。

300回あまり運んだ
亀太郎は
清左衛門と一緒に
酒蔵に行きました。

今までに見たことのない
銭です。

それもまとまった
その銭を
見た時は
びっくりしました。

銭は
糸を通してあります。

清左衛門は
満足そうでした。

亀太郎を見て
「よくやった。
いくらか持っていくか」と
尋ねてきました。

「すべて
蓄えておいて下さい」と答えました。

銭をもらった
連中の中には
西宮へ
遊びに行くものも
多くいました。







2015年07月21日(Tue)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その71

亀太郎と
おますは
ふたりだけで
仕事をしていました。

現代では
夫婦が同じ仕事をしている方は
少ないかも知れません。

江戸時代なら
夫婦が
同じ仕事をすることは
当たり前のことでした。

人口の
9割が
農業従事者であった
江戸時代では
夫婦が
揃って
農作業をするのは
当たり前でした。

しかし
亀太郎と
おますのように
ひとつの
大八車を押して
仕事をすることは
希です。

女性が
非常に
大変な仕事である
大八車のあとを押して
男と同じ仕事をすることは
希だったのです。

おますは
前にも言ったように
身の丈
6尺の
大きな女性でしたが
やっぱり
女性です。

おますが
その
大変な仕事を
できたのは
ひとえに
精神力です。

何が何でも
お家の隆盛を
高めることを
ふたりは
言葉も交わさず
理解し合っていたのです。

ふたりの夢は
ただひとつ
「自作農」になることだったのです。




2015年07月20日(Mon)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その70

体が温まってくると
傷みも
和らいで
その日も
5回運びました。

次の日も
5回
宮水運びをしました。

1週間くらい
経つと
体が出来上がってきて
相当の早さで
運ぶことができるようになりました。

しかし
5回が限度のようでした。

もう少し
日が長くないと
6回は
無理だと
ふたりは
話をしました。

雨の日は
宮水運びは
できないことに
なっています。

雨水が
混ざることを
酒蔵が嫌がるためです。

雨の日は
休んで
藁仕事をしていました。

雨が止むと
すぐに
大八車を
出して
宮水運びをしました。

しかし
雨上がりは
大変です。

ぬかるんだ
地道を
細い車輪の
大八車が
進むと
めり込んで仕舞うのです。

行きはともかく
帰りの荷がある時には
少々の力では
抜け出すことなど
できません。

かけ声とともに
一緒に力を出して
やっとこさ
抜け出すのです。

また轍(わだち)が
深く出来上がっているところなどで
曲がる箇所があって
やっくりいかないと
倒れてしまうし
ゆっくり行っていては
乗り越えられないし
そんなところでは
手を焼いたものです。

