ロフト付き は、おもしろい - 2014/05

ロフト付き って良いですよね。隠れ家というか何というか。
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『心をダイヤモンドのように
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2014年05月31日(Sat)▲ページの先頭へ
ブログ小説「超幸運な男」その18

映画より
話が好きです。

どんな映画だったかさえ
覚えていませんでした。

そんなふたりが
結婚するのは
自然の成り行きでした。

勝は
「戦争で
天涯孤独」と
言って
親戚はいないと
相手に言っていました。

結婚式は
新郎側の
親戚の出席はありませんでした。

代わりに友達とか
宗教関係者とかが
出席した
暖かい雰囲気の
結婚式でした。

結婚を機に
和菓子店を
また辞めて
今度は
彼女の
家の近くの
建材屋さんに
勤めました。


当時は
セメントや
砂・左官土などを
販売していました。

ダンプトラックが
あるくらいで
人力で運びます。

力のいる
仕事です。

勝が運転できると言うことで
高給で
雇われることになりました。

ふたりで暮らすので
お金も必要でした。

もちろん
勝の奥さんは
専業主婦です。




2014年05月30日(Fri)▲ページの先頭へ
アルミの弁当箱

皆様は
お弁当の思い出
ありますでしょうか。

お弁当は
どなたが
作られていましたでしょうか。

私は
幼稚園と
小学校は
給食がありましたので
それ以外は
お弁当を
持って行きました。

小学校の遠足や
運動会
中学校
高校
大学
そして
就職した3年間
私は
弁当を持って
行きました。

結婚するまでは
私の母に
結婚してからは
私の女房殿に
作ってもらいました。

弁当を
忘れて
学校まで
持ってきてもらったことも
多いのです。


上の写真は
たぶん
小学校の頃まで
持って行った弁当箱です。

中学校からは
もっと大きな
弁当箱です。

懐かしいですね。

長い間ありがとうございました。




2014年05月29日(Thu)▲ページの先頭へ
ブログ小説「超幸運な男」その17

今までは
話せなかったのに
こんなに
うまく話せるなんて
夢のようです。

相手の女性は
凄く納得していて
視線が
優しく感じました。

言っていることは
事実のこともあれば
少し
大げさに言っていることもあれば
全く事実無根の事実を含んでいました。

というか
後にならないと
わからないことですが
事実無根の話が
多かったようです。

俗に言う
「ほら」です。

でもそう思わせさせないことが
勝の
偉いところです。

「ほら」かどうか
わからなかった
女性は
勝の
隣に座って
勝と
仲良く
話していました。

和菓子店の
定休日と
彼女の定休日が
同じだったのも
勝にとっては
幸運です。

休みのたびに
当時は
新しい言葉の
デートしていました。

映画に行くのが
主な
ものでしたが
帰り際に
公園で
話をするのが
ふたりの楽しみでした。






2014年05月28日(Wed)▲ページの先頭へ
防犯カメラは防犯の抑止力となるのではその3

防犯カメラを
犯罪防止の
抑止力になるのは
防犯カメラが
あることが
不審者に
すぐにわかることです。


高い位置の
防犯カメラではなく
目立つ
低い位置の
防犯カメラが
有用です。

何台もつけていますので
防犯カメラに
いたずらしようとするものも
録画できます。



防犯カメラの設置箇所は6カ所です。

6台です。
防犯対策アパート

2014年05月27日(Tue)▲ページの先頭へ
ブログ小説「超幸運な男」その16

和菓子店では
1年経って
下働きから
少し菓子作りが始まって
面白くなってきたところです。

月初めには
新作の和菓子を作るのが
その店の
決まりでした。

職人たちは
新作を
作って
出来栄えを
話し合うことになっていました。

勝も
春でしたので
桜若葉を
かたどったものを
発表しました。

最初の作品でしたので
まだまだと
自分では思っていました。

でも
みんなは
高評価で
店に並ぶことになって
大変喜びました。

勝は
たくさん
自分で買って
宗教団体の集まりで
配りました。

例の
気になっている
女性にも
渡しました。

その和菓子を
作った時の
様子や
作り方を
何度も
話したのです。

自分でも
わかい女性に
こんなにうまく
話せるんだと
自信を持ってしまいました。














かねてより作っていた防音室のプロモーションビデオ

楽器を使える
防音室を
作っていましたが
出来上がったので
