親ばかちゃんりんのお話 その2
以下のお話には
親ばかの極みの内容が含まれています。
ご注意ください。
関西では
そんな「お馬鹿な」親を
いとしさをこめて
「親ばかちゃんりん」と
言うこともあります。
私の愛娘が臨床検査技師の国家試験を
受けたと先日書きました。
娘が
国家試験を受けるのを
決意して
某専門学校に
入学したのは
今から3年前です。
私の子供ですので
愚娘とでも言わなければならないでしょうが
私の遺伝子を持っていますので
どのくらいの学力かは
よく存じています。
されば
入学したその日から
「合格できるだろうか」
「初心を貫徹できるだろうか」
はなはだ心配でした。
合格の願をかけるために
その日より
「コーヒー断ち」をしてしまいました。
口には出しませんでしたが
この心配は
相当なもので
今流に言えば
大きなストレスを
感じていました。
試験の当日など
私がもちろん受験するわけでもありませんが
そわそわどきどきです。
「親はこんな思いをするのだ」と
初めて知ったのです。
そういえば私は
数多くの国家試験(国家試験に似た試験を含む)
を受けたました。
そしてそれらの中には
不合格になったものも
多いのです。
私の母は
きっとこんな思いをていたことを
初めて知った次第です。
「ごめんなさい お母様」
やっぱり私は
親不孝な息子なのでしょうか。
長編小説「昭和」 その117
長編小説「昭和」 その117
前書き
今までのあらすじ
その1からその90まで まとめたもの
清兵衛は遺言で
質素なお葬式でしたが
清三の葬式は
そんなものとは比較にならないほどの
簡単なもので
今津の
清兵衛とゆかの隣に
埋葬されました。
戦後
清兵衛と同じように改葬され
夙川の
山の頂上付近に
祭られています。
清三の
遺書は
数日後
遺族の千代に
警察から返されました。
その文面は
旧仮名つかい・草書体・候文で書かれておりますが
現代文に直すと次の様なものでした。
(著者は旧仮名つかい候文を書けません。
新かな使いですみません。)
「拝啓皆々様
御司直様
私儀
この度自決の件
誠にもって申し訳なく思っています。
皆々様には、ご迷惑をおかけして
幾重にも謝ります。
私儀 子供のより何不自由なく暮らせたのは
両親や妻・親戚・御近所の方々の御蔭であったにもかかわらず
それを忘れ後年ひたすら
遊興に興じたこと
深く後悔しております。
私の行いが
親に不孝 妻に不孝 子に不孝
お掛けた事を
死をもって深く詫びる次第です。
川野清三」