うしろの
おますは
それがわかっていて
力加減をしてくれていました。

亀太郎は
おますは
「良い相方」と
心の中で
思いました。







2015年07月19日(Sun)▲ページの先頭へ
「ガトーショコラ」を通販で買ってみました

私は
スイートを作っています。

試作しております。

しかしできたものが
市販のものと
どれだけ違うかを
調べるため
通販で買ってみました。

比べてみます。




2015年07月17日(Fri)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その69

後ろの
おますに
亀太郎は
「ゆっくり」と
言いました。

おますは
言われたとおり
ゆっくり押しました。

さかも
スピードが出ないように
大八車を
引っ張りました。

ゆっくり
月明かりの中を進んで
酒蔵に着きました。

酒蔵の門は
仕舞っていましたが
言って開けてもらい
水を納め
大福帳に書いて
手形をもらって
帰りました。

酒蔵の番頭さんが
「夜まで大変だ」と
言っていました。

家に着く頃には
月は
高いところまで
あがっていました。

清左衛門も
田んぼの仕事を
終わって
帰っていて
食事を
待っていてくれました。

「ご苦労」と
清左衛門は
亀太郎に
声を掛けました。

ふたりは「ただ今帰りました」と
言って
手足をゆすいで
夕食の座に
座りました。

翌日
おますは
全身筋肉痛でした。

農作業で使う
筋肉と
違うところの
筋肉を
使っていたのだと
思いました。

しかし
筋肉痛で
休むことなど
許されるわけもありません。

同じように
朝早く
大八車を
引っ張って出発しました。


2015年07月16日(Thu)▲ページの先頭へ
新国立競技場の屋根は

新国立競技場の
話題が大きいですが
私は
派遣法改悪の方が
大切だと思います。

派遣法は
生活に直結しています。

一方
国の借金は
既に
1000兆円という
天文学的数字で
二千数億という数字など
誤差範囲内のようにも感じてしまうので
感覚が麻痺しているのが
怖いです。

ところでこの屋根ですが
一級建築士の私の
意見ですが
キールと呼ばれる
アーチを
掛けるのだそうですが
なぜ長辺方向に
掛けるのか
理解に苦しみます。


アーチにかかる
力は
スパンの
2乗に比例しますので
短辺方向に掛ければ
1/4になるのではないでしょうか。

自重もありますので
もっともっと
小さくて済むとおもいます。

それとは別に
アーチではなく
ケーブルで
吊り下げる方法なら
もっと安価に
作ることができると思います。

吊り下げる方式で
もっと格好良く
デザインできなかったのか
残念です。

部外者の意見済みません。

私は
完成するまでに
生きておりませんので
勝手なことを
言っておりますが
ご了承ください。


若い方は
1000兆円の方が
気になりますよね。

もっと気にした方が
良いですよね









台風のため東京には行きませんでした。

昨日
東京へ
互い違い階段の配達で
東京行きを
言っておりましたが
台風のため
中止しました。

来週になりました。

お施主様申し訳ございません。








2015年07月15日(Wed)▲ページの先頭へ
明日は東京に行きます。

階段の配達のため
東京に向かいます。

台風が来ているのに
大丈夫でしょうか。

わかりません。

たぶん台風は来るのでしょうね




長編小説「昭和」その68

その時
亀太郎とおますは
始めて心が
通じたように感じました。

言葉には出しませんが
笑顔がそれを意味していることを
お互いに思いました。

昼食を
食べて
大八車を
引っ張りました。

4回目に
酒蔵に着いた時は
まだ
西の空の太陽は
高かった。

亀太郎は
「今日はこれで終わりにしよう」と
おますに言いました。

おますは
「まだ明るいので
行けます」と
答えたのです。

亀太郎は
その言葉を聞いて
少し迷いました。

普通の人なら
一日2回なのに
もう
今日は
4回も運んだので
充分だと考えられます。

亀太郎は
おますの
真剣な目を見て
「もう一回行くか」といって
早足で
井戸に向かいました。

井戸に着いた時には
もう薄暗くなっていて
井戸水を
桶に入れて
帰り始めた頃には
暗くなっていました。

初冬の
日は
つるべ落とし
すぐに真っ暗になりました。

その日は
一三夜で
月明かりで
酒蔵まで向かいました。

橋から落ちないように
ゆっくりと進みました・








2015年07月14日(Tue)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その67

坂を下りて
しばらく
草の生えた
地道を
進むと
酒蔵に着きます。

酒蔵で
水を下ろして
大福帳に記入してもらって
新しい手形をもらって
もう一度