プロモーションビデオを
作りました。

カスタマイズの一環で
防音室を作りました。

このお部屋では
トイレも
セパレートタイプにしました。






防音アパート

防犯カメラは防犯の抑止力となるのではその2

人が住みたいところは
駅が近くて
便利なところです。

交通の便利なところは
不審者も
やってくることが
簡単です。

「木は森に隠せ」というように
人通りの多い
駅近くの方が
新参者の不審者は目立ちません。

不審者は
どこからでもやってきますので
やってこないようにする方法が
必要です。

その方法のひとつは
防犯カメラです。


防犯カメラが付いていると
犯罪を起こしても
すぐつかまるから
止めておこうと
思わせることが
大切です。

即ち
防犯カメラが
付いていることが
不審者にもわかることが
必要です。

そのためには
目立つところに
カメラを
取り付けることだと
思います。

さて問題です。

下記の写真に
防犯カメラが
いくつ付いているでしょうか。

小さい写真で
わかりませんよね。

でも
見付けて下さい。

もしわかった方がおられましたら
左より
メール下さい。







防犯対策アパート

2014年05月26日(Mon)▲ページの先頭へ
ブログ小説「超幸運な男」その15

勝は
今度は
職安に行くことにしました。

いつもは
友達とか
チラシで
応募するのです。

当時の職安は
朝鮮戦争のこともあって
求人難になっていました。

いろんな仕事をしてきた
勝ですが
食品加工は
したことがなかったので
食べ物商売にしようと
思いました。

何より軽いのが
いいのかと
思っていたのです。

和菓子店に
就職しました。

そのころ
妹が
和菓子屋の人と
結婚したので
そんなことも
動機です。

和菓子店では
新入りですので
下働きから始めました。

ものを運んだり
容器を
洗ったり
しました。

和菓子店では
古くなった
お菓子が残ると
もらうことが出来たので
持って帰って
宗教団体の
集まりで
みんなに配って
喜ばれまた。

宗教団体の中では
「カブ」があがって
みんなに頼りに
されるようになりました。

頼りにされると
頑張るタイプの
勝で
和菓子店で
お金を出して
買って帰るようになりました。

そんな宗教団体の集まりに
ひとりの
女性が
やって来ました。




園田では遺跡発掘調査が行われています。

園和小学校の中世〜弥生時代の深田遺跡発掘調査
園田は
古い町です。

弥生時代の遺跡も
そこらここらに
あります。

少し掘れば
遺跡が見つかるらしいのです。

園和小学校は
園田の駅前にあって
相当古い鉄筋コンクリート造です。

耐震化する必要があるので
地面を掘削することになり
遺跡調査となりました。

深田遺跡発掘調査と言うらしいです。

中世〜弥生時代の遺跡発掘調査らしいのです。

弥生時代は今から2200年前に始まります。
中世は今から約400年前で終わります。


1800年間の遺跡ですって

ながすぎますよね。


園和小学校の校庭は
掘削した土を仮置きするために
おおきな山が出来ています。
たぶん標高5M位あるみたいです。








2014年05月25日(Sun)▲ページの先頭へ
防犯カメラは防犯の抑止力となるのでは

犯罪を
抑止するのが
防犯の
最大の目的です。

実際起こってしまえば
被害者の損害を
完全に
復旧することは
難しいことも多いのです。

「ここでは
犯罪を起こしたら
すぐにつかまってしまう」と
思わせるように
防犯をすることが
肝要です。

そこで
防犯カメラを
もっとたくさん設置しました。

それも
高い位置ではなく
目線の高さで
目立つところに
設置しました。

あまりにもたくさんあるので
すぐにわかると思います。

明日写真を
出してみます。






防犯対策アパート

ブログ小説「超幸運な男」その14

勝の人生で
最大のエポックは
この宗教団体に
入ったことです。

これから
勝の
幸運な人生が始まります。

宗教団体では
夜間に
会合があります。

宗教上の
いろんな疑問を
解決する勉強会と言うことになっていますが
わいわい
ガヤガヤ
話をして
その後
ある言葉を
何度も唱えるだけです。

みんなが
友達となるような
団体でした。

もちろん
恋愛相談なんかも
ありました。

結婚の仲人の様なことも
よくやる団体です。

勝を勧誘した
おばさんは
勝が
隣の女性に
好意を持っていたことを
知っていました。

しかし
おばさんは
勝が言い出すまでは
黙っていました。

勝が
この女性のことを
おばさんや
宗教団体の
みんなに話すことは
ありませんでした。

何となく言えなかったのです。