西宮の井戸に向かいます。

亀太郎は
おますを見ました。

肩で
息をしていて
少し疲れているように
見えました。

黙って
大八車の後ろを
押していました。

亀太郎ひとりの時より
早いことだけは確かです。

それに楽です。

坂を上る時など
本当に楽でした。

亀太郎は
大八車の
後ろを
押したことがありますので
相当
おますは
疲れているだろうと
思っていましたが
何も言いませんでした。

二度目の水を運んだ時には
まだ昼にはなっていませんでしたが
お昼にすることにして
家に帰りました。

外で
ふたりは
手足をゆすいだときに
亀太郎は
「疲れた」と聞きました。

おますは
「疲れていません」と
少し笑顔で
答えました。


2015年07月13日(Mon)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その66

おますが手伝った最初に日
前掛けに
いつもの野良着
わらじのいでたちです。

結婚するまで
男たちと同じように
田んぼを耕していたので
体力には
自信がありました。

亀太郎と
おますは
声を掛け合うこともなしに
大八車を
西宮に
向かって進み始めました。

夜も明けあらぬ
未明です。

暗い道を
何も乗せていない
大八車は
西宮へ
急ぎました。

冬の朝は
遅く
着いた時も
薄くらいでした。

井戸番に
手形を出してから
井戸から水を
汲み上げて
桶に
入れました。

浅い井戸ですから
すぐに
一杯になって
蓋をして
今津に帰り始めました。

その日は
天気が続いていたので
道は乾いていて
車輪を
取られることも少なく
1番目の川までやって来ました。

川は
天井川で
坂を上らなければなりません。

おますは
大八車を力一杯押しました。

亀太郎は
その力を得て
サッと上ることができました。

2番目の川も
サッサと乗り越え
木の橋を
渡り
坂道を
走るように
下りていきました。

亀太郎も
おますも
大八車に
付いていきました。














2015年07月12日(Sun)▲ページの先頭へ
リヤカーを押す人は大変

私は
6才まで
非常に貧しかったです。

母親が
事業で
成功するまで
我が家は
農業をしていました。

大変幸せでしたが
非常に貧しかったのです。

私も
形ばかり
手伝いました。

邪魔をしていたという方が
良いかもしれませんが
手伝いました。

リヤカーの後ろを押したことがあります。

非常に
疲れます。

たぶん前の人より
疲れると思います。

昔の人は
偉いと思います。

仕事もえらいけど
人間も偉いと思います。




長編小説「昭和」その65

結婚できたのは
将来は
家督を継いで
清左衛門になると言うことになります。

亀太郎は
それを
自覚していました。

そこで
頑張っていました。

宮水運びも
頑張ることにしました。

そのことを
おますに言うと
「手伝う」と
答えてくれました。

頑強な
男でも
大変なのに
女性の
おますには
無理で
すぐに音を上げると
亀太郎は
はじめは思っていました。

大八車の
前のかじ棒をもつ者と
後ろを押す者がいます。

普通は
前の者の方が
大変だと思っていますでしょうが
それが
後ろで押す者も
大変なんです。

前の
歩調に会わせて
押さなければならないし
右に振られ
左に振られて
振り回されるのです。

後ろを押すのは
大変なんです。

その後ろを
買って出たのが
おますです。




2015年07月11日(Sat)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その64

草の生えた
穴ぼこの
地道を
鉄の輪の
車輪が行きます。

重い荷物を積んだ
大八車は
右に揺れ
左に揺れ
よろよろと
進んでいきます。

しかし
亀太郎は
諦めません。

おますが
後ろを
押してくれているのです。

最初の一回は
とても大変でした。

橋から
落ちそうになりました。

距離にして
2Kmほどです。

往復で
普通に歩けば
1時間ほどです。

荷物を積んでいないなら
大八車を
引っ張って
1時間半ほどかかります。

水を載せていると
どんなに力を入れても
2時間は掛かります。

積んだり下ろしたりする時間も入れると
3時間程度かかってしまいます。

それに
非常に疲れます。

1日に
屈強な小作人でも
2回程度
欲を出しても
3回が限度です。

亀太郎も
最初はそうでした。





2015年07月10日(Fri)▲ページの先頭へ
遮熱塗料は選ばないと

小社の
賃貸の
屋根には
遮熱塗料を塗っています。

日本の夏は暑いので
少しでも
和らげるためです。

私の
推論では
日本中の屋根に
遮熱塗料を塗ると
ヒートアイランド現象が
少しは緩和し
ひいては
地球温暖化もほんの少しだけ
遅らすこともできるのではないかと
思っています。

今日
昨年の春に
遮熱塗料を塗った屋根に
上りました。

塗ったところと
塗っていないところに
手を当ててみましたが
ほとんど同じ温度なんです。

今年の初め塗った遮熱塗料の効果は
バッチシなのに
昨年塗った遮熱塗料は
全然です。

そこで
塗り直すことにしました。

夏の屋根塗装は辛いです。

特に
遮熱塗料は
赤外線領域の光を
反射しますので
辛いです。

いわゆる照り返しです。

少し曇っていたので
やってみました。

二回塗りですが
下塗りをしたら
効果覿面です。

手を当ててみましたら
新しく塗った遮熱塗料は冷たく
昨年塗った遮熱塗料は熱かったのです。

遮熱塗料と書いてあっても
効果は
大きく違うのですよね。

新しい遮熱塗料の効果を測ったもの
ロフトの暑さ対策 遮熱塗料の効果測定


長編小説「昭和」その63

宮水は
夙川の伏流水です。

夙川は
西宮村の
向こう側にあって
今津郷では
井戸を掘っても
宮水が出ません。

軟水がでてしまうのです。

お酒を造るためには
適度な
硬水が必要です。

と言うわけで
宮水を
今津郷の造り酒屋さんは
運んでくることになります。

その水を
運ぶのを
今津の小作人は
請け負うことになります。

酒造りは
ちょうど農閑期なので
「もってこい」の
仕事でした。

大八車に
木桶をつんで
西宮の
宮水の出る井戸から
水を買って
今津の村の外れにある
造り酒屋に
運んでくるのです。

途中川をふたつ
渡らなければなりません。

大八車は
ゴムタイヤの付いた
リヤカーとは
全く違います。

木のホイールに
鉄の輪が付いていている
荷車です。

車輪の幅は
細いのです。

そして道は
舗装など絶対にない
地道です。

これらの条件で
大八車に
重い水を載せて運ぶと
どうなるかは
すぐにわかります。


2015年07月09日(Thu)▲ページの先頭へ
よーく考えると意味がわからない

テレビのCMで
なにげに見ていたら
意味がわかりません。

考えれば考えるほど
わかりません。

バカになったのでしょうか。

そのコマーシャルは

「事故も起こしていないのに
保険料があまり変わらなくて。
通販型もいいかなって。」

です。

あなたも見られたに違いないと思います。

保険料を話題にしていて
条件が
「事故も起こしていないのに」
ですよね。

保険料があまり変わらなくては
変わるのですから
昔と比べて
安くならないと言っているのではないかと
思います。

もう少し言うなら
「事故も起こしていないから
安くなってもいいのに
保険料が安くならない。
だから
通販型もいいかと
思う」と言っているのかと
思います。

何か変だと思うのですが
わからないです。





長編小説「昭和」その62

結婚式に
身分をわきまえない
贅沢をした分
働かなければなりません。

亀太郎は
宮水運びをはじめたのです。

幕末それから
明治維新
時代が大きく変革していき
新しい
富裕層が
出来上がってきます。

酒も
一般的になってきて
飲むのが当たり前のような
時代がやってくるのです。

清左衛門の家は
今津にあります。

今津は
清酒で名高い
灘五郷のひとつです。

今津には
今も
ワンカップ大関で有名な
大関酒造が
今もありますが
創立は300年前です。

江戸の末期は
今津の浜から
江戸への物流が便利なため
清酒作りは
盛んになっていました。

特に
灘五郷の
清酒が
日本中に
有名になるのは
宮水のおかげです。

宮水は
熱心な酒造家が
宮水が
酒作りに
適した水であることを
亀太郎が
生まれた頃に
発見しました。

宮水は
もともとは
今津村の隣村である
西宮の水ということです。

亀太郎が
結婚した頃になると
宮水の
効能は
知れ渡り
今津の昔からある
酒蔵にも
宮水で作ることになります。