そして
2年が経ち
この店を
辞めました。



2014年05月24日(Sat)▲ページの先頭へ
私は安産だったらしい


以下は
母に聞いた話です。

私は
安産だったらしいのです。

朝から
陣痛がきたので
母は
滅多に焚かない
白ご飯を炊いて
食べた後
近所の酒屋から
電話をしました。

電話番号は
753番だったそうです。

七五三
七五三参りと言うことらしいのです。

阪急バスに乗って
猪名寺から
やって来て
瓦宮のバス停を下りて
100Mほど行ったところが
我が家です。

五時のバスで
着て
後産まで処理して
六時半のバスで
帰ったそうで
相当安産だったそうです。

私は
3600グラムあったので
おおきな赤ちゃんだったのに
安産で
よかったです。

母は
35歳ですの
高齢出産だったのに
私が言うのも何ですが
親孝行な息子でした。

でも
本当に私は
親孝行な
息子でしたでしょうか
今は
悔いるばかりです。





ブログ小説「超幸運な男」その13

勝には
片思いだったんです。

まだ
勝は
若くて
話すことが出来なかったんです。

そのために
遠くから見ているだけだったんです。

そんな気持ちを
知っていたのは
同僚の中で
最古参の
おばさんでした。

そのおばさんは
勝とは馬が合うのか
話し上手というのか
よく話をしました。

そのおばさんが
ある宗教団体に
属していることを
勝は知りませんでした。

別に
勝に勧誘したいと思って
おばさんも
勝に近づいたのではなかったのですが
話の端々に
宗教のことが
入ってしまったのです。

勝は
宗教とは
無縁の
人間でしたが
人と仲良くなる
ツールとしての
宗教が
良いなと考え始めました。

宗教の教えは
あまりよくわかりませんが
わからなくても
「これは使える」と
思いました。

と言うわけで
おばさんに
あまり誘われていませんでしたが
宗教団体に
入会しました。

その宗教団体は
まだまだ創生期で
大きくなる前だったんです。

現在では
もう
日本の政治を
左右するほどの
存在になっていますが
当時は
まだまだの
時期で
勝は
その宗教団体の
成長ともに
大きくなります。





2014年05月23日(Fri)▲ページの先頭へ
私の名前は「正三」になるかもしれなかったらしい

私の名前は
「正治」と言います。

父親が
決めたと
母から聞いたことがあります。

戦後の動乱期が過ぎて
今で言えば
コンプライアンス
法遵守
社会正義が
叫ばれている時です。

「正」の字を
使ったのかもしれません。

父にとって
私は
5番目の子供で
男子では
3番目です。

それで
正三と
名前をつけようと考えたのかにしれません。

しかし
一番兄は
9歳の時に
亡くなったのです。

そこで
2番目と言うことで
正治と
したのかと思います。


今となっては
わかりません。









ブログ小説「超幸運な男」その12

運送会社を
辞めて
今度は
またお店に勤めることになります。

車に乗って
ウロウロするのは
しんどかったのです。

当時の道は
凸凹だらけの上
車も
快適でなかったので
仕方がなかったかもしれません。

お店なら
良いかと思ったのです。

でも
その当ては
外れました。

運転が出来るというので
配達を委されたのです。

重い荷物を持って
配達です。

積み卸しの時に大変です。

今なら
パレットに載せて
ホークリフトで
運ぶようなものなのに
手で積み卸しをしていたのです。

大柄な
勝も
音を上げるような
重い荷物です。

でも
仕事をよく変える
勝なのに
この仕事は
「嫌だ
嫌だ」と言いながら
少しだけ永く
勤めます。

その理由は
店の隣に住んでいる
女性のためだったのです。

その女性は
勝よりは
10才くらい
年上でした。







2014年05月22日(Thu)▲ページの先頭へ
私は生まれた時九百五〇匁だったらしい

何となく
亡くなった
母のタンスを見ていると
私のへその緒が見つかりました。

子供の時にも
見たことがありましたが
何十年と見たことがありませんでした。

へその緒と言っても
箱しか見ていません。

箱に
九百五〇匁と
書いてありました。

グラムに換算すると
3562.5グラムだそうで
少し大きめの
赤ちゃんだったようです。

記憶にありませんが
、、、、、、、







ブログ小説「超幸運な男」その11

その会社は
すぐに辞めました。

そして
別の運送会社に勤めました。

今度の運送会社は
東京まで
行く便です。

夕方出て
翌る日の昼頃
東京に
着く予定です。

しかし
高速道路のなかった頃ですし
戦後まもないので
国道でも
舗装もないところもあって
到着は
遅れに遅れます。

ふたりで
運転を代わりながら
東京へ行って
また
荷物を積んで
帰ります。

朝鮮戦争が
日本中を
好景気にしていて
勝が勤める
運送会社も
景気が良かったのです。

お給料も
増えました。

転職すると
給料が
増える時代でした。

もちろん
転職しなくても
給料が
増えるのですが
勝は
そんな風に考えずに
転職したら
給料が増えると
考えていました。

もらったお給料も
貯めるのではなく
パーッと使っていました。

親譲りの
浪費家だったのかもしれません。

それに
お給料が
多いと入っても
少し贅沢をして
お酒でも飲んだら
無くなる額だったのです。













2014年05月21日(Wed)▲ページの先頭へ
誰でもわかる昭和30年クイズ 碍子その3

碍子は
電気を配線するために使います。

電気を絶縁する
電線の覆いは
今はしっかりしていますが
塩化ビニル樹脂が
実用的に使われるまでは
ゴムを使っていました。

ゴムは
時間が経つと
劣化して
めくれてしまいます。

そこで
めくれても大丈夫なように
線自体を絶縁しているのです。

裸線でも
火事や漏電が起きないように
碍子で家に固定していたのです。

では
問題です。

こんな電気の配線を何と言うでしょうか
1.碍子引き工事
2.開始工事
3.コイシ工事





























正解は
1.碍子引き工事
です。

私は
第2種電気工事士ですので
100vの碍子引き工事を
する資格を持っています。

でも
私には出来ません。

残念というか
別に良いというか
そうなんですけど











2014年05月20日(Tue)▲ページの先頭へ
誰でもわかる昭和30年クイズ 碍子その2

碍子
ガイシは
「さまたげるもの」
と言う意味らしいのです。

さて
何をさまたげるでしょうか。

1.ネズミ
2.電気
3.ゴキブリ





































正解は
2.電気
です。

電気をさまたげるもの
電気を通さないもの
即ち
絶縁材なんです。

陶器でできていますので
電気を通さないのです。

昭和35年頃までは
絶縁材として
安価なプラスチックスが
出回るまでは
絶縁材は
陶器が
安価で手に入りやすい材料だったのです。


どんな風に使うかというと



ガイシをネジで取付 電線を針金で取り付ける。

2014年05月19日(Mon)▲ページの先頭へ
誰でもわかる昭和30年クイズ 碍子

皆様のお住まいのお家は
いつ頃
建築されましたでしょうか。

歴史のある
お住まいでしたら
江戸時代
明治
大正の頃でしょうか。

昭和でも
昭和35年頃までは
次の写真の様なものが
使われていたと思います。


もちろん
江戸時代の建物でも
最近電気工事をされた家は
もちろんありません。

この写真のものは
何という名前でしょうか。

大きさは
3cmの円柱で
陶器製です。

いくつも使います。


1.ガイシ
2.コイシ
3.セキシ






























正解は
1.ガイシです。

表題に書いてありますよね。

碍子って

でも
私は
ガイシとは読めませんでした。

英語では
Insulator
と言うそうです。

碍は
訓読みで
「さまたげる」と
読むみたいです。

即ち
さまたげるもの
というようなものでしょうか。


何をさまたげるのでしょうね。

明日はこの続き


2014年05月18日(Sun)▲ページの先頭へ
ブログ小説「超幸運な男」その10

とにかく飽き性の
ひとつところに
永く居られない性格は
死ぬまで続くのです。

店を辞めてから
運送会社の助手として
勤めました。

当時のトラックは
ふたり乗務が義務づけられており
助手として乗務しながら
運転を
習っていました。

これから先
いろんな職業に就く
勝ですが
資格を得たのは
運転免許だけです。

大型免許を
いくつもの
運送会社を
渡り歩いている間に
取得したのです。

その運送会社は
6ヶ月で
辞めました。

積み卸しが
しんどかったのが
主な原因ですが
付いていた
運転手が
気にくわなかったのも
あります。

そんな理由で
次の仕事は
丘の仕事でなくて
海の仕事となります。

西宮の港の
引き船に乗りました。

はしけを引いたり
おおきな船の
入港を手助けしたりするのが
仕事です。

勝は
歌手の田端良夫のファンで
マドロスに憧れていたのです。

そこで
船乗りの
求人を見て
応募したのです。

口がうまいので
うまく就職できたのですが
外国へは
もちろん行きませんし
港から
外に出ることさえ