2015年07月08日(Wed)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その61

結婚するとなると
貧乏な小作人でも
一応
結納と言うことになります。

形ばかりの
のしアワビなど
縁起物を
少々です。

結婚式は
夜です。

今津の隣村
津門村の出身で
長女です。

嫁入り道具とともに
はじめて
清左衛門の家に入ってきます。

1Kmほどの道を
もちろん歩いて
清左右衛門の家に向かいます。

清左衛門が出迎えます。

男性は
羽織袴
女性は
紋付きです。

今で言えば
フォーマルのどんな席でも
羽織1枚で
対応できるのです。

貧乏な小作人には
ありがたい習わしですが
羽織自体も
小作人とっては
高価なものです。

提灯が飾られ
高価なろうそくに
火が付けられます。

謡曲が
上手な親戚が
謡って
盛り上げます。

「高砂」が
狭い家に
響き渡り
そのあと
食事となります。

いつもの
麦ご飯と違って
その日は
白ご飯となります。

お頭付の魚も振る舞われて
相当な贅沢です。

江戸時代も
終わりの頃となると
見栄が
そんな風な習慣を
定着させたのかも知れません。


2015年07月06日(Mon)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その60

おますは
背が高い
大柄の女性です。

代々
清左衛門の家では
大柄の女性を
結婚相手に選んでいます。

非常に
過酷な
仕事をこなすためには
頑丈な
体が必要です。

華奢な
女性より
精悍な女性の方が
家を安泰にする力は
大きいと考えるのは
普通の考えです。

清左衛門も
大柄です。

亀太郎は
仕事を始めた時には
ひ弱な少年でしたが
二十歳の頃には
村一番の背でした。

同じ長さの
備中(田おこしのために使う
三本の歯のクワ状のもの)を持っていても
小さく見えるくらいでした。

大柄な
男に
大柄の
女性が結婚したのは
文久3年のことです。

明治維新が
もうすぐという時期でした。

亀太郎31才
おますは22才のことです。

小作人の
娘が
家を出る方法は
結婚以外ありません。

選ばれた人だけできる
結婚です。

結婚するのが良いのか
結婚しないのが
良いのかは
人生最後にならないと
わかりませんが
さほど変わらないと言うことが
この時代の常識です。

しかし親に結婚と言われれば
結婚するしかないのです。



2015年07月05日(Sun)▲ページの先頭へ
長編小説「昭和」その59

結婚が
遅くなる理由には
もうひとつあります。

当時は
兄弟の中で
男子が結婚できるのは
ひとりだけです。

ふたり結婚させると
家の数が増えてます。

家の数が増えても
生産手段の田んぼの広さは
増えませんので
お互いに
共倒れとなってしまいます。

家の数を増やすことを
「田分け者(たわけもの)」と言って
当時としては
絶対に守るべき
掟だったのです。

兄弟の中で
一番兄に
普通は
相続する権利があります。

しかし
長男が
病弱だとか
仕事に実が入らないとか
人望がない場合は
そのような者に
家督を譲って
家人全員を
路頭に迷わすことなど
あってはならないと
すべての人は
考えていました。

若くして
結婚すると
人格が
急変することや
急死することが
あるので
小作人は
遅く結婚するのが
常識です。

亀太郎が
29才になった時
隣村の
「ます」と結婚することになります。

見合いでもなく
親が決めたものです。

結婚する当日まで
遠目に見たことがあっても
話し合ったことがありません。

当時の
女性の名前は
ひらがなで
二文字が断然多く
呼ぶ時には
「お」をつけて
呼びます。

三文字になって
呼びやすいというのが
理由です。

妻となる
ますは
おますと呼ばれることになります。





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