しません。

狭い西宮の
港を
ウロウロするだけの航海です。

外国に行けると思っていたので
勝はがっかりです。



3重の防音室の防音テスト

楽器もガンガンに使えるお部屋として
製作しておりました
防音アパートの
3重の防音室が出来ました。

防音テストをしました。

まずまずの結果です。

これを糧に
さらなる防音に努めたいと思います。

詳しくは
3重の防音室

2014年05月17日(Sat)▲ページの先頭へ
ブログ小説「超幸運な男」その9

次の仕事は
一転
お店の店員です。

近くの店で
今で言えば
コンビニのような
「何でも屋」です。

インフレが
起きていた時代で
ものが売れにくい
時でした。

その店に住み込みで
勤めました。

この店員の仕事が
勝を
今の言葉で言えば
「スキルアップ」させました。

その店の
店長は
凄く厳しくて
毎日毎日
接客の仕方を
教えたのです。

言葉使いや
心を掴む方法など
何度も何度も
教えられました。

この
修行で
勝は
口がうまくなったのです。

人の心を
先回りして
掴む方法を
体得できたのです。

この
仕事は
2年ばかり
続きました。

話が
上手になって
客と話し込んでいたら
店長に
叱責され
それが原因で
辞めました。

飽き性の
性格だったので
もう
勝の言葉を借りれば
「もう充分」だったのです。













2014年05月16日(Fri)▲ページの先頭へ
ブログ小説「超幸運な男」その8

住み込んでいる
親方の
お母さんが亡くなると
かばってくれる人が
いなくなって
何か緊張が
なくなってしまいました。

ある日
勝は
いつものように
失敗しました。

それを
親方は
いつものように
叱りました。

いつもは
頭を下げて
聞いているフリをする
勝でした。

しかし
今日は
頭を上げて
まともに聞いてしまいました。

そして
口答えをしてしまいました。

売り言葉に買い言葉
親方も
激しくなって
ふたりは
大げんかとなります。

その日の内に
勝は
親方の家を出て
しまいます。

5年勤めた
ところを
辞めたのです。

この5年が
勝に人生で
一番長く勤めた
ところだったのです。

この先
同じような理由で
仕事を
転転と
変えていきます。

とりあえず
友達が
修行している
家に
行きました。

親のところには
親が生きている間には
一度も行きませんでした。





















2014年05月15日(Thu)▲ページの先頭へ
防音アパートを作るためにグレモン錠を購入しました。

防音アパートの
開口部は
隙間がないことが
必要です。

隙間なく
ドアを締め付け
かつ
ドアの内外から
開閉が可能なようにするには
グレモン錠でなくてはなりません。

グレモン錠は
少し高いので
困ります。

それに3重ですので
三個入りようです。

インターネットで
買いました。

メーカーから直送です。

メーカーの箱にもちろん入っています。

小さくて見えませんが
、、、、、、、、、、
、、、



防音アパート

ブログ小説「超幸運な男」その7

勝は
父親よりも
祖母や叔母と暮らしていた方が
気楽だと思いました。

でも
気分屋で
それでいて放任
食事の世話もしない
短気ですぐ怒る
両親がいやでした。

年末
勝は
知り合いの
大工の手伝いで
泊まり込みで
神戸の方に行っていました。

親方の家に
泊まり込んでいたのですが
年が明けても
そこでやっかいになっていました。

親方は
気むずかしいですが
親方のお母さんに
可愛がられて
居心地がよかったのです。

住み込みになっても
特に
勇治は何も言いませんでした。

母親は
役立たずの
勝がいない方がましと
思いました。

そんな日々が続いて
すっかり
勝は
父親とは
もう付き合いが
なくなってしまいました。

5年が経ちました。

勝は
大工の手伝いから
大工の見習いになっていました。

大柄で
力はありましたが
手先は
それ程器用ではなく
まだまだ見習いで仕事をしていました。

新人が入ってきて
勝を追い越してしまいました。

勝にとっては
そんながっかりすることが
起こった時
可愛がってくれた
親方のお母さんが
突然他界しました。












2014年05月14日(Wed)▲ページの先頭へ
ブログ小説「超幸運な男」その6

帰って来た勇治は
別に
勝を可愛がるでもなく
世話をしていた
千代やけいに礼を言うでもなく
単に
いつのように
食事をして
寝ていました。

勇治は
小学校を出て
すぐに
左官の修行をしたことがあって
戦後の
復興期には
左官としての
仕事が
あって
金には
困らなかったようです。

しかし
仕事でえたお金は
酒や賭け事で
パート使う有様でした。

年末になって
勝の母親も
同じように帰って来ました。

狭い納屋では
暮らせないので
もともと住んでいたところの
近くに
家を借りて
住むことになりました。

千代や
けいは
移り住むことは
出来なかったので
勝兄弟だけが
新しい家に引っ越ししました。

実の親と住み始めた勝は
既に
国民学校を卒業して
疎開先の
近くの店で
下働きを
していました。

新しい家に移ると
父親の
勇治の
手伝いのようなことをしたり
同じ仲間の
大工の手伝いのようなことを
していました。

妹は
まだまだ小さいのに
学校から帰ると
家の掃除や洗濯料理などを
母親にさせられていました。

頻繁に
ふたりは
連れ添って
遊びに出かけることが
多く
家には
ほとんどいませんでした。

父親は
気分屋で
機嫌が悪いと
何もないのに
勝や妹に
当たり散らしました。

そんな
父親が
嫌いでした。




2014年05月13日(Tue)▲ページの先頭へ
ロフト付アパートの企画書


商品    ロフト付アパート

特徴    高いロフト
      広いロフト
      明るいロフト

      風通しがよいロフト
      上りやすいロフト

誰に    入居者
      一人暮らしを始める人
      お部屋を求めている人
      新しいお部屋を求めている人
      今のお部屋に満足できない人
      おおきなお部屋に住みたい人
      食事空間と就寝空間とを分離したい方

裏付け   ロフトの高さは140cmから210cm
      ロフトは広さ4畳以上
      開閉可能な天窓あり
      上りやすい互い違い階段付き

得られるもの
      もうひとつのお部屋
      やすらぎの空間
      邪魔されない空間

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

キャッチコピー
      一部屋のお家賃でふたつのお部屋が借りられます。

      明るいロフト付アパート

      ロフト付アパートは冬は快適

      おおきなお部屋にすみたいのにお金に余裕のない方に朗報です。

      若い女性のための今更聞けないロフトのお部屋

      若い女性が借りたいロフト付アパート

      ちょっとのお家賃でおおきなロフト

      わかい女性のためのロフト付アパート

      暗いロフトに住んでいる方明るいロフトあります。

      いろんなロフトから選ぶあなただけのロフト

      クロスであなただけのロフト付アパート作ります。

    
 




2014年05月12日(Mon)▲ページの先頭へ
防音室の性能テスト

3重の防音室の
性能テストを
してみました。


写真に写っている
お部屋にあります。

もちろん外側からは
全くわかりません。

この壁の向こうに
3重の防音室があります。

中で
大きな音を出して
外で測定するのですが
外には
騒音が一杯です。

中の音を
測定する前に
騒音を測定してしまいますので
外で大きな音を出して
中で測定することにしました。

外の騒音の
1000倍の音を出しますので
騒音は全く問題ありません。

中は
全く騒音など聞こえませんので
無事に測定できました。

でも
外で
あまりにも大きな音を出したので
付近の人が
ぞろぞろ出てきて
すみません。

2分間すみませんでした。

防音アパート

ブログ小説「超幸運な男」その5

けいが
甥の勝と姪と母親の千代の
食事に頭を
悩ましている時
勇治は
兵隊のあとを付きながら
口にするにも
汚らわしいことを
大陸でやっていました。

大陸から
台湾へ兵隊のあとを付いて
輸送船で
わたる時に
米軍の潜水艦の魚雷攻撃で
撃沈されてしまいます。

こんなこともあるかと思っていた
勇治は
赤いふんどしを
身につけていました。

服を脱いで
サメよけの
赤いふんどしをして
一昼夜泳いだ時
駆逐艦に
助けられます。

勇治は
命冥加がある
そんな天性を持っていたのです。

でも
この場で
勇治が
死のうが
生きようが
勝にとっては
あまり変わらない
出来事なんです。

しかし
おばあさんの
千代にとっては
不幸な出来事であったことは
後になって
わかることですが
この時は
誰も知りませんでした。

勝は
手紙も
よこさず
帰って来たのは
終戦の年の11月のことです。

日焼けして
疎開先の
千代の納屋に帰ってきました。







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